今月いっぱいで定年となる7人の調教師が27日の競馬で最終戦を終えた。中山記念3頭出しなど5頭を送り込んだ藤沢和雄師(70)は2勝を加えて、JRA1570勝(通算9113戦、重賞126勝、G1・34勝)とした。日本の競馬界を大きく発展させた名伯楽は、最後まで笑顔のままターフを去った。

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藤沢和師は最後まで勝利を積み重ねた。中山4Rでビートエモーションが鼻差の接戦で初勝利を挙げると、同7Rレッドモンレーヴも力強く直線で抜け出し、JRA通算1570勝目。メインの中山記念が終わると、出走した3頭を馬場の入り口で出迎え、首筋やお尻をなでてねぎらった。「長い間、本当にありがとうございました」。花束を受け取り、弟子たちとの写真撮影を終えると、中山競馬場のグランプリロードに詰め掛けたファンに手を振り、深々と頭を下げた。

北海道苫小牧の生産牧場に生まれ育ち、20代前半に経験した4年間の英国修業がホースマンの原点。77年秋、初めて入った日本の厩舎が中山競馬場内の菊池一雄厩舎だった。「競馬場もきれいになったし、馬も強くなったと思いますよ」。米国のBCクラシック挑戦やフランスのジャックルマロワ賞制覇など、世界と戦った先駆者だった。前夜のサウジC開催で日本馬が4勝を挙げたが、そのうち3頭は母の父が藤沢和厩舎管理馬(シンボリクリスエス、バブルガムフェロー)。引退を祝うように藤沢血統が激走を続けた。「僕の前にも先輩方の挑戦があった。日本馬はスピードがある。長い間やってきて、素晴らしい馬を預けてもらって、成績のいい馬がお父さんやお母さんになってくれました。これからも日本にはいい血統が入ってくると思うし、強くなっていきますよ」。長くきれいなまつげを揺らし、頬を緩ませた。

最後の出走を終えた心境を問われ、「さみしくはなるけど、これで負けて謝ることがなくなるので助かります」とニッコリ。「ダービーを勝ったときに自分よりも周りの人が本当に喜んでくれた。それがうれしかった」。英国修業時代に感銘を受けた言葉であり、師の代名詞が「ハッピーピープル、メイクハッピーホース」。たくさんの幸せな馬をつくり、勝利を挙げ、競馬の魅力を教えてくれた名伯楽は最後まで笑顔で調教師生活に別れを告げた。

【木南友輔】

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