元騎手で元調教師の嶋田功(しまだ・いさお)さんが19日午前中に都内で死亡した。74歳だった。

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嶋田功さんと初めて話したのは昨年の5月。オークスの極意を聞こうと、「オークス男」の異名を持つ嶋田さんの元を尋ねた。

オークスはほとんどの馬が未経験の2400メートルが舞台。漠然と距離への適性が鍵になると思ったが、答えは違った。「馬が走れるようにしていれば、距離は関係ない。よっぽど短距離血統じゃなければだけど、一番大事なのは道中流れに乗せることだよ。馬に対してのペースを考える。2400メートルなら2400メートル、1600メートルなら1600メートル。ペースを考えて、全体の中でその馬の脚質にあった位置を取っていれば、心配ない」。

その後も当時競馬記者になって半年の私にわかりやすくかみ砕いて、いろんなことを教えてくれた。中でも印象的だったのは「乗れている時は、レースで自分が行くところが読める」という言葉だ。レースが読めたのが、1973年のオークス(ナスノチグサ)とダービー(タケホープ)。

ナスノチグサについては「この馬は気持ち。スタートして一気に行かないと勝てないと踏んでいたから、とにかくスタートだけ気をつけてびゃーっと行った。あとは気迫だけで中団の前の方で自分のリズムをつくった。カリカリする馬で調教でも掛かる。気性は激しかったけど、距離の壁を感じさせない能力を秘めていた。オークスは、調教に乗った感じと相手関係からまず負けないだろうと思ってた。負けないだろう、負けないだろうと思って勝った。直線200メートル、300メートルの気迫は今でも忘れられない」。

その翌週のタケホープのダービーも「負けないだろう、負けるわけない」と思ってレースに臨んだという。当時人気を博していたハイセイコーを倒しての勝利だった。「タケホープは乗った感じが好きだった。速いところに行くと沈む。すごく奥を感じていて、ほれていた馬だったんだ。ダービーの時は、馬も僕も調子がよかった。力があって、人気がないんだから気楽に仕事ができたよ。ハイセイコーはNHK杯を勝ったときがいっぱいいっぱいに見えたし、目に見えない疲れがあるんじゃないかと思っていた。僕もオークスを勝って最高に良いときだったし、馬も一晩寝るごとによくなっていた。ダービーの朝もいびきをかいて寝ていたからね。状態がいい時はいびきをかいたりするんだよ。その前のレースはサクラチェスに鼻差で勝ったんだけど、あれがなければダービーに出れなかったからね。そういう運もあった。あとはとにかく状態がよかった。それが一番記憶に残っているよ」。とにかく楽しそうに馬について話す姿が印象的だった。

その後も何度か自宅に行ってごはんをごちそうになった。とろろ昆布がかかった温野菜が定番メニューで、「これを食べると風邪ひかないんだよ」と言いながらもりもり食べていた。新型コロナウイルスが流行してからは自宅に行くこともなくなっていたが、何かと気にかけてくれた。最後に話したのは、今年の8月11日。「元気かい?」と電話口から聞こえるいつも通りの声に安心していたが・・・。まだ亡くなったことが信じられない。どうか安らかに。【三嶋毬里衣】

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