伊藤雄二元調教師が17日、老衰のため亡くなった。85歳だった。19日に日本調教師会から発表された。

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現役調教師の時は、取材していて何でも見透かされている感じがする目が怖かった。「もっと勉強してから質問しなさい」。口には出さなくてもそんなプレッシャーがあった。

若手騎手にとってもそんな存在だったかもしれない。伊藤先生の厩舎のG1級初勝利は77年皐月賞のハードバージ。鞍上は福永洋一騎手だった。その息子・祐一騎手のこともデビュー時から気にしていたはずだが、ついに定年まで1度もG1の騎乗依頼はしなかった。ラインクラフト、シーザリオなどすでにいくつもG1を取っていたのに。

定年後、その理由を聞いたことがある。「技術うんぬんじゃなく、祐一君が『やっとおやじに追いついた』みたいなことを話しているのが聞こえたことがあったんです。慢心してはいけないな、と思いました。それで私は『おいおい、まだまだそんな域じゃないぞ』と、わざと彼の耳にも入るように周囲に苦言を呈したことがありますね」。そういってニッコリ笑った。

福永騎手がこのことを知っているか、どう思ったかは聞いたことがない。ただ、先生はその後の福永騎手の言動を見て、もう大丈夫と思ったとも話していた。その数年後、祐一騎手は父洋一さんの悲願でもあったダービー制覇の夢をかなえた。おそらく他にも、いろんな人に厳しくも、裏に温かさのある言葉を投げかけてきたのだと思う。

自分が夏に函館出張に行っていたのはもう7~8年前か。函館にも家のある先生は、いつも調教スタンドの上の階から馬場を眺めていた。「今夜は空いてますか?」。声をかけてもらい、記者仲間と一緒になじみの料理店につれていってもらうのが楽しみだった。その時は現役時の怖さはなく、ひたすら優しい目。ご冥福をお祈りいたします。【中央競馬担当・高木一成】

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