ニュージーランド競馬で活躍していたジョッキーの柳田泰己(やなぎだ・たいき)さんが9日、レース中の落馬事故で帰らぬ人となった。28歳という若さだった。日本で親交の深かった元騎手でもある高橋康之調教師(49)が今週、栗東トレセンで思い出を振り返り、悼んだ。

「素直で真っすぐな性格でした。行動力がすごかった」。高橋康師は、柳田さんをそう振り返る。出会いは約10年前、師が技術調教師として大山ヒルズへ研修に行った時だった。部屋をコンコンとノックする音。ドアを開けると、まだ大山に入って間もない柳田さんが立っていた。面識もない師に「馬のことを勉強したいので、教えてほしいです」。そこから研修中の1週間はほぼ毎日、仕事終わりに馬学と馬術の本で即席の講義を行った。

「自ら率先して、行動力のある子だなと思いましたね。泰己くんは基本的な扶助もまだよく分からない中でした。乗り方もそうですが、馬の接し方など一からやりました」

そこでは、柳田さんから相談も受けたという。「ジョッキーを目指していたんですけど諦めきれなくて、という話も聞きました」。競馬学校を受験するも、身長や体重の制限を理由に中央競馬のジョッキーは断念せざるを得ない状況だった柳田さん。残された選択肢は地方か海外か。ただ、地方競馬でも身長や体重の制限はほぼ変わらない。師は「海外で乗るのが、選択肢としてベストじゃないかな」ともアドバイスしたという。

「でも、まさか本当に海外へ行くとは思っていなかったですね。海外のこともよく分からないと言っていましたし。それでも『ジョッキーになりたい』という気持ちはかなり強かったのだと思います。僕が研修を終えてしばらくしてから、大山を辞めて本当に単身で海外に行っちゃったので。それはビックリしましたね」。

その後は海外と日本でメールのやりとりを重ね、柳田さんは帰国するとよくトレセンに見学で顔を出した。そのたびに海外から持ち帰った課題について、師にアドバイスを仰いだという。師も海外のレースなどを見て、柳田さんに合った騎乗技術を学んで伝えた。

「日本人離れした手足の長さを持っていましたからね。向こうの競馬は馬力でグッと馬を抑え込まないといけない。あの高身長で、馬をしっかり収める乗り方をアドバイスしたりしていました。どんどん質問してくれるので、成長も早かった。向上心が強く、のみ込みも早かったです」。

柳田さんは、みるみる技術を身につけ、オーストラリアから渡ったニュージーランドで17年に見習騎手としてデビュー。重賞を制覇するなど活躍し、昨シーズンは自己最多の42勝を挙げていた。そんな活躍に、師も刺激をもらっていたという。「大山の時は競馬用語の漢字が分からないからそこから教えていたのに、そんな子が自分で行動して海外の重賞を勝つまでになるんですからね。僕も見ていて、自分を奮い立たせるいいキッカケになっていました」。

今後のさらなる活躍も期待されていた中、落馬事故は起こった。師はニュースで一報を知ることとなった。「自分も騎手をしていましたし、諸先輩方のそういうことも見てきていました。危険と隣り合わせのジョッキーには付きものではありますが、ただただ治ってほしいと思うばかりでしたね」。しかし、柳田さんは昏睡(こんすい)状態から目を覚ますことはなかった。

最後に会ったのは、今年の6月29日。柳田さんが一時帰国中に、トレセンに顔を出した時だった。柳田さんは日本で馬に乗る夢をずっと持っていたという。師も、何度もJRAの公正室に掛け合って短期の調教騎乗許可を得ようとしたが、規制面の関係で実現することはできなかった。「日本で馬に乗りたいとずっと言っていたので、それがかなわなかったのは残念です」。それでも、その日は2人で厩舎の木馬に乗っていつもの意見交換。その際には、柳田さんからも海外の騎乗技術を教えてもらったという。

「馬の話をしている時が一番、楽しかったですね。彼女がいるかどうかも知らなかったですし、好きな食べ物も知らない。そういえば、一緒に写真も撮ったこともなかったです。いま思えば、1枚でも撮っておけばと思いますね・・・」

それだけ、2人の間には馬を通じて熱い時間が流れていた。「彼の向上心は最後まで変わることはなかったです。本当に、最初に出会った頃と変わらない真っすぐな感じでした。泰己くんという存在が何かしらの形で、人として自分で行動して、いろんなことを手に入れたというところも含めて。こうしてお話をすることで、彼の生きた証しというのが1つできるのかなと思っています」。柳田泰己、28歳。若き1人の競馬人生を、どうか忘れないでほしい。【中央競馬担当 奥田隼人】

◆柳田泰己(やなぎだ・たいき) 1993年(平5)11月2日生まれ、千葉県育ち。高校時代にジョッキーに憧れ、13年から大山ヒルズで経験を積んだ後、オーストラリアへ。17年にニュージーランドで騎手デビューした。昨シーズン(21~22年)は重賞初制覇を果たすなどキャリアハイの42勝を挙げた。今シーズンはさらなる活躍が期待されたが、3日にケンブリッジ競馬場でのレース中に落馬。頭部を負傷し昏睡(こんすい)状態となり、9日にハミルトンの病院で死去した。通算162勝(重賞2勝)。

  1. お得な新入会プラン登場! 競馬情報サイト【極ウマ・プレミアム】
  2. 競馬予想に【ニッカンAI予想アプリ】