<宝塚記念>◇1991年6月9日=京都◇芝2200メートル◇出走10頭

横山典弘騎手(23)騎乗のメジロライアンが、悲願のG1初制覇を果たした。打倒メジロマックイーンに燃える横山典ライアンは、3コーナー過ぎで先頭を奪う奇襲とも思える積極的なレース運びで、後続馬を寄せつけず、2分13秒6のタイムで快勝。関西馬に総ナメにされてきた今年のG1レース、7戦目で関東馬初白星となった。天皇賞・春に続いてG1連覇を狙った武豊騎乗の1番人気メジロマックイーンは2着に敗れた。

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来た、来た、ライアンが来た。今度こそメジロライアンだ。直線入り口から、ライバルがひしめき合う馬群を、豪快に突き放しにかかった。追いすがるホワイトストーンを置き去りにしたとき、左後方から宿敵のメジロマックイーンが強襲してきた。400メートルの直線、がむしゃらに追いまくる横山典が「まだ終わらないのか、何も近寄って来るな」と思った瞬間に、ゴールが見えた。

「やったぜ ライアン!」。横山典の胸の中にずっとたまっていたモヤモヤが、きれいさっぱり消え去った。まずは、優勝のゴール直後に左手を上げてのガッツポーズだ。ウイニングランでは、スタンド前で帽子を取って深々とおじぎ。「立ち止まってお客さんを見るんです。僕だけでなくライアンもうれしかったのでしょう」。

4歳クラシック3戦、有馬記念はすべて惜敗。前走の天皇賞でも4着に敗れたが、横山典は「まだ見限らないで」と訴え続けた。自ら与えた「現役最強馬」の称号。この日は大胆プレーで、持てる能力をすべて引き出した。5日の追い切り騎乗で「前走以上の仕上がり」を確認すると、7Rで芝状態はチェック。「じわっと外めに出し、内から6、7メートルの部分を通る」作戦を立てた。

1コーナーでショウリテンユウと軽く接触した。行く気になったメジロライアンを、横山典は無理には抑えなかった。「すごい気合だったんです。引っ張り切れないなんて初めて」。自らの感触と、ほれ込んだ馬の底力を信じた。「あいつと仲良く走れればいい」。前半3番手から3コーナー過ぎで先頭。早仕掛けに映るプレーだが、横山典に迷いはなかった。

「G1を勝てる馬と、信じていましたから。それが勝ったのだからうれしいですよ」。この一戦のために、伸ばしていた無精ひげをさっぱりそった横山典は、表彰式でもスタンドにムチと花束を投げ入れた。喜びのパフォーマンスを続ける23歳の横で、奥平師は淡々と振り返った。「本当に良く勝ったよなあ・・・・・・。ノリもホッとしただろう」。

宝塚記念は20年前、横山典の父横山富雄騎手(51=現調教助手)が、メジロムサシで制したレースだ。「これでオヤジも、一つ威張ることがなくなりましたね」。メジロマックイーンの独走にストップをかけ「これから何度も対決しますから」とニヤリ。新ヒーローを生んだ春フィナーレの一戦が、興奮の秋競馬を約束した。【天野保彦】

◆メジロライアン ▽父アンバーシャダイ▽母 メジロチェイサー(メジロサンマン)▽牡・5歳▽調教師 奥平真治師(美浦)▽馬主 (有)メジロ牧場▽生産者 メジロ牧場(北海道伊達市)▽戦績 16戦6勝▽主な勝ちくら 弥生賞、京都新聞杯(ともに90年=G2)▽総収得賞金 4億2718万6400円

(1991年6月10日付 日刊スポーツ紙面より)※表記は当時

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