負け組の星が、勝ち組の天才に「こんな勝ち方もあるんだよ」と教えた-。負けても負けても走り続ける高知競馬のハルウララ(牝8、宗石大)が22日、中央競馬のトップジョッキー武豊騎手を乗せて、同競馬第10RのYSダービージョッキー特別(ダート1300メートル)に出走した。11頭立て10着で、デビュー以来106連敗となったが、1レースで5億円以上、単勝1.8倍の1番人気で1億円以上を売り上げるなど、列島を巻き込む社会現象はピークに達し、武豊を「また乗りたい」とその気にさせた。

レース後の会見。国内外から集まったメディア約90社、約400人の取材陣を前に、武豊がつぶやいた。「実はちょっと悔しいんです。また機会があったら、ぜひ僕に乗せてほしい」。

騎乗が決まった時には“1度も勝ったことがないような馬がG1馬より注目を集める状況は理解し難い”と発言していた。その困惑が、はにかんだような笑みに変わっていた。「悔しい」の言葉に、乗るどころか全く縁もなかったはずの馬への嫉妬(しっと)、そして敬意のようなものがにじんだ。

主役は、背中に乗せた天才ジョッキーに別に特別なことを見せたわけではない。命じられるまま、いつも通りに一生懸命走った。パドックに入ると、雨が上がった。出走。名前そのもののポカポカとした春の陽光に照らされながら、常に後方で、泥だらけになりながら、ゴールを目指した。

食い入るような1万3000人の視線の中、10着に終わった。スタンドがまばらな拍手と「やっぱりダメか」のため息で満ちた。夢の競演は終わったかに思えたが、ハイライトはこの後だった。

「注目されるのは覚悟していましたが、これほどとは。せっかくこれだけの人が見に来てくれたんだから。ゴール後、ふと思いついたんです」。もともとサービス精神旺盛な武豊だが、この馬に対するファンの思いを肌で感じ、とっさにもう1周コースを回った。前代未聞の負け馬のウイニングラン。この日一番大きな拍手が小柄な牝馬を包み込んだ。騎手が演出したが、そうさせたのは馬だった。ファンの興奮はいま1度頂点を迎えた。

武豊のみならず「弱い馬が人気を集めるのは何かおかしい」という意見は世間には少なくない。しかし、何よりも、この日、この馬が動かした金が、ブームが決して表面的なものでないことを物語った。競馬人気のバロメーター=馬券売り上げは、同競馬では通常1日約6000万円だが、この日は8億6904万2500円(うち場外6億9156万5900円)に達した。そのうち、注目の10レース単独の売り上げは5億1162万5900円。単純計算では1レース平均の80倍以上を稼いだ。「走っても当たらない」ことから、お守りとしても重宝される単勝の売り上げは1億2175万1200円。どれも同競馬の事前の皮算用をはるかに超える大幅な記録更新となった。

現実には、不況にあえぐ地方競馬が生き残りのために仕掛けた捨て身の作戦。何もしないでなくなるよりは、アピールできることを駆使した高知競馬の確かな勝利だった。馬はこれからも当面は月1度程度のペースで走らされる見通し。しかし、この馬が、人間たちの思惑を超えたところで、今の日本人の心の何かをつかんでやまない何かを持ち、今後もそれを見せてくれるのは間違いない。「これだけ応援してもらって。素晴らしい馬です」。宗石大調教師(53)も武豊同様に笑った。ハルウララはこの日もみんなに笑顔を与えて一世一代の日を終えた。【高木一成】

(2004年3月23日付 日刊スポーツ紙面より)

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