4日に73歳で亡くなった高松邦男元調教師に、主戦で兄弟分でもあった柴田政人元騎手(72)が追悼の言葉を寄せた。最初に所属した高松三太調教師の息子で生まれ年が同じ。家族的なつながりが深かった。

「三太さんに兄弟のように育ててもらった。邦ちゃんは馬を育てるにも、いろいろと研究していた。獣医学校出の知識や経験を元に、馬のケアもしっかり勉強していた。世界に立ち向かうにはどんなことをすればいいのか、常に考えていたよ」

まだ日本の競馬が欧米の一流国を追い掛けていた時代、革新的な考え方で引っ張った。

1981年の桜花賞に送り出したブロケードは、追い切り後に馬場に入れず、運動だけの調整で勝たせた。当時としては常識外れの調整法で、いぶかる声を尻目に開業3年目でクラシックを制した。

第1回、第2回と日本馬が全く歯が立たなかった第3回ジャパンC(1983年)には、秋の天皇賞馬キョウエイプロミスで挑み、スタネーラに頭差2着の大健闘。日本馬初の連対は、国内のホースマンに勇気を与えた。

また1988年に北海道門別町(現日高町)に設立した育成施設ファンタストクラブには、英国ニューマーケットの調教場を参考に坂路コースを造り、育成馬から多くの重賞ウイナーが誕生した。

高松邦男厩舎の重賞21勝中、G1級3勝を含む16勝が柴田政人騎手の手綱。「ブロケード、キョウエイプロミス、ホワイトストーン・・・、思い出は尽きない。最近は体の調子が良くなくて、ずっと施設で頑張っていた。コロナもあってなかなか会えず残念だったな。寂しくなるね」。

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