かつて角居勝彦調教師(56)は、名牝シーザリオをこう評していた。
「人知を超えた不思議な馬」
生まれつき左前脚の種子骨が弱かった。エックス線検査で見ると、骨粗しょう症のように骨がスカスカだったという。調教で負荷をかけると脚が腫れたり、むくんだりしていた。それでも、なぜか本番に強かった。理由は科学で解明できなかった。
「レースが近づくと(調教が強くなり)疲れがあるはずなのに、なぜか脚元がすっきりしてくるんです。『気合で治す』ということなのか・・・。そんな馬は他に見たことがありません」
もし体質が強い馬だったとしても、決して楽なローテーションではなかった。04年12月のデビューから翌05年5月のオークスまで6カ月間で国内5戦を走り、世代の頂点へと駆け上がった。さらにオークスの42日後には米国でアメリカンオークスを圧勝して見せた。
「3歳牝馬にとっては過酷な挑戦でしたが、やはり精神的に強かったことに助けられたのだと思います」
海外4カ国でG1を制した角居厩舎にとっても、初めての海外遠征だった。さすがの精神力も故障に阻まれ、以後は1戦もできずに引退を余儀なくされた。
「競走馬としては短いつき合いでしたが、ファミリーとしては長いつき合いになりました」
「人知を超えた」能力は、母としても発揮された。同じ角居厩舎で育てられた息子たち、エピファネイア、リオンディーズ、サートゥルナーリアはG1を勝ち、今は種牡馬として母の血をつなぐ。まさに名門を支え続けた1頭だった。そんな名牝の訃報が、くしくも角居厩舎が解散する日に伝わってきた。悲しい。その一方で「不思議な」縁も感じずにはいられない。【太田尚樹】