<Let‘sGo船橋~回顧編>

第1回(97年)のファッションショーをはじめ、マリーンカップが重賞初制覇という中央馬は過去4頭。第3回(99年)のファストフレンドは、ここを皮切りに翌年の東京大賞典を含む重賞9勝を挙げた。

4歳の夏に降級があった時代。5歳(当時の表記は6歳)初戦の3走前に1600万(現3勝クラス)を勝利したが、それが5勝目で昇級とはならず、その後の1600万は4、4着。格上挑戦で臨んでいた。それでも2番人気。中央にはない牝馬限定のダート重賞は、素質を開花させる絶好の舞台だったのだろう。

それで思い出すのが母ザラストワードだ。現役当時はダートの番組が少なく、活躍の場が限られていた。全4勝がダート。900万(現2勝クラス)を2勝したが、1500万(現3勝クラス)では2着止まりという成績ながら、当時オープンの銀嶺Sで牡馬相手に0秒3差3着。娘の時代に生まれていれば、重賞制覇も夢ではなかったはずだ。母とは同期の僚馬だった父アイネスフウジンは、伝説のナカノコールに沸いた90年の日本ダービー馬。父のスター性と母のダート適性を受け継いだかのような活躍だった。【牛山基康】

  1. 有料版極ウマ・プレミアムとは?
  2. 極ウマくんの星占い