東日本大震災から9年。岩手競馬で唯一の女性ジョッキー、関本玲花騎手(19=水沢)は、10歳の時に被災した。当時、騎手を引退し、調教師開業間近だった父浩司師の苦悩する姿を見て、岩手競馬再建への思いを強くした。19年10月にデビュー。ここまで7勝を挙げているが「もっと頑張って知名度を上げたい」。いまだ復興道半ばの岩手に爽やかな風を吹かせる。

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東日本大震災が起きた11年3月11日、水沢競馬場のある岩手県奥州市も震度6弱の揺れに襲われた。小4の関本は「学校のテスト中でした。ぐらぐらドーン、という感じで、すごく揺れたのを覚えています。自宅は大きな被害がなく、親族や友達もみんな無事でしたが、競馬場のスタンドは2、3階のガラスが割れて地面に散乱していました」と恐怖を語る。

停電が10日ほど続き、ろうそくは品薄。納品されても通常の3倍の値段に跳ね上がった。反射式ストーブは使えたが、寒さをしのぐため、夜はカセットコンロで鍋に湯を沸かし、水の入ったペットボトルを温めて湯たんぽ代わりにした。競馬場も燃料不足でガソリンが手に入らず、調教はできても馬場整備がままならない状況が続いた。

この年、父浩司は調教師試験に合格。4月1日の開業に向けて準備をしている矢先だった。「震災の影響でいつ開催できるか分からない。入厩する予定の馬が3、4頭いましたが、すべてキャンセル。開業時は1頭もいなかった。1月から5月初旬(14日に盛岡競馬再開)まで無収入。まさにゼロからの出発です」と振り返る。

こんな父の姿を見て、関本は厩舎作業の手伝いを買って出た。馬が好きなこともあり、厩舎を訪れては顔をなで、水やりも積極的にこなした。「子供心にも、このままじゃ開催できない、という不安はありましたから」。父が歩んだ騎手への憧れは、幼い頃から持っていた。中学1年で乗馬を始め、3年の時、父に打ち明けた。反対されたが意思は固かった。

岩手県競馬は07年に廃止寸前まで追い込まれたことがある。「単年度収支で赤字にならないこと」を条件に存続が決まったが、90年代に年間約60万人だった入場者も、今はピークの半分以下に落ち込んだ。関本は「競馬場に来る人が少なくて。女性騎手というだけで話題になるし、もっと頑張って少しでも知名度を上げたい」。背負っているものの重さをしっかりと受け止め、前を向いた。

2月17日、期間限定で騎乗していた笠松競馬場で初勝利のセレモニーが行われた。いつもは閑散としているウィナーズサークルに二重、三重の人垣ができ、売店にはサイン色紙を求めるファンの姿があった。普段は笑顔がキュートな少女だが、ひとたび馬にまたがるとキリッとしたプロの表情に変わる。このギャップがたまらないそうだ。技術的にも苦手のスタートがうまくなり、1番人気に支持されることも増えた。確実に腕も知名度も上がっている。

「笠松は水沢と同じ小回りでもコーナーのきつさやレースの動き方が違う。いい経験をさせてもらいました。地元に帰ったら『前よりも上手になったな』と言ってもらいたい」と笑う。水沢開催は20日から始まる。東北新幹線の水沢江刺駅から車で5、6分。北上川のほとりに位置し、右手に義経伝説の束稲山(たばしねやま)を望む美しい競馬場。そこに咲く、一輪の花。関本玲花ジョッキーに会いに行きませんか。【水島晴之】

◆関本玲花(せきもと・れいか) 2000年5月16日、岩手県奥州市生まれ。水沢競馬の関本浩司厩舎所属。父浩司師が騎手、調教師という環境で、幼い頃からジョッキーを志す。地方競馬教養センター(98期)には3回目で合格。19年10月5日に盛岡で初騎乗。同7日、9戦目で初勝利を挙げた。岩手では18年1月に引退した鈴木麻優以来、8人目の女性ジョッキーとなる。20年1月12日から2月21日まで笠松競馬場で期間限定騎乗。10日現在、通算成績は187戦7勝。

◆父から娘へ 女の子だしケガも怖かったので、ジョッキーにはなってほしくなかったんですが、高校受験にも行かないので「それなら、真剣にやれ」と。最初の頃は懸垂もできず、どうせ(地方競馬教養センターは)受からないだろうと思っていましたが、娘なりに努力したんでしょう。気持ちは強い方ですね。大きな余震があった時も、揺れがひどい自宅2階で爆睡してましたから(笑い)。デビュー当時は中途半端な騎乗も多かったですが、笠松では馬混みに入れるようになったし、ムチの持ち替えもできるようになった。いい馬に乗せてもらって、勝つことで自信がついたんだと思います。これからも精進して頑張ってほしい。

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