<カペラS>◇8日=中山◇G3◇ダート1200メートル◇3歳上◇出走16頭

デビュー4年目の藤田菜七子騎手(22=根本)が2番人気コパノキッキング(せん4、村山)をレース初の連覇に導き、日本人女性騎手として初めてJRA重賞を制覇した。

好スタートから好位4番手に控え、直線で外に持ち出すと突き抜けた。最重量58キロを背負いながら2着に2馬身半差の完勝で、勝ち時計は1分9秒3。女性騎手初の重賞勝ちを成し遂げた2走前の東京盃(統一G2)に続き、大きな勲章を手にした。

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落ち着き払っていた。コパノキッキングと好スタートを切った藤田騎手は、少し前に出した後に4番手に下げた。「逃げ馬の番手につけたかったけど、周りに速い馬がいて結果的に控えた。でもいい手応えでした。コパノキッキングありがとうという気持ち」。描いていた作戦と少し違っても、すぐに切り替えた。昨年より3キロ増の58キロ。今年2月から6戦連続でコンビを組むパートナーの力は知り尽くしている。脚をためて直線では一気にはじけた。地方交流10勝を含めた通算99勝目のゴールは、再び女性騎手の道を大きく開く快挙だった。

「まずコパノキッキングと、関係者のみなさまに感謝したい」と、周囲への気遣いを忘れなかった。2走前に大井で交流重賞の東京盃を勝った後も、目標は変わらず近くに置く。「次の1勝を目指して頑張りたい」。9月14日に自身が持つJRA女性騎手年間最多勝利記録を更新する今年28勝目を挙げても、おごらずに走り続ける。その原点は10年前にあった。

小学6年の時、家族との外出中に高速道路で1台の大型バスに似た車を見かけた。車体の横面にはカタカナで“オグリキャップ”の文字。「これ、なんだろう」。初めて見る馬運車に好奇心をくすぐられた。後日、偶然見た競馬中継で点は線になる。「あの時まで競馬というものを全く知らなくて。かっこいいなと思って。それで騎手を目指しました。(当時)女性騎手がいないことも知りませんでした」。何げない出会いが運命を決めた。

毎週末、トレセン隣接の乗馬苑で憧れを追った。実家の茨城県守谷市から美浦トレセンへは車で約1時間。中学1年まで週末2日間だったトレーニングは、中学2年時に週5回に増えた。そこに女性、男性も関係ない。「騎手になってからは、やめたいとは思ったことは1度もありません」。競馬が好き-。あのころ抱いた思いが、性別に関係なく同じ土俵で1着を争うモチベーションになっている。

前走JBCスプリントで首差2着に敗れ、G1制覇は持ち越しとなった。「勝てたレースだと思うと悔しかったから、今日、勝つことができたのはよかったです」。すぐに結果を出し、「おめでとう」と声をかけてくれたファンも、心底喜んでいた。フェブラリーSで、JRA女性騎手初のG1の舞台に立たせてくれたコパノキッキングと駆け抜けた19年。「私自身、少しずつ成長できて感謝しています」。まだまだ大きくなれる。【久野朗、松田直樹】

◆女性騎手のJRA重賞勝ち これまでは02年中山大障害(J・G1)をギルデッドエージで制したR・ロケット騎手(ニュージーランド)のただ1人。平地重賞は23度目の挑戦となった藤田騎手が初めてで、同時にJRA女性騎手による制覇も初。女性騎手は延べ11人、47回目の騎乗。

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