アドマイヤの冠で知られる近藤利一氏(合建株式会社会長)が17日、77歳で亡くなった。解体業で頭角を現し、馬主として初めて所有した馬が1985年デビューのカイタイオー。2000年前後、金子真人氏、関口房朗氏と並んで金近関(きんこんかん)と言われ、馬がよく走る個人馬主として名をはせた。99年ダービー馬アドマイヤベガをはじめ、アドマイヤコジーン、アドマイヤドン、アドマイヤグルーヴ、アドマイヤマックス、アドマイヤムーン、アドマイヤジュピタ、アドマイヤリード、アドマイヤマーズで13個のJRA・G1を手にした。

阪神馬主協会会長など馬主会の要職を務めた。春闘では日本馬主協会連合会労務預託委員長として厩務員組合と向き合った。セレクトセールには毎年参加して、高額馬を多数購入。現2歳のアドマイヤビルゴ(父ディープインパクト)は当歳時に史上2位となる5億8000万円(税抜き)で落札し、デビューを待っていた。今年のセールで、抗がん剤治療を終えたことを明らかにし、がんとの闘病を告白。その後競馬場にも姿を見せていたが、急な訃報に関係者も驚きを隠せなかった。

こわもてながら人情家。厩務員や調教助手の携帯電話に直接激励や、時には厳しい指示もあったという。

思い出すのはアドマイヤムーンのトレード話。4歳時の07年、ドバイデューティフリー(現ドバイターフ)でG1初制覇を果たした後、ゴドルフィンからオファーがきたらしいという情報を得て、セレクトセール会場で1人になるところを見計らって質問をぶつけた。トイレから戻った近藤氏に名乗ると、推し量るように穏やかなまなざしをこちらに向けた。「で、いくらで買ってくれるというんや?」。最初はとぼけるつもりだったのかもしれない。曖昧なやりとりはできないと覚悟した。直球を投げ返す。「40億」。さっと真顔に変わった。破格の金額でオファーがあったことを認めた。「書くなよ。決まったら必ず教える」。トレードは成立。記者会見を開く前に、日刊スポーツはスクープを掲載することができた。義理堅い人だった。【岡山俊明】

  1. ニッカンAI予想
  2. 16年ぶりJRA女性ジョッキー藤田菜七子まとめ