<G1プレーバック:2002年安田記念>

 プレーバック日刊スポーツ! 過去の安田記念を紙面で振り返ります。2002年は、アドマイヤコジーンが勝利。たづなを取った後藤浩輝騎手にとっては、騎乗54戦目で初のG1制覇となりました。


◇ ◇ ◇


<安田記念>◇2002年6月2日=東京◇G1◇芝1600メートル◇3歳上◇出走18頭


 後藤浩輝騎手(28)が54戦目のG1で初制覇を果たした。同騎手が乗ったアドマイヤコジーン(牡6、栗東・橋田)は好位から直線抜け出し、ダンツフレーム(牡4、栗東・山内)との接戦を制した。同馬は98年朝日杯3歳S(現朝日杯FS)を勝った後、2度の骨折を乗り越えて3年6カ月ぶりのG1勝利。後藤は初の栄冠に男泣きし、自分と馬の快挙を喜んだ。香港の国際G1レースを連勝したエイシンプレストン(牡5、栗東・北橋)は5着に敗れた。


 待っていた。この瞬間を夢に見ていた。後藤が右手を天に突き上げる。スタンドの大歓声が心地いい。初めてのG1のウイニングラン。自然と涙が出てきた。1度あふれたものは、もう抑えられない。視界がぼやけた。耳に届く後藤コール。それがうれしかった。

 思い描いた通りのレースだった。好位につけて直線に備えた。4角でアドマイヤコジーンが息を入れる。手ごたえが楽になった。馬が伸びていく。後ろからダンツフレームが追いかけてきた。だがコジーンは、ひるまない。ゴールまで1度も抜かせなかった。

 「今までやってきたたくさんの良いことと悪いことが、こみ上げてきた」。後藤はインタビューでそう声を詰まらせた。デビュー11年目、G1・54戦目での初勝利。長かった。G1・23戦目の00年NHKマイルCが最も悔しかった。トーヨーデヘアに騎乗し、イーグルカフェのハナ差2着に負けた。レースから日がたつにつれ悔しさは増した。「あのとき勝っていれば」。負けるたびに何度もそう思った。G1勝てない日は続いていった。

 そのうちに負けることに慣れた自分がいた。「どうせまた勝てない」。昨年、勝ちたい気持ちはあったが、ネガティブにレースに臨んでいた。昨年のG1成績は12戦して4着が最高。惜しいレースは1つもなかった。今年に入り、その考えを猛省した。チャンスのある馬たちも回ってきた。「これだけ勝てない騎手を乗せていただいて、関係者には本当に感謝したい」。後藤はそう言って頭を下げる。くしくもこの日は、長男竜馬くんの3歳の誕生日だった。

 後藤にとっての記念すべきレースは、アドマイヤコジーンにもうれしい勝利になった。98年の朝日杯に勝って以来のG1勝利。この間2度の骨折があった。体にはまだボルトが3本も入っている。

 「2歳のときしかG1に勝てずに早熟だ、と言われるのがイヤだった。コジーンの名誉のためにここで勝ちたかった」。橋田満師(49)はそう言い切った。骨折があっても引退は考えなかった。「何としても復帰させる」。橋田師を始めとするスタッフの執念が実った。今後は秋のスプリンターズSを目標にする。6歳の同馬だが、本格化は今始まったばかりだ。


※記録と表記は当時のもの

  1. 藤田菜七子騎手まとめページはこちら!
  2. 有料版極ウマ・プレミアムの魅力!