<G1プレーバック:1999年有馬記念>

 プレーバック日刊スポーツ! 過去の有馬記念を紙面で振り返ります。1999年はグラスワンダーが4センチ差の歴史的名勝負を制しての連覇でした。


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<有馬記念>◇1999年12月26日=中山◇G1◇芝2500メートル◇4歳上◇出走14頭(1頭競走除外)


 グラスワンダー(牡5、尾形)が、わずか4センチの差で歴史的名勝負を制した。ライバルのスペシャルウィーク怒とうの追い込みを前年覇者の意地でしのぎ切った。「4センチ」は生前、「グラスが勝ちます」とその勝利を予想していた故大川慶次郎さん(享年70)の天国からの後押しだったのか。グラスと的場均騎手(42)は、史上3頭目、3人目の有馬記念連覇を達成。2000年は、世界最高峰の凱旋門賞(G1、芝2400メートル=仏ロンシャン競馬場)へはばたく。

 ゴール板前で2頭の鼻面(はなづら)が並んだ。グラスワンダーか、スペシャルウィークか。追い込んだスペシャルの頭が完全に出たようにも見える。ターフビジョンのスロービデオ再生はなんとも微妙。顔面そう白で引き揚げてきたグラスの的場は敗戦を覚悟した。

「差されたんじゃないか。負けたな」と感じ、スタンドの尾形充弘師(52)も「ダメだと思って暗い気持ちで」エレベーターに乗った。

一方、差し切りを確信する武豊はゆっくりとウイニングラン。

しかし、ゴール判定写真はグラスが「4センチ」出た瞬間をとらえていた。判定結果は通常と同じ約4分を経て出たが、その差はスリット(8センチ)の半分あるかないか。このタイミングしかないという瞬間で、グラスの鼻面が先にゴールに到達していた。

相手はスペシャル――。中山競馬場の調整ルームで、的場は何度もシミュレーションを繰り返した。「スローペースだろうが何だろうが、スペシャルは後ろにいる」。その読み通り、グラスは11番手、スペシャルは最後方14番手。宝塚記念とは逆の位置取りだった。本来はマーク戦法の的場のライバルは常に前にいたが、今回は標的になった。

スローペースを見越した的場は、残り600メートルで動いた。「3コーナーからは絶対に馬場の一番いいところを通る」と決めていた。ボコボコした内を避け、外を回って生じる距離の損を承知で、芝が生えそろった外へ馬を誘導した。経済コースを意識して、もし、内を走り続けていたら、最後までもったかどうか。

先に抜け出したツルマルツヨシの手ごたえがいいとみるや、今度は意識を前に働かせる。後ろにとらわれて、ツルマルを逃がしてはまずい。勝負師だけが下せる瞬時の判断。かわすのにてこずりはした。が、内を突いたツルマルは伸びない。

次はスペシャルだ。影のように忍び寄っていたライバルが視界に入る。アッという間に差が縮まる。馬体が並ぶ。「頑張ってくれ、頑張ってくれ」。奇跡のハナ差は的場の執念。

これでグラスは、スピードシンボリ以来、29年ぶりのグランプリ(有馬、宝塚)3連覇。スペシャルにはついに負けなかった。それは、的場のムチさばきなしには考えられなかった。

体調は良くなかった。馬体重は前走から12キロ増の512キロ。デビュー以来最も重かった。コズミ(筋肉痛)もひどく、的場は返し馬(レース前のウオーミングアップ)で普段より入念にほぐし、キャンター(小走り)に入った。「こんなにコズんだのは初めて。去年の方が感じは良かった。でも底力を信じて乗った」(的場)。

力の限りを尽くしたGとS。15万人の前で演じられた名勝負は新世紀へ語り継がれる――。


◆G1でのハナ差勝利

過去、最も接戦だったのは1996年(平8)スプリンターズS。勝ったフラワーパークとエイシンワシントンの差はわずか1センチ。また91年のオークスも、勝ったイソノルーブルとシスタートウショウの差は2センチと大接戦だった。

※記録と表記は当時のもの

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