今年の波乱の使者はタッチングか。宝塚記念(G1、芝2200メートル、26日=阪神)でグランプリ初制覇を狙う浜中俊騎手(27)が、4歳牝馬タッチングスピーチ(石坂)との初コンビで臨む。昨年は、その浜中騎乗の10番人気デニムアンドルビーが2着、11番人気ショウナンパンドラ3着と牝馬2頭が穴をあけた。今年はタッチングが高配を運んでくるのか。元師匠で、96年Vのマヤノトップガンを管理した坂口正大元調教師(75)との特別対談でお届けする。

<浜中騎手はG1未勝利のタッチングスピーチとの初コンビで臨む>

 浜中 調教には以前にも乗ったことがありますし、競馬では同じレースに乗っていてパワーがある牝馬だなと思っていました。馬場が重くなった方がいいのかなというイメージですし、今の阪神の馬場は合いそうですね。位置取りが重要になると考えています。

 坂口 今年もグランプリらしくいいメンバーがそろうね。でも、(マヤノ)トップガンの(優勝した)96年も牝馬のダンスパートナーが3着、ヒシナタリーが4着だった。タッチングにもチャンスはある。

 浜中 去年の宝塚記念で僕は牝馬のデニムアンドルビーで2着でした。ラブリーデイに首差・・・。悔しかったです。宝塚記念は年に2回しかない、ファン投票で出走馬が決まるグランプリレース。今年はいい結果を残したいですね。

<96年V馬マヤノトップガンとの思い出>

 坂口 阪神・淡路大震災の翌年で、震災復興支援競走として施行された宝塚記念だった。田所祐オーナーが震災で親族を亡くされていたことや、ファン投票1位のナリタブライアンが回避し、単勝2・0倍の断トツ人気になったこともあり、相当なプレッシャーがあった。何としても勝ちたいと。前年に有馬記念を勝っていたので、グランプリをもう1勝という気持ちもあった。競馬は横綱相撲。正攻法だったね。

 浜中 僕は当時7歳でしたが、もう競馬を見ていました。とにかくトップガンが好きだったんです。ぬいぐるみやボールペンなどグッズも持っていました。まだ乗馬も始めていないのに、競馬オタク(笑い)。北海道に家族で旅行した時、引退後のトップガンと記念撮影もしました。

 坂口 俊のおじいさんが競馬好きだった。

 浜中 そうですね。土日はいつもテレビの競馬中継がついていました。ただ、当時はトップガンが好きなだけで調教師が誰か・・・なんて知りません(苦笑い)。騎手として所属先が坂口正大厩舎に決まり、先生の管理されていた馬を調べたら「うわっ、トップガンや」って。びっくりして、うれしくて、兄にすぐ電話しましたよ。

<浜中騎手は最初で最後の弟子>

 坂口 調教師会の関西本部長を長らく務めていたこともあって、何度も断っていたんだけど、役を退いてから競馬学校の教官に「男前で頭のいい子なら預かる」と冗談で言ったら「ぴったりの子がいます」と。引き受けざるをえなかったね(笑い)。でも、厩舎実習に来た時は日焼けして真っ黒で、履歴書の特技欄には「空手」。これは怒ることができないなと(笑い)。

 浜中 でも、朝がなかなか起きられなくて、先生にはよく怒られました。

 坂口 何回、荷物をまとめて帰れ! と言ったことか(苦笑い)。今となってはいい思い出かな。

<ミルコ&ルメールが活躍する現状>

 浜中 最初は対抗意識がありましたが、技術面でとても勉強になりますし、そういう気持ちは薄れました。

 坂口 なにくそという気持ちがないと勝っていけないからね。4年前の12年に俊はリーディングジョッキーになったけど、年間200勝しようかという騎手がいる今の時代では至難の業。でも、またトップに立ってほしいと思う。乗り越えて、リーディングをまた取ってほしいね。【取材・構成=伊嶋健一郎、辻敦子】

 ◆坂口正大(さかぐち・まさひろ)1941年(昭16)2月19日、京都府生まれ。76年に厩舎開業。JRA通算7286戦686勝。重賞27勝、G1はマヤノトップガン、デュランダルなどで9勝。92~02年日本調教師会副会長・関西本部長。11年2月末に引退し、同年4月から本紙評論家。

 ◆浜中俊(はまなか・すぐる)1988年(昭63)12月25日、福岡県生まれ。坂口正大厩舎から07年に騎手デビューし、現在はフリー。JRA通算7128戦785勝。12年に131勝でリーディング獲得。重賞は34勝。G1は昨年の牝馬2冠ミッキークイーンなど7勝。163・8センチ、51キロ。

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