【復刻】大久保正陽元調教師「非難」受けても続けた挑戦 時代に先駆けた調整方法も実施/連載3

  • 94年のダービーを制したナリタブライアンと大久保正陽調教師(左)
  • 1975年1月、シンザン記念を制したエリモジョージ

3冠馬ナリタブライアンなど多くのG1馬を管理した大久保正陽(おおくぼ・まさあき)・JRA元調教師が21日、誤嚥(ごえん)性肺炎のため亡くなった。87歳だった。2016年1月19日から3回にわたって紙面で掲載された連載「明日への伝言 先人から競馬界の後輩へ」の復刻版をお届けします。

  ◇  ◇  ◇ 

当時はいろいろ非難をもらいましたよ(苦笑い)。ナリタブライアンの高松宮杯(※1)については。どうしてそんなレースに使うんだと。理由はいろいろありますが、私はそれまでも距離が長い、短いなんてこだわらなかった。人間は勝手に、ステイヤーだとか短距離馬だとか言うんだけどね。特にブライアンは、無事に出走すれば、1200メートルもこなすと思っていた。豊君(武豊騎手)にもそう話した。結果は差して届かず(4着)だったかな。

それ以前に、私が知らない時に「すでに引退後の種牡馬としてのシンジケートが組まれた」という話が出たこともありましたね。厩舎が知らないのに・・・と、ムッとしたこともあったかな(苦笑い)。大変な馬を管理しているんだとあらためて思いましたけどね。それで(前走から)近いレースで、ということで引退レースのようなことで使ったという面もありました。

ブライアンに限らず、私はよく挑戦しました。エリモジョージの時代などは、関西から関東へ遠征すると「よくおまえ、関東に連れてくるな」と冷やかされたものです。でも、権利のある馬なら挑戦しないといけないと考えていましたし、どんどん連れて行きましたよ。そのたび「また来たか」と言われましたけどね。

ジョージのダービーはいいなと自信はありました。でも、鞍上の福永洋一騎手が、東京コースの3コーナー、欅の向こうで、下がってきた馬に乗っかかってしまい、転ぶ寸前までいってね。そこから伸びることはできませんでしたね。ただ、残念だったけど、無事で良かったなとは思う。ジョージは能力のある馬でしたが、気分屋でしたしね。

そうして出張競馬が激しくなり、月曜がトレセンの全休日になると、次週に出走する馬は日曜にもある程度、調教をやらざるをえなくなった。当時、追い日(追い切る日)といえば木曜だったのが水曜に変わってきて、その前日の火曜は助走的なトレーニングが必要になった。私は距離を延ばして、速度を遅くする。そう考えてやってましたね。

レース当日の朝に、栗東で調教してから競馬場に連れて行くこともよくやりましたよ。案外、皆さん気づかないんだけどね。馬をリラックスさせる意味もあった。エリモジョージが天皇賞・春(76年)を勝った時もそうだったね。あの日は早朝から雨でした。その日にどんな調教をしたか、そういうメモ書きはすべて記録に残してありますよ。

今の現役調教師さんは大変だと思います。管理頭数が多くなって、レースに使いたくても使えない状況もある。馬主さんや牧場とのコミュニケーションもどうなっているのかなと。私の頃は、どこどこの牧場でこんな子どもが生まれたという情報を、別のところで聞いて、飛んでいったものですよ。一部の牧場にだけ行くのではなく、日高や浦河にもたくさん牧場はあるのだから、いろいろ勉強して、見て歩いてほしいなと。ブランドものばかり見るのではなく、それ以外のものを自分がブランドにする。そういう気持ちも大切だと思います。(おわり。取材・構成=伊嶋健一郎)

【※1】ナリタブライアンは5歳(当時表記は6歳)の春、芝3200メートルの天皇賞・春2着のあと、芝1200メートルの高松宮杯(現高松宮記念)に出走。異例のローテには批判もあった。結果は4着。そのレース後に右前脚の屈腱炎を発症し、96年10月10日に大久保正陽師から引退が発表された。通算成績21戦12勝、うちG1・5勝。生涯獲得賞金10億2691万6000円は当時、世界1位だった。

(2016年2月2日付 日刊スポーツ紙面より)

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