【復刻】大久保正陽元調教師が米殿堂騎手に刺激受けた中学時代 昔に比べスタイルも進化/連載2

3冠馬ナリタブライアンなど多くのG1馬を管理した大久保正陽(おおくぼ・まさあき)・JRA元調教師が21日、誤嚥(ごえん)性肺炎のため亡くなった。87歳だった。2016年1月19日から3回にわたって紙面で掲載された連載「明日への伝言 先人から競馬界の後輩へ」の復刻版をお届けします。

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今のジョッキーはスラッとしていますね。スタイルが良くなっている。昔の騎手はあんこ形の体形が多かったですよ。だから、乗り方も大きく違った。アブミの長さも違えば、当時は馬のき甲(首と背の境のふくらんでいる部分)より前に自分の重さを乗せろと。父(大久保亀治元調教師)からそう教えられました。ひざが前に出るくらいアブミを踏むと、自分の頭が馬の首より前に出るような形。今のいわゆるモンキー乗りとは大きく違いましたね。

私は小・中学生の頃、背の順は前から1、2番目。それが、終戦後の食べ物が変わったからか、高校2年生あたりからぐんぐんと背が伸びた。馬でいうと“奥手”かな(笑い)。そんなことだから、ろくに馬にも乗れなかったんだけど、大学に入った頃に父から騎手試験を受けろと言われたんですよ。将来、弟子ができた時のためにも、レースを経験しておかないといけないということでした。

騎手になった当時はサラブレットだけでなくアラブの競走もありました。平場で牝馬となると重量が47キロということも。普段の体重が53~54キロだから減量で大変でしたね。ただ、とりあえずは経験。苦労してでも乗ることで、弟子ができた時に話せるようにと。騎手としては10年余りで500鞍乗ったかどうかでした。

今の騎手は恵まれていると思いますよ。昨年から2人の外国人騎手がJRA所属になり、短期免許で来日するジョッキーも増えて、大いに刺激を受けていると思います。相撲と同じような状況だなと感じますが、今の日本の若い騎手はよく勉強して伸びてきている。

私が中学生の頃かな、アーキャロという米競馬殿堂入りを果たしている名手が騎乗を披露するために来日したこともありました。京都にも米国人ジョッキーが来て、調教を見せてくれたりしましたよ。調教方法も違えば、体形も違うし、柔らかい騎手も多かった。肺活量なのか、ずいぶん追ってくるなあと当時は私も刺激を受けました。今、恵まれていると思うのは、JRAが一部の国でなく、いろんな国の騎手を受け入れていること。騎手の世界は本当にインターナショナルになっていると思います。

調教師の世界も昔と今では大きく変わりました。私が免許を取ったのは71年。ただ、しばらくは勉強しなさいと開業まで2年の期間がありました。その間に父が亡くなったので、10カ月間ほどかな、大久保石松さん(元調教師)に面倒をみてもらいましたね。石松さんは今の沖芳夫調教師や、高橋亮調教師のお父さんの高橋隆元調教師の師匠。私も父以上に馬の見方や作り方をいろいろ教えてもらいました。今は水曜に追い切る馬が多いですが、当時の追い日(追い切りを行う日)といえば木曜。調教方法なども今とは大きく違ったんですよ。(つづく。取材・構成=伊嶋健一郎)

(2016年1月26日付 日刊スポーツ紙面より)

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