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競馬

明日への伝言

柴田政人師 ダービー制覇後に出た名言の真相語る

連載「明日への伝言 先人から競馬界の後輩へ」引退調教師編の第3回は、騎手時代にウイニングチケットで93年のダービーを制した柴田政人調教師(70)。元東京本紙・堀内泰夫記者(73)との対談で、念願のダービー制覇など騎手、調教師と50年を超える競馬人生を振り返った。

堀内 騎手になったきっかけは?

柴田師 おじ(柴田不二男)が調教師をやっていて競馬の世界を知っていた。自然とこの世界に入っていったね。

堀内 同期に福永洋一さん、岡部幸雄さんら日本を代表する騎手がいた。いいライバルは大きい。

柴田師 仲良くてね。腹を割って話せる同期。

堀内 所属した高松三太調教師はいい師匠でしたね。

柴田師 生まれが同じ青森県の同じ町(上北町=現東北町)なんですよ。調教師になるから、俺のところに来いと。

堀内 思い出すのはデビュー6連勝したアローエクスプレス。70年のクラシックを前にしてキャリアのある加賀武見騎手に乗り替わった<注釈1>。

柴田師 昔はそういうことがよくあった。デビューして4年目ぐらいだったかな。あれだけの馬だから。一流の馬は一流の騎手が乗ると、よく言われていた。

堀内 若手騎手の苦難の例でしたけど、あれ以降、勝ち星が増えた。78年皐月賞はファンタストでクラシックを初めて勝った。<注釈2>

柴田師 アローエクスプレスの分もあるのかな。同じ伊達(秀和)さんが馬主でしたから。

堀内 すごく記憶に残っているのがキョウエイプロミスの83年ジャパンC。当時、日本の馬がかなわない時代で2着に入った。

柴田師 あのレースで日本の人たちが、やれるという気持ちを持ったと思う。プロミスは天皇賞を勝った後もいい状態だったから。

堀内 ミホシンザンの菊花賞など長距離で勝っているイメージがある。

柴田師 レースの流れをじっくり見ながらというのが好きでした。けん制し合ったり、道中の駆け引きとか。

堀内 85年以降はオーストラリア、英国、フランス、米国でも騎乗<注釈3>。特にアサティスは90年キングジョージ6世&クイーンエリザベスSで3着。海外騎乗では一番印象に残る。

柴田師 向こうでずっと攻め馬に乗っていたからね。欧州の力のいる馬場が合った。その年の凱旋門賞も乗った(12着)。

堀内 当時、日本の騎手が海外で乗ることは価値が高かった。

柴田師 大きい財産。欧州の馬場はハード。それに応える体づくりが必要だね。向こうの騎手はばてた馬を起こして前に出す。若手はどんどん海外に行って乗ることが大事。いろいろな国の競馬があるからね。

堀内 93年からは日本騎手クラブの会長も務めた。

柴田師 当時、ファンとは距離があった。ファンは一生懸命応援しているのに交流がない。郷原さん(元騎手、元調教師)が会長で僕が支部長だった時に郷原さんを口説いて、JRA本部には何度も行った。けがをしたらどうするのか、と言われたけどね。ようやく皐月賞の後に「ファンと騎手との集い」(91年初開催で毎年恒例)が実現してね。チャリティーオークションもやって、ステッキとか鞍とかのオークションで集まった金額を施設に寄付。今でも集いが続いているはうれしいね。

堀内 忘れてはいけないのが93年のダービー。ウイニングチケットで念願の制覇<注釈4>。「世界中のホースマンに第60回日本ダービーを勝った柴田政人です、と伝えたい」は名言になった。

柴田師 海外に行っている時にダービーを勝っているかと、よく聞かれた。勝っていなかったから寂しかった。そういう気持ちがずっとあった。だから自然とあの言葉が出た。

堀内 勝った時の心境は?

柴田師 東京オリンピック(五輪)の64年にこの世界(馬事公苑の騎手養成所)に希望を持って入って、ダービーを勝つのは夢だったから。うれしかったね。あれからレースでは気持ちに余裕が出て、翌年4月までぶっちぎりでリーディングトップだった。

堀内 落馬の影響で騎手を引退して調教師に。所属した石橋騎手を育てた。

柴田師 人が育たないと馬も育たないしね。石橋も1人前になった。乗り方や手綱のことまで教えた。追う姿勢が一生懸命でしょう。オーバーアクションでいいから、迫力を見せろと言ってきた。AJCCでは戸崎騎手からシャケトラに急きょ乗り替わって勝ったでしょう。認められているんでしょうね。チャンスも生かした。

堀内 今、外国人騎手が活躍している。

柴田師 マーフィー騎手に管理馬に乗ってもらった。馬を遊ばせない。馬の全能力を出し切る。他の騎手は見習うべきなんだろうね。

<注釈<1>> 12月の朝日杯3歳Sを加賀騎手で制したアローエクスプレスは、年明けの京成杯で2戦ぶりに柴田政騎手が手綱を取ってデビューから無傷の6連勝を飾った。続く3月のスプリングSは関西王者タニノムーティエに初めて土をつけられ、皐月賞(2着)では再び加賀騎手が騎乗した。

<注釈<2>> ファンタストはデビューから柴田政騎手が手綱を取り弥生賞、皐月賞と連勝。70年皐月賞で2着に惜敗したアローエクスプレスは、くしくも叔父に当たる。

<注釈<3>> 87年にオーストラリア遠征して海外初騎乗。89年夏には英国、フランスにスポット参戦。アサティスで90年キングジョージ6世&クイーンエリザベスSに挑み、その後は米国のレースも経験した。

<注釈<4>> 柴田師は騎手時代、ダービー初騎乗が69年のダンデイボーイ(23着)。92年まで18回騎乗して88年コクサイトリプル、91年イイデセゾンのそれぞれ3着が最高。93年ウイニングチケットは19回目の挑戦で悲願を達成した。【構成=久野朗】

◆柴田政人(しばた・まさと)1948年(昭23)8月19日、青森県生まれ。67年に騎手デビュー。78年皐月賞(ファンタスト)を皮切りに、81年桜花賞(ブロケード)、85年皐月賞&菊花賞&87年天皇賞・春(ミホシンザン)、89年有馬記念(イナリワン)、93年ダービー(ウイニングチケット)など重賞89勝(G1級15勝)を含む1767勝。95年に騎手引退、翌96年に開業してJRA通算190勝(3日現在)。14年に岡部幸雄元騎手らとともに競馬の殿堂入り。

◆堀内泰夫(ほりうち・やすお)1945年(昭20)3月16日、山梨県生まれ。68年に日刊スポーツ東京本社レース部配属となり、以後、中央競馬担当一筋。本紙予想は20年以上務めた。思い出の馬は69、70年に有馬記念を連覇したスピードシンボリ。愛称「ホリさん」。

ウイニングチケットで日本ダービーを制しこぶしを突き上げ喜ぶ柴田政人騎手(1993年5月30日撮影)

ウイニングチケットで日本ダービーを制しこぶしを突き上げ喜ぶ柴田政人騎手(1993年5月30日撮影)

 [2019年02月05日]

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