女性厩務員のできるまで

仰げば尊し師たちの恩/坂井コラム第55弾

皆様いかがお過ごしでしょうか。皆さんは「恩師」や「師匠」と呼ぶ存在の方がいはりますか?

「突然なんやねん」と思わはりますよね(笑い)。最近昔を思い出すことが多く、私は「恩師」や「師匠」と呼べるような方にたくさん出会ってきたなと、ふと思ったのです。

中学3年生の担任の先生は、私の進路を考え、高校と話し合いをする時に「この子の価値を数字だけで見ないで、積極性や人間性を評価して欲しい」と掛け合ってくれたそうです。普段、そんなことを言う先生ではなかったので、驚いたのと同時にうれしく思ったことを思い出します。

そして高校で3年間担任をしてくれはった先生も、私が将来大学に進まず厩務員さんの道に進もうと思っていることを相談すると、同じ道を目指して牧場で修業している卒業生を探して紹介してくれはったり、乗馬の時間に遅刻すると馬に乗れなかったので、授業が終わったらすぐ乗馬に向かいたい、という私の願いを学校側に掛け合ってくれたりと、「厩務員さんになりたい」という目標に力を貸してくれはりました。

後々、当時のことを話す機会があったのですが「なぜあんなに協力してくれはったんですか?」と聞いてみると「厩務員さんは厳しい世界やと聞いていたから、現実を見て、やっぱり大学行きますって言わんかなって思てたんやけどな」と言われて、「やめる言うおもてたんかーい」とツッコんでおきました。

そんな2人の先生は私と向き合ってくれる恩師でした。その後、社会に出てお馬さんの世界に飛び込むのですが、そこで2人の師匠と出会います。

その1人は、お馬さんについて何も知らず、経験のない私を受け入れて厩務員さんになるために後押ししてくれはった「北海道の親父さん」である、へいはた牧場の社長です。私は社長のことを「親父さん」と呼んでいたのでそう書かせてもらいます。

高校卒業後「将来厩務員さんを目指しているのですが、修業させてもらえませんか?」と牧場を探していたのですが、どこからも良い返事がもらえずにいました。

そんな話を聞いた親父さんが「うちでお預かりしましょう」と行くところのなかった私を拾ってくれはりました。

「ただし、うちでの修業はほんまに厳しいのを覚悟して来なさい。男の子でも音をあげて帰っていくこともあるからね」と最初に言われました。

正直、だいぶビビりながら牧場に向かったのを覚えています(笑い)。それでも、ここで修業させてもらえないと厩務員さんの道が開けないと思い、気合だけで「よろしくお願いいたします」と言うていました。

親父さんと初めてお会いしたのはその時でした。

今から20年ほど前、親父さんは60歳代半ばでしたが、体が大きくて若々しく口を真一文字にしていて「ザ・頑固おやじ」という第一印象でした。その印象はあながち間違ってなかったと思います(笑い)。

何といっても親父さんはパワフルな方で、時間があればトラクターに乗って牧場整備をしたり、青草を刈ったり。「少し休憩しましょう」と言ってもずっと何かしら作業していた姿を思い出します。

一番印象的だったのは、しゃがんだ格好のまま、でっかい岩を持ち上げたことです。その姿を見た時、「親父さんを本気で怒らせたらやばいな」と心でつぶやきました(笑い)。親父さんは仕事には厳しい人でしたが愛情深い人でした。厳しさは全てお馬さんのことを真剣に考えていはるからでした。親父さんには常に「こうしてあげたら、お馬さんがもっとよくなるよ」といろいろ教えていただきました。

その上、「女の子が厩務員さんになる道はほんまに厳しいから」と仕事後、私のトレーニングに付き合ってくれはったり、「お馬さんに乗る時はこうして引っ張るんだよ」と手綱をひくトレーニングの相手をしてくれはったりと、私の夢のためにあらゆる力添えをしてくれはりました。

私生活にも厳しかったけど、親父さんがいてくれはったから私は厩務員さんになることができたと思います。私はそんな愛情深い親父さんのことが大好きです。

そしてもう1人の師匠は、昆調教師です。昆先生も所属の決まらない私を拾って育ててくれはりました。

先生は「千晃の明るさが厩舎の雰囲気を良くしてくれると思ってうちに来てもらったよ」と言うてくれはりました。

働いていて失敗することもあったし、注意を受けることもありましたが、たくさん勉強させてもらいました。先生は私が辞める時も「千晃の良さはその明るいところだ」と言うてくれてはりました。その言葉がとても自信になったし、前向きに頑張ることが出来たと思っています。

へいはたの親父さんと昆先生との出会いがなければ、私はおそらく厩務員さんにはなれていなかったと思います。本当に感謝しかありません。

そんなことを考えながら今回のコラムを書いていると、ヒルノダムールの天皇賞・春(2011年)を思い出しました。話が急展開ですがついてきてください(笑い)。

レースはお馬さんが入れ代わり立ち代わりポジション争いをしていましたが、ダムールはその争いには加わらず別世界にいるように私には見えました。そして直線を向くとダムールの前が開けてゴールまで駆け抜けていきました。

当時テレビでレースを見ていた私は、ダムールの前に勝つためのルートが出来ているような不思議な感覚だったのを思い出します。

さて今回の天皇賞・春はどのお馬さんの前に「ヴィクトリーロード」が開けるのでしょうか。今から楽しみです。

今回はこの辺りで。皆様、ごきげんよう。

へいはた牧場は厳しい環境ですが親父さんは常にお馬さんのことを真剣に考えていました

へいはた牧場は厳しい環境ですが親父さんは常にお馬さんのことを真剣に考えていました

11年の天皇賞・春はヒルノダムールの前にルートが出来ているような不思議な感覚でした

11年の天皇賞・春はヒルノダムールの前にルートが出来ているような不思議な感覚でした

 [2021年04月26日]

坂井千晃
 坂井千晃(さかい・ちあき)京都市生まれ。中学時代に競馬に出会い、高校在学時に京都競馬場乗馬センターで乗馬を始める。卒業後、北海道静内にある、へいはた牧場で3年半修業し、競馬学校に合格。04年からJRA栗東トレーニングセンター昆貢厩舎で、調教厩務員、調教助手として12年以上働き16年に退職。

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