06年ハーツクライ馬房では寂しがった/Kジョージ

東西の極ウマ記者が競馬の楽しさ、奥深さを伝える「ケイバラプソディー ~楽しい競馬~」。今回は、キングジョージ6世&クイーンエリザベスSにシュヴァルグランが参戦するのに合わせ、同馬の父ハーツクライが06年の同レースに参戦した時、同行取材した岡本光男記者が当時を振り返る。

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シュヴァルグランが滞在するイギリスのニューマーケットは「競馬の聖地」と言われている。イギリス競馬の拠点で、調教場だけでなく、クラシックレースが行われる競馬場や牧場も隣接し、国立種馬場、国立競馬博物館まである。日本にたとえれば栗東や美浦トレセンの横に競馬場があり、さらに日高のような馬産地があるようなものだ。

記者は06年の「キングジョージ」に参戦したハーツクライに同行し、ニューマーケットへ出張した。到着したのは夜だったが、翌朝ホテルの部屋のカーテンを開けると、すぐ目の前の道を馬が歩いていた。それほど馬と一般人が近い。

ウォーレンヒルとロングヒルという調教コースの間を走る道路は一般道で、近所のグラウンドで野球を見るように誰でも調教を見学できる。コース内も午後には立ち入れるので、仕事の後には山歩きをするようにロングヒルを散策した。

ハーツクライはニューマーケットで地元馬にまじって調教されていた。だが、帯同馬のいない1頭での遠征だったので、馬房内では寂しがっていたという。山本国雄厩務員は「いつもは馬房内で威張っているのに、ニューマーケットでは甘えてきた。初めてかわいいなと思った」と目を細めていた。慣れない環境に食欲も落ち、橋口弘次郎調教師(当時)は「一時は出走をやめようかと思ったぐらい」不安だったという。

それでもレースでは見せ場を作った。舞台のアスコットは、ラスト約1600メートルがずっと上り坂という日本にはないタフなコースだが、体調が万全でないにもかかわらず直線ではいったん先頭に立ち、3着に踏ん張った。橋口師が「十分に通用することが分かった。来年もう1度、来たい」とレース後に語っていたのを覚えている。だが、その後にのど鳴りを発症し、再度の遠征はかなわなかった。

ハーツクライの産駒シュヴァルグランがキングジョージに挑むのは、なんとも幸運な巡り合わせだ。それをうれしく思っている人は多いと思う。【岡本光男】