91年ダイユウサク史上最高の単勝万馬券/有馬記念

<1991年(平3)>

平成の競馬史を振り返る「Legacy~語り継ぐ平成の競馬~」は有馬記念スペシャルとして4回連載。2回目は、有馬史上最高の単勝払戻金1万3790円を記録した、平成3年(91年)の優勝馬ダイユウサクを取り上げる。【取材・構成=岡本光男】

たびたび波乱となる有馬記念だが、単勝が万馬券になったのは過去62回の歴史で1度しかない。それを生み出したのが91年のダイユウサクだった。

戦前のダイユウサクは2000メートル以下の馬という印象が強かった。メンバー最年長で、唯一の6歳馬(当時表記は7歳)だけに、ある程度評価の固まった馬でもあった。主戦の熊沢騎手も「本質的にはマイル以下がいいと思っていた」ほどで、師匠の内藤繁春師(当時)から有馬記念参戦を告げられた時は「正直、驚いた」と振り返る。

マイラーが別カテゴリーのレースに参戦してきたという印象だけに、15頭中14番人気という低評価も仕方がなかった。「正直、距離に自信はなかった」という熊沢騎手はスタミナ温存を心がけた。短距離で先行するほどのスピードがあったが、この時の位置取りは中団の後ろ。すぐ前に単勝1・7倍という圧倒的1番人気を背負ったメジロマックイーンがいたが、それは「たまたま」だった。

最後の直線、大観衆の視線は、馬場の真ん中を伸びるマックイーンの芦毛の馬体に注がれていた。大半の人は、内を縫って伸びてくる鹿毛に気づいたのがゴール寸前だった。「必死に追ったらすごい勢いで伸びてくれた。これは突き抜ける、と直感した」。23歳の若武者は「信じられない気持ち」のまま右手を大きく上げる。勝ち時計の2分30秒6は当時のコースレコードだった。「人気がなかったのは仕方のないことだけど、あのレースに関してはフロックではなかった。強い競馬だったと思う」。今でも現役の熊沢騎手は27年前を振り返る。

有馬記念だけ馬券を買う人や、有馬記念で初めて馬券を買う人は多い。そんなファンたちに、競馬が意外性のドラマであることを伝えたグランプリだった。

◆ダイユウサク 85年6月12日、優駿牧場(北海道門別町=現日高町)生まれ。父ノノアルコ、母クニノキヨコ(母父ダイコーター)。牡、鹿毛。体質が弱く3歳(旧4歳)の88年10月にデビュー。91年の金杯(西)で重賞初制覇。通算38戦11勝(重賞2勝)。92年に引退して種牡馬入り。13年12月8日に老衰で死んだ。

91年の有馬記念を制したダイユウサク(左)
91年の有馬記念を制したダイユウサク(左)