ジェンティルドンナ7センチ差勝利 7冠への序章

<2012年(平24)>

平成の競馬史を振り返る「Legacy~語り継ぐ平成の競馬~」は、史上4頭目の牝馬3冠馬ジェンティルドンナを取り上げる。平成24年(12年)に桜花賞、オークスを制し、秋華賞はヴィルシーナとの激しいたたき合い。写真判定の末、後の7冠につながる勝利を挙げた。【取材・構成=網孝広、木村有三】

「負けたと思った。負けたんじゃないかと・・・」。石坂正師は6年前の瞬間を、そう振り返った。一方の岩田騎手は「ゴールした時、何とか勝ったんじゃないかとは思いました」。乗り役と調教師の相違。それほど際どかった。12年10月14日の秋華賞。結果は鼻差、首の上げ下げ、約7センチ差の勝利だった。

3冠目は厳しいレースだった。ヴィルシーナは内田騎手が絶妙な戦法でハナを奪い、超スローペースに持ち込む。ジェンティルは中団外め。届くのか・・・。「必死でした。展開も速かったけどヴィルシーナもしぶとかった。3冠がかかっていたし、絶対勝たないといけないレースだった」と岩田騎手は当時の心境を語る。桜花賞は半馬身差、オークスは5馬身差。連続2着のヴィルシーナの雪辱か。大歓声が2頭を追いかけた。

「馬が分かっているんですよ」とは、当時担当だった日迫厩務員。VTRを繰り返し見ると、ゴール前で右手前に替わっている。ジェンティルは一瞬、ふわっとしたように映る。「一瞬、頭が高くなった。でも、ゴール板のところで、自分から頭を下げたように見えた。あの馬はゴールをよく分かっている」。頭を下げる方が有利と馬が理解していた-今でもそう信じている。「競馬をよく知っていた。あの瞬間も、何となく分かったんだろうね」。

あの7センチが運命を変えた。「負けてたら、エリザベス女王杯に行ったと思う。たとえ鼻差でもね。だからもし負けていたら、この馬の競走成績は変わったでしょうね。ジャパンCは使ってない」と師。わずか「7センチ」の差が、「7冠」への序章となったのだ。

あの勝利がなければ、オルフェーヴルとの激闘も生まれなかった。12年ジャパンCは3冠馬VS3冠牝馬の対決。馬体が並んだラスト300メートルは平成の名場面。再び鼻差の勝利だった。翌13年のジャパンCで、史上初の連覇を達成。三たび鼻差で2着馬を退けた。3冠牝馬のプライドなのか。並ばれると、より強さを発揮した。師も「本当に燃えた時の闘争本能はすごかった」と記憶している。

ラストランの14年有馬記念。11万人が見守る中、激しい競り合いを繰り広げた。外からゴールドシップが迫ってもひるまない。闘志で先頭を守った。3/4馬身差。父ディープインパクトに並ぶ7冠を達成した。

7年越しの後日談を記しておきたい。日迫厩務員によると、有馬のジェンティルは直線でハロン棒をゴールと勘違いして一瞬やめかけたというのだ。「赤いのが1本ある。そこをゴールと思って、ふうっとした。後ろから来たから伸びたんですよ」。ゴールをよく分かっているはずのジェンティルが・・・。それでもなお、伸びて勝ち切る。「メンタルの強さは半端なかった。お父さんに似たんだと思う」。

驚異的とも言える勝負強さは父譲り。阪神、東京、京都、そして最後に、初登場の中山で人々の記憶に残った。

12年10月14日第17回秋華賞 ヴィルシーナ(左)とのたたき合いを制して秋華賞に勝ち「牝馬3冠」を達成するジェンティルドンナ
12年10月14日第17回秋華賞 ヴィルシーナ(左)とのたたき合いを制して秋華賞に勝ち「牝馬3冠」を達成するジェンティルドンナ