20代、礎築いた英ニューマーケットでの4年間

<藤沢和雄師 Happy People Make Happy Horse(1)>

来年2月で定年を迎える名伯楽・藤沢和雄調教師(69)が語る「Happy People Make Happy Horse 幸せな人間が、幸せな馬を作る」が、今月から月イチ連載(第1金曜日掲載)でスタートする。すべてのホースマン、競馬ファンに送る第1回は、ホースマンの基礎を築いたニューマーケットと恩人&同士たち、愛する言葉との出会い、今週日曜の大阪杯への思いを伝えます。

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「カズオ、ハッピーピープル・メイク・ハッピーホースさ」。これは私が若い頃、ニューマーケットで聞いた言葉です。一緒に働いていたアイルランド人の同僚ショーン・マギーという男とパブで飲んでいたとき、彼が何げなく言った言葉でした。向こうのホースマンの多くは陽気で、すれ違う人は顔見知りでなくてもあいさつをする。「やあ、元気かい」「いい天気だな」。いつも笑っていられるような人が幸せな馬をつくることができる。この世界に入ってから、いつも胸の中に抱いている言葉です。

私が英国へ行ったのは昭和48年(1973年)です。大学を卒業し、実家(生産牧場)や近所の青藍牧場のお手伝いをしていたのですが、その牧場の田中良熊(よしくま)さんと東サラ商会(競走馬の商社)の奥保城(やすき)さんが英国で勉強するように勧めてくれたことがきっかけでした。成田からアンカレッジ経由でロンドンのヒースローへ。荷物はトランク1つだけでした。英語もまともに話せないのに強い憧れがありました。ニューマーケットへ行くのも最初は生産牧場を1年、厩舎で1年の勉強のつもりだったんです。ただ、馬に乗ることが面白くて、結局4年間、プリチャード・ゴードン厩舎で働きました。2年目に厩舎の場所が替わって、「スタンレーハウス」(※建物の名前)になりました。ダービー卿が建てた厩舎で、ハイペリオン(20世紀の名馬。種牡馬で6度の英国リーディングを獲得)が育った場所で、現在はゴドルフィンがそこにあります。馬と向き合った4年間でした。そういう環境で勉強させてもらったことを感謝してます。

当時は英国以外に世界中、ヨーロッパの国々や南半球の国々やとにかく世界中から競馬を学ぶ若者が集まるのがニューマーケットでした。仲の良かったフィリップ・ジャコメッティ、タイキシャトルのときにお世話になったトニー・クラウトや18年のフランスダービーをディープインパクト産駒のスタディオブマンで制したパスカル・バリーなどはフランスで調教師になりましたし、パトリック・バーブ(競走馬エージェント)も当時からの知り合いです。世界中から若い人が集まってきました。同年代で一緒に時間を過ごした彼らが頑張っていることが自分の励みにもなりました。

帰国してトレセンに入り、調教師となって数年後、私にあの言葉を教えてくれたショーン・マギーが日本へやってきました。ジャパンCへ担当馬のペンタイアを連れてきたのです(96年8着)。パドックを引く姿はカッコ良かった。ペンタイアは愛チャンピオンSやキングジョージを勝った馬で気性が激しかったのですが、マギーは立ち上がる馬にはいつも笑って馬をなだめながら、天を指さしてこんなジョークを言っていました。「トーク トゥ ゴッド」。今、この馬は神様と話しているんだ、と。私はこの言葉も大好きです。

今週は大阪杯がありますね。パドックでうるさいしぐさや、もしかしたら立ち上がる馬がいるかもしれません。そんなとき、「トーク トゥ ゴッド」という言葉を思い浮かべてみてください。私は来年2月に定年になりますが、やることは変わりません。グランアレグリアをハッピーな状態で送り出せるようにしっかりやっていこうと思います。(JRA調教師)

◆藤沢和雄(ふじさわ・かずお) 1951年(昭26)9月22日、北海道生まれ。73~77年に英国のプリチャード・ゴードン厩舎で学び、帰国後に美浦トレセンへ。菊池一雄厩舎で81年の2冠馬カツトップエース、野平祐二厩舎で皇帝シンボリルドルフに携わる。88年に開業し、JRA通算1532勝、重賞124勝(1日現在)。管理した主なG1馬にシンコウラブリイ、バブルガムフェロー、タイキシャトル、タイキブリザード、シンボリクリスエス、ゼンノロブロイ、ダンスインザムード、スピルバーグ、ソウルスターリング、レイデオロなど。

藤沢和雄調教師
藤沢和雄調教師
酒井清司カメラマンが撮影していたショーン・マギーさん。96年ジャパンCのパドックでペンタイアと歩く
酒井清司カメラマンが撮影していたショーン・マギーさん。96年ジャパンCのパドックでペンタイアと歩く
ニューマーケットの名物坂路「ウォーレンヒル」(撮影・木南友輔)
ニューマーケットの名物坂路「ウォーレンヒル」(撮影・木南友輔)
ニューマーケットの街並み(撮影・木南友輔)
ニューマーケットの街並み(撮影・木南友輔)
ニューマーケットのシンボルのひとつ「クロックタワー」(撮影・木南友輔)
ニューマーケットのシンボルのひとつ「クロックタワー」(撮影・木南友輔)