「行き場」を用意し馬に恩返し 2つの活動が軌道に

来年2月末で引退する角居勝彦調教師(56)が競馬を語る月イチ連載コラム「Thanks Horse」第7回は、ライフワークとして取り組む引退馬支援の活動を紹介する。馬を救い、人を助ける-。はるかな理想を追い求める挑戦はまだまだ続いていく。

引退した競走馬の中には、行き場を失って処分されてしまう馬もいます。30年ほど前に、まだ持ち乗りの調教助手をしていた頃から「なんとかできないか」と思っていました。やがて調教師となり、おかげさまで結果も出せるようになって、馬への恩返しを実現しようと動き始めました。

大事なのは引退競走馬の「行き場」を用意することです。1頭の馬が余生を送るには年間何十万円もの経費がかかりますから、処分されないためには、人の役に立って食いぶちを稼ぐ必要があります。乗馬や繁殖馬以外だと、ホースセラピーという道ができつつあります。心や体に障がいを抱えた人たちが、馬にふれ合ったり乗ったりすると、症状に改善がみられるということは世界中で報告されています。こうした活躍の場を行政などに認めてもらい、経費のめどが立てば、馬を救うことにつながります。

まずは世間への認知度を高める活動から始めました。11年から立ち上げたイベント「サンクスホースデイズ」は、ホースセラピーや障がい者乗馬の実演など、馬の魅力を発信するものです。騎手、調教師、厩舎スタッフ、馬主、牧場など、いろんな方々へ協力や支援をお願いして、JRAや地方の競馬場をはじめ全国各地で開催しています。

ただ、こうしたイベントは啓発やPRには有効ですが、何百万円もの経費がかかるわりに「形」としては何も残りません。もっと直接的に馬を救うためのシステムが必要だと考え始めました。今では2つの活動が軌道に乗りつつあります。

1つ目は、引退馬のファンクラブ制度です。「TCC FANS」では、引退した競走馬を一口馬主のような形で支援してもらっています。昨年に栗東市内にオープンしたTCCセラピーパークでは、児童発達支援や放課後等デイサービスとしてホースセラピーを実施するほか、行き場を失った馬を“一時避難”させる「ホースシェルター」という施設もあります。

2つ目は、引退した競走馬を乗馬になれるよう再調教する「リトレーニング」です。これには約半年の期間が必要で、乗馬クラブに経済的な負担がかかります。岡山県の吉備中央町にある吉備高原サラブリトレーニングでは、同町のふるさと納税制度を活用して全国から活動資金を募り、再調教を請け負っています。

何千年も前から、馬は人と寄り添って生きてきました。まだまだ、できることはたくさんあります。たとえば、過疎化した山奥ではクマやイノシシの出没が問題になっていますが、馬がいれば寄りつかないそうです。また、馬ふんは肥料として注目されつつあります。ただ草を食べているだけで役立つのなら、競走馬も乗馬も引退した高齢馬が余生を送る場にもなります。

おかしな発想と思われるかもしれませんが、企業などでコミュニケーションの研修に活用できないかとも考えています。馬は言葉を話しませんが「イエス」や「ノー」の反応ができます。馬とふれ合うことで、しぐさや表情から心を読み取る訓練になるはずです。

人と共生する場が増えれば、馬が生きる道は広がります。まだまだゴールは見えず、ようやくゲートに入ったぐらいの段階です。調教師を引退した後も、この活動には携わっていくつもりです。(JRA調教師)

◆「TCC FANS」 月会費1000円の一般会員のほか、ホースシェルターを支援するシェルターサポーター(同2000円)、特定の引退競走馬を一口オーナーとして支援するTCCホースオーナー(一口4000円、半口2000円)を募集している。詳しくは公式サイト(www.tcc-japan.com/fans)で。

◆吉備高原サラブリトレーニング 岡山県吉備中央町のふるさと納税も利用して資金を集め、引退した競走馬を乗馬へ転用する再調教を行っている。ふるさと納税についてはサイト(https://www.furusato-tax.jp/gcf/807)で。

昨年、栗東市内にオープンしたTCCセラピーパーク(撮影・太田尚樹)
昨年、栗東市内にオープンしたTCCセラピーパーク(撮影・太田尚樹)