角居勝彦元師の極意「いかに負けるリスク減らすか」

連載「明日への伝言 ~先人から競馬界の後輩へ~」引退調教師編は先週に引き続き、2月28日で調教師生活にピリオドを打った角居勝彦元師(56)が登場する。後編では、栄光の裏にあった知られざる葛藤や、馬に乗るこだわりについて明かした。【取材・構成=太田尚樹】

もともと飽き性の私にとって、競馬の世界は合っていたのかもしれません。競馬は毎週、レースで次々と結果が出るからです。人間はいい成績が続くと努力をしなくなりがちですが、騎手や調教師にとって勝率2割は至難の業で、だいたいは10回のレースで1勝できるかどうか。いい成績が続かないのが競馬です。

野球の名選手で名監督だった野村克也さんが(江戸時代の大名だった松浦静山の)「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という言葉をよく引用しておられました。敗戦には必ず理由があります。だから負ければ「なんで負けたのか」と悩みます。レースが10回あれば9回は悩むわけです。

一方で、10回のうち1回でも勝てば、それで許されてしまう世界でもあります。心の中でへこんだりイライラしたりしていても周りの評価は上がっていって「これでいいのかな」という葛藤もありました。ただ、人間には嫌な過去を消す力があります。みなさんも楽しい思い出の方が心に残りやすくないですか? 調教師にとっては、上手に物忘れをすることが大事なのかもしれません(笑い)。

競馬はやはり「ギャンブル」なんだと思います。私のような何もない人間が、ここまでうまくやってこられたのは競馬のおかげですが、厩舎の成績は上がり下がりがあって、ばくちのような側面もあります。石橋をたたくように負けない方法を探すのか、大きく勝つ“必殺技”を探すのか。私自身は賭け事をやりませんが、そのあたりは似ていると思います。私はまず、負けるリスクを減らすことから考えました。たとえば、調子の悪い馬をレースに使わないことも1つです。

一方で、ビジネスの側面もあります。調教師としては、オーナーにいい馬を預けてもらえるかどうか、つまり「仕入れ」が勝負の大きな分かれ目になります。そこはギャンブルではなくビジネスなので、しっかり戦略を立てなければなりません。

そんな日々の中で、馬に乗ることは、私にとって働くリズムをつくるために欠かせないものでした。調教師という仕事は、いわゆるデスクワークに専念していても成り立ちます。ただ、私の場合は、それだけをしたくて、この世界に入ったわけではありません。自分のモチベーションにもなっていました。

調教師が馬に乗ると、デメリットもあります。私が乗っている間は、厩舎全体を見渡すことができなくなりますし、乗り手の1人が待たなければなりません。それでも、馬のことを分かるには、実際に乗ってみるのが一番です。またがってみて「やっぱり」と思ったり「あれ?」と思ったりしたことをスタッフに伝えて「こうしてほしい」とリクエストを出すことができます。G1馬の背中の感覚を体感することで勉強にもなりました。

開業したのが01年の3月でしたので、ちょうど丸20年の調教師生活でした。引退した先生方がおっしゃっていたように、やはり早かったです。あっという間でした。いろんな思いをしましたが、本当にいい競馬人生だったと思います。(おわり)

◆角居勝彦(すみい・かつひこ)1964年(昭39)3月28日、石川県生まれ。競馬に縁のない家庭に育ったが、牧場勤務を経て86年に栗東トレセンで調教助手に。00年調教師免許を取得し、01年に開業。07年に牝馬ウオッカでダービー制覇を果たす。11年にヴィクトワールピサでドバイワールドCを勝利。05、08、10、13、14年にJRA賞最多賞金獲得調教師、11~13年にJRA賞最多勝利調教師。JRA通算5510戦762勝。JRA重賞82勝。G1はJRA26勝、海外5勝、地方7勝の計38勝。引退後は石川県で天理教の布教所を継ぐ。

ファンへの思いを色紙にしたためた角居勝彦元調教師
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2月末で引退した調教師
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