お馬さんが幸せな余生を過ごす場所/坂井コラム第18弾

 皆様、いかがお過ごしでしょうか。春競馬最後のG1・宝塚記念となりました。突然ですが、皆様は競走馬が引退した後どの様に過ごしているかご存じでしょうか。

 G1をたくさん勝ったお馬さんたちは種牡馬や、繫殖牝馬としての第2の「馬生」が待っています。では、それ以外の場合はどうしているのか・・・。地方競馬に所属を移す馬や、乗馬として新しい「馬生」を歩む子もいます。

 私も12年と少し厩務員さんをして何頭もの担当馬と出会ってきました。ありがたいことに、ほとんどの担当馬が生まれ故郷の牧場に帰り、お母さんとしての第2の「馬生」を送っているので、探さなくても幸せそうに過ごしている姿をいつでも見に行くことが出来ます。

 でも、そんな馬ばかりではありません。今回なぜこんな話を冒頭に書いたかと言うと、今、高知県にある「土佐黒潮牧場」に来ています。

 「土佐黒潮牧場」は現役を終えたお馬さんたちが天寿を全うするまで暮らしている、養老牧場です。

 もちろん、そこにいるお馬さんたちが生活するには飼料代や医療費、管理費用などが発生します。その生活費は「黒潮友馬会」と言う里親会員さんたちが、それぞれの馬の馬主さんとして支援していはります。

 なぜここにやってきたかと言うと、元女性厩務員の先輩である「むっちゃん」に現役時代担当していたお馬さんがいるので「一緒に行かへん?」と誘っていただき、やってきました。

 むっちゃんが担当していたお馬さんは「ヘッドライナー」君。2010年CBC賞をとった重賞ウイナーなので覚えている方もいはるんではないでしょうか。

 むっちゃんはその「ライちゃん」の里親会員として支援をしながら、自分の時間があるときにこの「土佐黒潮牧場」にきて牧場作業をお手伝いしてはります。

 今回、自分の目で見て感じたことを書きたいという思いもありましたが、久々にお馬さんのボロ拾いをしたり、お手入れをしたり、飲み水をかえたり、触れあえたり、作業をお手伝いさしてもらうことにワクワクしていました。

 初日、夕方前に到着して「土佐黒潮牧場」の代表である由起子さんと由起子さんのお母様、牧場従業員さんたちとごあいさつをして、早速「手入れしはりますか?」と言っていただき洗い場でお馬さんを洗わせてもらうことにしました。

 厩務員さんを辞めてから、お馬さんの顔をナデナデすることはあっても、本格的に手入れをするのなんて約2年ぶりです。

 裏ほりをして、シャワーで身体を洗い流してきれいにするんですが、自分が思っているように身体が動かない。お顔の手入れをしようと手を伸ばすと、「いや~ん」と頭をあげられて、「届かんー」とバタバタする始末(笑い)。

 隣を見てみると、私よりも少しだけ(笑い)年上のむっちゃんはスイスイと作業をして、「ライちゃん」をきれいにしていきます。さすが、定期的に「ライちゃん」に会いに来て、厩務員さんのお仕事をしているんやな。と感心しました。

 そして、案の定、初日を終えた私の身体はバッキバキの筋肉痛になったのは、言うまでもありませんでした(なぜか、肩甲骨が筋肉痛)。

 この「土佐黒潮牧場」は由起子さんのお父様である先代の代表が始められた牧場で、亡くなられた後は先代の遺志を継ぎ、お母様と2人の従業員さんと毎日お馬さんのお世話をしてはります。そして、「黒潮友馬会」の会員様たちがむっちゃんの様に、自分が支援しているお馬さんのお世話や、牧場の作業をお手伝いに来てくれはります。

 今まで生まれたての子馬ちゃんや、まだ何も知らない競走馬になる前の育成馬ちゃんたちや、トレセンに入って競走馬として戦うお馬さんたちの顔を見てきました。ここにいるお馬さんたちは、そのどの場所とも違う穏やかな顔で過ごしています。

 むっちゃんは「自分が今まで担当してきた馬は沢山いる。もちろん、その全てが幸せに余生を過ごして欲しいと思ってるねんけど、現実として、全馬の余生をお世話するってことはできひん。だからせめて、重賞を勝たせてくれたライちゃんが幸せに余生を過ごせる場所を探していた時にここに出会ったねん」と言わはります。

 ライちゃんの隣の馬房には、現役時代もお隣さんだった「フィールドルージュ」や、へいはた牧場生産の「レガシークレスト」、他にも重賞を勝ったお馬さんたちが牧場スタッフさんや会員さん、そしてむっちゃんの愛情に支えられて生きています。

 もちろん養老牧場ですから、現役時代の様にどこにも身体に問題ないお馬さんばかりではありません。その状態を少しでも楽になるよう治療しながら、彼らが瞳を閉じるその日までを生きる場所なのです。だから、この「土佐黒潮牧場」に集まる人達からは、「その時」を迎えることへの「覚悟」を持つのと同時に、「それまで」を幸せに過ごさせてあげたいという、強い「愛情」にあふれていました。

 私もへいはた牧場で、余生をのんびりと過ごしている「レガシーワールド」を近くで見てきましたが、これだけのお馬さんたちが余生を暮らす場所があるということを今まで知らずにいました。

 もちろん、決して金銭的な儲けなんてものはありません。3日間お世話になりましたが、この牧場は周りの人たちのお馬さんたちへの愛情であふれていて、私まで幸せな気持ちにさせてもらいました。

 帰る時に「また来るからね。それまで元気でいてね」と自然と言葉が出てくる場所でした。

 現役の競走馬の世界だけではなく、その後を過ごすお馬さんたちの、こういう世界もあるんですよということが皆様に少しでも知ってもらえたでしょうか?

 私の様に知らなかった人が、これをきっかけに知ってもらえたら、こんなにうれしいことはありません。

 さて、宝塚記念の話は全くしていませんが(笑い)今回はこの辺りで。

 それでは、またお会いしましょう。皆様ごきげんよう。

泥んこ遊びをした「フィールドルージュ号」と一緒にパチリ。左が「むっちゃん」こと鈴木睦子さん、右が坂井千晃さん。
泥んこ遊びをした「フィールドルージュ号」と一緒にパチリ。左が「むっちゃん」こと鈴木睦子さん、右が坂井千晃さん。