育児退職ゼロ熱望/坂井コラム第75弾

皆さま、いかがお過ごしでしょうか。凱旋門賞はごらんになられましたか? 日本馬たちには厳しい結果となりましたが、無事帰国されたという事でまた活躍される姿を楽しみにしています。

凱旋門賞は5歳牝馬・アルピニスタ号が優勝されました。パドックでは2人の女性がアルピニスタ号と歩いていはる姿を拝見しました。世界最高峰の舞台で女性が活躍される姿を見るとグッときますし、鳥肌がたちます。最近、日本の競馬でも女性の活躍は大変素晴らしいなと感じます。今は女性・男性で区別する時代ではありませんが、日本競馬の世界はまだ男性が圧倒的多数です。

なぜ突然こんなことを書いたかというと、最近1人の女性調教助手さんが退職されたからです。彼女の名前は伊藤春菜さん。以前コラムに登場してもらったので覚えている方もいはるのではないでしょうか。

彼女との出会いは10年ほど前の函館競馬場。担当馬のゲート練習についてきた私の横をゲートからさっそうと駆け抜けていったかわいい女性が春ちゃんでした。その姿があまりにもかっこよくて、普段自分から声をかけられない私が宿泊寮のお風呂場で「カッコイイね」と話しかけたのが最初でした。

今思うとヤバい先輩やん(笑い)。そんな私に嫌な顔せず付き合ってくれる優しいお友達です。普段は美浦と栗東で会えませんが、出張先で会うと一緒にご飯を食べに行ったりしていました。

私は女性調教助手さんとしても春ちゃんの事をとても尊敬しています。彼女はどんなにやんちゃなお馬さんでも、普通に調教に乗ってくるし、追い切りにも乗ってはります。その姿は男性たちにも負けないパワフルさと、女性ならではの柔らかさを感じていました。そして競馬の時は担当馬の尾をきれいに編んでいる、丁寧で繊細な仕事に憧れていました。

私が出張先で厩務員さんを辞めると決まった時、春ちゃんにはこの年(16年)の札幌競馬場の最終日が私にとって最後の競馬になることを伝えていました。辞めると決めてはいたものの、この仕事が好きやから未練があるという気持ちを理解してくれていた春ちゃんは、私の最後の競馬を見届けるために自分の時間を削って応援に来てくれ、思い出に残る写真をたくさん撮ってくれはりました。

そんな彼女が辞めると聞いて驚きました。春ちゃんの退職理由は「妊娠・出産・育児」のためでした。そんなに辞めたくないなら育休取って復帰すればいいやん。と思う方もいはるかもしれません。しかしながら現状、女性厩務員さんは妊娠したらやめる方がほとんどです。

というのも、第一に子供をみてもらえるところがありません。競馬開催時であれば夜中に子供を預けなければなりません。その上、出張があれば2~3日、長期出張なら4カ月家を空ける事もあります。中には子供がいても仕事を続けている女性厩務員さんもいはりますが、やはりご両親などの同居や協力がなければ難しかったりします。

ならば相方さんが協力すべきだと思わはるでしょう。しかし相方さんも同じ職種の方が多く、なかなか難しいのが現状です。24時間体制の託児所という案も出ているのですが、いろいろな問題があるようです。そんな現状もあり、春ちゃんは退職するという選択をしはりました。

余計なお世話かと思ったのですが、私が辞めた時のような気持ちではないかと心配になり、先日テレビ電話をしました。久々に見た春ちゃんと「テレビで競馬を見ていると、子育てしている今に不満はないけど、あの場所に帰りたくなったり、危険と隣り合わせな日常や競馬前の緊張感がなつかしくなったりするよね」と話していました。

春ちゃんは今年9月末、12年在籍(最後の1年は産休)したトレセンを退職。妊娠がわかったのが昨年の小倉出張中だったようで、美浦に帰ってからすぐ産休に入ったそうです。在籍していた尾関厩舎の皆さんに報告すると祝福してくれはったのと同時に、体調を心配して早く産休に入ることを勧められたそうです。その話を聞いてすてきな厩舎の方たちやなと思っていると、春ちゃんも「皆いい人で働きやすい職場でした」と言うてはりました。

これは競馬の世界だけでなく、働く女性が「結婚・妊娠・出産」という立場に立った時、悲しいですがそれが悪いことのように言われることがたまにあるのです。春ちゃんも私も現役時代「女性厩務員は腰かけなんやろ?」と悔しい言葉をかけられた事もあります。しかしどれだけ好きでこの仕事をしていても、辞めざるをえない現実があるのです。

「競馬の世界で活躍する女性が増えてきているから、より働きやすくなる取り組みがいると思う。産休・育休をとっても復帰できるような環境は女性厩務員さんだけでなく、トレセンで働く獣医師さんやシングルファーザーにとってもプラスになると思う」と言う春ちゃんを見て、ほんまにその通りやなと感じました。

春ちゃんは今後、助手さん時代にとったカイロプラクターの資格を生かした仕事をしようと計画してはるそうです。宮崎北斗騎手とともに「カラダマニアちゃんねる」という動画にも登場されているので、ご存じの方もいはるかもしれません。これからの競馬界もますます女性が増えてくると思います。そして今、女性厩務員さんたちはより良い職場環境を作るための提案をされて頑張ってはります。

さて今回はジャパンカップですね。日本馬も外国馬も女性厩務員さんも男性厩務員さんも皆さんがんばれー! と全力で応援しようと思います。今回はこのあたりで。皆さま、ごきげんよう。

武豊騎手、岩田康騎手の間で3頭併せをする伊藤春菜さん(中央)
武豊騎手、岩田康騎手の間で3頭併せをする伊藤春菜さん(中央)
調教助手をしていた伊藤春菜さん
調教助手をしていた伊藤春菜さん
伊藤春菜さんの勇姿(本人提供)
伊藤春菜さんの勇姿(本人提供)