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異色の寝技女王、浜田尚里が19年初優勝へ自信

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異色の寝技女王、浜田尚里が19年初優勝へ自信

グランドスラム・デュッセルドルフ大会への意気込みを語る浜田尚里(撮影・峯岸佑樹)

柔道の18年世界選手権女子78キロ級金メダルの浜田尚里(28=自衛隊)が自然体で19年初優勝を狙う。

グランドスラム(GS)デュッセルドルフ大会(22~24日、ドイツ)に出場するため一部の男女代表と成田空港を出発。浜田は昨年9月の世界選手権以降、GS大阪大会、マスターズ大会と3位が続き「優勝して今年の世界選手権につなげたい。(得意の)寝技だけでなく投げ技も練習してきた。準備もしっかり出来た」と自信をのぞかせた。

“寝技の女王”として知られロシアの格闘技「サンボ」でも世界選手権を制すなど異色の経歴を持つ。独特の世界観もあり、世界女王となって、海外のライバルたちにマークされているかと思いきや「研究されている感じは…特にないというか、これまでと変わらないと思う。(世界王者が付けられる)赤ゼッケンを着けてるな、優勝したんだなって思うぐらい」と、淡々と苦笑いしながら話した。

きちょうめんな性格で整理整頓を得意とし、現地での衛生面を懸念して今大会には「マイ電気ケトル」を持参した。「部屋でコーヒーを飲んでリラックスしたい」。今年初戦の国際大会でも浜田らしさを貫く。

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飯田健太郎「勝ちきれない弱さ」克服し代表勝ち取る

グランドスラム・デュッセルドルフ大会への意気込みを語る飯田健太郎(撮影・峯岸佑樹)

18年アジア大会柔道男子100キロ級金メダルの飯田健太郎(20=国士舘大)が20日、さらなる進化を誓った。

グランドスラム(GS)デュッセルドルフ大会(22~24日、ドイツ)に出場するため成田空港を出発。飯田は昨年11月のGS大阪大会、12月のマスターズ大会と3位が続き「試合終盤の集中力と勝ちきれない弱さが分かった。組み手と集中力を高めることを意識して稽古してきた。優勝して19年の良いスタートを切りたい」と意気込んだ。

20年東京五輪の代表争いでは現在、17年世界王者のウルフ・アロン(22=了徳寺学園職)が1歩リードする。今大会で「優勝しないと追いつけないと思っている」と現実を捉え、「最後まで勝ちきるために1戦1戦集中してやりたい」と力を込めた。

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羽生結弦「氷上練習を始めた」強化部長が現状説明

羽生結弦(18年11月17日撮影・PNP)

右足首故障で昨年の全日本選手権を欠場したフィギュアスケート男子の羽生結弦(24=ANA)の現状について20日、日本連盟の小林芳子フィギュア強化部長が説明した。

都内で行われたスケート連盟の理事会後に、4大陸選手権後に羽生サイドと連絡を取ったことを明かし「年が明けてから氷上練習を始めました。ジャンプについては世界選手権に向けて調整しています」と羽生本人のコメントを発表。

4回転ジャンプを跳び始めたかどうかは「分かりません」と話した。代表入りしている3月20日開幕の世界選手権(さいたま市)には宇野昌磨(トヨタ自動車)や田中刑事(倉敷芸術科学大大学院)らと出場する予定になっている。

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18歳村尾が柔道五輪代表に名乗り「勢いを止めず」

グランドスラム・デュッセルドルフ大会への意気込みを語る村尾三四郎(撮影・峯岸佑樹)

柔道の18年世界ジュニア選手権男子90キロ級銀メダルの村尾三四郎(18=神奈川・桐蔭学園)が20日、20年東京オリンピック(五輪)の代表争いに名乗りを上げた。

グランドスラム(GS)デュッセルドルフ大会(22~24日、ドイツ)に出場するため成田空港を出発。同階級は現在、東京五輪の代表争いで突出した選手がおらず、混沌(こんとん)としている。昨年11月のGS大阪大会3位でシニアデビューした期待のホープは「勢いに乗っているのは自分だと思う。勢いを止めずに勝ちきりたい」と意気込んだ。

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IOCが日本語「五輪」商標登録、便乗商法防止狙い

国際オリンピック委員会が日本語の「五輪」について、特許庁に商標登録を出願し、認められたことが20日、分かった。

東京五輪・パラリンピックを控え、不正な便乗商法を防止するのが狙い。

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コラム

ラグビーW杯がやってくる

日本の技術はフランスより上/元仏代表ミシャラク氏

<世界の英雄が語るワールドカップ(W杯)>

今回から2回に分けて「世界の英雄が語るW杯」を掲載する。第1回は元フランス代表のフレデリック・ミシャラク氏(36)。W杯3大会に出場、03年オーストラリア大会で日本と対戦した。代表77キャップで歴代最多の436点を挙げ、昨年現役引退したレジェンドが、日本代表と23年に母国フランスで開催されるW杯について語る。

      ◇       ◇

元フランス代表SOのミシャラク氏は日本代表の進化を身をもって知っている。

03年W杯で対戦した時は、自らトライを挙げるなど51-29で勝利。当時の日本はまだW杯で1勝しか挙げておらず、力の差は歴然だった。それから14年後の17年11月、日本代表の欧州遠征時に再び対戦、23-23で引き分けた。両方の試合に出場したミシャラク氏は「以前(03年)とは全く違うチーム。非常に乱れがなく、攻撃もしっかりしていてパスも速い」と評価した。

「素晴らしいW杯になりますように」と書いた色紙を掲げる元フランス代表のミシャラク氏(撮影・松熊洋介)

同氏は23年W杯フランス大会のPRなどのために、このほど来日。W杯日本大会にも注目している。今の日本代表をどう見ているのか。

優勝の可能性こそ「チャンスは5%くらい」と現実を口にするが、初の決勝トーナメント進出は十分可能性があると見ている。「(15年W杯で)南アフリカに勝利したときは勇気ある選択をしたし、展開も素晴らしかった。技術は進化していて今はフランスより上だと思う。アイルランドに勝つのは難しいが、スコットランドには勝つチャンスがある。ミスに気を付けてプレーすれば、(1次リーグA組)2位には入れる」と予想した。

昨年惜しまれつつ引退したミシャラク氏は現在、所属するトゥールーズのマネジメントを担当している。NBAやNFLを参考に他クラブの経験者を集めたり、早い時間の来場者へのチケット割引、花火や出店などの演出等、選手時代と違った目線で集客に努めている。日本のラグビー環境については「教育の一環としてやった方がいい。試合でもテレビなどメディアへの宣伝活動が大事。新しいことを取り入れてコミュニケーションを取ることが重要」と指摘した。

15年10月、アイルランド戦で華麗なステップで相手タックルをかわすフランスのミシャラク(ロイター)

今大会については「フランス対日本の決勝になったら最高」とリップサービスもしつつ、フランス代表OBとして次の大会にも目を向けている。「これまで準Vが3度。07年のフランス開催も4強だった。もちろん今回も優勝を狙うが、23年は絶対に優勝したい」と力強く語った。【松熊洋介】

◆フレデリック・ミシャラク 1982年10月16日、フランス・トゥールーズ生まれ。5歳のとき、コーチだった父に勧められラグビーを始める。98年にトゥールーズでプロデビューし、01年に初キャップ。08、11年には南アフリカのシャークスでもプレーした。W杯は03、07、15年と3大会出場。代表77キャップ。歴代最多の436得点。15年W杯後に代表引退、昨年5月に現役引退。家族は妻と2男。

ピッチマーク

ゴルフ広めたい…青木瀬令奈らの手作りイベは大盛況

イベントでファンと写真に納まる左からSKE48の山内、青木、岡村、元AKB48でMCの中村アナ

「ゴルフを広めたい」。16日、女子ゴルフの青木瀬令奈(26)、岡村咲(26)、SKE48の山内鈴蘭(24)が浦安市内のホテルで開催した、ファンイベント「チョコっとゴルフミーティング」を取材した。青木が発案し、友人だった岡村や山口が賛同し、17年から始めたイベントで今回が2回目。約3時間、正直、選手らで作るイベントで、「間が持つのかな」(失礼)との思いも頭をよぎったが、見事に裏切られた。

トークショーはもちろん、撮影会に質問コーナー、スラッグゴルフやプレゼント抽選会とファンが参加できる企画がめじろ押し。最後は、約150人のファンとハイタッチをして終了したが、もうアッという間。完成度の高さは目を見張った。

本業のプロ活動があり、普段から多忙を極める3人。それでも、電話やグループLINE(ライン)で意見を出し合い、綿密に昨年夏から企画を進めてきた。会場探しやグッズの考案、当日の運営などのほとんどを3人で決めた。メーカーや所属先が企画する従来のものとは違い、まさに3人の手作り。その労力は計り知れないが、なぜ、ここまで手作りにこだわるのか? 質問を投げかけると、3人は口をそろえて前述の「ゴルフを広めたいんです。それが一番です」と即答した。「ほかにイベントやトークショーなどはあるが、整えられたところに行ってしゃべっても距離が縮まらない。ゴルフをすべての上で愛してくれる人がこのイベントから出てくれることを願っています」と思いを伝えた。

競技を通して成長していると話す青木。最後のあいさつでは「ゴルフをすると人脈が増えるし、人生が豊かになる」と話した。畑岡奈紗ら黄金世代の活躍で再び、脚光を浴びつつあるとはいえ、競技人口はピーク時の2/3まで減少しているとも言われている。だからこそ、選手という立場で何かできないか? プレーはもちろんだが、イベントを通して興味を抱いてもらい、見るから、やるスポーツへと変わるきっかけにしてくれれば、と願っている。

終始、笑顔のイベントだったが、その表情の裏に隠した3人の競技への情熱は深い。久しぶりにクラブを握ってみようかな、そう思わせてくれるイベントだった。【松末守司】

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鬼になれるか、レスリング最重量級園田新の欧州修行

欧州に向けて旅立つ園田

「髪も伸ばそうかなと思っているんです。バリカンは持っていかないので」。高校時代からトレードマークのそり上げた頭をなでながら、2月10日午前9時の羽田空港で園田新(24=ALSOK)がほほ笑む。レスリング男子グレコローマン130キロ級の国内の第一人者で昨夏のアジア大会銅メダリストは、186センチの巨体をただならぬ覚悟で包み、欧州への旅立ちの時を迎えていた。

4月28日まで、人生初の単身での海外渡航はハンガリーの首都ブダペストを拠点にレスリング漬けの毎日を送る。マット以外の社会勉強も糧としながら、ただひたすらに己を鍛え上げる日々を望んだ。「これまで(勝敗が)ぎりぎりだった選手には、必ず勝てる、というレベルにまで高めてきたい。そうでなければ、『五輪に出たい』という資格もない。必ず何かをつかんできます」。代表選手としての派遣ではなく、自費を100万円以上投じての長期遠征。競技人生のターニングポイントにする、しなければならない。

気は優しくて力持ち。そり上げられた頭に大きな体はこわもてを想起させるが、園田には不思議と柔和さが先立つ。丁寧な言葉遣いに、控えめなニコニコ顔がよく似合う。出身の拓大で監督を務めていた日本協会の西口茂樹強化本部長をして、「優しすぎるのよ、園田は」となる。子供の頃から人一倍体は大きかったが、一度もけんかの経験はない。「むしろ、争い事は嫌いでした」とガキ大将とは遠い存在。その性格は、「おかしいなあ。試合では相手を『ぶっ殺してやる』くらいに思ってやっているんですけど、周りからはそう見えないと言われ…」と今でも本人の認めるところに通じる。醸し出る内面。だからこそ、そこを変えたいという。

「鬼になりたい。もまれて、もまれて、野獣のようにも。そのくらい変わらないとダメだと思っています」。身を投じるのは、グレコローマンの本場の欧州。ギリシャ+ローマがスタイルの語源で、紀元前から行われてきた伝統競技の源流に近い場所で奮闘する。国内では足りない最重量級の練習相手もわんさか。かつては霊長類最強とうたわれたカレリンが君臨し、いまも巨体を巨体らしからぬ軽やかさで扱える住人がひしめく130キロ級。昨秋の世界選手権で初戦敗退に終わった現実を直視し、洗礼歓迎で一皮むきにいく。なにしろ、迫る東京五輪に出るためには、まずは今秋の世界選手権で上位6選手の国・地域に与えられる出場枠が必要で、かなわぬなら過酷なアジア予選、最終予選をはい上がらなければならない。

レスリングに限った話ではなく、単身海外修行が思ったよりも少ない競技の現実はある。メダル有力競技ならなおさら強化資金がありバックアップ体制は整っており、航空券から宿、現地移動まで手厚く準備されているのが遠征の常。ある選手が空港でのチェックインの仕方も自分では不安と漏らすのも聞いた。パスポートの渡航した国は埋まっても、経験は比例していなかったりする。かつて担当した柔道でも、その恵まれた環境への甘えに敏感に、殻を破るために海外に1人で旅立った選手を見てきた。ある者は言葉も通じないせんべいをお土産にフランスへ、ある者はモンゴルでモンゴル相撲に挑戦した。出発の空港と帰国の空港、現地での緊張感をお土産に持ってきたようにどこかピリピリした雰囲気を漂わせる別人の姿を目にした。

果たして4月の終わり、園田は「鬼」になって帰ってくるだろうか。きっと鬼の形相となって死にものぐるいで生き抜いてくるはず。その名残の何かをひしひしと感じさせてくれるだろう帰国の空港での再会を、髪が伸びているだろう新たな姿とともに楽しみにしている。【阿部健吾】

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宇野昌磨「心を許した人」に突き動かされた優勝宣言

4大陸選手権を終えて帰国した宇野は、金メダルを手に微笑む(撮影・浅見桂子)

これまでの記者人生で、最も意外な「優勝宣言」だった。日本勢の男女優勝で幕を下ろしたフィギュアスケートの4大陸選手権(米カリフォルニア州・アナハイム)。2月9日(日本時間10日)、時間は現地の午後11時を過ぎていた。

男子フリーで世界最高得点を記録し、ショートプログラム(SP)4位から逆転優勝した宇野昌磨(21=トヨタ自動車)は上位3人の記者会見に臨んでいた。

3選手による演技の総括から会見は進んでいく。シニアの主要国際大会を初めて制した宇野は、トップバッターとして口を開いた。その一言目を、取材する身として驚きながら聞いた。

「今日の感想は…終わった直後は『うれしい』という気持ちよりも『終わった』『やりきった』という気持ちだけが残り、1位という順位になれたことは、すごく素直にうれしいですけれども、世界選手権(3月、さいたま市)ではもっともっと練習した上での『優勝』を、目指したいなと思っています」

海外メディアも多く出席した公式の場で、誰に問われることもなく「優勝」という言葉を力強く発した。

平昌五輪シーズンだった昨季、すでに世界トップスケーターの1人でありながら、「五輪金メダル」を意識した発言はゼロだった。

1年前の2月7日、韓国・江陵の五輪会場で初練習した際には「どの試合でも練習してきたことを、悔いを残さずに出して、最後まで笑顔で終われたらなと思います」。銀メダル獲得から一夜明けた同18日の記者会見でも「多分家族のみんなは五輪で銀メダルを取ったことより、練習してきたことが出せたことに、すごく喜んでいると思いますけれど、まだ連絡はありません。連絡を返さないので、連絡が来ないんだと思います」と宇野にとっては本心をコメントし、笑わせた。

「天然」といった言葉が多く用いられたが、個人的には少し違和感があった。あくまで宇野にとって五輪は最後まで「自分のベストを出したい1つの大会」であり、それを貫いていた。

ところが1年後、世界選手権での優勝宣言が飛び出した。会見後、カメラのない取材エリアに立ち、その真意を明かした。コメントを切らずにそのまま記す。

「なんとなくです。特にこういった理由はないんですけれど、ま、その多分、僕が思ったのは、(4位だった)ショート(プログラム)が終わった後に出水先生(トレーナー)といろいろ話をしていて。いつもいろいろ話すんですけれど『4大陸が終わって、世界選手権で1位をとってほしいから、そのために今後どうしていくか』とか。ショートでの悔しい(感情)以前の話をいろいろとしていたので。出水先生にも『昌磨には世界選手権で1位をとってもらいたい。その方針で今年1年やりたいと思っていた』っていう言葉を聞いた時に、なんか『1位を取るっていうのが、そこで、自分のためではなく、みんなのため、他人のためになるんだな』っていう思い(になった)。で、『1位にこだわりたいな』って思ったのが、一番ですかね」

取材の数分後に偶然通りかかった出水慎一トレーナー(40)は、宇野の発言を伝え聞くと「本当ですか!? うれしいですね」とこれ以上ない笑顔を見せた。

「前向きな話はいつもしていましたけれど、この機会がタイミングいいかなと思って話はしました。『後悔したくないな』って思ったんです。自分でも過去に言わなかったから後悔したことがあったので、そこは言おうと思って。彼が(競技者を)終わった時に『良かった』って言ってもらいたいっていうのがすごくあって。(振り返った時に大舞台での)1位がないっていうのは、寂しいので」

宇野は17年5月から、出水氏と行動を共にする。平昌五輪切符をつかんだ全日本選手権(同年12月)後にはその関係性を「すごく助かっています」と口にしながら、体の変化については「ないです」と笑わせていた。後日、同氏にそのことを問うと「それでいいんですよ。こっちが言っているのは単なるヒントだから、気にする必要はないんです。トレーナーとしてもフィギュアは未知が多い世界。昌磨は特に氷と陸で別人になる。あくまで昌磨本人が、(演技を満足に)やり切れないといけないので」と語っていたのが印象深い。

張り詰めた空気の本番会場でも、6分間練習前はバスケットボールや、テニスボールでのキャッチボール…。これまで宇野のウオーミングアップは、楽しく体を動かすことが主だった。周囲の選手が「昌磨のアップ、楽しそう」と話しかけてくるほどだった。一方、出水氏は宇野と初めて出会った時から「21歳になった頃にはケガするな」とプロの目で予感していた。すでに21歳になっている宇野と、今季終了後に調整法を再考する予定だった。

結果的には、宇野自らが先にその必要性に気付いた。21歳の誕生日直後に行われた全日本選手権(18年12月)で右足首を捻挫。さらには、4大陸選手権までに同じ箇所を2度もひねった。宇野はこう明かした。

「3回同じ場所をケガした。これまでアップは『体が動けばいい』と思っていたので、いろいろなアップをしていたんですけれど、3回目にケガした時に僕も『ちゃんとアップをして、ちゃんとケアをしなければ治らないんだ』と思った。(今は)『アップっぽい』というか、『様になっている』というか…(笑い)」

氷へ上がる直前の最終調整に「遊び」は消えた。信頼する出水氏の指導の下で現在は約30分間、体を温めている。自分の考えに頑固なイメージが強い宇野だが、少しだけ例外がある。

「人のことは全然聞かないですけれど、自分が心を許した人とかは(言うことを)よく聞きますよ」

世界選手権の優勝宣言は、宇野と出水氏のベクトルがかみあった瞬間に生まれた。宇野は「心を許した人」の言葉に突き動かされた。宇野の性格を理解する出水氏はコツコツと信頼関係を築いた上で、結果にこだわる重要性を「彼が(競技者を)終わったときに『良かった』って言ってもらいたい」という心で発した。

2019年に入ってから、宇野のパズルにはウオーミングアップ改革、4大陸選手権優勝、世界選手権優勝宣言と新しいピースが次々に加わった。それが完成した時に一体、何を言うのか。そのコメントが、今から待ち遠しい。【松本航】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。武庫荘総合高、大体大とラグビー部に所属。13年10月に大阪本社へ入社し、プロ野球阪神担当。15年11月から西日本の五輪競技を担当し、平昌五輪ではフィギュアスケートとショートトラックを中心に取材。

伊藤華英のハナことば

「G1」で素晴らしい人に学ぶ喜び味わう/伊藤華英

先日、11回目になる「G1サミット」に初めて参加してきた。党派や領域を超えて、知恵を共有し、行動から突破につなげていくプラットホーム。何度もお誘いいただき、やっと参加できたというのが現状だ。なんといっても、参加者が300人を超えるビッグイベントだ。

G1サミットに参加した伊藤華英氏(右から2人目)ら

今年は2月9日から11日まで、青森で行われた。内容は、分科会と呼ばれるディスカッションがいくつもあり、なんとも刺激的だ。そのほかにアクティビティーもあり、参加者同士がお互いをよく知ることができるのだ。

分科会は、司会役のモデレーター1人と、パネリスト2~5人が1組となって行われる。私が属した分科会「TOKYO2020開催目前」には、元バレーボール日本代表で参院議員の朝日健太郎さん、元卓球日本代表でTリーグチェアマンの松下浩二さんらがいた。

参加してみての感想は「頭がパンパン」。

政治、経済、ビジネス、科学技術、文化、社会、社会保障、スポーツ、医療などの分野のトップがこれだけ集まるのだから、インプットの量が普通ではない。この機会にたくさんアウトプットしたいのだが、ここでは紹介しきれない。

このG1の行動指針は「批判よりも提案を」「思想から行動へ」「リーダーとしての自覚を醸成する」だ。この指針に沿って議論をしていく。コンセプトの中に「一方向のインプットだけではなく、参加者相互の学びを重視します」というものがあり、まさに!と思った瞬間があった。

メディアデザイナーの落合陽一さんが「世の中にエキサイティングなものをどう出していくか」これが目的だと。どんな場所でもいい、社会へのアウトプットだと。面白くする。こんなワードが多く聞けた。

「日本だけが修士博士を取る人口が減っている」。ノーベル生理学・医学賞をジョン・ガードン氏と共同受賞した京大の山中伸弥教授が話していた。その言葉で私自身のことを思い出した。

私は現役引退後、大学院に進み、修士、博士を取得した。その間には「なんで勉強するの?」とよく聞かれた。「勉強好きだね」とも言われた。実際、なぜ勉強しているのか分からなくなるくらい、大変な時期もあった。

しかし今思い返すと、学位取得の過程を経験できてよかったと思う。アカデミックな視点を学べたということもあるが、「謙虚さ」を学んだということが一番だ。知らないことを知ったとき、自分の無知さを知るという言葉があるが、まさにその通り。知らなかった自分に出会えるのだ。

このG1は、学位だけではない、学びを共有し、社会に役立てるそんな場所だ。

安易な表現だが、本当にすごい人なのに、柔軟でいろんなことに興味があり、こんな私にも丁寧な対応をしてくれる。こんな若輩者が、道に迷いそうなときにやさしく手を貸してくれる素晴らしい方に出会うと、もっと成長したい!そう思えるのだ。私は大学で講師をしているが、生徒たちにも未来は明るいということを示したい。これから生まれてくる子供たち、まだ義務教育を受けている世代、未来を不安に思う若者へ示したいと思えた。

G1サミットにはアクティビティーも。後列右端が伊藤氏

あっという間に2月も中盤。2019年はラグビーワールドカップ、女子サッカーワールドカップもある。いよいよという気持ちだ。

時間を大切に過ごしていきたい。そう思えた、3連休だった。

本当にG1の皆様ありがとうございました。

(伊藤華英=北京、ロンドン五輪競泳代表)