日刊スポーツ

五輪内定1号の寺内、坂井が予選敗退2種目目ならず

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五輪内定1号の寺内、坂井が予選敗退2種目目ならず

男子板飛び込み予選 準決勝に進めず、浮かない表情で引き揚げる寺内(撮影・鈴木みどり)

<水泳:世界選手権>◇第6日◇17日◇韓国・光州◇男子3メートル板飛び込み予選

男子シンクロ板飛び込みで「東京五輪内定1号」となった寺内健(38)と坂井丞(26=ともにミキハウス)が個人種目3メートル板飛び込みに出場した。この日の予選→準決勝を勝ち抜けば、2種目目の内定確実だったが、ともに予選敗退した。

予選は大量58人がエントリーして、約4時間にわたって戦いが続いた。寺内は395・80点の19位。準決勝圏内の18位にわずか0・90点及ばなかった。13日のシンクロ種目から中3日で「個人は個人で、やるべきことをやった。パフォーマンスとして板の踏み方はよかった。ただ練習ではそれほどできてなかったので、入水がオーバーしかけたり、ジャッジが(評点)8点を出しにくいものになった」と振り返った。38歳のベテランは「58人の中で30人がほぼ僕と似たり寄ったり。若いやつに負けたくないと、集中を切らさずにやりました。4時間戦ったなという気持ち」と話した。

坂井は2本目と5本目に50点台とミスが出て、375・00点で28位だった。「いいのが1本もなくて。シンクロにかけていて、気持ちの盛り上がりが少なかった。練習を見ていても18位以内は厳しい戦いだなと思った」。寺内とのペアで内定した東京五輪に向けて「どちらかといえば、シンクロにかけたほうがいいかなとも思う。個人では五輪に出ても先を考えると厳しいかなと。日本で勝っても意味ないので。(シンクロは)難易度を上げれば、ワンチャンスあるかもしれない」と見通しを語った。

男子板飛び込み予選 4本目の演技を行う寺内(撮影・鈴木みどり)
男子板飛び込み予選 準決勝に進めず、浮かない表情で引き揚げる坂井(撮影・鈴木みどり)
男子板飛び込み予選 3本目の演技を行う坂井(撮影・鈴木みどり)

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リーチ、松島ら代表31人発表 PNC27日開幕

日本代表宮崎合宿最終日にパシフィック・ネーションズカップの登録メンバーを発表したジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(撮影・松本航)

日本ラグビー協会は17日、パシフィック・ネーションズカップ(PNC、27日開幕)の日本代表メンバー31人を発表した。

前回宮崎合宿を控えた6月3日に発表された42人から絞り込まれ、31人は9月開幕のW杯日本大会の登録と同数。日本代表はPNCで27日にフィジー(岩手・釜石鵜住居)、8月3日にトンガ(大阪・花園)、同10日に米国(フィジー)と対戦する。

この日、チームは宮崎市内で行っていた合宿を打ち上げた。ジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(49)は「いいプレーをしたら、そのまま残る。良くなかったら代えられる」と、W杯に向けたPNCメンバーの位置づけを説明した。

また、同協会はロックのジェームス・ムーア(26=サニックス)とフランカーのピーター・ラブスカフニ(30=クボタ)がPNC初戦までに代表資格を取得できること、NO8ラーボニ・ウォーレンボスアヤコ(23=サニックス)が同資格を取得できないため、離脱することも発表した。

PNCメンバーは以下の通り。

◆FW 稲垣啓太(パナソニック)木津悠輔、三浦昌悟(ともにトヨタ自動車)バル・アサエリ愛、坂手淳史、堀江翔太(いずれもパナソニック)堀越康介(サントリー)トンプソン・ルーク(近鉄)ビンピー・ファンデルバルト(NTTドコモ)ヘル・ウベ(ヤマハ発動機)ジェームス・ムーア(サニックス)ツイ・ヘンドリック(サントリー)徳永祥尭(東芝)布巻峻介(パナソニック)リーチ・マイケル(主将、東芝)ピーター・ラブスカフニ(クボタ)姫野和樹(トヨタ自動車)アマナキ・レレイ・マフィ(NTTコミュニケーションズ)

◆BK 茂野海人(トヨタ自動車)田中史朗(キヤノン)流大(サントリー)田村優(キヤノン)松田力也、福岡堅樹(ともにパナソニック)アタアタ・モエアキオラ(神戸製鋼)レメキ・ロマノラバ(ホンダ)ウィリアム・トゥポウ(コカ・コーラ)中村亮士(サントリー)ラファエレ・ティモシー(神戸製鋼)松島幸太朗(サントリー)山中亮平(神戸製鋼)

日本代表宮崎合宿最終日にパシフィック・ネーションズカップの登録メンバーを発表したジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(撮影・松本航)

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渡辺一平200平「世界記録を」世界水泳へ出発

世界選手権への意気込みを語る競泳日本代表の渡辺一平

競泳日本代表が17日、韓国で行われる世界選手権に向けて、羽田空港から出発した。男子200メートル平泳ぎ世界記録保持者の渡辺一平(22=トヨタ自動車)は、100メートル平泳ぎには出場せずに、200メートルだけに出場する。その意図について「日本選手権の時は100メートルはいい感じで泳げたけども、筋肉痛というのもあった。今回は疲れがない状況で泳ぎたいと思っていた」と話した。レース勘を養うという意味で、これまでは100メートルにも出場してきたが「疲れをできる限り残さないように今回は挑戦したいと思う」と意気込みを語った。

世界記録保持者とは言え、世界選手権での金メダル獲得は簡単ではない。だが金メダルを獲得すれば東京五輪が内定するとだけあって気合は十分だ。「表彰台を目指すだけではなく、表彰台の一番高い所を目指したい。金メダルで、世界記録を更新して、笑顔で日本に帰ってきたい」と堂々と話した。

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松山「難しさ風次第」ウッズ「戦い方は知っている」

松山英樹(2019年7月16日撮影)

男子ゴルフのメジャー最終戦、全英オープン選手権に出場する松山英樹、タイガー・ウッズ(米国)らが16日、英・北アイルランドのロイヤルポートラッシュGCで18日(日本時間同日午後)の開幕に備え練習した。

松山は堀川未来夢、アマチュアの金谷拓実(東北福祉大)とリラックスした表情で前半の9ホールを回ってグリーンの形状を確かめ「アンジュレーションがすごくある。コースの難しさは風次第」と話した。

4月のマスターズで11年ぶりにメジャー勝利を挙げたウッズは7ホールをプレー。「ショットはまだ完璧ではないが、リンクスコースの戦い方はよく知っている」と自信を示した。

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小池祐貴10秒11で2位「手応え」国際競技会

<陸上:国際競技会>◇16日◇イタリア・パドバ

男子100メートル(タイムレース)で小池祐貴(住友電工)は追い風1・7メートルで10秒11をマークし2位に入った。多田修平(住友電工)は追い風2・4メートルの参考記録で10秒20の7位だった。

男子110メートル障害で日本記録を持つ金井大旺(ミズノ)は追い風2・3メートルの参考記録で13秒61の4位、石川周平(富士通)は13秒99で7位だった。400メートル障害の野沢啓佑(ミズノ)は49秒73で4位。

小池の話 自分のレースパターンが分かってきた。最初の20メートルは最下位でも最後の20メートルで勝ちにいく。それを試せて、ある程度手応えをつかめた。

多田の話 悔しい。まだ自分の満足なレースができていない。どこかで調子を上げるような試合を見つけられたらいい。

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コラム

We Love Sports

15歳金戸凜に涙なし 夢は親子3代五輪出場の先

女子高飛び込み準決勝 1本目の演技を行う金戸(撮影・鈴木みどり)

異変が起きていたのは、明らかだった。16日の水泳世界選手権女子高飛び込み準決勝。親子3代での五輪を目指す金戸凜(15=セントラルスポーツ)の入水が大きく乱れた。70点台が欲しい種目で38・40点。2本目の44・55点と2本連続失敗。この時点で18人中18位。金戸はプールから上がると飛び込み台の下ですぐ右肩に氷〓(ひょうのう)をあてていた。

午前の予選は333・95点で5位通過。「足は震えてました」と笑ったが、堂々とした振る舞いは世界選手権初出場の緊張を感じさせなかった。その得点は準決勝に置きかえても5位相当だった。何もなければ、祖父母、両親に続く「金戸一家」で通算11度目の五輪は近いはずだった。

「何か」が起きたのは準決勝1本目だった。演技自体は75・00点で成功。しかし入水直後に右腕が水流で後方にもっていかれた。高さ10メートルからわずか2秒弱、時速50キロ近くのスピードで水面に飛び込む衝撃は大きい。金戸は肩関節が柔らかく、特に右肩は自由度が高い。それは入水時のノースプラッシュを導くために、水面ぎりぎりまで腕の角度を調節できる武器でもあるが、その分だけ痛めやすい。父の恵太コーチは「やっちゃいけない角度にいってしまって。右肩が柔らかすぎて。水流を支える筋力はまだないので」。15歳は右肩が外れるような衝撃に襲われていた。

右肩は春先に痛めた。その後は肩の状態と相談しながら、調整を行ってきた。7日の韓国入り後は10メートルの練習を減らして、低い台から飛んで感覚をキープ。恵太コーチは「試合は1番いい体調でできるように。10メートルの本数はいつもの量の5分の1ぐらい。さじ加減がデリケートですね」。1週間の目安が40本を考えれば、現地での本数は10本弱。コンディション最優先で臨んだ予選5本はレベルの高さを見せつけた。ただ1日で予選→準決勝を戦うスケジュールは、リスクを伴っていた。

金戸はまだ15歳で、本格的にウエートトレーニングをやる年齢ではない。恵太コーチは「筋力をつけて固める時期じゃない。17、18歳で筋トレを入れる感じになる。彼女の競技人生を考えれば、あと10年ぐらいはあるので」と将来を見据えている。恵太コーチ自身は3大会連続五輪出場。右肩を鍛えていないのは15歳の可能性を狭めないためだ。それだけに大会前は「親としてはけがをせずに元気で帰してやりたい」と言っていた。

金戸は1本目が終わった時、父から「続けるか?」と聞かれて「続ける」と答えた。3本目が終わって最下位になったが「やるしかないな。あと2本だから自分の演技をしよう」。残り2本は64・40点、62・70点と立て直した。合計285・05点の17位で準決勝敗退。父は「立派に飛んだと思います」と娘を褒めた。

金戸に涙はなかった。「気持ちは悔しいです。でも肩をいいわけにしたくない。初めての世界選手権はとにかく楽しかった」と言った。五輪切符は持ち越しになったが「今回は五輪の内定をもらいにきたわけじゃない。世界選手権のメダルをとりにきた」ときっぱり言った。15歳は「親子3代の五輪出場」だけにとらわれることなく、その先を見据えている。【益田一弘】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

〓は(古とウカンムリを縦に並べて縦棒を貫き、下に襄のナベブタを取る)

◆益田一弘(ますだ・かずひろ)広島市出身、00年入社の43歳。五輪は14年ソチでフィギュアスケート、16年リオで陸上、18年平昌でカーリングなどを取材。16年11月から水泳担当。

女子高飛び込み準決勝 決勝進出を逃した金戸(右)は父恵太コーチとプールを去る(撮影・鈴木みどり)
We Love Sports

具智元と恩師の深い師弟関係「ラーメン食べような」

恩師の激励に笑みを浮かべる具智元(撮影・峯岸佑樹)

恩師の思いを力に変える。ラグビー日本代表は17日、パシフィック・ネーションズカップ(PNC、27日開幕)に向けた宮崎合宿を打ち上げた。

実戦形式の強度の高い追い込み練習で故障者も出たが、チームテーマである「One Team」を体現して、6週間を駆け抜けた。

取材中、印象的な出来事があった。9日の練習でプロップ具智元(グ・ジウォン、24=ホンダ)が右手甲を骨折した。「全治4~6週間」との診断で、PNC出場は絶望的となった。その後の全体練習には参加出来ず、別メニューでの調整が続いた。太眉に愛くるしい笑顔の「ぐーくんスマイル」がグラウンドから消え、険しい表情で首やふくらはぎなどを黙々と鍛えた。65日後にW杯が迫り「焦っている」と本音を漏らし、必死に体と気持ちをコントロールしながら、自身と葛藤しているようだった。

そんな状況を察してか、“救世主”が現れた。具の骨折を報道で知った、大分・日本文理大付高時代の恩師、染矢勝義元監督(51)が12日、サプライズで激励に訪れた。有給休暇を取って、大分県佐伯市から車で片道約2時間かけて駆けつけた。一般客と交じりながら、ネット越しでトレーニングする教え子をじっと見つめた。練習後、「智元!!」と呼び掛けると、懐かしい声に気づいた具は「ぐーくんスマイル」で恩師に歩み寄った。がっちり握手を交わし、限られた数分間で互いの思いを精いっぱい伝えた。染矢氏は「本番はW杯」と何度も繰り返し、「休むことも大切だ。今は焦らず、しっかり治した方が良い。高校時代とは違うんだ。元気がないのは(高校時代の愛称の)デニーらしくない。あとは自分を信じて前だけを見ろ」などと優しい口調で具の気持ちを和ませた。

実は、染矢氏は激励訪問だけでなく、もう1つサプライズを準備していたが、失敗に終わった。前日夜、佐伯市内の理髪店で具と同じ髪形に散髪したが気づかれなかった。「デニーカットは似てなかったのかな(笑い)。こんなハードな練習が続いたら、俺の髪形なんて気づかないのも当然。デニーは大分の宝だし、ちょっとの時間だったけど、少しでも元気が出てくれたらそれだけで良い」。

韓国出身の具は、中学、高校時代に育った佐伯市を「第2の故郷」と言う。地元のとんこつラーメンが大好物で、染矢氏も別れ際にこう言ったほどだ。「また、ラーメン食べような」。ラグビーの文言はないが、この一言に深い師弟関係を強く感じた。ラーメンをすすりながらラグビー談議をする画が頭に浮かぶ。ラグビーと故郷を愛する24歳は、この試練を乗り越えて初の夢舞台に臨む覚悟だ。【峯岸佑樹】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

別メニューで調整中の具智元を見守る染矢勝義氏(撮影・峯岸佑樹)
ラグビーW杯がやってくる

日本ラグビー発祥の慶大グラウンド/蹴球発祥記念碑

<日本ラグビーの聖地(1)>

今週は、日本ラグビーの「聖地」を紹介する。第1回は、日本ラグビー蹴球発祥記念碑。日本に初めて慶大にラグビーを伝えたとされる田中銀之助の曽孫で、元慶大ラグビー部監督の田中真一さん(52)に聞いた。

慶大ラグビー部が汗を流す日吉グラウンドの片隅に、細長い石碑がある。11年度から2季、監督を務めた田中真一は、その「日本ラグビー蹴球発祥記念碑」の前で一礼してから練習の指導をするのが日課だった。

慶大日吉グラウンドにある「ラグビー発祥の地」の記念碑

慶応高を率いた10年度に9季ぶりの花園出場へ導いた。かねて政治家になる夢を抱き、16強進出した大会後に退任。慶大監督の就任要請を受けたのは、その直後だった。だが同時に、衆院選神奈川4区の候補者として最終面接に残っていた。断腸の思いで、1度はOB会に断りを入れたが、胸にはしこりがあった。

「私のDNAは慶大の監督をすることを、求めているのではないだろうか」

意を決し、面接の席で「ご辞退申し上げます」と政治家の道を断った。日本に初めてラグビーを伝えたとされる田中銀之助の曽孫は、目の前にあった夢を諦めて、監督を引き受けた。

銀之助の祖父に、幕末から明治を生きた平八がいた。生糸商売で財をなし「天下の糸平」と呼ばれた。1878年(明11)に東京株式取引所を設立。伊藤博文と親好があった。横浜にガス灯、熱海に電線をひいた。日本を豊かにしようとした精神は孫の銀之助に伝わり、学習院在学中の14歳でイギリスに留学しラグビーと出会う。帰国後、旧知の仲であるクラークとともに慶大、学習院大で教えた。

銀之助の孫にあたる真一の父洋一(享年59)は、慶応高時代、54年度の全国高校ラグビーで日本一になった。ラグビーを強制されたことは一度もなかったが、真一には思い出がある。

「物心がついていない幼い頃から、秩父宮に慶早戦を見に連れて行かれました。僕はドカベン、巨人の星に憧れて野球をしていたが、ラグビーをやるのは宿命なんだと思っていた」

慶応高ではSHとして高校日本代表候補に選出され、慶大1年時の日本選手権ではトヨタ自動車を破るのを見届けた。神戸製鋼では萩本光威、堀越正巳らの控えではあったが、日本選手権7連覇も味わった。

11年12月、慶大監督時の田中真一さん

「ラグビーは人生そのもの。人間は苦しくなると諦めてしまうが、仲間のため、家族のためと思うと、頑張れる。『ONE FOR ALL、ALL FOR ONE』の精神は、誰かのために-。それは僕が、政治家を目指す理由のひとつでもあります」

慶大の監督を2季務めた後に、真一は銀之助の父が興した田中鉱山があった岩手を基盤にして政治家の道へ再出発した。現在は東京に戻り、参院議員の秘書として動き回る。

「平八の開拓者精神がなければ、銀之助はイギリスには行っていなかった。日本で初めてラグビーをしたあの日、ここでワールドカップが開かれることを誰が想像したでしょう。ボールを持って走る素晴らしさ、日本を豊かにする発想を残したい」

今年、日本にラグビーが伝わって120年になる。(敬称略)【益子浩一】

ピッチマーク

今年の全英オープンはどんなドラマ誕生するか?

全英オープン選手権公式練習 2日目5番、パットの練習をするタイガー・ウッズ(2019年7月15日)

男子ゴルフのメジャー、全英オープンが18日から開幕、4日間の熱戦が繰り広げられる。会場は1951年以来、実に68年ぶりの北アイルランド開催で、ロイヤルボートラッシュGC(7344ヤード、パー71)が会場となる。開幕直前まで注目選手の話題が豊富な19年最後のメジャー大会。いくつか紹介したい。

<1>16歳でコース記録 地元の北アイルランド出身で、14年大会以来2度目の大会制覇をロリー・マキロイ(英国)は16歳で出場した北アイルランド選手権の時、同じコースで「61」のコースレコードをマーク。「ボク自身の成長を振り返る時に必ずあのコースを思い出す」と自ら口にする会場。5年ぶりの大会Vが期待されており「この大会でさらに記録が更新されるといいんだけどね」と意気込んでいる。ツアー公式サイトの優勝予想でも堂々の1位に入った。

<2>秘密兵器? メジャー4勝のブルックス・ケプカ(米国)にとっては初めてのコース。相棒のキャディー、リッキー・エリオット氏はポートラッシュ生まれで何度もコースをラウンドしているという。17年、18年の全米オープン連覇、そして18、19年の全米プロ選手権の連覇の時もバッグを担いできたエリオット・キャディーのアドバイスは大きなサポートになりそうだ。ツアー公式サイトの優勝予想でも2位に入った。

<3>ダイエット メジャー5回を含む米ツアー通算44勝のフィル・ミケルソン(米国)は全英オープンに備え、わずか10日間で15ポンド(約6・8キロ)も減量してきたと自らのSNSなどで公表。49歳のミケルソンは「体をリセットするためだ。これでよりよいプレーに役立つかどうかは分からないが、ベストを尽くすために必要なことは何でもやろうと思っている」と明かした。効果はいかに?

4月のマスターズで復活優勝したタイガー・ウッズは昨年大会で優勝争いを展開して6位フィニッシュ。4度目の大会制覇、サム・スニード(米国)の保持する通算82勝に並ぶ記録にも注目が集まる。また日本勢も松山英樹を筆頭に、稲森佑貴、今平周吾、藤本佳則、浅地洋佑、池田勇太、堀川未来夢、アマチュアの金谷拓実(東北福祉大)の8人が出場する。今年の優勝賞金が4万5000ドル上がった193万5000ドル(2億1285万円)になった世界最古のメジャー「THE OPEN」。今年はどんなドラマが起こるのか。【藤中栄二】(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ピッチマーク」)

ラグビーW杯がやってくる

ファイト一発の精神と宿沢氏の思いが一致/大正製薬

ラグビーボールを持ち笑顔を見せる大正製薬の梅岡久マーケティング本部長(撮影・松熊洋介)

<日本代表を支える(特別編)>

今回は休刊日特別編として、ラグビーを支え続けてきた企業を紹介する。低迷期の日本代表を01年から支えてきたのは「リポビタンD」で知られる大正製薬。15年大会でようやく人気に火が付き、今大会は大会のオフィシャルスポンサーを務める。宣伝よりもラグビーの盛り上がりのために力を注いできた同社の熱い思いに迫った。

「スポンサーの意義とは、スポーツを応援し、健全なる精神の育成と人間の成長をサポートしていくもの。社会的価値の向上であり社会貢献である」。18年間日本代表を応援し続ける同社の根幹には、上原明会長(78)のこの思いがある。

長く低迷期を支えてきた苦労が実ったのは、日本が躍進を遂げた15年ワールドカップ(W杯)。上原氏ら同社幹部は19年大会でW杯のスポンサーになることを検討していた。初戦の南アフリカ戦後、休みを利用して英国へ飛び、スポンサーのやり方を学んだ。当時同行した梅岡久マーケティング本部長(48)は「プロモーションしなくてもみんな(サポートしていることを)知っている。アピールの必要もない。何もしなくても社会活動の結果として企業価値が上がっていると感じた」と話す。

同社が日本代表を応援し始めたのは01年。上原氏が仕事上で付き合いのあった、元日本代表監督の故宿沢広朗氏(享年55)から「日本代表のスポンサーをやって欲しい」と依頼を受けた。上原氏は「ラグビー部もないのになぜ」と疑問を抱いた。同社は「アンチ」を作らないよう、個別にスポンサーを引き受けない方針だった。それでもリポビタンDのCMでおなじみ「ファイト一発」の「努力、友情、勝利」というコンセプトと、ラグビーの「One For All,All For One」の精神が一致すると宿沢氏の思いを承諾した。

日本代表とはいえ、当時は試合のテレビ中継も少ない時代。15年W杯を迎えるまで支援していることを知らない社員も多数いた。それでも梅岡氏は「宣伝がメインではない。子どもたちへの応援とラグビーの発展。健康産業なので間違ってない」と、熱い思いで活動を続けてきた。

15年W杯後には日本代表の活躍にスタッフを含め50人全員に100万円の報奨金を贈呈した。上原氏が「直接渡したい」と自ら代表スタッフと対面し、その旨を伝えた。大きく報道され、選手だけでなくファンからも「ありがとう」の言葉をもらった。梅岡氏は「スタッフにあげたことを選手が喜んでくれたのがうれしかった」と振り返った。

自国での大会で、さらなるラグビーの盛り上がりを期待する。12会場の自治体へ出向き、地域の大会も応援。準備は整いつつある。梅岡氏は「W杯後がもっと大事。代表は引き続きサポートしたい。子どもや学生の応援もしていく。ラグビーが普及しないと健全な心身の成長のサポートにならない」と、その先も見据えている。【松熊洋介】