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レアルU16”ピピ”中井「日本で勝ちたかった」

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レアルU16”ピピ”中井「日本で勝ちたかった」

3日間戦った仲間たちと写真に納まるレアル・マドリード中井(前列中央)(撮影・丹羽敏通)

<U16キリンレモン杯2019:レアル・マドリード1(2PK4)1FC東京◇決勝◇21日◇神奈川県茅ケ崎市・柳島スポーツ公園

レアル・マドリードのカデーテA(16歳以下)に所属するMF中井卓大(たくひろ=15)が、大会2連覇を逃して泣いた。

16歳以下の8チームで争われた最終日の決勝でフル出場も、1-1で突入したPK戦の末に準優勝。キッカーを務めることはなかったものの、味方2人が外して2-4で負けることになった瞬間、顔を覆って後方に倒れ、あおむけになって悔し涙を流した。

表彰式では銀メダルに納得できなかったが、記念撮影では日本の同世代と笑顔で収まった。その後、合同取材に応じ「日本での大会だったので勝ちたかった。PK戦の時は『決めろ』『止めろ』と思って見ていました。一番、でっかいトロフィーが欲しかった」と2連覇への思いと悔しさを隠さなかった。

午後4時からの決勝は、その6時間前に行われた準決勝ジェフユナイテッド市原・千葉戦(3-0)に続いて先発。前半は4-3-3システムの右のインサイドハーフ、後半途中からダブルボランチの一角としてプレーした。開始早々に失点したが、後半5分にMFチャモンが右足で同点ミドル。そのまま30分ハーフが終わり、延長戦でも決着がつかずPK戦に入った。

中井はチームのバランスを整えることに終始。決してボールを失うことはなかった一方、攻め上げるチャンスは少なく得点に絡めなかった。最後は足がつったそぶりを見せるなど走り抜いたが、実らなかった。PK戦ではキッカーを務めなかったが、もう蹴ることができなかったのかもしれない。

それほどの完全燃焼で、今大会は3日間で全5試合に出場した。パス出し、組み立てが主な役割ということもあってか無得点だったが「僕も(チームメートの)みんなも学ぶことができた」。日本のチームの印象を聞かれると「体力があって、よく走るなと。マドリードに帰って体力をつけて負けないようにしたい」と向上心に火がついた様子だった。

スペインでは「ピピ(泣き虫)」の愛称で知られる中井。初代王者になった昨年に続く優勝に導けず涙を流したが、母国で味わった苦い経験を糧にするしかない。15歳にして身長は180センチに達しており、近い将来、日本を根本から支える大型ボランチになってもらわないと困る。最後に、今後の目標を問われると「クラブでは上(トップチーム)に行けるように、代表はAを目指して成長していきたい」。日本人初となるRマドリードのトップ昇格とW杯への思いを再確認できた3日間。至宝が、新たなモチベーションを携えてスペインへ戻る。【木下淳】

レアル・マドリード対千葉 前半、2点目のゴールを決めたFWマーニャスを祝福するレアル・マドリードMF中井(左)(撮影・丹羽敏通)
レアル・マドリード対東京 後半、ボールを要求するレアル・マドリードMF中井(右)(撮影・丹羽敏通)

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遠藤は関根を称賛も「本来のプレーではない」と辛口

関根貴大(2017年8月9日撮影)

<ベルギーリーグ:オイペン1-1シントトロイデン>◇下位プレーオフA組◇20日◇オイペン

ベルギー1部シントトロイデンに所属するMF遠藤航(26)は、1-1で引き分けたオイペン戦で移籍後初アシストしたMF関根貴大を称賛したが「僕の中では、本来のプレーではない」とさらなる飛躍に期待した。

0-0の後半4分、ペナルティーエリア内の左から関根が中へラストパスを送り、鎌田大地の得点をアシストした。試合後に遠藤は、17年夏までJ1浦和でともにプレーした関根について「今日も良かったと思います」と褒めた上で「けど、彼の実力からすれば、これくらいの活躍は当たり前。できると思っていたので」とコメント。チーム内で誰よりも関根の能力を知っているだけに、満足はして欲しくなかった。

ともに今季からシントトロイデンに加入した。「海外での関係だったり、そういう信頼をつかむというところの難しも、彼も感じながらやっていたともいます」と、シーズン序盤に左足を痛めて長期離脱を強いられた関根の置かれた状況を思いやった。

関根はケガから復帰した1月18日のゲンク戦に先発して、後半39分まで出場したが得点に絡めず。そこから6試合連続でベンチ入りを果たしたが、出場機会を得られなかった。国内プレーオフ第2節で途中出場すると、第3節ウェステルロー戦でも後半20分からピッチに立ち、積極的なプレーをして得点に絡んだ。すると、第4節で先発出場。この日の第5戦でもスタメンに名を連ね、初アシストを決めて結果を出した。

レギュラーの地位をつかみつつある関根に遠藤は「少しずつ試合に絡んで、少しずつ取り戻せていると思う」と、復調の気配を感じている。さらに「僕の中では、彼の本来のプレーではないというか、もっともとやれると思っている」と期待を込めた。最後に「試合に出続ければ、さらに良くなっていくと思います」。Jリーグで輝きを放ったドリブラーの完全復活を望んだ。

(エリーヌ・スウェーブルス通信員)

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ユベントス前人未到の8連覇 Cロナも史上初の快挙

リーグ8連覇を決め声援に応えるユベントスFWロナウド(AP)

<セリエA:ユベントス2-1フィオレンティナ>◇20日◇トリノ

ユベントスは、ホームでフィオレンティナを2-1で下し、フランス1部リヨンの7連覇を上回る欧州5大リーグ最長となる8連覇を達成した。

開始6分に先制を許したが、DFアレックスサンドロの得点とオウンゴールで逆転。通算35度目の優勝を飾った。今季から加入したロナウドは、得点こそ挙げられなかったが、フル出場。自身通算27個目のクラブタイトル獲得となった。

数々の偉業を達成してきたロナウドが、移籍初年度から、またしても記録を打ち立てた。34歳で加入したユベントスでチーム最多の19得点を挙げて優勝に貢献。史上初となるプレミアリーグ(マンチェスターU)とスペインリーグ(Rマドリード)、セリエA(ユベントス)の3大リーグ優勝を達成した。クラブ公式サイトで「イングランド、スペインに続いてイタリアでもリーグ優勝を達成できて、とても幸せだ」と喜んだ。これで欧州CL5度の優勝などクラブタイトルは、プロデビューを果たしたスポルティング(ポルトガル)から通算17シーズン目で27個目のタイトル獲得となった。

今季の欧州CLではアヤックスに敗れて8強止まりだったが「欧州CLは、また来年チャレンジするよ」と、自身6度目の制覇を目指すことを明言した。さらに「スーパー杯とリーグを制して、間違いなくポジティブな素晴らしい1年を過ごせた」と、満足のできる移籍初年度だったことを話した。

▽ロナウドのクラブタイトル

◆スポルティング(在籍02~03年)

▽ポルトガル・スーパー杯1度(02年)

◆マンチェスターU(同03~09年)

▽プレミアリーグ3度(06-07年、07-08年、08-09年)

▽FA杯1度(03-04年)

▽イングランド・リーグ杯2度(05-06年、08-09年)

▽イングランド・スーパー杯1度(07年)

▽欧州CL1度(07-08年)

▽クラブW杯1度(08年)

◆Rマドリード(同09~18年)

▽スペインリーグ2度(11-12年、16-17年)

▽スペイン国王杯2度(10-11年、13-14年)

▽スペイン・スーパー杯2度(12年、17年)

▽欧州CL4度(13-14年、15-16年、16-17年、17-18年)

▽欧州スーパー杯2度(14年、17年)

▽クラブW杯3度(14年、16年、17年)

◆ユベントス(同18年~)

▽セリエA1度(18-19年)

▽イタリア・スーパー杯1度(18年)

リーグ優勝を喜ぶユベントスの選手たち(AP)

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安藤梢、“エコ賞”ゲットで5年ぶりのリーグ制覇へ

安藤梢(2019年3月12日撮影)

<プレナスなでしこリーグ1部:浦和レディース2-0新潟レディース>◇第4節◇21日◇浦和駒場

浦和レッズレディースのMF安藤梢(36)が後半37分にチームの勝利を決定づける2点目を決め、同試合で活躍したヒロイン選手に贈られる群馬・薬師温泉のペア旅行券をゲットした。

同旅行券はクラブのオフィシャルパートナーで、廃棄物処理業などを行うエコ計画が毎試合、選手に贈っているもの。通称“エコ賞”とも呼ばれるご褒美を手に入れ、その使い道については「急だったので、これから考えます」と話した。

鮮やかなゴールだった。1-0とリードした後半37分、「ここに来るなというところに本当にきた」と途中出場のDF乗松瑠華(23)からの右クロスにドンピシャで頭を合わせてネットを揺らした。「すごくいいボールだった。ホームのサポーターと喜べてよかった」と笑顔をみせた。

先制点となった前半19分のFW菅沢優衣香のゴールも右CKから安藤が競ったこぼれ球を決めたものだった。これでチームは勝ち点10で首位に立つ日テレ・ベレーザと勝ち点1差の単独2位に浮上。14年以来、5年ぶりのリーグ制覇へむけ「コンビネーションを高めて、みんなで信じてやってきている。もっともっと成長した姿をみせられるように頑張りたい」と力を込めた。【松尾幸之介】

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札幌ルーカス、横浜戦で負傷交代も無事アピール

負傷退場した横浜戦から一夜明け、元気な姿を見せた札幌MFルーカス(撮影・保坂果那)

北海道コンサドーレ札幌MFルーカス・フェルナンデス(24)が21日、無事をアピールした。

20日横浜戦の後半途中に相手と接触して右足首を痛め、ベンチに退いていた。この日、札幌市内の病院で検査した結果、骨に異常は見つからなかった。検査後、札幌市内のクラブハウスに訪れると「重傷ではなくて良かった」と安心した表情を見せた。

少し痛みは残っており、アイシングなどでケアしていく。「数日間は様子を見る。大丈夫そうなら練習に参加する」。順調なら次節28日アウェー磐田戦にも間に合う見込みで、本人も出場に前向きだ。横浜戦で1アシストを記録し勝利に貢献したブラジル人助っ人は、平成ラストゲームに向けて準備する。【保坂果那】

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コラム

ドイツこぼれ話

シャルケ低迷は誰のせい? 現指揮官は前任者を擁護

シャルケの低迷は前任者のせいではない-。6年3カ月ぶりに同クラブの指揮官へ復帰したフーブ・ステフェンスが、先月14日に解任されたドメニコ・テデスコ前監督を擁護している。

第29節までを終了し今シーズン残り5試合となった現在、シャルケは7勝6分け16敗、得失点差はマイナス17。先週末は2部からの昇格組で、久保裕也が所属するニュルンベルクとの残留争い直接対決で勝ち点1を拾ったが、アウグスブルクに抜かれ14位から15位へ後退した。指揮官交代から約1カ月がたった今もなかなか調子の上がらないシャルケについて、ステフェンスは「ユーロスポーツ」にこう語っている。

「(チームを危機的状況から立て直したくても)ドメニコは何もできなかっただろう。この責任は他の人間にある。『他の人間』とは、チームの問題を理解していなかったり、別のことを考えていた人間たちだ。監督という立場ではどうにもできないミスがあった。若い監督は周りのサポートを必要としているのに…とても残念だ」

31歳の若さで監督デビューを飾ったテデスコと、ステフェンスの年齢差は32もあり、親子ほど年が離れている。しかしステフェンスは「もちろん(テデスコと)コンタクトを取っている。連絡しない理由はないだろう? 彼はこのチームを1年半指導していたが、私はまだ数週間なのだから」と話し、1部残留というミッションのため、テデスコから積極的にアドバイスをもらっていることを明かした。

サッカー現場発

好調東京の陰にベテラン丹羽 出番なしも真摯さ刺激

東京DF丹羽大輝(18年7月撮影)

FC東京が好調だ。リーグ第7節を終え、5勝2分けの勝ち点17で2位につけている。開幕7戦負けなしはクラブ新記録。悲願のJ1初制覇へ、好スタートを切った。長谷川健太監督は「選手たちは、練習時から非常に高いモチベーションと強度で取り組んでくれている」と話す。

モチベーションの源はどこにあるのか、複数人の主力選手に尋ねた。さまざまな意見の中で共通したのは「あの人を見ていたら、自分たちがやらないわけにはいかない」という言葉だった。

“あの人”はきまって、全体練習後にランニングをして最後までピッチに残る。チーム最年長のDF丹羽大輝(33)。今季はまだ、リーグ戦で出番がない。

日本代表を経験し、ガンバ大阪時代は国内タイトル3冠獲得も達成した。輝かしい経歴を持つベテランは現在、東京U-23に帯同してJ3の試合に向かうこともある。「新たな発見や成長がある」と、自ら志願して出場している。年長の選手として、定位置を得られなくても決して腐らない姿勢が後輩の刺激になっている。

丹羽は言う。

「経験のある選手って、紙一重だと思うんです。チームをいい方向に導けるか、足を引っ張ってしまうか」

良くも悪くも、年長選手は影響力が大きい。自身も数多くの先輩を見てきた。「人が好きなので」と、サッカー界にとどまらない交流も多い。あるときは学び、あるときは反面教師にしてきた。本もたくさん読んだ。そしていま、心に1つの通している芯がある。

「真摯であれ」

真摯(しんし)とは何か。丹羽は「謙虚さ、学ぶ姿勢、成長意欲を常に持つこと」と話した。「心の底からそう思えれば、どんなときでもなにがあっても、得られるものがあるんです」。

J3に参加するU-23でプレーすることもそうだ。「若いチームだから、好不調の波が大きい。そこを少しでも長くいい波の時間にできるように、どう声をかけてコントロールしていくか」。トップチームにはない仕事を、負担でなくのびしろと捉える。

「『J3なんて』と思うのは簡単だし、マイナスな部分はいつも見えがちになります。だけど、プラスなことは必ずある。ものの見方だと思うんです。自分には『悩む』という感覚がまったくありません。『いい方向へ考える』と思えばいい」

“試合に出られない”と悩むより“どうやったら出られるか”と考える。“点が取れない”でなく“どうしたら点が取れるか”と考える。「そうすれば、やるべきことがクリアになりますから」。

根っからのプラス思考とも、少し違う。

「1度マイナスなことを考えるのも自然だし、自分もそうです。そこから見方を変えるまでの時間が短いほど、いいことがあると思っています」

丹羽の顔つきはエネルギーにあふれていた。代表やリーグ優勝を経験した選手としては現状につらさもあるのでは、というこちらの想像は違っていた。

「試合に出るも代表に入るも、すべてあとからついてきたものですから。サッカー選手としてボールを蹴れる幸せを第1に感じられていれば、いつ、どこにだって成長できる部分を見つけられます」

心の中はすでに整理されている。笑顔で、力強く話す。

「ここから、また上がっていくしかありませんから。また活躍してやるんだと、モチベーションは上がるばかりですよ。丹羽大輝という選手の価値を、どうやってもう1度証明していこうか、と」

そう言って居残りで走る33歳のまっすぐな生き様が、チームの陰の原動力になっている。【岡崎悠利】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「サッカー現場発」)

◆岡崎悠利(おかざき・ゆうり) 1991年(平3)4月30日、茨城県つくば市生まれ。青学大から14年に入社。16年秋までラグビーとバレーボールを取材。16年11月からはサッカー担当で今季は主に横浜とFC東京、アンダー世代を担当。

Get toto

チーム一丸で神戸が勝つ「2」/第1086回

浦和-神戸戦はアウェー神戸勝ちの「2」。神戸はリージョ監督と契約を解除し、吉田孝行監督が新たに就任。ここで逆に、チーム一丸となって勝ち点3を獲得すると予想。吉田監督は現役時代に「浦和キラー」として活躍。神戸在籍時の浦和戦で通算7ゴールを挙げた。FWカズ(三浦知良)らの3点を抑えてクラブ最多。1試合2ゴールを3度記録するなど浦和戦にめっぽう強かった。現在のチームは守備に不安を残すものの、MFイニエスタ、FWポドルスキら攻撃陣は好調。神戸が攻めて勝つと見た。

◆日刊予想

(1)浦-神2

(2)札-横2

(3)名-磐1

(4)松-鳥2

(5)清-C1

(6)鹿-仙1

(7)G-分0

(8)児-琉2

(9)浜-千1

(10)媛-福0

(11)形-口1

(12)金-柏2

(13)岐-水2

※左がホーム。1=ホーム90分勝ち、2=ホーム90分負け、0=その他

データが語る

広島と東京が初の開幕7戦無敗対決、ともに低保持率

J1開幕7戦以上無敗のチーム

J1史上初めて開幕7戦無敗チーム同士が対戦することになった。首位サンフレッチェ広島

と2位FC東京は、ともに開幕から5勝2分けと負けなし。

J1で開幕7戦以上無敗は過去14チームが記録しているが、同一シーズンに2チームは今季が初。次節19日はその2チームによる首位攻防戦(午後7時、Eスタ)。シーズン序盤の大一番として注目が集まる。

ともに堅い守りからの速攻が武器。平均ボール保持率は、広島が高い方から数えて17番目の42%、東京が15番目の44%。コンパクトな守備ブロックを形成し、ボールを奪うと素早く攻撃に転じる。高い確率でシュートまでたどり着くため、ボール保持率も高まらない。手数をかけることなく、敵陣ゴール前に迫り、決定機を高確率でものにし無敗を続けている。

18年ワールドカップ(W杯)ロシア大会では優勝したフランス(32カ国中19番目の平均48%)に象徴されるようにボール保持率の比較的低いチームの勝率が高い傾向にあった。今季のJ1序盤戦も、名古屋、横浜、川崎F(いずれも平均55%以上)などポゼッションスタイルのチームを抑え、「ボールは握らずとも主導権を握る」2チームが首位の座を争っている。【石川秀和】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「データが語る」)

サッカー現場発

スパイ、盗聴、尾行…平成の日本サッカー史こぼれ話

W杯アジア最終予選の韓国戦を翌日に控えた日本・森孝慈監督(1985年10月25日撮影) 

現在、日刊スポーツでは「平成とは」のタイトルで、平成時代のスポーツを振り返っている。その取材で普段はあまり取材しない人や10年以上も会っていない人の話を聞くことができた。紙面の都合上、本紙には載せられなかった話をいくつか紹介したい。20年以上が立ち、記憶から遠のいたものやまだ日の目を見ないネタ、または私だけが知らずに「へぇ~」と思ったことをいくつか。

日本のサッカー史は、昭和の沈滞期を乗り越え、平成で躍進期を迎えた。大躍進の口火を切ったのは、92年11月のアジア杯優勝。大正時代から国際Aマッチを戦った日本代表が、初めてアジアのチャンピオンに輝いた。今なら、サッカーファンのみならず、多くの人が熱狂する出来事だが、実はその時、日本はこの話題で盛り上がることはなかった。

サウジアラビアとの決勝戦(1-0)は8日の日曜日。この日は大相撲九州場所の初日で、日本は貴花田(のちに第65代横綱貴乃花)一色だった。場所直前に宮沢りえとの婚約を発表し、話題をさらった。当然、NHK地上波では大相撲、アジア杯の決勝戦はNHK BSで放送された。その後、Jリーグが開幕し、ジョホールバルの歓喜、W杯日韓大会など、サッカーの存在感は徐々に増してきた。

W杯招致は、まるでスパイ映画のようなこともあった。日本の招致委員会の会議室には定期的に盗聴器の検査が入った。FIFA(国際サッカー連盟)の会議などで、海外に行った際にも当然、盗聴器検査員が帯同した。ここ一番では会話ではなく、筆談をしたこともある。FIFAにW杯招致の申請種類には、招致委員会メンバー集合写真が入る。当然、韓国側は日本の全メンバーを把握しているが、その集合写真に載ったパートの女性、雑用係の職員と、ノーマークでもいいはずの2人が何者かに尾行されることもあった。

W杯大会期間中は、イングランドからスペシャル警察6人が派遣されて潜伏警備したという。フーリガンが世界中で暴れていて、国の威信を害することを悩んだ英国から「この6人は、後ろ姿を見ただけでフーリガンが判別できるスペシャルな警察です。ぜひイングランドの試合会場や周辺に配置させてほしい」と要請された。組織委員会が、警察庁と相談し、受け入れを決定した。

余談として昭和の話を1つ。今は故人となった森孝慈氏が日本代表監督だった85年4月。86年メキシコW杯アジア1次予選のため平壌(ピョンヤン)を訪れた。森氏は「ホテルのミーティングルームは盗聴されると思ったから重要なことはグラウンドで話し合った。ミーティングルームで“なんだ、せっかく平壌まで来たのに、焼き肉が出ないんじゃないか。せこいな”と大声ではしゃいだら、翌日のメニューが焼き肉だった」。偶然かもしれないが、平成の情報戦対策は、昭和から引き継がれていたのかもしれない。【盧載鎭】

◆盧載鎭(ノ・ゼジン) 1968年9月8日、ソウル生まれ。88年に来日し、96年入社。21年間サッカー担当、2年間相撲担当。次女の高校受験が終わったら今度は長女の大学受験と、受験地獄から抜けられない2児のパパ。

W杯アジア最終予選 イラン対日本 W杯出場を決めサポーターの声援に日の丸を掲げ応える岡田武史監督(1997年11月16日撮影) 

J1

札幌ルーカス、横浜戦で負傷交代も無事アピール

負傷退場した横浜戦から一夜明け、元気な姿を見せた札幌MFルーカス(撮影・保坂果那)

北海道コンサドーレ札幌MFルーカス・フェルナンデス(24)が21日、無事をアピールした。

20日横浜戦の後半途中に相手と接触して右足首を痛め、ベンチに退いていた。この日、札幌市内の病院で検査した結果、骨に異常は見つからなかった。検査後、札幌市内のクラブハウスに訪れると「重傷ではなくて良かった」と安心した表情を見せた。

少し痛みは残っており、アイシングなどでケアしていく。「数日間は様子を見る。大丈夫そうなら練習に参加する」。順調なら次節28日アウェー磐田戦にも間に合う見込みで、本人も出場に前向きだ。横浜戦で1アシストを記録し勝利に貢献したブラジル人助っ人は、平成ラストゲームに向けて準備する。【保坂果那】

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最下位鳥栖カレーラス監督が再起へ決意「突き進む」

練習前、ファンを前に決意表明を行う鳥栖ルイス・カレーラス監督と選手たち(撮影・菊川光一)

J1最下位のサガン鳥栖竹原稔社長(58)は、今季2度目の3連敗を喫した松本山雅FC戦から一夜明けた21日、取材に対に応じ、ルイス・カレーラス監督(46)の解任をあらためて否定した。

リーグ戦8試合でわずか1得点の1勝1分6敗と、結果が出せないスペイン人指揮官の解任は考えているかの問いに「まだ何もない」と話した。

成績不振で18日には、報道陣非公開の緊急サポーターミーティングが開催された。参加者によると、緊迫した雰囲気の中で監督の解任要求も飛び出したが、クラブ側は即座の解任を否定したという。

現状を受け、チームも異例の決意表明で気合を入れ直した。この日の佐賀・鳥栖市内での練習前、竹原社長や強化担当者の計らいで、監督やコーチ陣、選手全員が訪れたファンの前に並び再起を誓った。

カレーラス監督は「就任会見の時に話したように、皆さんが誇りに思えるチームをつくっていくことに変わりはありません。その責任をしっかり持って突き進んでいければと思います」と訴えかけた。5人制を敷く主将全員もあらためて覚悟を示し、FWフェルナンドトーレス(35)も「皆さんが誇りに思えるチームをつくることを誓います」、MF高橋秀人(31)も「僕らは生まれ変わります。魂を持って戦います」と約束した。

練習前、ファンを前に決意表明を行う鳥栖フェルナンドトーレスら選手たち(撮影・菊川光一)

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清水北川4戦連発 重傷の石毛を勇気づける1勝

MF石毛のTシャツを着て引き揚げる清水FW北川(撮影・鈴木正人)

<明治安田生命J1:清水1-0C大阪>◇第8節◇20日◇アイスタ

清水エスパルスは1-0でセレッソ大阪を破り、2連勝を飾った。後半37分にFW北川航也(22)が左足で決勝点。自陣からの高速カウンターから奪ったエースの公式戦4試合連続ゴールを守りきり、今季初の完封勝利を収めた。

待ちわびた瞬間だった。清水は今季初の完封でホーム初勝利。試合後の「勝ちロコ」でアイスタのボルテージは最高潮に達した。ヤン・ヨンソン監督(58)は「ファンも求めていた勝利だと思う」。声援に感謝した指揮官も安堵(あんど)の表情を見せた。

一瞬の隙を見逃さなかった。後半37分、自陣でのセットプレーからGK六反勇治(32)がキャッチング。その瞬間が「スイッチ」だった。「走っているのは見えていた」と六反。敵陣に猛ダッシュしていたDFエウシーニョ(29)へ正確なキックを送ると、ボールを受けた助っ人は右足でゴールを狙った。

無人のゴールに転々とするボールはやや左に外れていた。歓声が一瞬、ため息に変わったが、北川だけはあきらめていなかった。「あの位置まで走っていたことが全て」。ボールを追って走り込んだエースはラインを割る直前で左足を伸ばすと、ボールはゴール右隅へ。思いを込めて放ったシュートはポストに当たってゆっくりと吸い込まれた。六反のキャッチから、14秒。2本のパスでネットを揺らす衝撃の高速カウンターで勝負を決めた。

北川は「負けられない試合だった」。15日の練習試合でMF石毛秀樹(24)が右ひざを負傷。全治8カ月の重傷を負った。北川にとって石毛は尊敬するユースの先輩。ゴール後はベンチに掲げていた「背番号8」のユニホームをスタンドに向けた。選手全員が試合前後に着た石毛の写真入りTシャツも、北川とMF竹内涼主将(28)の発案。長期離脱を強いられた戦友を勇気づける1勝となった。

指揮官が「石毛に勝利を届けたいと思っていた」と話せば、北川も「いろんな人の思いを背負って戦っていることを再認識できた」とうなずいた。開幕6戦未勝利から2連勝。仲間を思い、結束したチームが巻き返しへの確かな手応えをつかんだ。【神谷亮磨】

試合に勝利しMF石毛秀樹のTシャツを着て踊る清水の選手たち(撮影・鈴木正人)
後半、シュートを決めガッツポーズする清水FW北川と喜ぶサポーター(撮影・鈴木正人)

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J2

横浜FCカズはベンチ外 視察森保監督に負傷明かす

横浜FCのFWカズ(右)は横浜FCと千葉の試合を視察に来た日本代表の森保一監督と談笑する

<明治安田生命J2:横浜FC3-1千葉>◇第10節◇21日◇ニッパツ

横浜FCが、FWイバ、17歳FW斉藤光毅のゴールなどでジェフユナイテッド千葉に逆転勝ちした。横浜FCのFWカズ(三浦知良、52)は18日の練習中に負傷しベンチ外だった。

日本代表の森保一監督が電撃視察。試合前にカズと対面し談笑。森保監督は「カズさんのプレーを楽しみに来ましたけど、という話をして。けがをしたと言われたので…」と明かすと、カズは「また次で」と森保監督の前でのプレーを誓った。

千葉では広島時代の教え子のFW佐藤寿人(37)が先発しており、森保監督は「僕の中では、一緒に仕事したカズさん、寿人もそうですけど、両方のゴールがみられればいいなと思ってましたけど…。見に来た理由は、Jリーグ、大学、アマチュアと幅広くできる限り見て、チーム作りに役立てていきたいなと思っているので。ゴール前のシーンが多く、いい試合を見られて良かったです」と振り返った。

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新潟が東京Vとドロー、吉永監督Jデビュー戦飾れず

J初采配がドローに終わった新潟吉永監督

<明治安田生命J2:東京V1-1新潟>◇第10節◇20日◇味スタ

アルビレックス新潟は東京ヴェルディと1-1で引き分けた。3試合連続のドローゲームで、J初采配の吉永一明監督(51)にはホロ苦いデビュー戦になった。

前半5分、右CKからのこぼれ球をFWレオナルド(21)が右足で押し込み先制も、後半20分に追いつかれた。今季初先発のDF広瀬健太(26)の横パスをカットされてFW端戸仁(28)に決められた。新潟の東京V戦の対戦成績はJ1時代を含めて4分け5敗と未勝利が続く。

   ◇   ◇   ◇   

勝てなかった。監督就任から4日間の非公開練習で集中したトレーニングを積んでも、勝利に結びつかなかった。先制しながら、パスミスで追いつかれる手痛いドロー。ゴール裏のサポーターのもとへあいさつに向かう選手たちの足取りは重かった。観衆6085人のうち、約3100人の新潟サポーターが、ホームの雰囲気をつくったが応えられなかった。

「ゲーム自体は、選手たちは勇敢に(チームとして)やろうとすることにトライしていた。恐れず、やることはできた。残念です」。14日監督交代が発表され、J初采配となった試合を吉永監督は振り返った。片渕浩一郎前監督(43)とは、ひと味違ったゴールへのアプローチを繰り広げた。従来の4-4-2のシステムを変更して、4-2-3-1の布陣。前節(13日)から先発3人が入れ替わり、センターバックだったDF新井直人(22)は左サイドバックに。ロングボールは多用せず、パスをつないで相手ゴールに迫った。吉永監督は「パスをつなぐことが目標ではない。みんなで前進する方法として採用した」と言う。

試合後、ゴール裏のサポーターからは拍手と罵声が交錯した鼓舞を受けた。選手たちは、そんな励ましに前を向くしかない。確かな手応えも感じていた。MF加藤大(27)は「決定的なシーンを何度もつくれた」と言い、新井も「短い準備の中で前半はテンポよくボールをつなぐことができた」と話した。次節(28日)もアウェーでの水戸戦。新生新潟の試金石になる。【涌井幹雄】

東京V対新潟 相手GKのキックをカットしにいくFWレオナルド
3試合連続のドローに終わり、ガックリ引き揚げる新潟イレブン

新潟吉永監督「楽しみしかない」今日Jリーグ初采配

初のJ采配となる新潟吉永監督

J2アルビレックス新潟は、今日20日のアウェー東京ヴェルディ戦(味の素スタジアム)の前日の19日、クラブハウスの隣接ピッチで非公開で最終調整した。新監督の吉永一明監督(51)は練習は冒頭を除き、16日から4日間連続で内容非公開にして「本番」に備えた。戦術をベールに包んで、Jリーグ初采配となる一戦に臨む。

吉永監督の表情は澄み切っていた。東京V戦への準備期間は4日間だったが、異例の4日連続での非公開練習で、トレーニング内容を隠した。「限られた時間の中で、自分が今やれることの100ではないが、悔いはない」。そう言い切る前には謝辞も口にしていた。「非公開に協力してくれた方々に感謝したい」。

4日間の非公開練習では、ポジション取りを細かく修正した模様だ。今季、主将を務めるMF加藤大(27)は「気になるところは(ゲームを)止めて、チーム全体で(立ち位置を)共有した」と言う。「ちょっとしたスキからの失点は技術の中に原因がある」と吉永監督は一切妥協しない姿勢も、貫く意向だった。

昨季まで2年間務めた新潟・S(シンガポール)監督として、2季連続でシンガポールプレミアリーグ優勝など目覚ましい実績を持っている。しかし、Jリーグの采配は初めて。「1戦、1戦が大事。次があるとは思っていない」と新潟の監督としての決意は固いが、顔つきに悲壮感はなかった。

「選手がどういうプレーをしてくれるかが一番の興味。楽しみしかない」と言う。対戦する東京Vは、ここ3試合未勝利(2分け1敗)ながら、もちろん全力でぶつかるつもり。「選手には全力でプレーしてサッカーを楽しんでもらいたい。その姿を見たサポーターに響くものがあればいいと思う」。吉永監督は勝利でサポーターの心も、わしづかみにする覚悟もみせた。【涌井幹雄】

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日本代表

JFAが4年ぶりA代表に短期の国内組候補合宿計画

16年3月に行われたサッカー日本代表国内組対象代表候補合宿

日本サッカー協会(JFA)が来年3、4、5月にそれぞれA代表の短期の国内組候補合宿を計画していることが17日、分かった。

東京都内のJFAハウスで行われたJリーグの契約担当者会議の中で、日本協会技術委員会の山本昌邦副委員長が各クラブに計画を提案した。想定する時期はリーグ戦の最中で東京五輪直前と過密日程が予想される。実施回数の削減など各方面での調整は必要だが、実現すればハリルホジッチ監督時代の16年3月以来4年ぶりとなる。

また、6月の南米選手権(ブラジル)への選手派遣について、あらためて協力を要請。ACLなども重なる可能性があるため、派遣人数などは日本協会と各クラブが個別に相談していく方針を再確認した。

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代表との決別だった海外移籍 今や「海外組」死語に

91年、トットナム戦に勝利し喜ぶカズ

<平成とは・サッカー編(7)>

今年2月1日、アジア杯決勝のカタール戦のスタメンが話題になった。11人全員が海外クラブ所属。98年初出場したワールドカップ(W杯)フランス大会は22人全員がJリーガーだったのだから「海外組」は平成の後半で急増した。

「今は海外でプレーするのが当たり前だから」。日本人「欧州プロ1号」の奥寺康彦(67)は言う。奥寺が世界最高峰と言われたドイツのブンデスリーガでプレーしたのは77年から9シーズン。当時、海を渡るのは「日本代表との決別」を意味する一大事だった。

奥寺は25歳から34歳まで日本代表を外れている。プロ選手になったために最大の目標だったオリンピック(五輪)予選(当時五輪はアマチュアの大会だった)に出られなかったこともあるが、W杯予選などでも日本協会から招集されることはなかった。

日本代表で将来を嘱望された尾崎加寿夫や風間八宏は、80年代に入ってドイツのクラブに移籍。奥寺と同じように、その後代表には呼ばれなかった。当時は長期合宿でチーム作りするのが日本代表の常識。「短期合流では戦力にならない」という考えも強かった。

86年、奥寺が日本リーグの古河電工に復帰。プロ選手を受け入れるために、日本協会は「プロ選手(スペシャルライセンスプレーヤー)登録」を認めた。初年度は奥寺と木村和司だけ。以後プロは急増し、後のプロリーグ(Jリーグ)発足へとつながっていった。

平成の時代に入ってJリーグができ、日本選手の海外移籍は急増した。欧州各国の外国人規制が緩和されたのも大きかった。奥寺が海を渡った時、ドイツの外国人枠は2人だった。セリエAは0。世界的な選手でなければ、母国以外でのプレーなどできなかった。

セリエAが80年代に外国人枠を3人にして成功し、各国も枠を拡大した。95年のボスマン判決でEU圏内の移籍が自由化されると、南米やアジアなど欧州圏外の選手も大挙して欧州に移籍した。サッカーのグローバル化は一気に進んだ。

日本選手の意識も大きく変わった。82年に静岡学園高を中退してブラジルに渡り、プロとして活躍したカズ(三浦知良)はJリーグ開幕後の94年、セリエA初の日本人選手となった。4年後には中田英寿がイタリアに渡る。96年アトランタ五輪代表主将の前園真聖は「日本ではダメ。海外に行くことばかり考えていた」と話す。五輪やW杯を経験し、選手の心は動いた。

その後も名波浩、中村俊輔、稲本潤一、小野伸二、高原直泰ら若き才能が次々に欧州に移籍する。海外で経験を積んだ選手は日本代表の中心として活躍した。80年代までの「代表との決別」はない。逆に、選手の海外移籍が日本代表のレベルアップにつながった。

かつては「欧州内ならいいが、日本は遠くコンディションを崩す心配がある」と招集を拒むクラブもあった。しかし、国際サッカー連盟(FIFA)が選手の供出のルールを設けたことで、協会とクラブ間の交渉もスムーズになった。

06年W杯前、オーストラリア選手は100人以上が欧州で活躍していた。「個々の能力では勝てない」と思ったものだが、今や日本人の欧州組も下部まで含めれば100人超。Jリーグを経ず、高卒や大卒で海を渡る選手も増えた。さらに、欧州だけでなくアジア諸国への移籍も多い。

スポーツ庁の鈴木大地長官は、平成のスポーツ界を振り返って「グローバル化が進んだ」と話した。最も顕著なのがサッカー界かもしれない。かつて「日本は世界に勝てますか」という質問に「日本も世界なんです」と答えたカズ。海外クラブ所属選手がスタメンを占めた日本代表に、その言葉を思い出す。今や、あらゆるスポーツで日本と世界の垣根が消えつつある。

「日本選手が認められ、求められている証拠。素晴らしいことだよ」。日本代表のこと、仕事のこと、家族のこと…、40年以上前に大きな決断でドイツに渡り「東洋のコンピューター」として活躍した奥寺は言った。昭和から平成、令和。「海外組」という言葉が死語になるのではと思えるほど、サッカー界の変化は目まぐるしい。【荻島弘一】

(敬称略、この項終わり)

98年W杯アルゼンチン戦 22人全員J(上)と19年アジア杯決勝 先発全員海外組

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U20代表安部弾で練習試合ドロー 森保監督も視察

U-20日本代表対全日本大学選抜 前半、PKを決めるU-20日本代表MF阿部(左)

サッカーのU-20日本代表候補が千葉合宿最終日の16日、全日本大学選抜と練習試合を行い、MF安部のPK弾で1-1と引き分けた。

5月上旬に予定されるU-20W杯ポーランド大会(5月23日開幕)メンバー発表前最後の活動。3日間の合宿ではセットプレー練習に時間を割いたが、安部は「そういうところから失点はしなかった。欲を言えばそういうところから得点を奪えれば良かった」と収穫と課題を口にした。

五輪代表監督を兼任する森保一日本代表監督も視察に訪れ、「世界の舞台で思い切ってプレーして、選手個々の武器を見せてほしい」とエールを送った。

練習試合を視察する森保一日本代表監督(中央)。左はU-20日本代表MF伊藤、右は全日本大学選抜FW旗手
U-20日本代表対全日本大学選抜 ボールキープするU-20日本代表FW西川

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海外サッカー

遠藤は関根を称賛も「本来のプレーではない」と辛口

関根貴大(2017年8月9日撮影)

<ベルギーリーグ:オイペン1-1シントトロイデン>◇下位プレーオフA組◇20日◇オイペン

ベルギー1部シントトロイデンに所属するMF遠藤航(26)は、1-1で引き分けたオイペン戦で移籍後初アシストしたMF関根貴大を称賛したが「僕の中では、本来のプレーではない」とさらなる飛躍に期待した。

0-0の後半4分、ペナルティーエリア内の左から関根が中へラストパスを送り、鎌田大地の得点をアシストした。試合後に遠藤は、17年夏までJ1浦和でともにプレーした関根について「今日も良かったと思います」と褒めた上で「けど、彼の実力からすれば、これくらいの活躍は当たり前。できると思っていたので」とコメント。チーム内で誰よりも関根の能力を知っているだけに、満足はして欲しくなかった。

ともに今季からシントトロイデンに加入した。「海外での関係だったり、そういう信頼をつかむというところの難しも、彼も感じながらやっていたともいます」と、シーズン序盤に左足を痛めて長期離脱を強いられた関根の置かれた状況を思いやった。

関根はケガから復帰した1月18日のゲンク戦に先発して、後半39分まで出場したが得点に絡めず。そこから6試合連続でベンチ入りを果たしたが、出場機会を得られなかった。国内プレーオフ第2節で途中出場すると、第3節ウェステルロー戦でも後半20分からピッチに立ち、積極的なプレーをして得点に絡んだ。すると、第4節で先発出場。この日の第5戦でもスタメンに名を連ね、初アシストを決めて結果を出した。

レギュラーの地位をつかみつつある関根に遠藤は「少しずつ試合に絡んで、少しずつ取り戻せていると思う」と、復調の気配を感じている。さらに「僕の中では、彼の本来のプレーではないというか、もっともとやれると思っている」と期待を込めた。最後に「試合に出続ければ、さらに良くなっていくと思います」。Jリーグで輝きを放ったドリブラーの完全復活を望んだ。

(エリーヌ・スウェーブルス通信員)

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ユベントス前人未到の8連覇 Cロナも史上初の快挙

リーグ8連覇を決め声援に応えるユベントスFWロナウド(AP)

<セリエA:ユベントス2-1フィオレンティナ>◇20日◇トリノ

ユベントスは、ホームでフィオレンティナを2-1で下し、フランス1部リヨンの7連覇を上回る欧州5大リーグ最長となる8連覇を達成した。

開始6分に先制を許したが、DFアレックスサンドロの得点とオウンゴールで逆転。通算35度目の優勝を飾った。今季から加入したロナウドは、得点こそ挙げられなかったが、フル出場。自身通算27個目のクラブタイトル獲得となった。

数々の偉業を達成してきたロナウドが、移籍初年度から、またしても記録を打ち立てた。34歳で加入したユベントスでチーム最多の19得点を挙げて優勝に貢献。史上初となるプレミアリーグ(マンチェスターU)とスペインリーグ(Rマドリード)、セリエA(ユベントス)の3大リーグ優勝を達成した。クラブ公式サイトで「イングランド、スペインに続いてイタリアでもリーグ優勝を達成できて、とても幸せだ」と喜んだ。これで欧州CL5度の優勝などクラブタイトルは、プロデビューを果たしたスポルティング(ポルトガル)から通算17シーズン目で27個目のタイトル獲得となった。

今季の欧州CLではアヤックスに敗れて8強止まりだったが「欧州CLは、また来年チャレンジするよ」と、自身6度目の制覇を目指すことを明言した。さらに「スーパー杯とリーグを制して、間違いなくポジティブな素晴らしい1年を過ごせた」と、満足のできる移籍初年度だったことを話した。

▽ロナウドのクラブタイトル

◆スポルティング(在籍02~03年)

▽ポルトガル・スーパー杯1度(02年)

◆マンチェスターU(同03~09年)

▽プレミアリーグ3度(06-07年、07-08年、08-09年)

▽FA杯1度(03-04年)

▽イングランド・リーグ杯2度(05-06年、08-09年)

▽イングランド・スーパー杯1度(07年)

▽欧州CL1度(07-08年)

▽クラブW杯1度(08年)

◆Rマドリード(同09~18年)

▽スペインリーグ2度(11-12年、16-17年)

▽スペイン国王杯2度(10-11年、13-14年)

▽スペイン・スーパー杯2度(12年、17年)

▽欧州CL4度(13-14年、15-16年、16-17年、17-18年)

▽欧州スーパー杯2度(14年、17年)

▽クラブW杯3度(14年、16年、17年)

◆ユベントス(同18年~)

▽セリエA1度(18-19年)

▽イタリア・スーパー杯1度(18年)

リーグ優勝を喜ぶユベントスの選手たち(AP)

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鎌田大地「歳はとったなという感じ」令和について

<ベルギーリーグ:オイペン1-1シントトロイデン>◇下位プレーオフA組◇20日◇オイペン

MF豊川雄太の所属するオイペンはDF冨安健洋、遠藤航、MF関根貴大、鎌田大地、FW木下康介が所属するシントトロイデンと対戦し、1-1で引き分けた。

豊川、冨安、遠藤、関根、鎌田が先発出場。木下はベンチスタートで出場はなかった。後半4分に鎌田がシントトロイデンの先制点を決めたが、同9分にオイペンがMFカストロのゴールで追いついた。

鎌田の主な一問一答は以下の通り。

-試合を振り返って。シントトロイデンには退場者も出た中での引き分けだった。

鎌田 10人になってから明らかにピンチが多かった。相手が外してくれて、勝ち点を拾えた試合だったと思います。やっぱり10人になっちゃうと勝つのは難しいと思いますけど、毎試合失点が多すぎて。あれだけ失点してたら、勝てないと思う。そういう部分はプレーオフ1に行けなかった原因だと思います。

-今日はいつもより下がってプレーしていた

鎌田 オイペンが今まで1ボランチの4-3-3でやってたんですけど、今日は2枚ボランチを置いてきて。ずっと(自分を)見られていた感じがありましたし、そこはうまく消されたので、ボールを触りたくて後ろまで下がってきた。

-来月から平成から令和になる

鎌田 生きていたらみんなそういう経験はすると思うし、特に何も考えてはないです。歳は取ったなという感じはしますね。僕たちが昭和の人と聞いただけで年上の人だなと思うように、令和の人はこれから平成の人に対してそういう風な感覚になると思うので。歳はとったなというふうに思います。

(エリーヌ・スウェーブルス通信員)

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