日刊スポーツ

東海大相模V一夜明け、大阪の宿舎から学校に戻る

東海大相模V一夜明け、大阪の宿舎から学校に戻る

明豊対東海大相模 9回裏東海大相模1死満塁、遊撃にサヨナラ適時打を放った小島(左中央4)を迎える東海大相模ナイン。右端は明豊・京本(2021年4月1日撮影)

第93回選抜高校野球大会(甲子園)で10年ぶり3回目の優勝を果たした東海大相模は2日、大阪市内の宿舎から神奈川・相模原の学校に戻った。

新型コロナウイルス感染拡大防止のため、全校生徒を集めた報告会などは行われなかった。代わりに教職員に優勝を伝えると、拍手に包まれた。10日に開幕する春季県大会に向け、3日から練習を再開する。なお、急性胃腸炎でセンバツ準々決勝から離脱した大塚瑠晏主将(3年)は、大阪市内の病院で入院を続けている。1日の決勝の後、門馬敬治監督(51)がチームを代表して病院を訪問。優勝を伝えた。

関連するニュースを読む

つながる門馬家の夢結実、主将代行の功見つめ監督父

優勝旗を持って笑顔で手を振る東海大相模の門馬、右後方は見つめる門馬監督(撮影・上山淳一)

<センバツ高校野球:東海大相模3-2明豊>◇1日◇決勝

東海大相模が横浜に並んだ。第93回選抜高校野球大会(甲子園)の決勝は、東海大相模が明豊にサヨナラ勝ち。11年以来10年ぶり3回目のセンバツ優勝を果たした。夏も含めると甲子園通算5回目の日本一で、横浜の優勝回数に並んだ。

   ◇   ◇   ◇

門馬敬治監督は、主将代行として優勝旗を受け取る次男の功をベンチ前で見つめながら「こんなにうれしいことはない。甲子園で優勝旗を自分の息子が手にするなんて」と感慨深く話した。

アルプスでは妻七美枝さん(52)が「うちの家族も『つながる』なんですよ」とチームスローガンをポツリとつぶやいた。

長男の大(ひろ)内野手(現・東海大4年)には忘れられない父の姿がある。中1冬、自打球を左目に当て失明の危機に立たされた。「手術しないと失明する」。医師の言葉に泣き崩れた。父はそっと大の肩を2度優しくたたいてくれた。「父の手が力強く感じました」。

「大にもう1度野球をやらせたい」と父と母は病院を探し回った。何度も断られくじけそうになる大を、父は「頑張ろうな」と声をかけてくれた。七美枝さんは「あの時の主人は頼もしかった。野球で見せる姿と違う。息子を守る父の姿でした」と目に涙をためた。

その後、大は手術の末、復帰。視力が弱くても努力を重ね、レギュラーを手にした。そんな兄の姿を見て、妹の花さん(19)、弟の功も続いた。大が3年夏、神奈川県大会決勝で敗れると「父と日本一」の夢を引き継いだ。花さんは19年夏の甲子園出場をマネジャーとして支え、今年、功が「日本一」をかなえた。

兄弟は、昨年まで学校の敷地内にあった自宅で育った。目の前にはグラウンド。毎日の遊びは野球ごっこだった。選手たちが練習を積み、甲子園で活躍する姿を見て憧れた。大会前、大は「功らしく戦えばいいよ」と伝えた。監督の息子でプレッシャーもあるかもしれない。「でも、僕たちが生まれた環境は力になる。幼いころから体に染み付いた相模の野球を存分に発揮すればいい」。兄の教え通り、功は今大会、1番打者として4割2分9厘と大活躍した。

試合後、功は「父を日本一にした、という思いはあります。でも、自分だけの力じゃない。兄姉、母に感謝したい」と笑顔を見せた。家族が「つながる」春。願いが実を結んだ。【保坂淑子】

◆父子V 門馬監督の次男功が主将代行として優勝。主な例では、49年夏に湘南・佐々木久男監督と1年生の信也がV。信也はのちにプロ野球を経て評論家になった。13年夏には前橋育英・荒井直樹監督と主将で4番の海斗が優勝。海斗は延岡学園との決勝で決勝打を放った。05年春には愛工大名電・倉野光生監督が優勝の瞬間、ベンチ入りしていた記録員の次女智加マネジャーから真っ先に抱きつかれた。東海大相模では75年春に原貢監督と長男辰徳が決勝に進んだが、高知に敗れ準優勝だった。

チームメートと笑顔を見せる東海大・門馬大(右端)

関連するニュースを読む

東海大相模 10年前は圧倒V 今大会は堅実V

9回裏東海大相模1死満塁、遊撃にサヨナラ適時打を放つ小島(撮影・宮崎幸一)

<ヨネタニー’S・ファイル>

<センバツ高校野球:東海大相模3-2明豊>◇1日◇決勝

優勝を決めたのはセンター返しの打球だった。9回1死満塁。東海大相模・小島大河捕手(3年)が遊撃手を強襲して三塁走者をかえした。「みんながつないでくれた。自分で決めてやろうと思った」。基本といわれるセンター返し。逆方向を含めて、9安打中の5本がそれだった。

1点目はスクイズで奪った。堅い攻めを重ねた。10年前の東海大相模とは別人の攻撃だった。83回大会は5試合で74安打し、4本塁打を放った。打率4割。パワーで他校を圧倒した。今大会の東海大相模は、2割7分2厘、1本塁打。センター返し、逆方向への安打が46本中の59%を占めた。

今大会は通算本塁打9本が示すように「投高打低」だったかもしれない。全チームを対象にした打率は、2割3分9厘。前回19年大会の2割5分7厘、19本塁打を下回った。コロナ禍で制限も多かった部活動が数字に表れたのだろうか。

門馬敬治監督(51)は試合後、こう話した。「明豊に押されていた。なんとか踏みとどまって、それがサヨナラにつながったと思います」。我慢を求められることの多かった大会、優勝も我慢の末のものだったようだ。【米谷輝昭】

9回裏東海大相模1死満塁、遊撃にサヨナラ適時打を放った小島(背番号4)を迎える東海大相模ナイン(撮影・宮崎幸一)

関連するニュースを読む

中京大中京・畔柳410球の意味問う 球数か日程か

畔柳亨丞(2021年3月29日撮影)

大会序盤のワクワク感は日を追うごとにヒヤヒヤする思いに変わった。不安が的中した。3月31日の準決勝。中京大中京のエース畔柳亨丞投手(3年)が次打者席にいない。医者も小走りでベンチへと消えた。

この日は先発を回避し、4回途中から救援登板していた。だが、2回1/3で緊急降板。畔柳が「肩を作っているときから肘が重くて力が入らなかった」と話せば、高橋源一郎監督(41)も「コンディションが良くなかった」と説明。無理はない。1週間で1日おきに4試合目。すでに初戦の25日から131球、110球、138球を重ねていた。

プロ野球を18年取材してきた感覚だが、そもそも1週間で4試合は多すぎる。屈強なプロですら先発の中4日を極力避ける。ましてや、成長途上の高校生だ。あるプロ野球関係者は「1カ月で投げられるようになればいいけど…」と畔柳を心配していた。継投を活用してきた東海大相模と明豊が決勝まで勝ち上がったのも、警鐘と受け止めたい。

今大会中、監督には球数に関する質問が殺到した。初めて「1週間500球以内」の球数制限を導入。畔柳は残り121球を投げられるはずが31球で降板。基準は目安にすぎないだろう。監督は勝ちも選手の将来も背負う。判断の是非を問い、責任を押しつけるのは酷だ。球数よりも、過密日程解消の思いを強くする。

大会の運営経費や甲子園本拠の阪神の公式戦日程など、懸案は承知の上だが準決勝、決勝を毎週末に行うなど、ゆとりのある日程が実現しないものか。大会終盤の大一番こそ、快速球のワクワク感を味わいたい。

危機感を持つ日本高野連も「投球制限検証ワーキンググループ」を設け、20年から3年間を「1週間500球」の試行期間とするが悠長に構えられない。大会本部は「『日程により不公平感が生じる』といった指摘があることは承知している」とも説明。「エース」を死語としないためにも畔柳が投げた410球の意味を問いたい。【アマ野球担当キャップ=酒井俊作】

関連するニュースを読む

横浜率いた渡辺氏「西谷君追い越せ」門馬監督を祝福

優勝旗を持って笑顔で手を振る東海大相模の門馬、右後方は見つめる門馬監督(撮影・上山淳一)

<センバツ高校野球:東海大相模3-2明豊>◇1日◇決勝

東海大相模が横浜に並んだ。第93回選抜高校野球大会(甲子園)の決勝は、東海大相模が明豊にサヨナラ勝ち。11年以来10年ぶり3回目のセンバツ優勝を果たした。夏も含めると甲子園通算5回目の日本一で、横浜の優勝回数に並んだ。解説で球場を訪れていた元横浜監督の渡辺元智氏(76)は、東海大相模・門馬敬治監督(51)を祝福した。

   ◇   ◇   ◇

東海大相模5回目の甲子園Vを見届けた渡辺氏は、門馬監督に賛辞を贈った。

渡辺氏 選手が徹底してますね。東海大相模の野球をやって、その中で相手を見て決断する監督術。ここというところでアグレッシブに動いてね。ヒットエンドランを掛けてみたり。

初回表に1点先取を許すも、その裏すぐにスクイズで追い付いた。足も絡め、攻撃。継投は先発の石川から2年生の求、最後はエース石田と、ピンチで積極的につないだ。金看板「アグレッシブベースボール」でつかんだ栄冠をたたえた。

自らの指揮で重ねた横浜の優勝5回に並ばれた。悔しさなど毛頭なく、むしろうれしそうだった。「いやいや」と言って、続けた。

渡辺氏 地元に、神奈川に、強いチームがあった方がいいんです。それが神奈川のチームのためになる。神奈川県の第一人者になって。神奈川県というより、東日本の雄に。ひいては日本の。大阪桐蔭の西谷君と同じ年齢でしょうけど、彼に追いつけ、追い越せで。素晴らしいこと。神奈川のレベルも上がっていく。

かつて、門馬監督は優勝回数が並ぶことに「目標にできるチーム、人がいるのは大きなこと」と言った。目標にされた渡辺氏は、15年夏の神奈川大会決勝で東海大相模に0-9で敗れ、勇退。その夏の日本一は、東海大相模だった。

渡辺氏 門馬君が追っかけてくれる中で、最後は門馬君にやられて引退。そういう意味では、感慨深いものがありますね。

21年4月1日。神奈川の高校野球史に刻まれる日となった。【古川真弥】

◆東海大相模 1963年(昭38)に東海大の付属校として創立された私立校。生徒数は1831人(女子752人)。野球部も創立と同時に創部。部員数は56人。甲子園出場は春は今回で12度目、夏11度(優勝2回)。主なOBは巨人原辰徳監督、日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕氏ら。所在地は相模原市南区相南3の33の1。土井崇司校長。

◆門馬監督が春最多V 東海大相模・門馬監督は00、11年に次ぐセンバツ3度目の優勝。監督の春3度Vは尾藤公(箕島)中村順司(PL学園)渡辺元智(横浜)西谷浩一(大阪桐蔭)の各監督に並ぶ最多。監督通算勝利は史上17人目の30勝に到達した。勝率8割1分1厘(30勝7敗)は30勝以上の中で中村監督(8割5分3厘)西谷監督(8割4分6厘)に次ぐ3位。

▽東海大相模・求(2番手で2回1/3、1安打無失点)「石川さんが踏ん張ってくれた。石田さんまでつなごうと思って投げました」

▽東海大・井尻陽久監督(70年夏の甲子園初制覇時の主将)「昨年は大学が対外試合禁止処分を受け、つらい年でした。それだけに付属校の優勝は、東海大グループにとってこんなにうれしいことはない。門馬監督を抱きしめたいくらいです。昨秋、関東4強に残れなかったのにセンバツに選んでいただいた。それを彼は本当に感謝していた。その気持ちを実らせた優勝だったと思います」

▽中日渡辺勝(11年センバツ優勝)「僕らが優勝した時は東日本大震災で大変な時で、今回はコロナの影響で世の中が大変な時。いろいろな制約がある中で後輩が頂点に立ったことは、うれしく思います」

▽西武山村崇嘉内野手 「後輩たちが頑張ってくれてうれしいです。高校野球では春に強かったチームは夏に弱いと言われるので、まずはしっかり喜んで、その後はしっかり地に足をつけて練習を頑張ってほしいと思います」

▽オリックス吉田凌(15年夏の甲子園V)「春と夏で違いはあるとは思いますが、僕たちの代の夏の甲子園以来の優勝ですし、うれしく思っています。プロ野球もそうですが、このような状況の中で大会を行えたことに感謝の気持ちを忘れずに、春夏連覇を目指して頑張ってほしい」

▽広島田中広(08年卒。2年春に出場)「うれしいです。励みになります。この大変な中で一生懸命やっている姿に僕も頑張らないといけないなと思いました。(門馬監督次男、功内野手について)小さい時から知っているので、相模のユニホームを着てプレーをしているところを見るのはすごく感慨深いです」

▽DeNA田中俊 優勝おめでとうございます。最後まで諦めずに戦う姿勢は本当に素晴らしいと思います。大変な状況の中で一生懸命プレーする姿に、僕自身も頑張らないといけないな、と思います。

▽阪神遠藤(東海大相模卒の2年目内野手)「ずっと日本一と言ってやってきた中で、センバツで日本一を取ってくれました。石田とかも『絶対優勝します』と言っていたので、優勝できて自分もうれしいです。(自分が)3年生の時の1年なので、みんなかわいがっています。春夏連覇という目標に変わると思いますけど、その日本一を取るために一から、相模の野球を続けていってほしいですね」

決勝戦を解説する渡辺元智氏(撮影・前岡正明)

関連するニュースを読む

「1週間500球以内」不公平の指摘に変更の可能性

優勝旗を持って笑顔で手を振る東海大相模の門馬、右後方は見つめる門馬監督(撮影・上山淳一)

今春センバツで初導入の「1週間500球以内」の球数制限に関する運用は今後の検討課題になる。2年ぶりの大会が終了した1日、大会本部が総括。球数制限について「『日程により不公平感が生じる』といった指摘があることは承知している。この制度は3年の試行期間中であり、トータルで考えて今後に生かしたい」と説明し、ルール変更の可能性も含めて検討に入る。

準決勝で中京大中京のエース畔柳亨丞投手(3年)が先発回避し、救援登板したが「腕に力が入らない」と訴えて緊急降板。天理の達孝太投手(3年)も3試合で計459球を投じた。球数制限の上限を模索することになりそうだ。

またコロナ禍で開幕前、大会中の2度、チーム関係者にPCR検査を行い、全員が陰性だった。日本高野連の小倉好正事務局長(62)は「(昨年中止で)『今年こそは』の思いで準備をしてきたが、阪神甲子園球場での選手達の活躍を見ることができ、開催できてよかった」と談話を出した。

関連するニュースを読む

東海大相模・石田センバツ無失点Vは69年ぶり快挙

明豊対東海大相模 6回途中に登板し、力投する東海大相模・石田(撮影・菅敏)

<センバツ高校野球:東海大相模3-2明豊>◇1日◇決勝

東海大相模・石田隼都投手がチーム最多の29回1/3を投げ、無失点のまま優勝投手になった。

センバツの無失点V投手は52年田所善治郎(静岡商)以来、69年ぶり4人目。金属バット採用後(春は75年以降)は初めてになる。金属バット採用後の防御率ゼロも、優勝は83年水野雄仁(池田=失点2、自責点0)しかいない。

過去の無失点V投手は3人とも全4試合完封(投球36回)だった。石田は先発2試合でイニング数は少ないものの、45奪三振、与四死球2は抜群の内容だ。9回換算で三振13・8個、四死球0・6個のペース。石田の量産もあり、石川8個、求3個と合わせたチーム56奪三振は、金属バット後最多だった18年大阪桐蔭の54個(根尾26、柿木19、横川5、森本4)を更新した。【織田健途】

サヨナラで優勝を決め、ブルペンから歓喜の輪に向かう東海大相模・石田(撮影・菅敏)

関連するニュースを読む

明豊が史上初5試合無失策「史上最弱」評価に奮闘

明豊対東海大相模 7回裏東海大相模無死一、二塁、石田の送りバントにダッシュ、三塁で封殺した太田(撮影・前岡正明)

<センバツ高校野球:東海大相模3-2明豊>◇1日◇決勝

明豊(大分)は史上初めて決勝まで5試合無失策で散った。2-2の9回1死満塁。8回から救援したエース京本の2ストライクからの3球目。「追い込んだ後の真っすぐが高かった」という失投を、東海大相模の3番小島にジャストミートされた。弾丸ライナーは遊撃の幸(ゆき)主将のグラブをはじき、中前にサヨナラ打が転がった。悔やまれる打球処理に、幸は「捕れたボールだったが甘さが最後のプレーで出た。京本を助けられず悔いが残る」とうなだれた。

それでも選手一丸となって歴史を塗り替える初の決勝進出だった。新チーム発足時、川崎絢平監督(39)から「史上最弱」と表され、ナインは反骨心で奮闘した。幸は「その言葉がなかったらここまで来ていない。見返してやろうという気持ちだった」と振り返る。500本のティー打撃を1日2度に増やし、主力25~30人が全員ノーエラーで回るまで終わらない「ノーエラーノック」で鍛えられた。全体練習後もコーチから個人ノックを受けるなどして課題を克服。センバツでの5試合無失策はその成果だった。京本、太田、財原による継投、そして堅守で、3度の1点差、1度の2点差で勝ち進んでいった。

サヨナラでの準優勝。幸は「堅い守備力は投手中心にできたと思う。(守備から)流れをつくれて自信を持って行こうと思う」と手応えを得た。そして気持ちを切り替え、夏へのリベンジを誓った。「3年生の分も背負いやってきた。夏はここに帰って日本一を取りたい」。今大会の32校で唯一3年連続の出場。明豊は成長している。次は8月の甲子園。反骨心の塊となって、再び聖地で躍動する。【菊川光一】

◆無失策試合 明豊-東海大相模戦で記録。今大会7度目。明豊は今大会5試合すべて無失策試合に絡み、チーム5試合無失策は大会史上初。決勝の無失策試合は19年の習志野-東邦以来。

サヨナラで東海大相模に敗れ、肩を落とす京本真(左から3人目)ら明豊ナイン(撮影・菅敏)

関連するニュースを読む

東海大相模・門馬監督「粘り勝ち」サヨナラV

サヨナラで明豊を破り優勝し、喜びを爆発させる東海大相模ナイン(撮影・菅敏)

<センバツ高校野球:東海大相模3-2明豊>◇1日◇決勝

東海大相模(神奈川)が明豊(大分)をサヨナラで破り、10年ぶり3度目の春の頂点に立った。夏は70年と15年に優勝しており春夏合わせ5度目の全国制覇。また門馬敬治監督は甲子園通算30勝目を挙げ春3度目の優勝。尾藤公(箕島)中村順司(PL学園)渡辺元智(横浜)西谷浩一(大阪桐蔭)と並び最多となった。

2-2で迎えた9回裏、1死満塁から小島大河捕手(3年)が、サヨナラ打を放った。

門馬敬治監督(51)は「粘り勝ち。最後の最後までしぶとく執念持って戦った小島の一打が、このチームのすべてを物語っていると思います。後半まで完全に押されていた。そこを何とか崖っぷちのところで踏みとどまっていた。それが9回のサヨナラの場面につながったのかなと思います」と振り返った。

準々決勝、準決勝と連続完封のエース石田隼都投手(3年)はベンチスタート。2-2同点の6回表2死一、二塁のピンチで救援登板した。このピンチを切り抜けると7、8、9回も無失点。今大会29回1/3を無失点に抑え優勝投手になった。「もう最後は石田というふうに決めて、今日甲子園球場に来ましたので。選手たちにも伝えて、石田で締めくくりました」。もくろみ通りの継投で、大旗をつかんだ。

東海大相模は1回戦で東海大甲府(山梨)を3-1で破ると2回戦は鳥取城北に1-0で勝って8強入り。準々決勝、準決勝はエース石田が連続完封して決勝進出を果たすと決勝で明豊にサヨナラ勝ちした。

大分県勢54年ぶりのセンバツ制覇を目指した明豊は初優勝を逃した。

関連するニュースを読む

明豊・太田投げた打った捕った「抑えることだけ」

明豊対東海大相模 7回裏東海大相模無死一、二塁、石田の送りバントにダッシュ、三塁で封殺した太田(撮影・前岡正明)

<センバツ高校野球:東海大相模3-2明豊>◇1日◇決勝

明豊背番号10の太田虎次朗投手が投打で奮闘した。

先発では7回を5安打2失点とゲームメーク。5回は同点とされなお2死満塁で「絶対に後悔したくなかった。抑えることだけを考えた」と痛烈な当たりを好捕し、投ゴロで切り抜けた。打っては3安打をマークした。先発、救援で全試合に投げた左腕は「また夏に戻れるように頑張りたい」。次は1番を背負って甲子園に戻る。

明豊対東海大相模 2回の投球を終え、声を上げてベンチに戻る明豊先発の太田(撮影・菅敏)

関連するニュースを読む

明豊・黒木先制打も悔しい準V「夏絶対に日本一を」

明豊対東海大相模 1回裏明豊2死二塁、左前に先制の適時打を放ちガッツポーズを見せる黒木(撮影・菅敏)

<センバツ高校野球:東海大相模3-2明豊>◇1日◇決勝

明豊の4番黒木日向内野手が3打数2安打1打点で打線をけん引した。

準々決勝から3戦連続で4番を担い、初回2死三塁から「(相手エースの)石田投手が出る前に点が欲しかった」と有言実行の先制打。大会は4試合で安打を放ち、通算18打数9安打7打点だった。ヒットメーカーは「先輩も自分たちに日本一の目標を託してくれた。夏絶対に日本一を取って、先輩に恩返しできるように頑張っていきたい」と悔しさを胸に刻んだ。

明豊対東海大相模 1回表明豊2死三塁、黒木は左前に先制適時打を放つ(撮影・宮崎幸一)

関連するニュースを読む

明豊無失策準V支えた木原コーチ信念の試合前ノック

スタンドから応援する明豊・木原コーチ(撮影・保坂恭子)

<センバツ高校野球:東海大相模3-2明豊>◇1日◇決勝

明豊の木原裕飛(ゆうひ)コーチ(35)が、最後の1日を終えた。「最高です。本当に、そのひと言です」と笑顔だった。

本来は3月31日でコーチを退任する予定だったが、雨天で決勝が1日順延となったため、この日が最後になった。

ノッカーを務める木原コーチに生徒たちが大会前、言った事が現実となった。「必ず、ノックを5回打たせます」。5回打てるのは、決勝進出するチームだけ。その約束通り、過去最高の順位まで勝ち進んだ。「1戦1戦、成長している。毎試合が100点。全部100点でした。1つ1つに感動しました」。

初戦から5試合とも、試合前のノックは打つ方向も、本数も、すべて同じだった。「やるべきこと、今までやってきたことを、そのままやる」という信念だ。

今大会、無失策のまま終えた。特に、左翼を守った阿南心雄外野手(3年)は準々決勝、準決勝とビッグプレーでチームを救った。内野手から転向し、個人練習を含めてとくに時間をともに過ごした。「本当に努力していた選手。一生懸命、泥臭く練習してきました」と振り返る。

川崎監督の就任翌年から9年間、コーチとして支えた。ともにお風呂に入ったこともある「家族のような存在」という。選手とは練習でも、学校でも、寮でも一緒に過ごしてきた。「甲子園の優勝を決める試合でノックを打たせてもらえて、本当に感謝です」。ノックで、コーチが思いを込めた球を受けた選手たちは、決勝で堂々と戦った。

関連するニュースを読む

センバツ準V監督は元ローソン和歌山NO・1店長

明豊対東海大相模 8回、グラウンドの選手を鼓舞する明豊・川崎監督(撮影・上山淳一)

<センバツ高校野球:東海大相模3-2明豊>◇1日◇決勝

明豊の川崎絢平監督(39)は、選手たちと並んで帽子を取り、深々と甲子園のグラウンドに頭を下げた。「やることは全部やったので悔いはまったくありません。もうこの大会は終わったなと。さあ夏に向けて、と考えています」と振り返った。

人をよく見る、選手をよく見る監督だ。昨夏の甲子園交流戦では、登録した20人全員を起用。今大会も毎試合打順を組み替え、3人の継投と臨機応変な手腕が目立つ。その下地にはスーパーの店員や、コンビニ店長という異例の経歴があった。

立命大卒業後は地元に戻り、04年から社会人クラブチームの和歌山箕島球友会に加入した。チェーン展開しているスーパー「マツゲン」に社員として入社。「視野を広く持つことの大切さ、固定概念にとらわれない柔軟な発想、自分を客観的に見たり、自分のチームを客観的に見たりできるのは、働いている間に身についた気がします」と振り返る。

野菜の担当部門に配属され、陳列などの仕事を朝6時から8時間。夕方から練習する日々だった。完全なオフは、月1日あるかないか。それでも仕事も、練習も手を抜かない。和歌山箕島球友会の西川忠宏監督(60)は当時「指導者になりたい」と川崎監督が話しているのを聞いた。「頭脳プレーができて、作戦面でもたけていた選手。仕事での評判もよかったです」と明かした。

現役引退後は、実家が海南市内で当時3店舗経営していたローソンの店長へ転身した。バイトのシフトを組み、発注をかける。08年からは母校のコーチも掛け持ちし、練習後の深夜から早朝まで店先に立つ激務だったが、県内NO・1クラスの売り上げを記録する敏腕店長だった。最も学んだのは、人心掌握術。急に休むアルバイト店員に苦労した。「頭ごなしに怒るだけでは働いてくれないし、どうやって気持ちよく働いてくれるか。クルーと信頼関係がないといいお店にならないので、人の心を考えながら、会話をする中で相手がどう思っているんだろうとか考えてやっていた。それは(今も)いかされている」と野球の指導につながる部分があった。海南市議会議長を務める父一樹さん(64)は「しっかり人として当たり前のことを当たり前にできるように、クルーを教育していた。発注も、いかに利益を生むにはどうしたらいいのか考えていました」と話した。

川崎監督が掲げるのは「人間力向上」。人として、日々の生活が野球にもつながっていく。苦労をしてきたからこそ、たどり着いた言葉だ。監督として初めてたどり着いた甲子園決勝。この負けも、糧になる。【保坂恭子】

◆川崎絢平(かわさき・じゅんぺい)1982年(昭57)2月12日生まれ、和歌山県海南市出身。生石ボーイズから智弁和歌山に進み、3年連続で夏の甲子園出場し、1年は優勝、3年は4強。立命大では全日本大学選手権に出場。和歌山箕島球友会では全日本クラブ選手権優勝、社会人選手権出場。現役時代は遊撃手。08年に母校コーチ。11年に明豊の部長に就任し、12年秋から監督。甲子園は15年夏に出場し、19年センバツ4強。家族は夫人と1男1女。趣味は読書。B型。

準優勝の明豊の川崎監督(中央)(撮影・上山淳一)

関連するニュースを読む

準V明豊校長「優勝と同じ感動与えた」体育館でPV

明豊高校体育館でのパブリックビューイングで、生徒らはバルーンをたたいて明豊ナインの健闘をたたえた(撮影・浦田由紀夫)

<センバツ高校野球:東海大相模3-2明豊>◇1日◇決勝

大分・別府市にある明豊では生徒70人を含め約100人が体育館に集まり、中継映像の前でナインを応援した。

新型コロナ感染予防のためマスク姿で無言、バルーンをたたいてエール。丸馬(まるめ)寿副校長(62)は「応援の自粛も考えたが、人生に1、2度かもしれない決勝戦。応援する生徒たちにもいい勉強になると判断した。アルプスと一体となった応援だったと思うし、優勝はできなかったが、優勝と同じ感動を大分県民、別府市民に与えてくれたと思う。夏にリベンジしてほしい」とナインの大健闘をたたえた。

明豊高校体育館でのパブリックビューイングで丸馬寿副校長(左)はサヨナラ負けにガックリ(撮影・浦田由紀夫)

関連するニュースを読む

東海大相模・石田にスカウト「制球いい」上位指名も

明豊対東海大相模 東海大相模3番手で登板する石田(撮影・前岡正明)

<センバツ高校野球:東海大相模3-2明豊>◇1日◇決勝

「弱小」と言われたチームが日本一へと上り詰めた。第93回選抜高校野球大会(甲子園)決勝は、東海大相模が明豊にサヨナラ勝ち。11年以来10年ぶり3回目、春夏通算では5回目の優勝を果たし、令和最初のセンバツ王者に輝いた。タレントぞろいだった1つ上の代とは違い、チーム力が武器。大塚瑠晏主将(3年)を胃腸炎で欠いても、全員で勝ちきった。

    ◇    ◇    ◇

日本一の感想を東海大相模・石田隼都は「実感は湧かないです」と正直に答えた。関東大会準々決勝で逆転サヨナラ負けした昨秋からの甲子園優勝。「接戦を勝ちきれなかったのが秋。冬、接戦で勝とうとやってきたことが力になって、最後に出ました」と胸を張った。

同点の6回2死一、二塁で救援し、9回まで0を重ねた。5試合全てに投げ計29回1/3、無失点。45奪三振で奪三振率は13・8に上った。150キロ超の球はないが、なぜ点を取られず、三振を奪えるのか。プロのスカウトが声をそろえるのは「腕の振りが強い」だ。ある在京スカウトは「(振りが)高校レベルでは、なかなかいない」。別のスカウトも「直球と変化球では振りの差が、一瞬のしぐさ、表情などに出るものだが、それがない」と指摘。直球と同じ振りで投げるチェンジアップで空振りを奪う。

後者のスカウトは、別視点からも評価した。「左の長身は制球が悪い場合が多いが、183センチあって制球がいい。バランスの良さ、体幹の強さだろう」。今大会、わずか2四球。さらに、走者三塁で三振を奪えるのは経験値の高さとみる。あくまで現時点の評価だが、上位指名もあるとした。

明豊対東海大相模 9回裏東海大相模1死満塁、小島(左端)のサヨナラ適時打で優勝を決め、喜びを爆発させる石田(中央)ら東海大相模ナイン(撮影・菅敏)

関連するニュースを読む

智弁高嶋監督「僕より落ち着き」教え子明豊監督に

明豊・川崎監督

<センバツ高校野球:東海大相模3-2明豊>◇1日◇決勝

センバツ準優勝と健闘した明豊(大分)を率いる川崎絢平監督(39)の恩師である智弁和歌山・高嶋仁名誉監督(74)が1日、甲子園で決勝を観戦し、教え子の奮闘をたたえた。サヨナラでの惜敗だったが、意地の戦いぶりを評価した。

「勝ちそうな雰囲気だったね。一進一退で、どっちに転んでもおかしくないゲームだった。どこで1本出るか。押しながら、もう1本が出なかった。出とったら勝ってましたけどね」

競り負けたが、十分に強さを見せた。「驚いたのは僕より落ち着いてやっとるな。守りをしっかりしてます。内野手なので、育て方がうまい。チームがきちっと守ってきたので、僅少の得点差でも勝ち上がってこられた。やっぱり守りの成果だと思います。これにもう少し、打力が加わったら優勝できる」。センバツで5試合連続無失策。頂点こそ逃したが堅守が光った。

高嶋氏は、川崎監督にとって人生の師だ。社会人野球の和歌山箕島球友会での現役引退後、08年に母校・智弁和歌山のコーチに勧誘し、川崎監督が高校野球指導者の道に進むキッカケになった。決戦前の3月31日に電話で話した。「やることをやるだけです」。そう覚悟を伝えられると、1つだけアドバイスした。「優勝するのはちょっと早い」。師はそう明かして笑った。

明豊は3投手の継投で勝ち上がってきた。智弁和歌山の伝統さながらだ。高嶋氏は「智弁の野球。ちゃんと守っています。智弁和歌山は1人で500球投げる投手は入ってこない。ようけ用意して戦って優勝しています。彼も見とる。球数をあまり頭のなかに入れずに戦えた。思い切りできたんじゃないか」と評した。

高嶋氏は教え子の決勝での采配を「普段通り。バントをキチッと決める。(投手を)スパッと代えて。よう選手を見て動かしとる」と目を細めた。「彼自身、ガミガミ怒るようなタイプじゃない。行動で引っ張っていくところがあります。選手がついて行ったと思います。今度出てきたら優勝でしょう。これから九州の高校野球を引っ張るんじゃないですか」。甲子園を3度制覇して最多の通算68勝を誇る名将から川崎監督に、最大級の賛辞を贈った。【酒井俊作】

試合後、明豊・川崎監督(右)にあいさつする東海大相模・門馬監督(撮影・菅敏)

関連するニュースを読む

東海大相模「弱小」から「全員でつかみ取った」優勝

明豊対東海大相模 サヨナラで優勝を決め喜ぶ東海大相模ナイン(撮影・上山淳一)

<センバツ高校野球:東海大相模3-2明豊>◇1日◇決勝

「弱小」と言われたチームが日本一へと上り詰めた。第93回選抜高校野球大会(甲子園)決勝は、東海大相模が明豊にサヨナラ勝ち。11年以来10年ぶり3回目、春夏通算では5回目の優勝を果たし、令和最初のセンバツ王者に輝いた。タレントぞろいだった1つ上の代とは違い、チーム力が武器。大塚瑠晏主将(3年)を胃腸炎で欠いても、全員で勝ちきった。明豊は初の決勝進出で、あと1歩、届かなかった。

    ◇    ◇    ◇

小島の打球が前進した明豊の遊撃手のグラブをはじくと、東海大相模ナインは一気に飛び出した。2-2の9回1死満塁でサヨナラ中前打。小島は「みんながつないでくれた。絶対決めてやると」と誇らしげ。ヒーローは誰か1人ではなかった。門馬敬治監督(51)は「昨秋、サヨナラ負けで始まったチーム。サヨナラで締めくくることができ、本当にうれしい」。その言葉が、全てを表していた。

センバツ当確目前から暗転した。昨秋関東大会準々決勝の東海大甲府戦。9回に石田が2失点で逆転サヨナラ負けした。打線は5安打1点のみ。山村(現西武)西川(現ロッテ)らタレントを擁した1つ上の代と比べ、小粒の評価。ネットでは「今年は打てない」と書かれた。「弱小」という声も聞こえてきた。

敗戦後のミーティング。門馬監督は「どうなるか分からないが、センバツに出る気持ちで毎日を過ごそう」と訴えた。寮では朝夜、ほぼ全員が自主的に振り込んだ。球場改修やコロナで冬の強化練習が制限された分、基礎練習で堅守を磨いた。監督の次男、1番の門馬は「去年の選手と比べられるのはあったかも知れません。でも、自分たちは投手石田を中心に守りから」。スタイルを貫き、1回戦で東海大甲府にリベンジ。頂点へと駆け上がった。

メンバー外もラインでメンバーを鼓舞。大塚のユニホームも閉会式に並んだ。「全員でつかみ取った優勝です」。監督の言葉が春の空に響いた。【古川真弥】

◆主将不在でV 64年夏の高知は4番の有藤通世(元ロッテ)が初戦の秋田工戦で顔面に死球を受け退場。2回戦の花巻商戦では主将の三野幸宏が頭部に死球を受け、主力2人が入院した。それでも2年生エース光内数喜らの活躍で優勝。優勝旗は坂本幹副主将が受け取り、ナインは病床の2人へ大優勝旗を届けた。

明豊対東海大相模 9回裏東海大相模1死満塁、小島はサヨナラの遊内野安打を放つ。左は捕手簑原(撮影・上山淳一)
東海大相模・大塚主将の背番号「6」のユニホームを持って行進する柴田(右から2人目)(撮影・上山淳一)

関連するニュースを読む

東海大相模がサヨナラV/センバツ決勝戦詳細

<センバツ高校野球>◇1日◇決勝

センバツは決勝戦。東海大相模(神奈川)と明豊(大分)が激突。東海大相模が3-2でサヨナラ勝ちし10年ぶり3度目の優勝を果たした。

東海大相模3-2明豊

チーム
明豊
東海1X

【東】石川、求、石田

【明】太田、京本

【試合経過】

東海大相模がサヨナラ勝ちで10年ぶり3度目の春の頂点に立った

明豊は1回表、2死三塁から黒木の左前適時打で1点先制

東海大相模は1回裏、1死三塁から小島がスクイズを決め1-1同点

明豊は4回表、1死満塁から阿南の犠飛で2-1と勝ち越し

東海大相模は5回裏、2死二塁から求の左越え適時二塁打で2-2同点

東海大相模は6回表2死一、二塁のピンチでエース石田を投入。竹下を遊飛に抑え勝ち越し許さず

東海大相模は7回裏、2死満塁も勝ち越しならず

東海大相模は9回裏、1死満塁から小島が遊撃強襲打を放ちサヨナラ勝ち!

明豊対東海大相模 東海大相模先発の石川(撮影・菅敏)

明豊対東海大相模 1回表明豊2死二塁、左前に先制の適時打を放つ黒木(撮影・菅敏)

明豊対東海大相模 1回裏明豊2死二塁、左前に先制の適時打を放ちガッツポーズを見せる黒木(撮影・菅敏)

明豊対東海大相模 明豊先発の太田(撮影・菅敏)

明豊対東海大相模 1回裏東海大相模1死三塁、小島はスクイズを決める(撮影・上山淳一)

明豊対東海大相模 1回裏東海大相模1死三塁、小島のスクイズで門馬が生還する(撮影・上山淳一)

明豊対東海大相模 ベンチ前でリラックスした表情の石田はベンチスタート(撮影・上山淳一)

明豊対東海大相模 4回表明豊1死満塁、左へ犠飛を放つ阿南(撮影・菅敏)

明豊対東海大相模 4回表明豊1死満塁、阿南の左犠飛で三走簑原が生還する(撮影・上山淳一)

明豊対東海大相模 4回裏東海大相模2死二塁、求航太郎は左越え適時二塁打を放つ(撮影・上山淳一)

明豊対東海大相模 6回表明豊2死一、二塁、給水してマウンドに向かう東海大相模エース石田(撮影・上山淳一)

明豊対東海大相模 6回表明豊2死一、二塁、求に代わって石田が登板する(撮影・上山淳一)

明豊対東海大相模 8回、好守備の綛田(右)を出迎える東海大相模エース石田(左)(撮影・上山淳一)

明豊対東海大相模 9回裏東海大相模無死、セーフティーバントで一塁に滑り込みセーフの深谷(撮影・上山淳一)

明豊対東海大相模 9回裏東海大相模1死満塁、小島大河は遊撃にサヨナラ適時打を放つ(撮影・宮崎幸一)

明豊対東海大相模 喚起する東海大相模ナインをバックに落胆する明豊・京本真(中央)ら

サヨナラで明豊を破り優勝し、喜びを爆発させる東海大相模ナイン(撮影・菅敏)

サヨナラで明豊を破り優勝し、喜びを爆発させる東海大相模ナイン(撮影・菅敏)

東海大相模ー明豊

第93回選抜高校野球大会第11日・決勝 明豊対東海大相模 両チームのスタメン(撮影・上山淳一)

バックナンバー

関連するニュースを読む

東海大相模がサヨナラV 10年ぶり3度目春の頂点

サヨナラで明豊を破り優勝し、喜びを爆発させる東海大相模ナイン(撮影・菅敏)

<センバツ高校野球:東海大相模3-2明豊>◇1日◇決勝

東海大相模(神奈川)が明豊(大分)をサヨナラで破り、10年ぶり3度目の春の頂点に立った。夏は70年と15年に優勝しており春夏合わせ5度目の全国制覇。また門馬敬治監督は甲子園通算30勝目を挙げ春3度目の優勝。尾藤公(箕島)中村順司(PL学園)渡辺元智(横浜)西谷浩一(大阪桐蔭)と並び最多となった。

2-2で迎えた9回裏、1死満塁から小島大河捕手(3年)が、サヨナラ打を放った。

準々決勝、準決勝と連続完封のエース石田隼都投手(3年)はベンチスタート。2-2同点の6回表2死一、二塁のピンチで救援登板した。このピンチを切り抜けると7、8、9回も無失点。今大会29回1/3を無失点に抑え優勝投手になった。

東海大相模は1回戦で東海大甲府(山梨)を3-1で破ると2回戦は鳥取城北に1-0で勝って8強入り。準々決勝、準決勝はエース石田が連続完封して決勝進出を果たすと決勝で明豊にサヨナラ勝ちした。

大分県勢54年ぶりのセンバツ制覇を目指した明豊は初優勝を逃した。

◆東海大相模 1963年(昭38)に創立された私立校。野球部も同年創部。部員55人。甲子園出場は春が12度目、夏は11度。春優勝は00年、11年に続く3度目。夏は70年と15年に優勝しており今回が5度目の全国制覇。主なOBは巨人原辰徳監督、同菅野智之投手、広島田中広輔内野手、DeNA田中俊太内野手ら。所在地は神奈川県相模原市南区相南3の33の1。

明豊対東海大相模 6回表明豊2死一、二塁、求に代わって石田が登板する(撮影・上山淳一)
明豊対東海大相模 1回裏東海大相模1死三塁、小島はスクイズを決める(撮影・上山淳一)

関連するニュースを読む

東海大相模は石川が先発 エース石田はリリーフ待機

3月20日の東海大相模対東海大甲府 力投する東海大相模先発の石川(撮影・滝沢徹郎)

<センバツ高校野球:東海大相模-明豊>◇1日◇決勝

東海大相模(神奈川)は右腕の石川永稀投手(3年)が先発する。

今大会は8回を投げて自責1の防御率1・13と安定する。3月29日の準々決勝・福岡大大濠戦と31日の準決勝・天理(奈良)戦で2戦連続完封した左腕の石田隼都投手(3年)はリリーフ待機する。

明豊は左腕の太田虎次朗投手(3年)が先発する。右腕の京本真投手(3年)ら継投で勝機を探る。

関連するニュースを読む

明豊・太田、東海大相模・石田 奪三振で勝利に貢献

明豊対中京大中京 4回裏中京大中京2死一、三塁、櫛田を空振り三振に仕留め、雄たけびをあげる太田(撮影・前田充)

<ヨネタニー'S・ファイル>

<センバツ高校野球>◇3月31日◇準決勝

5点を奪った直後の大ピンチだった。4回1死二、三塁。明豊の先発、太田虎次朗投手(3年)はここでギアを上げた。6、7番を連続三振。「あそこがポイントだと思ったので、三振を取りにいきました。今日はストレートが走っていました」。太田が振り返った。

「三振の取れる投手は計算できる」。球界でよく言われる言葉だ。東海大相模・石田の存在が際立つが、太田もしっかり三振を奪い勝利に貢献してきた。計4試合、18回2/3を投げて21三振を奪った。奪三振率は10・13になる。

今大会出場投手の昨秋の成績を見ると、実は太田が奪三振率NO・1だった。32回1/3を投げて48奪三振。奪三振率は13・36になる。4位達(天理)、6位畔柳(中京大中京)で石田は7位の10・17。

この日、達、畔柳2投手は先発を回避し、姿を消した。今大会の三振合計は、決勝を前に426となった。前回19年大会(375三振)を上回る。太田が決勝に向けて意欲を語った。「投げる場面があれば、全力を出し切り、日本一の目標が達成できるよう頑張りたい」。決勝も三振が勝負を左右するのだろうか。【米谷輝昭】

天理に完封勝利で決勝進出を決め、笑顔を見せる東海大相模・石田(撮影・菅敏)

関連するニュースを読む

相模エース石田盤石 接戦強い明豊/決勝戦見どころ

東海大相模ー明豊

<センバツ高校野球:見どころ>◇1日◇決勝

【決勝戦(12:30)東海大相模(神奈川)-明豊(大分)】

10年ぶり3回目の優勝狙う東海大相模はエース石田が盤石。初優勝狙う明豊は打撃好調で接戦を制してきた

◆東海大相模 1963年(昭38)に創立された私立校。野球部も同年創部。部員55人。甲子園出場は春が12度目、夏は11度。春は00年と11年、夏は70年と15年の計4度の全国制覇。主なOBは巨人原辰徳監督、同菅野智之投手、広島田中広輔内野手ら。所在地は神奈川県相模原市南区相南3の33の1

◆明豊 1999年(平11)に別府大付と明星の学校法人合併で発足した私立校。創部は別府大付時の52年。部員61人。甲子園は春が5度目、夏は6度。最高成績は19年春の4強。主なOBに元マリナーズ捕手の城島健司氏、ソフトバンク今宮健太内野手、ヤクルト浜田太貴外野手ら。大分県別府市野口原3088

東海打相模のチーム成績
明豊のチーム成績
過去の神奈川県勢対大分県勢の成績

関連するニュースを読む

東海大相模・石田が60年ぶり13K以上の連続完封

東海大相模対天理 完封勝利で決勝進出を決め、ガッツポーズを見せる東海大相模・石田(撮影・菅敏)

<センバツ高校野球:東海大相模2-0天理>◇31日◇準決勝

東海大相模・石田隼都投手が福岡大大濠戦の14奪三振に続き、15奪三振で連続完封。

センバツで、ともに13奪三振以上の連続完封は、61年の「怪童」こと尾崎行雄(浪商)が日大二から17個、明星から14個を奪って以来60年ぶりとなった。

石田は1、2回戦が救援だったにもかかわらず、これで今大会43奪三振。金属バット採用後(春は75年以降)、大会50個に到達したのは学校の先輩になる00年筑川利希也(東海大相模=50個)だけだが、大台も見えてきた。大会最多は73年江川卓(作新学院)の60個。歴代2位の30年岸本正治(第一神港商=54個)、左腕では58年城戸博(済々黌)の53個も視野に入る。無失点のV投手には38年野口二郎(中京商)40年大島信雄(岐阜商=左腕)52年田所善治郎(静岡商=すべて全4試合完封)がおり、83年Vの水野雄仁(池田)は自責点ゼロ(失点2)。記録をひもとくと、歴史的な名前しか出てこなくなってきた。【織田健途】

東海大相模対天理 力投する東海大相模先発の石田(撮影・上山淳一)

関連するニュースを読む

明豊が無失策で決勝進出 71年大鉄以来50年ぶり

明豊対中京大中京 中京大中京に勝利し、応援席に向かって笑顔で駆けだす明豊ナイン(撮影・上山淳一)

<センバツ高校野球:明豊5-4中京大中京>◇31日◇準決勝

明豊(大分)が中京大中京(愛知)を破り、春夏通じて初の決勝進出を決めた。

初優勝を目指し明日4月1日の決勝で東海大相模(神奈川)と対戦する。大分県勢の決勝進出は1967年の津久見以来54年ぶり。

◆無失策で決勝進出 明豊はここまで4試合無失策。無失策での決勝進出は71年大鉄(3試合)以来50年ぶり。準決勝まで4試合無失策は明豊が初めて。

明豊対中京大中京 明豊の太田は5回を終えベンチ前でナインらを出迎える(撮影・上山淳一)

関連するニュースを読む

エース回避で敗れた天理に潔さ 代役左腕が放った光

東海大相模対天理 天理先発の仲川(撮影・前田充)

<センバツ高校野球:東海大相模2-0天理>◇31日◇準決勝

天理(奈良)が善戦むなしく散った。エースの達孝太投手(3年)が左脇腹を負傷して登板できない非常事態で踏ん張ったのは、左腕の仲川一平投手(3年)だ。速球は130キロ台。1回こそ3安打を集中されて1点を失ったが、持ち直した。

2回は変化球を低めに集める。深谷を得意のチェンジアップで空を切らせ、石田には低め速球で空振り三振を奪う。仲川は「(2回以降)変化球を低めに集めて、真っすぐを見せ球にして打たせて取るのを心掛けました。達がこれまで1人で投げてきて苦しかったと思う。自分が投げて抑えるつもりでした」と振り返った。

中村良二監督(52)は、仲川の抜てき理由を明かす。「東海大相模さんが苦戦している投手は左が多い。右より左の方がいい。低めに制球できる仲川は、小、中学校で全国優勝している。場慣れというか、堂々と投げられる」。8回1失点の申し分ない内容。達のリリーフ起用について「まったく100%なかったです」と説明し「仲川が予想以上に長く投げてくれた」とねぎらった。

優勝した97年以来、24年ぶりのセンバツ決勝進出こそ逃したが、夏に向けて実りのある1敗だろう。今大会から「1週間500球以内」の球数制限を導入。大会後半のチームに偏って負荷がかかる過密日程は、エース1人に負担がかかる。勝利を追求しつつ、選手の将来も守る。高校野球の指揮官は、難しい判断を迫られながら甲子園で采配している。

投手のレベルが均衡していれば、継投策を採りやすい。だが、絶対的なエースを抱えるチームはどうか。中村監督は「この試合を勝たなければ、次はない。本人が投げられるなら投げさせてやりたい。でも今回の(負傷した達の)アクシデントでは投げさせない」と言い、達登板回避の決断理由を説明した。

今大会、達は3戦で459球を投げた。161球、134球、164球が内訳だ。指揮官は達と話し合いながら、投げられるか判断してきた。「はっきり分かる子。『行けるか』と聞いたらはっきり『行かせてください』と。(今回は)どうしようかなと、フリーズして、答えに間があく。やっぱり痛いんだろうなと。そこは僕らが感じてあげないといけない」と話した。

故障は有望な選手の未来を奪う。中村監督も「将来のある子たちなので、本当に高校野球で終わってほしくない。僕の夏の甲子園の時のエースが肘を故障しながら野球をして大学に進んだけど、その肘が致命的になって野球をできなくなった。故障に関しては人よりも敏感なつもりでいます」と話していた。だからこそこの日、身長177センチの細腕を振って、大舞台で奮闘する仲川の姿を頼もしく見ただろう。「僕の中で大満足」とも言った。厳しい夏に向けて「達頼み」から脱却できる兆しがあった。

敗れた天理ナインは、何人も涙を流していた。指揮官は「宿題」という言葉を使った。仲川も「イチからスタートという気持ち。達と争える投手になりたい」と言った。すがすがしい気概だった。大黒柱が投げずに負けたのに、胸のつかえが取れる。エース頼みの先発完投型か。複数投手の継投型か。高校野球の投手起用が転機を迎えているのは間違いない。ただ、この日、代役の仲川の躍動が光をもたらしたのは確かだろう。【酒井俊作】

東海大相模対天理 6回、好投する天理先発の仲川(撮影・上山淳一)

関連するニュースを読む

東海大相模・「ルパン」柴田が「食らいつき」先制打

東海大相模対天理 1回表東海大相模2死二塁、左前に先制の適時打を放つ柴田(撮影・菅敏)

<センバツ高校野球:天理0-2東海大相模>◇31日◇準決勝

東海大相模の先制点は4番・柴田のバットから生まれた。初回2死二塁で天理・仲川から左前打。「初回に絶対点が取りたかった。食らいついてでも」と甘い直球を捉えた。右の本格派・達が先発と読んでいた。チーム方針は「高め直球は捨て、低めを狙う」。だが、ふたを開ければ技巧派左腕。予想が外れ「あまり準備できてなかった」が、すぐに「高く浮いた球を狙う」と方針変更。プラン通りに高くきた球を仕留めた。

アニメ鑑賞が趣味でお気に入りは「ルパン三世」。テレビシリーズ、映画とも、ほぼ全編見ている。「なぁに、壁なんてのは、越えるためにあるんだ」というルパンのせりふが好き。8回の第4打席は、バックスクリーンへ放った打球が跳ね返ってきた。甲子園初本塁打…と思ったら判定は異なり、フェンス直撃打。二塁までしか進めなかった。「全力で走っていれば、三塁まで行けた」と真摯(しんし)に反省。バックスクリーンは越えられなかったが、日本一の壁は越える。

東海大相模対天理 8回表東海大相模1死、中越えに二塁打を放つ柴田(撮影・菅敏)

関連するニュースを読む

明豊初Vへ王手「ラッキーボーイ」阿南が攻守で貢献

明豊対中京大中京 1回裏中京大中京2死二、三塁、辻の左飛を好捕し、転倒する阿南(撮影・菅敏)

<センバツ高校野球:明豊5-4中京大中京>◇31日◇準決勝

明豊(大分)がセンバツ準決勝で中京大中京(愛知)を5-4で下し、春夏通じて初の決勝進出を決めた。1番・左翼で起用された阿南心雄外野手(3年)が、攻守の活躍で貢献。1回裏2死二、三塁で相手5番の大きな当たりを転倒しながら好捕し、2戦連続でピンチを救った。打っては、4回の適時打など2安打1打点。大分県勢では1967年(昭42)津久見以来54年ぶりとなる優勝へ、王手をかけた。

    ◇    ◇    ◇

初の決勝を“つかみとった”。レフト阿南が2戦連続のファインプレーだ。1回裏2死二、三塁のピンチ。相手5番・辻の左翼への大きな当たりを好捕。「グラブの中に収めることだけ考えて後ろに走った」。捕球後、勢い余って1回転し、その拍子にベルトも切れる献身。準々決勝・智弁学園(奈良)戦に続くビッグプレーで、先制される危機を救った。

打っても大きな仕事を果たした。4回2死二塁で「二塁ランナーを絶対かえすつもりだった。コンパクトにセンター中心に打った」。チーム5点目の中前適時打を放ってみせた。

この日の先発は畔柳投手ではなかった。だが、4回に畔柳がブルペン調整を始める姿に闘志を燃やしたという。「先発を早めに降ろし(畔柳投手を)早めにマウンドに上げようとやっていた」。そして、待ち望んだ相手エースが5回から救援登板。「やっと来たと思った。盛り上げていった」と勝ちへ執念が加速した。

4度目の打順入れ替えが功を奏した。阿南が1番打者に入ったのは、1回戦以来、今大会2度目。川崎絢平監督(39)は1番起用に「阿南がこの間(智弁学園戦)ああいうプレーがありましたので、ラッキーボーイ的な存在かなと思いまして、チームに勢いをつける意味でも、本当は阿南はずっと1番を打たせていたので、もう1度阿南を1番に、運も味方にというか、ラッキーな選手を1番にもってこようと思って」。攻守で期待に応える活躍だった。

阿南は「うれしい気持ちでいっぱいだが、まだ1試合、決勝が残っている。この瞬間から切り替えたい。作戦を立て明日(4月1日)勝ちたい気持ちでいっぱいです」と引き締めた。決勝の相手は、東海大相模(神奈川)。阿南の好きな言葉は「かかってこい」。甲子園初Vをかけ、春夏4度優勝の相手に挑む。【菊川光一】

◆阿南心雄(あなん・しゆう)2003年(平15)6月9日生まれ。大分市出身。福岡・当仁小3から当仁ジュニアマリナーズでソフトボールを始める。福岡・当仁中学から糸島ボーイズで遊撃、投手。右投げ左打ち。趣味は掃除。50メートル走6秒3。遠投80メートル。179センチ、80キロ。

◆阿南の智弁学園戦スーパープレー 5-3で迎えた6回2死一、三塁での守備。相手4番・山下は左翼へ大きな打球。抜ければ同点という当たりだったが、レフト阿南は背走しながら伸ばしたグラブに収めた。フェンスに激突し、しばらく動けなかったものの、執念でボールを離さなかった。

◆選手時代にV 明豊・川崎絢平監督は智弁和歌山1年の97年夏に優勝。平安との決勝では優勝の瞬間に遊撃を守っていた。08年春の比嘉公也監督(沖縄尚学)以来となる選手&監督のVなるか。

▽明豊・太田(先発で6回途中3失点)「試合をつくることが目標だったので、試合がつくれて良かった」

▽明豊・幸(初の決勝進出に)「最高にうれしい。勝ちにつながったのは技術どうこうじゃなく、全員の気持ちが勝ちにつながった」

智弁学園戦の6回裏2死一、三塁、山下の左飛を好捕しフェンスに激突する阿南(2021年3月29日撮影)
明豊対中京大中京 4回表明豊2死二塁、適時打を放つ阿南(撮影・菅敏)

関連するニュースを読む

明豊先発の太田、前日に兄の巨人太田龍から激励

明豊対中京大中京 力投する明豊先発の太田(撮影・前田充)

<センバツ高校野球:明豊5-4中京大中京>◇31日◇準決勝

明豊が、春夏通算11度の優勝を誇る中京大中京との激闘を制し、初の決勝進出を果たした。ナインは歌手の南こうせつ作曲の校歌を歌い上げ、一塁側アルプスに向け、雄たけびを上げながら歓喜爆発で走った。

プロ注目選手や飛び抜けた強打者がいるわけでもない。だが、接戦をモノにし続け、1つずつ歩を進めてきた。この日は4回に一丸でつなぐ自慢の集中打が出た。3連打など打者一巡の猛攻で一挙5得点。投げては太田→京本とつなぐ必勝リレーに加え、4試合連続無失策の堅守でリードを守り切った。4試合のうち、3試合が1点差勝利。準々決勝の智弁学園(奈良)戦も2点差での白星。川崎絢平監督(39)は「生徒がよく成長したと感心して見ていた」と、試合ごとに躍動する選手に目尻を下げた。

先発で6回途中3失点だった左腕・太田は、打っても2安打1打点と活躍。兄の巨人太田龍から30日夜にLINE(ライン)で激励され「ありがとう。頑張ってくるよ」と発奮していた。2番手で登板したエース京本も奮闘し、歴史を塗り替える最後のアウトまでしのぎきった。

見据えるものがある。京本は「目指すは日本一。準優勝じゃ意味がない。優勝へ力を入れたい」。67年津久見以来となる県勢Vへ、あと1勝だ。【菊川光一】

明豊対中京大中京 明豊の太田は5回を終えベンチ前でナインらを出迎える(撮影・上山淳一)
巨人太田龍(2021年2月8日撮影)

関連するニュースを読む

東海大相模・石田無双4戦43K、江川次ぐ奪三振率

ドラフトファイル:石田隼都

<ドラフト候補全員!?会いに行きます>

<センバツ高校野球:東海大相模2-0天理>◇31日◇準決勝

相模のドクターKだ。東海大相模は、エース左腕の石田隼都投手(3年)が天理に3安打完封勝ち。14奪三振で完封した準々決勝の福岡大大濠戦を上回る15奪三振を記録した。14・9の高い奪三振率で、春は11年以来10年ぶりとなる決勝に導いた。

   ◇   ◇   ◇

三振で締めた。9回2死走者なし、石田は天理の代打長野を追い込むと、外に「自信のある球」とチェンジアップを落とし、空を切らせた。くるりと中堅方向へ半回転し、激しくガッツポーズ。「ピッチャーで一番格好いいのは三振。良かったです」と喜んだ。

無双の奪三振マシンと化した。4試合計26イニング連続無失点。重ねた三振は43。奪三振率14・9は73年江川(作新学院)の16・4に次ぐ。三振が多い理由を問われると「追い込んでから低めの変化球、外の真っすぐを投げ切れている」と冷静に答えた。オフはフォーム改善に着手。下半身を使って体重移動を意識し、秋に見られた抜け球が減った。組み立ても奏功。初回に4番瀬を内角攻めで空振り三振に仕留め「(内に)投げ切れたことで、後半勝負に影響を与えました」。6回から右打者の外へのチェンジアップを増やし、スキを見せなかった。

負けられない理由がある。前夜、急性胃腸炎で入院中の大塚瑠晏主将(3年)からグループラインに「絶対、勝て」と届いた。石田を含め、みんな「勝つぞ」と返した。29日の準々決勝後、石田は「勝つのは(大塚が)いても、いなくても変わらない」と言った。決勝進出を決め、真意を継ぎ足した。「日本一がチームの目標。勝って報告したいです」。

目標達成まで、あと1勝だ。15年夏以来の甲子園Vとなる。当時、小学生だった石田はテレビで東海大相模のユニホームに憧れた。同じ左腕の小笠原(現中日)に「攻める姿が大事」と感じた。「明日、勝つことだけ考えています」。あれから6年。自分が歓喜の真ん中に立つ。【古川真弥】

▽東海大相模・門馬監督(石田の先発起用に)「キャプテンの大塚がいない中、石田がマウンドにいる安心感を優先しました。試合前のシートノックで、みんなに『声を出していこう!』と石田が声を出した。技術だけじゃなく、精神的にも中心選手になってきた」

▽東海大相模・小島(石田の投球を受け)「真っすぐのキレが良くて、真っすぐの軌道から曲がる変化球があるのがいい」

▽天理・中村監督(石田に散発3安打完封負け)「先発で初回から全力でした。9回まで球速も変わらず、球のキレも変わらず、制球もほとんど乱さず、淡々と投げ込んでくる。素晴らしい投手だなとあらためて感心させられた。敵ながら」

東海大相模対天理 完封勝利で決勝進出を決め、ガッツポーズを見せる東海大相模・石田(撮影・菅敏)
天理に完封勝利で決勝進出を決め、ガッツポーズを見せる東海大相模・石田(撮影・菅敏)

関連するニュースを読む

エース石田vsしぶとい明豊/センバツ決勝見どころ

東海大相模・石田と明豊・太田

<センバツ高校野球:1日の見どころ>

決勝は、東海大相模(神奈川)対明豊(大分)の対戦となった。試合開始は、午後0時30分。

東海大相模が勝てば、春は11年以来10年ぶり3度目(春夏通算なら15年以来6年ぶり5度目)の優勝となる。明豊が勝てば、春夏通じ初優勝。

東海大相模のエース石田隼都投手(3年)は、ここまで4試合に登板。計26イニングに投げ、43三振を奪っている。奪三振率は、14・9。73年江川(作新学院)の16・4に次ぐ高さだ。足を絡めた攻撃力も備えている。1番打者の門馬功外野手(3年)は、門馬敬治監督(51)の次男。打率4割4分4厘と振れており、初回からたたみかけたい。

明豊は、堅実な守りとしぶとい攻撃力で勝ち上がってきた。4試合無失策を続けており、投手陣は太田虎次朗(3年)財原光輝(3年)京本真(3年)の3投手による継投。打線は、ここぞの集中力がある。4試合の得点差は、1点、1点、2点、1点で、接戦に強い。また、勝利後に流れる校歌は大分出身の歌手、南こうせつ作曲で、ポップなメロディーが話題になっている。優勝して、五たび流れるか。

関連するニュースを読む