日刊スポーツ

チアの木曜日

美Body講師Junco「二の腕を引き締めよう」

<Cheer EX(チアエックス)下>

プロチアリーダーのような健康的で女性らしいボディーを目指そう! 一般社団法人プロフェッショナルチアリーディング協会が手がけたエクササイズ「Cheer EX(チアエックス)」第2回は、二の腕の引き締めです。前回に引き続き、アラサー美Bodyで人気の講師・Juncoが紹介します。

二の腕のたるみに効くエクササイズ ひじを軸に上腕を後ろに下ろし、元に戻す

二の腕のたるみに効くエクササイズ 動きは素早く

【二の腕のたるみに効くエクササイズ】

足は腰幅に開き、腕をまっすぐ伸ばして頭上で両手を握ります。ひじを軸に、上腕を後ろに下ろして、元に戻します。この動きは素早く、そして反り腰になりやすいので、おなかに力をいれましょう! 腹筋も鍛えられます。また、あごが下がらないよう顔をまっすぐ正面に向けることを意識しましょう。まずは30回から! 慣れてきたら、ペットボトルやダンベルなど、重りを持ちながら行うと負荷がかかり、より効果的です。

二の腕ほっそりエクササイズ ひじを曲げ上体を上げ下げ、まずは10回

二の腕ほっそりエクササイズ 片足上げで体幹も

【二の腕ほっそりエクササイズ】

体育座りの体勢から、両手を肩の真下に置き、ひじを曲げて上体を上げ下げします。足ではなく、両腕に全体重をかけるイメージ。手の指先は足の方に向け、曲げる時にはひじが開かないようにすると、二の腕のたるみに効きます。指先を外に向け、肘が開くようにすると、二の腕の外側が鍛えられます。まずは10回ゆっくり行い、慣れてきたら増やします。片足を上げるとさらに強度が上がり、体幹も鍛えられます。

腕と脇腹に効くエクササイズ 片手で上体持ち上げ、頭から足先まで一直線に

【腕と脇腹に効くエクササイズ】

サイドプランクは、横向きになり床に片手をついて上体を持ち上げます。手の指はしっかり開きながら頭の方向に向け、手全体で床を感じましょう。おなかを引き締め、頭から足先まで一直線になるよう状態をキープ。15秒から始め、30秒、45秒、60秒と時間を延ばしていきましょう。反対の手でも同じ秒数を行います。負荷をかけたい場合は、腰の上げ下げにトライ! 腹筋を意識しながら、同じスピードで行うのがポイントです。5回から始めて、10回、15回と回数を増やしていきます。手首に痛みを感じる場合は、無理をせず中止しましょう。

◆Cheer EXのレッスン開催 プロチアリーダー直伝のエクササイズで、健康的で女性らしいボディーを目指します。時間は月曜日午後7時45分~1時間。会場は渋谷。詳細情報はこちら(https://www.instagram.com/cheer.ex/)から。一般社団法人プロフェッショナルチアリーディング協会(https://pro-cheer.com/)

スマイルヨガ

「舟のポーズ」体幹強化でキレイな姿勢をキープ

ヨガ&ダンスチーム「LAVA スミッキーズ」メンバーが美容や健康に役立つポーズを紹介します。今週はRISAの「舟のポーズ」。

舟のポーズ

体育座りの姿勢から上体を後ろに倒し、両もも裏に手を添えて膝下を床に平行でキープ。できれば両手を前に伸ばします。背すじを伸ばし、下腹部に力を入れます。体幹強化で、冬でも背中が丸まらずキレイな姿勢をキープできますよ!

RISA

We Love Sports

飯塚翔太「国境関係ない」エスワティニ人と友情物語

吐く息は白い。1月下旬、寒空に包まれる東京・北区にあるナショナルトレーニングセンター(NTC)の陸上トラック。陸上男子短距離の飯塚翔太(28=ミズノ)の隣には見慣れない黒人選手がいた。ストレッチやジョギングなどで汗を流していた。

飯塚 純粋に彼と一緒に練習したかったのが一番なのですけど、東京オリンピック(五輪)へ向け、気持ち、モチベーションを高め合える。一緒に東京五輪を盛り上げたいですね。

ナショナルトレーニングセンターの門の前で笑顔の飯塚(左)とシブシソ・マツェンジワ

その彼の名はシブシソ・マツェンジワ(31)。日本人にはなじみの薄いエスワティニという国の代表選手だ。人口約130万人のアフリカ大陸南部にある絶対王政が続く国から南アフリカ、エチオピア、韓国を経由し、約20時間をかけて14日夜に初来日した。このほど、ビザの申請が降りて、念願の日本での合同合宿が実現。成田エクスプレスに乗って都内に出ると、飯塚と合流。それからNTCへやってきた。

飯塚はシューズやバッグ、そして慣れない日本の寒さを心配し、ダウンなどの防寒具をマツェンジワにプレゼントした。それを手渡されたマツェンジワは、無邪気に笑った。「日本は寒いけど、これなら暖かい。大丈夫。本当にありがとう」。日本の滞在は約2週間で、食事や練習など一緒に行動する。19日からは1泊2日で飯塚の故郷・静岡も回った。東照宮から日本平の展望台へ。そして、オススメのそば店、すし店にも行った。小笠高の生徒と一緒にトレーニングもした。

飯塚(右)からプレゼントを受け取り、笑顔のシブシソ・マツェンジワ(撮影・上田悠太)

2人の交流は、もう7年になる。事の発端は13年ユニバーシアード200メートル決勝。その待機場所で出会った。マツェンジワは当時すでに世界選手権2度、ロンドン五輪も出場した力を持ちながら、履いているスパイク、シューズのメーカーはバラバラ。聞くとスポンサーはおらず、しかも国内では、道具が買えないという。日本は恵まれているとは分かっていたが、衝撃だった。自分のシューズ、ウエアをプレゼントした。

交流は続く。それからマツェンジワは飯塚にもらったものを履き、練習、試合を重ねていた。大切にしていたが、使い続ければボロボロになる。だから飯塚は世界大会に、自分のもの以外の新しいスパイクやシューズなどを持参する。もちろん再会するマツェンジワに渡すためだ。

静岡・小笠高の生徒の前で話をする飯塚とシブシソ・マツェンジワ

2年前の9月。飯塚はエスワティニにいた。目的はマツェンジワとの合同合宿。標高1000メートルを越える地で、スピード、心肺機能を磨いた。

同時に陸上の普及活動をすることも合宿の大きな意義だった。そこで出会った子どもたちは「日本の事を知っているのは半分ぐらい」。シューズではなく、はだしや革靴で走っている子もいた。そして才能の宝庫だった。「すぐ『競争しよう』と集まって、ワーとなりました。ものすごく足の速い子もいましたよ」。情熱にもあふれ、走る事も大好きだった。「国境とか関係ない。しゃべらなくても、走るだけ十分。走ることが言葉みたいに感じ」。すぐに仲良くなった。

ただ、そこには存在する課題もあった。指導者が圧倒的に不足していた。優秀なコーチは、待遇のいい海外へ流出してしまうという。子どもに適切に走り方を教える存在がいない。磨けば世界で輝けるダイヤモンドになるかもしれない逸材も、磨ける人がいなかった。才能が埋没していた。

マツェンジワはエスワティニでは有名人だ。一緒にいると、聞き付けた現地の新聞社からは取材を受けた。日本の育成方法、日本とエスワティニとの環境の違いなどを話すと、それが翌日の新聞記事に取り上げられた。またテレビ局から取材を受け、当日夜に生出演のオファーを受けた。2人でスタジオ出演し、英語で、思いを伝えた。チャンネルの数が少ないため「視聴率は80%くらい」という。外では声もかけられるようにもなり、反響は大きかった。

エスワティニのテレビに生出演する左から飯塚、シブシソ・マツェンジワ

2人には共有する思いがある。マツェンジワは未来への思いがある。「将来は子どものコーチをやって、少しでも走ることの楽しさ、モチベーションを上げられるような活動をしたい。翔太と一緒にね」。エスワティニという途上国には、そもそもスポーツというそういう概念すら、浸透していないかもしれない。その中で、第一人者としての使命感を持っている。

飯塚は言う。「僕1人ではできないですけど、いろんな国の子どもたちが輝けるようなきっかけを作れたら。彼のように世界で活躍したアスリートが下の世代に学んだことを伝え、国に貢献するのが理想だと思う。今後も何かできたら」。だから豊田裕浩コーチも含め、トレーニングの助言、知識の伝授を惜しまない。スポーツを通じた国際交流の立派なモデルケースと言っていい。

日本では約1万3000キロも離れた国の選手との友情物語。それは国も言語も人種も宗教も越えて、未来への架け橋になっていく。【上田悠太】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

◆上田悠太(うえだ・ゆうた)1989年(平元)7月17日、千葉・市川市生まれ。明大を卒業後、14年に入社。芸能、サッカー担当を経て、16年秋から陸上など五輪種目を担当。18年平昌五輪はフリースタイルスキー、スノーボードを取材。

プログラミング

戦略を実技に取り入れる リーグ戦で授業の集大成

毎週日曜日掲載の「スポーツ×プログラミング教育」。今回は、静岡・袋井市立浅羽北小学校での授業「タグラグビー×算数・プログラミング」の最終回。前回のプログラミング授業でAIソフトを使って作戦を立てました。最後は、戦略を実技に取り入れ、総当たり戦で優勝を争いました。

タブレットで録画

授業の集大成となる「Asakita Cup」が開幕した。昨年11月11日、13日の6・7時間目に、6年生計8チームによる予選リーグが行われた。6年生の1、2組がそれぞれの組で総当たりした。児童たちはチームでプレーし、見違るような戦いぶり。審判を務める学年主任の佐藤規之教諭らも様になっている。

前回の5時間目では、動きをシミュレーションできるタグラグビーAIソフト「プログラグビー」を使い、5対5のゲームで勝てる作戦を考えた。チームごとにシミュレーションを行い、プログラミング的思考で戦略を立てて臨んだ。

作戦がすべてうまくいくとは限らない。手が空いた生徒は試合をタブレットで録画。ゲームを終えると動画を見ながら反省点を挙げて、作戦を立て直して次の試合に入った。

児童は試合の合間に戦略会議を行ったり、タブレットでプレー録画していた

<予選リーグ結果>

1組 (1)赤(2)青(3)緑(4)黄

2組 (1)赤(2)緑(3)黄(4)青

11月18日の8・9時間目に、NO・1を決める決勝リーグが開催された。1、2組の上位2チームと下位2チームが総当たり。対戦表は教諭らの手作りだ。

試合を見ていた7人制ラグビー元日本代表選手の石川安彦氏が、4試合終了後に集合をかけた。ホワイトボードに赤ペンを走らせながらアドバイスを送った。

「トライも大事だけど、守備の意識もしっかり持とう。組織的な攻めを防ぐには、守り手もチーム全員で協力して組織的に守ることが必要です。横一列に並んで前に出ながら守るワン(水平)ラインを試してみましょう」

タグラグビーの総当たり戦で戦略を説明する7人制ラグビー元日本代表の石川安彦氏

新たな作戦を戦略に取り入れ、児童たちはさらにレベルアップした。タブレットで録画した試合を分析するのは予選リーグと同じ。的確にプレーに反映させたチームが僅差のゲームを制した。

<決勝リーグ結果>

(1)1組赤(2)2組赤(3)1組青(4)2組緑(5)2組黄(6)1組緑(7)1組黄・2組青

試合結果が発表されると、チーム1組赤から歓喜の声があがった。今回のために作られた優勝カップがキャプテンの井田翔太君に手渡される。笑顔で頭上に掲げると、仲間たちから拍手で迎えられた。井田君は「キャプテンになったときは心配だったけど、とてもうれしいです。教室で話し合ったことを試合でメンバーみんなが声に出して言ってくれた」と喜んだ。

みんなで考える

石川氏は「全国400校ぐらいの小学校でタグラグビーを教えてきましたが、ここまで伸びた学校はありませんでした。戦略は難しいけど、聞く姿勢、理解、実行がすごい。みんなでどうしたら強くなれるか、協力して考えることが大事。これからも考えて実行してほしい」とエールを送った。

佐藤教諭は「プログラミングで見通しをもってやる体験ができました。頭で分かっていてもできないことが声をかけ合って試す経験ができた。これからのみんなの力になればと思っています」と手応えをつかんだ様子。株式会社STEAM Sports Laboratory監修の授業「タグラグビー×算数・プログラミング」は、生徒たちの思考に確かな変化を与えた。

◆小学校でのプログラミング教育必修化 英語のように教科として増えるのではなく、既存科目に「導入」される。目的は3つで、<1>プログラミング的思考(目的やゴールから逆算し物事を順序立てて考え、結論を導き出し、実行すること)を育む<2>プログラミングの動きやよさに気づき、活用したり、その態度を育む<3>各教科等での学びを確実にする。2020年には約37万人のIT人材が不足すると言われ、幼少時からの育成が急務。21年からは中学校でも実施される。

◆タグラグビー ラグビーからコンタクトやキックプレーを除き、(ボール保持者の)腰につけた2本のタグを取り合いながら、トライを狙う。ボール保持者はタグを取られた時点でパスを行い、タグを返却されるまでプレーに参加できない。取った選手も手渡しで相手に返却するまでプレーに戻れない。

◆株式会社STEAM Sports Laboratory 2018年11月設立。山羽教文代表取締役。本社は東京都港区南青山。子どもたちの「主体的・対話的かつ深い学び」を引き出すために、スポーツシーンにおける問題・課題を教材にした「新たな学びの場」の創出を目指している。

プログラミング

AIソフト使い勝てる作戦を考える

毎週日曜日掲載の「スポーツ×プログラミング教育」。今回は前回に続き、静岡・袋井市立浅羽北小学校での授業「タグラグビー×算数・プログラミング」の第2回です。プログラミングの授業では、AIソフトを使って勝つための作戦を立てました。シミュレーションと実技を繰り返すことで、よりリアルな戦略を児童たちは考えました。

タグラグビーの実技の授業を行う浅羽北小の児童たち

3時間目 具体的なイメージを持ってプレー

児童たちの動きがラグビーになっていた。19年11月7日の3時間目はタグラグビーの実技だった。指導する7人制ラグビー元日本代表選手の石川安彦氏は「ここまでうまくなるとは思わなかった」。浅羽北小の花嶋芳久校長も「初日はみんなおどおどしていたけど、大変身ですね。いいパスが出ていて観戦したラグビーW杯の選手のようでした」。10月にエコパスタジアムで行われたラグビーW杯を5、6年生と観戦。そのスコットランド-ロシア戦を例に出して驚いた。

前日6日のボードゲームで俯瞰(ふかん)してプレーできるようになった。攻め手と守り手に分かれて実技で使いたい作戦を考えた。実技との違いもあげることでより具体的なイメージを持って臨んでいた。

タグラグビーの実技の授業を行う7人制ラグビー元日本代表の石川安彦氏(中央)

今回は5対5まで人数を増やし、オフサイドなど新たなルールも追加した。まずは3対3を行い、チームごとに作戦が通用したか、話し合った。最大の5対5で戦略が難しくなっても学びをしっかりいかした。パスを展開してトライを決める場面が多くみられた。石川氏は「タグを取られるのを恐れず前にいくという正攻法をあえて伝えず、児童たちから自発的に出てくる気づきを大切にしました」と話した。

プログラミングの授業を受ける浅羽北小の児童たちと佐藤規之教諭(中央)

4時間目 8チームがタグラグビーAIソフトで対戦

11月8日の4時間目は、いよいよプログラミング。動きをシミュレーションできるタグラグビーAIソフト「プログラグビー」を使い、5対5のゲームで勝てる作戦を考える。

学年主任の佐藤規之教諭がこの目的を児童に伝え、6年生2クラスの計8チームによる最終決戦の構想を明かした。「ラグビーワールドカップのようにAsakita Cupを次回から行ってNO・1チームを決めます。AIソフトを使って各チーム別に作戦を考えましょう」。

児童には1人1個のタブレット端末。AIソフトは、碁盤の目のようなマスに攻め手の青丸と守り手の赤丸が5個ずつ配置されていた。AI同士で対戦させると、マスにある大きい数字へパスすることが分かる。

前田真李教諭は「数字の大きさは気持ちの強さで決まります。AIの動きは(1)前に行きたい気持ち(2)守り手からの距離が遠いほど良いという気持ち(3)守り手から距離が遠い人にパスしたいという気持ちで決まります」と説明した。

児童は、それぞれの気持ちを画面上で目盛り調整しながら、勝敗を予想。結果と比べて気づきを記入していく。最後には「全部の気持ちを最小にしたら勝てた」など、勝率が高い組み合わせが発表された。

タブレット端末を使い、プログラミングの授業に取り組む浅羽北小の児童たち

5時間目 戦略会議で何度もシミュレーション

続く5時間目は戦略会議。チームごとにシミュレーション結果を持ち寄り、作戦を考えた。児童からは「仲間と協力してパスをすれば勝てる」「プログラミングで動きが分かった。次は勝てそう」などと手応えがうかがえた。

担当した佐藤教諭は「俯瞰する視点を持ってシミュレーションを繰り返すことで課題が見えます。解決する力になり、実生活での成功体験につながると思いました」。最後は実技のAsakita Cupを迎える。(つづく)

プログラミングの授業の後、チームに分かれて作戦会議を行う浅羽北小の児童たち

◆小学校でのプログラミング教育必修化 英語のように教科として増えるのではなく、既存科目に「導入」される。目的は3つで、<1>プログラミング的思考(目的やゴールから逆算し物事を順序立てて考え、結論を導き出し、実行すること)を育む<2>プログラミングの動きやよさに気づき、活用したり、その態度を育む<3>各教科等での学びを確実にする。2020年には約37万人のIT人材が不足するといわれ、幼少時からの育成が急務。21年からは中学校でも実施される。

◆タグラグビー ラグビーからコンタクトやキックプレーを除き、(ボール保持者の)腰につけた2本のタグを取り合いながら、トライを狙う。ボール保持者はタグを取られた時点でパスを行い、タグを返却されるまでプレーに参加できない。取った選手も手渡しで相手に返却するまでプレーに戻れない。

◆株式会社STEAM Sports Laboratory 2018年11月設立。山羽教文代表取締役。本社は東京都港区南青山。子どもたちの「主体的・対話的かつ深い学び」を引き出すために、スポーツシーンにおける問題・課題を教材にした「新たな学びの場」の創出を目指している。

プログラミング

“プログラミング的思考”でスポーツを学ぶ

今年4月から小学校で必修化されるプログラミング教育に向け、今月から毎週日曜日は「スポーツ×プログラミング教育」が始まります。これからの時代に求められる“プログラミング的思考”を、スポーツと組み合わせて学びます。まずは昨年11月、このテーマで授業が行われた静岡・袋井市立浅羽北小学校の模様を紹介します。

タグラグビーの実技の授業で1対1を行う浅羽北小の児童たちは楽しそうにプレー

時代を超えて普遍的に求められる力

文部科学省は、プログラミング教育について次のように述べている。

子どもたちに、コンピューターに意図した処理を行うよう指示することができるということを体験させながら、将来どのような職業に就くとしても、時代を超えて普遍的に求められる力としての「プログラミング的思考」などを育むことであり、コーディング(プログラムを書くこと)を覚えることが目的ではない。

そしてプログラミング的思考について「急速な技術革新の中でプログラミングや情報技術の在り方がどのように変化していっても、普遍的に求められる力」と定義している。

浅羽北小学校の6年生約70人に「タグラグビー×算数・プログラミング」の授業が行われた。経済産業省「未来の教室」の実証事業として、昨年11月5日から18日まで計9回。戦略とチームワークが重要なタグラグビーを通じて、算数やプログラミング的思考を学ぶ内容だ。

監修したSTEAM Sports Laboratoryの山羽教文社長は「実技とプログラミングを交互に行うことで、運動の思考や判断力を高めます。走ることや球技が苦手な子どもでも運動が好きになり、積極的に参加できるようになることを目標にしています」と話した。

タグラグビーの実技の授業でルールなどを説明する7人制ラグビー元日本代表の石川安彦氏(中央)

1時間目 タグラグビーのルールを確認

11月5日の1時間目はタグラグビーの実技。競技経験がほとんどない児童を指導するのは、7人制ラグビー元日本代表選手の石川安彦氏だ。「ボールを持ってゴールラインまで運べばトライ。パスは前に投げられません。タグを奪うのがタックルの代わりです」などのルール説明や1対1、2対2が行われた。そしてルールを確認しながら、どうなるとトライしづらいか、タグが取りやすいかなどを児童たちに自ら考えるよう促した。

授業の最後には、児童が気づいたことを記録した。ワークシートには「チームワークが大切」や「ラグビーみたいに激しくないからだれでも遊べる」などの感想が記入されていた。

算数的思考を学ぶ授業でボードゲームを行う浅羽北小の児童たち

2時間目 ボードゲームで算数的思考を学ぶ

11月6日の2時間目は、算数的思考を学ぶ内容。ボードゲームを使い、1対1と2対2で勝てる作戦を考える。狙いは試合状況を俯瞰(ふかん)的に考えられるようになること。

まずは、前日の実技を振り返った。浅羽北小の前田真李教諭が児童に「攻めではどんなときにうまくトライできて、どんなときにできなかったでしょうか? 守りではどんなときにうまくタグがとれて、どんなときにとれなかったでしょうか?」と復習も兼ねて問いかけた。

ボードゲームでは、ペアで攻め手と守り手に分かれて、用意された例題に挑戦した。コマを動かしながら、実技で試したい作戦をメモ。教諭の例題解説でより作戦は具体的になった。実技中に戦略を考えるのは難しいため「ボードゲームは自分のペースでゆっくり考えられるから楽しい」と話す児童もいた。ただ、ボードゲームと実技は異なるだけに、ある児童は「足が速い人と遅い人がいるからゲーム通りにならないこともある」と違いも想定に入れていた。

翌7日の3時間目は再度実技。ボードゲームで考えた作戦を意識しつつ、5対5まで人数を増やしてチームプレーを体験する。(つづく)

算数的思考を学ぶ授業で使用されたボードゲーム

◆小学校でのプログラミング教育必修化 英語のように教科として増えるのではなく、既存科目に「導入」される。目的は3つ。<1>プログラミング的思考(目的やゴールから逆算し物事を順序立てて考え、結論を導き出し、実行すること)を育む<2>プログラミングの動きやよさに気づき、活用したり、その態度を育む<3>各教科等での学びを確実にする。2020年には約37万人のIT人材が不足すると言われ、幼少時からの育成が急務。21年からは中学校でも実施される。

◆タグラグビー ラグビーからコンタクトやキックプレーを除き、(ボール保持者の)腰につけた2本のタグを取り合いながら、トライを狙う。ボール保持者はタグを取られた時点でパスを行い、タグを返却されるまでプレーに参加できない。取った選手も手渡しで相手に返却するまでプレーに戻れない。

◆株式会社STEAM Sports Laboratory 2018年11月設立。山羽教文代表取締役。本社は東京都港区南青山。子どもたちの「主体的・対話的かつ深い学び」を引き出すために、スポーツシーンにおける問題・課題を教材にした「新たな学びの場」の創出を目指している。

スマイルヨガ

背中引き締まり、後ろ姿美人に「牛の面のポーズ」

ヨガ&ダンスチーム「LAVA スミッキーズ」メンバーが美容や健康に役立つポーズを紹介します。今週はYUIの「牛の面のポーズ」。

牛の面のポーズ

両脚を伸ばす長座の姿勢から両膝を曲げ、交差させます。左腕を上げて肘を曲げ、右手は背中に伸ばして肘を曲げ、左手をつかみます。胸を開いてゆっくり呼吸。手をつかめない場合は、届くところで十分です。背中の筋肉が引き締まり、後ろ姿美人に♪

YUI

チアの木曜日

美Body講師Juncoが紹介 ぽっこりお腹解消

<Cheer EX(チアエックス)上>

1日たった5分で、正月太りやぽっこりおなかを解消しませんか? 一般社団法人プロフェッショナルチアリーディング協会が手がけたエクササイズ「Cheer EX(チアエックス)」を、アラサー美Bodyの講師・Juncoが2回にわたって紹介。プロチアリーダーのような健康的で女性らしいボディーを目指します。第1回は、くびれのある引き締まったウエスト作りです。

下腹ぽっこり解消エクササイズ

【下腹ぽっこり解消エクササイズ】

あおむけの状態で両足を床から90度に上げます。この時、腰と床の間に隙間ができないよう、おなかに力を入れたまま行います。上げた足を床に触れない(もしくは、腰が床から離れない)ギリギリまで下げ、90度に戻します。足に力が入ってしまう場合は、膝を少し曲げてもOKです。ゆっくり上げ下げを10回繰り返しましょう。

さらに鍛えたい方は、足を90度にキープしたまま、お尻を浮かせて戻す動作を10回繰り返すとより下腹に効果的です!

くびれを作るエクササイズ

【くびれを作るエクササイズ】

体育座りの姿勢から上半身を斜め後ろに倒し、両足を少し上げます。おなかを引っ込めて背骨に近づけるようなイメージで腹筋を意識し、腰は丸めたまま、胸を張りましょう。この状態で両手を左右に動かし、床にタッチを繰り返します。その際、腰をしっかりねじることが大切です。まずはテンポよく30回、床にタッチ。強度を上げる場合は、上半身をさらに倒しましょう。ダンベルやペットボトルなどを持って行うと、さらに効果が期待できます。

◆Cheer EXのレッスン開催 プロチアリーダー直伝のエクササイズで、健康的で女性らしいボディーを目指します。時間は月曜日午後7時45分~1時間。会場は渋谷。詳細情報はこちら(https://www.instagram.com/cheer.ex/)から。一般社団法人プロフェッショナルチアリーディング協会(https://pro-cheer.com/)。

We Love Sports

なでしこ版カズ 藤尾きららブラジルから代表目指す

ブラジル1部リーグで日本女子選手初のプロ選手となった藤尾きらら(撮影・松尾幸之介)

日本の裏側、ブラジルで奮闘する、なでしこがいる。MF藤尾きらら(21)。高校卒業後の17年に単身でブラジルへ。練習生を経て同年12月にブラジル1部リーグ、スポルチ・レシフェで同地では日本人女子選手初となるプロ契約を勝ち取った。日本代表DF南萌華ら18年U-20ワールドカップ(W杯)フランス大会優勝メンバーと同世代の21歳。環境も文化も全く違うサッカー王国で技術を磨き、目標とする日本代表入りを目指している。

日本女子選手にとって未開の地だったブラジルへの挑戦に迷いはなかった。高校卒業後には、なでしこリーグのクラブからも誘いがあった。それでも「直感的に行きたいと思いました。ブラジルといえば男子はサッカー大国で、女子もこれから上がってくる。どんなサッカーか感じてみたかったし、自分の力を試したかった」。オファーもない中でのブラジル行きを心配する声もあった。知り合いを通じて受けたレシフェの入団テスト。「2回断られて、3回目でやっと。奇跡でしたね」。ビザなどの手続きを済ませ、プロ契約までたどり着いた。

昨季にレシフェから同リーグのアバイ・キンダーマンへ移籍。ブラジル代表も輩出するなどタレントぞろいのクラブで契約も更新した。世界各地から選手が集まる米国や欧州のリーグとは違い、周囲のほとんどはブラジル人選手。「チームメートからは『日本人は本当にサッカーがうまいけど、点が決められないから意味ないよね』とよく言われます。試合中はみんな勝ち気。顔を上げてプレーしないとつぶされて、強くて速い。勝たないとやじが飛んでくるし、覚悟を決めていないと戦えない」。

ブラジルでの経験を日の丸にも還元する。最初は全く分からなかったポルトガル語も、約1年半の寮生活で生活に困らないレベルに上達した。食あたりで1週間苦しんだり、「日本人を外せ」とやじられることもあった。「ブラジルを選んで良かったと思います。目標の選手は(日本代表の)岩渕(真奈)さん。得点やパス、ドリブル、何でもこなせる人になりたい」。日本を代表して輝くその日を目指し、遠き南米での藤尾の挑戦は続く。【松尾幸之介】

◆藤尾(ふじお)きらら 1998年(平10)11月2日生まれ、熊本県玉名市出身。5歳でサッカーを始め、地元クラブチームを経て高校女子サッカーの名門、日ノ本学園(兵庫)へ進学。主にサイドハーフの選手として2度の全国高校総体優勝や全日本高校女子サッカー選手権の優勝を経験した。家族は両親と兄、姉。156センチ、55キロ。右利き。血液型A。

千葉県内でトレーニングに励む藤尾きらら(撮影・松尾幸之介)
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関学大・鳥内監督退任へ花道 NHKの粋なはからい

関学大対富士通 試合後、インタビューを受ける関学大・鳥内監督(2020年1月3日撮影)

関学大のアメリカンフットボール部で28年間監督を務めた鳥内秀晃さん(61)が、このほど退任した。最後の会見で「正直ホッとした」と語ったという。

アメフトは「理」のスポーツである。攻撃の11人がプレーを完全に理解していなければならない。それもひとつひとつのプレーで11人の役割が詳細に決まっている。1人でも変なことをすると完全に崩れてしまう。このような団体競技は他にあまりない。「理」というよりも「究極の理」のスポーツである。

ただ鳥内さんは「情」の人だった。「主役は学生」を信念に、どちらかというと精神論の方が多かったと思う。家業は代々の製麺業。配達を終えて夕方、グラウンドに向かう。「急に寒くなる日は忙しいんや」と話していた。親の代からの職人さんたちとともに日々働く。職業監督でない、そんな部分も「情」の背景にあったのではないだろうか。

ユーモアを忘れない人で記者にも人気があった。20年ほど前、甲子園ボウルの前日取材はアルプススタンドでメディアが監督を囲む形で行われていた。アメフトは競技の特性上、事前に手の内を見せることはないので、監督が作戦に言及することはない。それでも「オレは作戦も何も知らんし、グラウンドでも何もせーへん」と、しらじらしいことを言うので「試合中はずっとヘッドホンをつけているじゃないですか」との質問が飛んだ。すると「アレは音楽聴いとるんや。演歌や」。一同大爆笑である。

その後も話は脱線し続け最後は「新聞に載る京大や立命の監督談話は標準語やのに、関学だけ大阪弁っておかしいやろ。そういうのをあらためてもらわんと、もうしゃべらへん」。これまた爆笑で取材を終えたのだが、いざ原稿を書こうとすると、何も書くことがなくて困ったことを覚えている。もちろん原稿に出てくるコメントは、すべて大阪弁にした。

ライスボウルの勝利は1回にとどまったが、日本一といわれる関学大のコーチングスタッフが練り上げた作戦がズハズバ決まって社会人王者をあと1歩まで追い詰めたことも何度かあった。完敗もあったが、ライスボウルに出場した時は勝っても負けても試合後、シーズンラストでそっと涙をぬぐうのが常だった。私は現場を離れて久しいし、テレビでは勝った方しか映さないため、映像では分からないが現場から「泣いていたように見えました」との報告を聞くのが私は好きだった。シーズン後に飲みにいくと否定が多かったけれど。

しかし今年に限っては最後ということで敗者の鳥内さんにもテレビインタビューが行われた。インタビューするのはNHKのアナウンサーではなく元TBSアナウンサーの有馬隼人さん。NHKの粋なはからいだ。関学大のQBとしてチームを甲子園ボウル制覇に導いた教え子である。泣いたかどうかは分からなかったが、最後のインタビューが教え子だったというのは、鳥内さんにとって最高の花道、そして万感迫るものがあったのではないか。私は勝手にそう思っている。テレビを見ていた私の方がグッときてしまったのだから。【高木茂久】

◆高木茂久(たかぎ・しげひさ)1986年入社。芸能、社会、サッカーなどを担当。趣味の鉄道にはまりすぎて現在ニッカンスポーツコムで「ニッカン鉄道倶楽部」を連載中。

関学大対富士通 試合後、選手たちに最後のアドバイスを贈る関学大・鳥内監督(2020年1月3日撮影)
伊藤華英のハナことば

母になりました!/伊藤華英

年も明け、ついに2020年がやってきた。2020年と聞いて思い浮かぶのは、やはり東京2020大会。2019年は忘れもしない、ラグビーW杯2019があった。スポーツに関わる私としては、とてもうれしい時間だった。

今回の「ハナことば」は、お気づきの方もいらっしゃるかもしれないが、久々の執筆になる。2019年はプライベートで大きな変化があり、タフな1年だった。このコラムでも報告させてもらった、結婚があった。

そして、去年の4月に妊娠が分かり、出産した。

出産してママになりました

仕事は正産期(37週から41週)に入ったころまで続けた。体調を見ながらギリギリまで働くことができた。私自身、妊娠して初めて分かったことだらけだった。

妊娠が分かった時はうれしくて、うれしくて、夫と大喜びした。命がこの体に宿っていることに神秘を感じ、喜びに満ちあふれた。「誰に連絡しよう」。まずは互いの母親に連絡。ここまでは連絡することがうれしかった。

しかしその後、考えた。仕事でお世話になっている方、仕事での仲間、友人や関わってくれている人たちに「いつ連絡すればいいのか?」。とても考えた。なぜ悩むのか。

妊娠が分かった時は、まだ5週。私は38週で出産したから本当に初期。この命が無事に成長するのか、という不安もあった。

安定期という言葉を聞くと思うが、一般的に妊娠16週(妊娠5ヶ月)ころに入ったことをいう。安定期だからもう安心ということではなく、「妊娠する環境が整った」ことを言うらしい。切迫流産や切迫早産の可能性が低くなる。だから、安定期になったらといって、何もかも安心なわけではないのだ。

私は、いつごろ仕事場で言えばいいか本当に悩んだ。もし赤ちゃんに何かあったら、「体調を優先して働くこと」を周囲に伝えるとしても、それで大丈夫だろうか、などといろいろ考えてしまった。

結論としては、婦人科から産科へ病院を移行して、そこではっきり妊婦健診の予定が立てることができたら、一部の人(より近い距離で仕事をしている方)に伝えようと思った。夫と相談できたことでも安心できたと思う。それが8週から11週の妊娠3カ月の時だった。

私は、つわりもひどかったので、一部の方に伝えることができて本当に安心したのを覚えている。

そこからマタニティーライフが始まるのだが、よく言われる十月十日おなかにいる。体力はある!と自信はあったが、不安も多かった。

担当の先生には「あとは赤ちゃんの生命力次第」と言われた。でも何かあったらどうしよう。やはり初めての妊娠ということだろうか。

仕事をするとなると、次に不安なのは、移動だ。つわりでずっと気持ち悪いのと、立ちくらみや、疲れやすいのと眠気がすごかった。よくレモンとかすいかを食べ続けたと聞いたことがあった。私は、すいかとぶどうだった!不思議なものだ。

つわりってどんなものか分からなかったが、なってみると「いつ終わるの?」「出産まで続いたらどうしよう?」など、尽きない不安とイライラした気持ちを抑えられないこともあった。しかし、私には幸いなことに周囲に話せる人がいた。夫がいたし、出産経験のある友人や、同時期に妊娠中の友人もいて、さまざまな情報を教えてくれた。職場でも「おめでとう」と声をかけてもらったことで、本当に前向きに妊娠生活を送れたと思う。

つらかったつわりは6カ月で終わり、次はおなかが大きくなってくる。マイナートラブルも増えてくる。そのおなかを見て電車で席を譲ってくれたり、前に座っていた老夫婦が「楽しみだね」と声をかけてくれたり、関わってくれた方のおかげで出産が楽しみになった。プールに通ったりして仲間もできた。

おなかが大きかったころ

予定していた仕事も終え、産休に入ったころ、「そろそろかな?」。38週で陣痛が来た。「1時間に6回、定期的に痛みがきたら病院に連絡してください」。病院に着いて、すぐ分娩(ぶんべん)室へ。9時間後に無事出産した。

わが子のうぶ声を聞いた時は、妊娠期間のことを思い出したのと、無事生まれてきてくれたことで涙が出た。担当の先生、助産師さん、仕事を調整して立ち会ってくれた夫、話を聞いてくれた友人、家族に心から感謝したい。

妊娠、出産は本当に奇跡だ。身をもって命の大切さを実感した2019年だった。当たり前が当たり前でないことを、学ばせてもらった。妊娠期間中に支えてくれたすべての方、本当にありがとうございました。そして、母にしてくれたわが子にも感謝したい。

(伊藤華英=北京、ロンドン五輪競泳代表)

今泉清のひとり言

OBやファンにはたまらない早明の決勝対決/今泉清

ライトアップされた国立競技場

新しい国立競技場で最初に行われるラグビーの試合が、早明の決勝対決。OBやファンにとって、たまらない試合になる。かつての国立は、多くのラグビー選手が目指した特別な場所。やはり「聖地」だ。

自身の経験から言えば、6万の大観衆の中では声が通らなくなる。屋根がある今の国立ならなおさらだ。秩父宮とは違う芝にも注意が必要。陸上トラックに沿って曲がったスタンドで、ラインアウトのボールも曲がりやすくなる。国立ならではの現象に、どう対応するか。そのためには、試合までの準備が重要になる。

幸い、両監督は国立での経験も豊富。注意すべき点を選手に伝えることができる。準決勝で感心したのは明大。バックス陣が大声をかけあい、プレーが止まるとすぐに集まって話し合っていた。いずれも「国立対策」だろう。緻密な準備ができるところが、今の明大の強さ。昨年以上に強さを増した明大が、決勝でも有利だと思う。(元日本代表)

スマイルヨガ

「瞑想のポーズ」頭スッキリ、新しい気持ちで新年を

ヨガ&ダンスチーム「LAVA スミッキーズ」メンバーが、美容や健康に役立つポーズを紹介します。今週はMEGUMIの「瞑想(めいそう)のポーズ」です。

瞑想のポーズ

あぐらの姿勢で背筋を伸ばし、両手はももに。目を閉じて、呼吸に意識を集中させながら1分間、静かな時間を過ごしましょう。1年の終わりに頭をスッキリさせ、新しい気持ちで新年を迎えてください♪

MEGUMI

チアの木曜日

NFL「セインツ」チア、アンバーさんのメッセージ

今週は、米NFLのニューオーリンズ・セインツのチアリーダー「Saintsations」で、4シーズン目を迎えるアンバー・スコットさんを紹介します。高校でチアのコーチも務めるアンバーさんに、子どもたちへのメッセージを聞きました。元メンバーの松崎美奈子さんが英語と日本語で現地リポートします。

アンバー・スコットさん(C)Michael C.Hebert

【英語】M=松崎美奈子、A=Amber

M What are the important lessons you would like to teach to your students?

A The person I am outside of dance is more important than dance itself. This is a lesson from the Saintsations I will continue to pass on to my students, because it teaches you to be self-aware and the impact you can have on others.

M Please give a message for Japanese kids who are trying to follow their dreams.

A Make sure you dream big and you continue to work towards whatever it is you want to be in the world, because you can achieve it! With hard work and perseverance you can become the greatest version of yourself and that is far more important than anything else! Who you are and how you treat others can take you so far in life, so I want you to remember to always be kind to others and continue to work to accomplish your dreams.

【日本語訳】

M 生徒たちに伝えたい大切なことは何ですか?

A 「ダンスそのものよりも、ダンスの世界以外で自分がどういう人間であるかが重要である」。これが私がセインツのチアリーダーとして得た教訓であり、生徒たちに伝え続けたいことです。なぜなら、この教訓は自己を認識すること、そして自分が他者に与える影響力について教えてくれるからです。

M 夢を追いかけている日本の子どもたちにメッセージをお願いします。

A できるだけ大きな夢を描いて、それをかなえるための努力を続けてください。そうすれば必ず実現します。たゆまぬ努力で自分自身を磨き続けることが何より重要です。あなたがどんな振る舞いをするか、周りの人をどのように扱うかによって、あなたの人生の可能性は広がっていきます。だからいつも周りの人に親切にすることを忘れず、夢をかなえるための努力を続けてください。

(C)Madison Leavelle

◆アンバー・スコット(Amber Scott)好きな日本食はすし。ニューオーリンズのおすすめは、来年2月に開催されるマルディグラ祭り。

チアの木曜日

チアフォトコン石井里奈さんグランプリ 受賞に感謝

「第1回チアの木曜日フォトコンテスト」グランプリは、会社員の石井里奈さんが輝きました。インスタグラムで投稿を募った紙面「チアの木曜日」との作品募集は、先月30日で終了。会社員ながら読者モデルやインスタグラマーの顔を持つ石井さんに、受賞やチアへの憧れを聞きました。特別賞にはユーザーネーム「こうちゃん」と「lava.smickeys」の作品が選ばれました。

第1回チアの木曜日フォトコンテストでグランプリを受賞した石井里奈さんの投稿

普段は通信関係の企業に勤める会社員だが、読者モデルで10万人を超えるフォロワーを持つインスタグラマーでもある。

グランプリ受賞には感謝の言葉があふれた。

「すてきな賞に選んでいただきありがとうございました。投稿にコメントやいいね! をしてくださったたくさんの方にお礼が言いたいです。とてもうれしかったですし、全国紙のスポーツ新聞に掲載いただけるなんて本当にありがたいです」

以前、週刊プレイボーイのミス入学式コンテストでグランプリを受賞したが、違う喜びだった。

「あの時は(カメラマンに)写真を撮ってもらったので。自分で撮った作品が選ばれるのは、うれしさが違いますね」

今回、チアリーダーのコスチュームに初挑戦。高校在学中は吹奏楽部に所属し、運動部の応援時は膝下までのスカートだった。

「当時、バトン部のミニスカートがいいなぁと眺めていました。以前からとても憧れていたのと、ちょうどハロウィーンの時期だったので、日刊スポーツさんの企画に投稿しました」

スポーツ新聞のイメージはこう語った。

「幅広い層の方が読まれているイメージがあります。おじさんの新聞とかエッチなイメージなんて全くありませんよ」

インスタグラマーらしく最後はアピールも忘れなかった。

「来年はフォロワー20万人を目指します! これからもたくさんの写真を投稿しますので、ぜひフォロー(@ri7tin1025)してくださいね」

◆第1回チアの木曜日フォトコンテスト 4月から始まったチアリーダー特集「チアの木曜日」の制作スタッフによって企画。ハロウィーン当日の10月31日から、紙面「チアの木曜日」との撮影を条件にインスタグラムで投稿を募った。

スマイルヨガ

「足の親指をつかんで伸ばすポーズ」で芯から温かく

ヨガ&ダンスチーム「LAVA スミッキーズ」メンバーが美容や健康に役立つポーズを紹介します。今週はCHIHIROの「足の親指をつかんで伸ばすポーズ」。

足の親指をつかんで伸ばすポーズ

足の親指を同じ側の手でつかみ、前に伸ばして足を上げ、横に開く。膝を伸ばすのが難しい場合は、膝を曲げてヒジで抱えてもOK。骨盤周りの筋肉を使うので、体を芯から温めます♪

CHIHIRO

We Love Sports

負けた今だから書く…太田忍の魅力的な「生き方」

レスリング天皇杯全日本選手権 男子グレコローマンスタイル67キロ級1回戦 井ノ口(右)に敗れ肩を落とす太田(撮影・滝沢徹郎)

レスリング男子グレコローマンスタイルでリオデジャネイロオリンピック(五輪)銀メダリスト、太田忍(25=ALSOK)の戦いが突然の幕切れを迎えた。

今月中旬の全日本選手権の67キロ級の初陣でまさかの初戦負け。東京オリンピックをかけた国外の予選に出場する権利を逃し、2度目の大舞台が夢に消えた。

太田にとって2019年の下半期は、2度の絶望に襲われた過酷な日々をとして記憶されるだろう。

1度目はライバルの文田健一郎が2年ぶりの優勝で東京五輪を内定させた9月の世界選手権。主戦の60キロ級での代表の可能性が消滅した時だった。非オリンピック実施階級の63キロ級に出場していた太田は、現地で後輩の朗報、自身への悲報を聞いた。

そして、2度目が階級をオリンピック実施階級の67キロ級に上げて臨んだ全日本選手権だった。周囲も本人も国内では優勝当たり前で、世界で勝ちきれるかにフォーカスする空気での初戦負け。「先を見すぎた」という猛省の弁には救いはもたらされないが、しかし、負けてなお、太田は太田らしく魅力的だった。そこに強さもあった。

担当記者として接する中で響いたその「生き方」を、負けたいまだからこそ書きたい。話は1度目の絶望の直後にさかのぼる。

◇   ◇   ◇

むき出しの感情は劇薬で、人をいや応なしにとりこにすることもあるし、嫌悪感の固まりの対象としてさげすまれることもある。直情的な言動は、「スポーツは文化」というスローガンの元で、どこか忌避されるべき雰囲気もなくはない。ただ、優等生ばかりあふれても、スポーツの語源である「遊び」は消え去る。それが格闘技ならなおさら、包み隠さない本性のぶつかり合いが見たくもなる。

9月、カザフスタンの首都ヌルスルタン、レスリングの世界選手権で厳しい現実に直面しながら、必死に耐えようとし続ける太田の姿は、決して「文化的」ではなかったかもしれない。ただ、その心の揺れ方を感じ取った者には、その人間らしさこそが1つのスポーツの本質ではないかと感じ入った。

1度も世界選手権の優勝がないにも関わらず、リオデジャネイロ五輪で一気に勝ち上がり銀メダルにたどり着いた太田。ブラジルの地にパートナーとして帯同したのが、その後の3年間で男子グレコ60キロ級の覇権を争い続けることになる文田だった。「当時の健一郎なら、おれがすぐぼこぼこにできますよ」。それは誇張ではなかっただろう。文田自身も「リオの時は五輪に出るなんて、具体的に考えていなかった」。ただ太田が見せた銀メダル獲得の過程こそが、大学レベルでくすぶっていた文田の才を開花させることになった。

16年12月 全日本選手権初優勝

17年5月  アジア選手権優勝

17年6月  全日本選抜選手権優勝

17年8月  世界選手権初優勝(グレコローマンスタイルでは日本人史上最年少の21歳8カ月、日本勢34年ぶりの優勝)

「あいつがいなければいい。うっとうしいですよね。」

「次はぼこぼこにしてやりますよ」

太田は急成長する文田への生半可じゃない心境を隠してこなかった。なぜか。

「なんでみんな言わないのかな。そんな格好つけても、取材とかも書き手によって変わるし、人の聞き方によっても変わるのに。格好つけた言い方で伝わらないことがあるんなら、好きなこと言って、それを拾ってもらった方がいい。結構、おれが言っていることと違うなと書かれることあったし。ただ、本当に思っていることを全部言ったら、どこ取られても自分が言っていることだし。捉え方が違うというのはあるけど。『もうちょっと言葉遣い直しな』と言われるけど、それはそうかなと」。

ライバル関係を追ったNHKのドキュメンタリー番組では「ぶっ殺す」という言葉が流れたが、そこだけ字幕がついていなかったこともあった。

◇   ◇   ◇

世界選手権、ここが2人の関係性の1つの終着地になる場所だった。60キロ級の国内での代表争いを制した文田が表彰台に上がれば、その時点で東京五輪代表に内定する。63キロ級にエントリーした太田は一足先に優勝を決め、「60はおれの階級だと思っている。おれにとっていい結果になってほしい」と表彰台外の結果を望む、変わらぬ衣着せぬ願いを口にしていた。

結末は…。一方で「健一郎以上に強い選手はいないでしょ」と認める予想通り、2日間開催の競技1日目の準決勝に勝って、東京行きが決定。その夜に太田の60キロ級での可能性が消えた。スタンドで文田の準決勝を見つめた太田は、席を立ち通路へ戻ると1人、静かに涙を流した。

本当の区切りがついたのはその後だった。準決勝を終えてアップ場に戻った文田の目の前には太田がいた。

互いに声が出なかった。

「ありがとうございました」? そんな単純な感情ではない、くくれない起伏が言葉にふたをした。

一度だけ、抱き合った。肉体で会話するレスラーにはそれがすべて。十分だ。

リオから3年。マットの対角線でしか会話してこなかった2人に訪れた一瞬の融合。それが濃密だった「60」をめぐる争いの終着点だった。

そして翌日。

文田が決勝戦に向けてアップ会場に入ると、そこには太田の姿があった。相手のエメリン(ロシア)は3月の国際大会で手合わせし、ロシア独特のグラウンド技の餌食になっていた。「忍がやってくれるって」。太田は自らの体を貸し、背中を押した。

◇   ◇   ◇

決勝に勝ち、2年ぶりの世界王者の地位に返り咲いた文田。その視点からこの一連の出来事を聞くと、こうなる。

「忍先輩も何も言わず、自分も伝えようとしたんですけど、互いに言葉が出なくて、抱きしめてくれて。すごく暖かくて、やっぱり特別なんだな、と。忍先輩で良かったなと思って、本当に、言葉とか交わさなかったんですけど、抱きしめてくれて、そこで、1つの区切りがついたんだなと僕も思いましたし、忍先輩もそう思ったと思う。別に何も直接昨日はしゃべってないんですけど、全部もらったというか。東京に向けて勇気をもらった」。

そして続けた。

「たぶん忍先輩が思っているように僕も思っていると思います。『いなければ良かったのに』と思ってますし、なんで世代かぶったんだろうなと思ったこともいっぱいある。あんまうまく僕は(言葉に)出せないので、忍先輩が代弁しているみたいな。忍先輩が悪役みたいにみえて好きじゃないんですけど、自分も同じように思っている。向こうも本気で思ってますし、でもいがみ合うんじゃなく、いい距離感、いい関係でやってこれたから、いまがあると思う」。

◇   ◇   ◇

その数時間前、自らが躍進のきっかけを作った後輩の変貌に五輪レースで敗れた太田は、報道陣の前に立っていた。

いつ何時でも、逃げない、むき出しをいとわない。

「文田選手が東京五輪の内定を決められましたが?」

聞かれた。聞き手は前日に無言の抱擁があったことなど知るよしもない。当然の質問だ。

答えるまで、間が要った。そして顔はゆがんだ。言いたくても言えなかった言葉をここで口にしていいのか…。一瞬の迷い、それを言えば完全に「60」をめぐる戦いの敗北を認めることになる一言。ただ、その数秒で太田の覚悟は決まったような気がした。片方の唇だけ不自然にあがった顔のゆがみに、とまどいは消え、いつもの眼光の鋭さが戻り、こういった。

「おめでとう…。おめでとうございます」。

これで本当に終わりだ。2度目の祝福はあえて丁寧語だったのが、らしい。それからは67キロ級へ向けた高らかな決意表明の時間だった。それもまた太田らしい、直球勝負の発言続きだった。

「もう僕は60に用はない。67のほうが楽しそうだし。世界王者が僕合わせて6人もいるし。そんな階級ないでしょ。やる価値はありです」。

「気持ちの切り替え? まだできてないですけど、全然。いろんな思いはありますけど、1年前で決めるのかよと思うけど、決まりだから仕方ないし。僕も1年でやることいっぱいあると思うし、どうこう言っていられない。東京で金を取る目標は変わってない。それが67になっただけのことなので。見ていておもしろそうだなと思っていたし、やりたいとも思っていたので、もちろん60なら金メダルは堅いと思っていますが、それができないので、自分はもうレベルの高い試合で勝ったらもっと格好いいと思うので」。

強がりでもいい。切り替えなんてそう簡単にできるわけじゃない。そのまま、いまの気持ちをつなぎ続けること。

そして、63キロ級で自身初の世界一を経験した翌日に「地獄」に落とされた男は、もうその翌日には練習を再開していた。「こそこそやっていたのになんで知ってるんですか」と恥ずかしそうにする様も、なんだか、太田らしかった。

◇   ◇   ◇

それから3カ月。太田は67キロ級に挑み、そして散った。「60への未練? 迷うとかよりやるしかなかったから」。ためらいも許さぬ覚悟の上にマットで努力を続けた末の結末としては、言い訳は聞かないが勝負の残酷さはありあり感じた。そしてまた、世界選手権と同じように「絶望」の中にいる太田の言葉を聞く時間がやってきた。その開始4分過ぎ。心境をおもんぱかった関係者が取材を打ち切ろうとした時だった。

「僕は全然答えられますよ。みなさんの前に出ることもあんまないと思うんで、聞いてやって下さい。良かったらどうぞ」。

変わらなかった。9月に文田に対する気持ちを求められた時と変わらなかった。やはり、この男は逃げないんだなと。それから10分以上も話しを続けた。最中、やはり文田に対する思いを聞かれた時も、同じだった。

「僕の口からはもう本当に『頑張れよ』とか言うこと自体が申し訳ないくらいの結果。僕が『頑張れ』とか言わなくても、彼は100%東京で金メダルを取ってくれると思うし、彼が世界王者になった時に『一緒に金メダル取りたい』と言ってくれたことがすごくうれしくて、僕もそれを達成したいと思って、きましたけど、こんな形で五輪にすら出場しなくて、言ってくれたことを果たせないのが、情けない、ただそれだけですね」

汗と一緒に涙がこぼれ落ちる姿には一切の誇張も虚飾もないと感じた。

実はこの3カ月間、太田は文田への助言を度々してきた。同じ道で先頭を競っていた間柄から、違う道で同じ目標を目指す先輩後輩になり、「やるしかない」中で行動は真っすぐだった。

◇   ◇   ◇

文田は太田の初戦敗退をスタンドから見ていた。

「ずっと見てきて、すごくたくさん助けられた、勝手にですけど。どんな時でも、強い、先輩です。僕は2人で東京で金とずっと考えてました。すごく複雑です」。

強い、少し語気を強めたその言葉が印象的だった。その言い回しは試合だけでないものを含んでいるのが分かった。

同じく。むきだしのその強さをもう少し見ていたかった。【阿部健吾】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

レスリング天皇杯全日本選手権 男子グレコローマンスタイル67キロ級1回戦 井ノ口に敗れ肩を落とす太田(撮影・滝沢徹郎)
We Love Sports

「昭和の三四郎」岡野功氏が伝えた大勝負前の準備力

64年東京オリンピック(五輪)柔道男子中量級金メダルで「昭和の三四郎」こと岡野功氏(75)が24日、大勝負前の準備力の大切さを伝えた。東京・味の素ナショナルトレーニングセンターで行われた男子代表強化合宿に講師役で参加し、約1時間半にわたって崩しの技術を伝授。相手の力を利用した小内刈りなどのキレのある足技や、身のさばきなどを16年リオデジャネイロ五輪73キロ級覇者の大野将平(旭化成)らに指導した。同100キロ超級銀メダルの原沢久喜(百五銀行)は熱心にメモも取っていた。

岡野氏は柔道の原点である「小よく大を制す、柔よく剛を制すにある」を貫き、階級制の五輪は通過点としながらも20歳で制した64年東京五輪を思い返した。

 「当時は日本代表に選ばれることが大変だった。勝って当たり前の時代だし、何があっても負けられない。日本選手団全員が『打倒ヘーシンク』だった。(五輪で)優勝しても喜べず、責任感から解放されて安堵(あんど)した。同時に、当たり前のことをやり遂げることがこんなに大変なのかと感じた」

東京五輪前の64年春、稽古中に右膝を負傷して、約3カ月稽古が出来なかった。「『負けたらどうしよう』と、ナーバスになって不安に襲われた」。選手村に入っても稽古以外は部屋にこもり、人との接触を避けた。五輪では攻めに徹する本来の柔道は出来なかったが、本番に向けて強化した寝技を多用し、勝利を重ねた。大舞台での重圧に打ち勝つためにも「準備力」の大切さを強調し、「技術を磨く準備は2カ月前には終えておく。そうすれば試合が近づいた時に気持ちをコントロールできる」と伝えた。五輪翌年に世界選手権、67年に体重無差別で争う全日本選手権を制して「3冠」を達成した。

この日は、76年モントリオール五輪でコーチを務めた時以来となる43年ぶりの代表指導だった。味の素ナショナルトレーニングセンターにも初めて足を踏み入れた。最後は、20年東京五輪代表候補たちへ「ラグビーW杯ではないが、人々に感動を与えるような試合をしてほしい。その延長線上に勝利はあるはず。『これぞ、日本柔道』という柔道を見せてほしい」と期待した。

柔道界のレジェンドの熱血指導を受け、五輪2連覇を狙う大野は「響くものがあった。岡野先生は圧倒的な達人感があり、私の柔道の最終地点」と感銘を受けた様子で、個別指導を依頼する考えも示した。金野潤強化委員長も「指導、動きともに素晴らしかった。52歳の自分でもあそこまで動けない。貴重な機会で、本当に感謝しかない」と話していた。【峯岸佑樹】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

男子柔道合宿で選手にアドバイスする岡野氏。後方は井上監督(撮影・山崎安昭)

男子柔道合宿に参加した岡野氏(左)は大野に声をかける(撮影・山崎安昭)

男子柔道合宿で実演して選手にアドバイスする岡野氏(中央)(撮影・山崎安昭)

男子柔道合宿で選手にアドバイスする岡野氏(撮影・山崎安昭)

男子柔道合宿で井上監督(左)は、岡野氏の珍解答に笑顔を見せる(撮影・山崎安昭)

男子柔道合宿に参加した岡野氏(中央)は井上監督、大野と記念撮影(撮影・山崎安昭)

ピッチマーク

石川遼、キャディー未経験の永井花奈に声掛けた理由

15日に開催された国内ツアーのシニア、男子、女子の対抗戦、日立3ツアーズ選手権で、めったに見られない選手とキャディーの組み合わせが実現した。男子ツアーの石川遼(28=CASIO)のキャディーを女子ツアーの永井花奈(22=デンソー)が務めたのだ。

今季、なかなか思うようなゴルフができず賞金ランク36位に終わった永井に、石川が「3ツアーズでキャディーやってみない?」と声を掛けたのがきっかけだった。永井は、オフに石川と一緒にトレーニングをする仲で「普通に『空いているか?』って聞かれたので、何のことかと思ったらキャディーだった。やってみたかったけど、まさか初キャディーが遼君になるとは思わなかった」と笑った。

石川は、3ツアーズで渋野日向子(21=RSK山陽放送)鈴木愛(25=セールスフォース)の女子ツアー最強コンビとラウンド。「彼女は今年思うようなシーズンを送れなかったけど、それでも36位。(ラウンド中に)ボクと話したりする中で、ヒントになることもあると思う。花奈ちゃんにプラスになれば。渋野さんや鈴木さんのプレーを見て参考になったと思う」と、キャディーを頼んだ真意を打ち明けた。永井の初キャディーについても「初めてなのに、堂々としていた。途中から完璧だった」とたたえた。

永井も最初は「やらなければいけないことが次々にくる。すごい難しかった」といいながら、懸命に務めた。ラウンド中は石川とも会話を交わし「いいところからいろんな選手のプレーが見られた。私を誘ってくれた遼君はすごいと思う」と感激していた。

選手会長2年目の今年、石川は最終戦の日本シリーズJT杯で優勝するなど今季3勝。さまざまなファンサービスで盛り上げ、自身のゴルフでも男子ツアーを盛り上げた。永井に声を掛けたのは、日本シリーズJT杯の前だったという。大一番の前に、ゴルフ仲間の後輩への気配り。28歳82日で史上最速の10億円突破という大記録を達成した石川だが、これからも日本ゴルフ界を引っ張るリーダーとして活躍してほしい。【桝田朗】(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ピッチマーク」)

日立3ツアーズ 2nd・2番、ティーショット後、移動する、左から石川遼、鈴木愛、渋野日向子(2019年12月15日撮影)

石川遼(左)永井花奈

We Love Sports

笑顔戻った本田真凜、ファン手作りバナーで心境変化

12月14日、京都府総体の選手権女子を制し、サービスでポーズを決める本田真凜(撮影・松本航)

フィギュアスケート女子の本田真凜(18=JAL)に笑顔が戻ってきた。

12月22日に閉幕した全日本選手権(東京・国立代々木競技場)。19日のショートプログラム(SP)を終えると、場内の大歓声を受けてほほえんだ。回転不足こそあったが、ジャンプ3本全てを着氷。3つのスピンでも最高のレベル4が記された。何より、プログラム全体の完成度が光った。

「『あとは気持ちの問題』というぐらい、たくさん練習をした。たくさんのお客さんの前で、自分らしい演技ができて、とてもうれしいです」

全日本選手権の約1週間前、京都で行われていた競技会へ足を運んだ。控室で「写真、1枚いいですか?」と尋ねると、ダブルピースで応じてくれたのが懐かしく思えた。私が担当になったジュニア2年目の時点で、そんな気遣いができる選手だった。その明るい笑顔を見て、聞きたいけれど、なかなか聞けなかったことを質問しようと思った。

「今、オリンピック(五輪)シーズンを振り返ってみて、どんな思いになりますか?」

17~18年シーズン、本田は過去最大の注目を集めていた。「世界ジュニア女王がシニア転向」-。18年2月にピョンチャン(平昌)五輪が控え、2枠の代表争いを焦点に月日が流れていく。グランプリ(GP)シリーズデビュー戦だった、10月のスケートカナダは5位。11月の中国杯でも表彰台に乗れず、五輪代表最終選考会の全日本選手権で7位に沈んだ。注目された反動は大きかった。

あの時、何を思ったのか-。意を決してぶつけた質問に、本田は嫌がることなく答えてくれた。

「オリンピックシーズンは自分の実力と、周りの期待で自分の中に差を感じていました。でも、どうすることもできない。五輪に行けなかったら、みんなが離れていくことは分かっていました。その時、正直に言うと『良かった。やっとこれで解放される』って思いました」

五輪が終わった18年春、米国へ渡った。世界王者ネーサン・チェン(米国)を指導するラファエル・アルトゥニアン・コーチに師事し、親やきょうだいと離れて1人の時間が増えた。コーチの変更でジャンプは一からの見直しとなり、結果はなかなか出なかった。

「同じグループで滑るような選手と比べて『ここで滑れる選手じゃないのに…』と考えてしまう。練習はしてきても、試合になると『早く終わりたい』と思ってしまう。どうしてもそういう風に考えてしまった」

迎えた今秋。拠点は米国に置きながら、国内の地方競技会にあえて出場した。自らの名前が書かれたファン手作りのバナーを見て、気持ちが変化し始めたという。

「『そういう方々に喜んでもらえるように滑りたい』と思うようになりました。今思えば、ジュニアの頃は『優勝できれば何でもいいや』ってなっていた。『自分がこうなりたい』というのが、見えてきました」

7位、15位と悔しい思いをした過去2年と比べ、全日本選手権に臨む気持ちが変わっていた。

迎えた21日のフリー。直前の選手の演技を見ることなく、リンクサイドで黙々と体を温め、出番と同時に両拳を握った。本番は3回転ルッツの転倒などで、理想の得点は出なかった。総合8位にとどまったが「反省点以上に得たものの方が大きい」と前向きだった。

五輪シーズンの思いを聞いた京都のリンクで、本田はこうも言っていた。

「自分の良さだったり、結果で注目してもらえるように頑張ります!」

その時を楽しみに待ちたいと思う。【松本航】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。武庫荘総合高、大体大ではラグビー部に所属。13年10月に日刊スポーツ大阪本社へ入社し、プロ野球阪神担当。15年11月から西日本の五輪競技やラグビーを担当し、平昌五輪ではフィギュアスケートとショートトラックを中心に取材。

12月19日、全日本選手権女子SPの演技をする本田(撮影・垰建太)

スマイルヨガ

寒い冬でも血行促進に効果的「戦士のポーズ2」

今週は「LAVAスミッキーズ」のMAYUKIが血行促進に効果的な「戦士のポーズ2」を紹介します。

戦士のポーズ2

脚を大きく横に広げ、片足つま先を90度外側に、もう片方を正面に向ける。つま先を正面に向けた方の脚の膝を曲げ重心を低くし、両腕を肩の高さに伸ばす。ここで呼吸を繰り返します。全身を大きく使うヨガの代表的なポーズで、寒い冬も乗り切りましょう♪

MAYUKI

チアの木曜日

チーム応援も競技チア参加も”二刀流”Regina

日本フットサルリーグ(Fリーグ)2部に所属する「Y.S.C.C.横浜」の公式チアダンスチーム「Regina(レジーナ)」は異色の存在だ。フットサルチームの応援をしながら、自身でも競技チア大会に参加するという“二刀流”。山田里菜ディレクターは「業界に風穴を開けたい」を意気込む。

フットサルの応援と競技の両立を目指すレジーナ

山田さんは11歳からダンスを始め、コリオグラファー(振付師)として活躍する日本チアダンス協会公認インストラクター。母校・玉川大では指導者として2年連続で全米学生チアダンス選手権大会部門優勝、コリオグラフィー賞。ほかにも石井竜也、氷川きよしのバックダンサー、映画「チア☆ダン」の振り付け、指導を行うなど幅広く活動している。

レジーナは「Y.S.C.C.横浜」からのオファーを受け、18年4月に始動。「応援チアだけのチームは作りたくない。やるからには試合の空間作り、照明の付け方、舞台演出までをやらせてくださいと言ったんです」と山田さん。

チームは18歳の大学1年生から30歳の社会人までの15人。コンセプトは「ナンバーワン」「オンリーワン」「スペシャル・ワン」。「ナンバーワンはチア大会で優勝を目指せるような技術力、精神力、チーム力をつけること。Y.S.C.C.にとってオンリーワンのチームになる。スペシャル・ワンはチアダンスを知らない人にも感動を与えることを掲げています」と話す。

レジーナはF2で唯一の公式チアダンスチーム。1年目は試行錯誤だったが、2年目の今年はMC、サポーターとミーティングを重ね、バルーンなどを使った応援スタイルを確立。その成果もあって、チームのF1昇格を射程圏に捉える。

レジーナの目標は応援だけではない。「USA・ジャパン・オールスター・チャレンジ・コンペティション」(7月)、「全日本チアダンス選手権大会関東予選」(10月)に出場した。

練習は土日と平日の計3回。基本的には競技大会に向けての基礎作りをしながら、フットサル試合の日程に合わせて、メンバーを選抜し、ダンスの構成を作って、準備する。キャプテンの浅田裕理さんは「Y.S.C.C.の選手が競技以外でも努力しているのを目の当たりにして、刺激を受けています。私たちも頑張りたい」と力を込めた。

レジーナの応援風景

◆Regina(レジーナ)ラテン語で「女王」の意味。「人を応援し、応援されるチアダンスチーム」がスローガン。母体は町田市、横浜市でチアダンススクールを展開する「株式会社グラヴィス」。

ピッチマーク

渋野に経験で対抗、一ノ瀬優希が見せた“プロの技”

11月23日、同組でプレーする一ノ瀬優希(左)と渋野日向子

国内女子でツアー制が始まった88年度の賞金ランクを見てみた。1位吉川なよ子(当時=最終戦終了日11月27日時点=39)2位大迫たつ子(同36)3位高須愛子(同36)…50位戴玉霞(同35)。賞金シード獲得者の平均年齢は-。

「32・3歳」。

で、今年。最終戦終了日の12月1日時点で、1位鈴木愛(25)2位渋野日向子(21)3位申ジエ(31)…50位浜田茉優(24)。同シード選手の平均年齢は-。

「26・26歳」。

渋野を筆頭に勝みなみ、畑岡奈紗、河本結ら98年度(98年4月2日~99年4月1日)生まれの20、21歳、つまり“黄金世代”が11人も名を連ねた。シード選手の平均年齢は31年間で6・04歳若なったけど、低年齢化に拍車がかかったんは、ここ数年の話です。

今季終盤、名のある女子プロ数名がツアー第一線からの撤退を表明した。ツアー9勝の諸見里しのぶ(33)7勝の佐伯三貴(35)3勝の一ノ瀬優希(31)3勝の大江香織(29)。みんな、LPGA会員=プロのままやし「引退」とは言わん。「セミリタイア」いう表現が適当かな。

ゴルフは生涯スポーツです。競技ゴルフでも年齢とともに経験値は増える。コースマネジメントやショートゲームのスキルは上がるっちゅうか、上げられる。年とともに筋力が落ちても、そこに活路が見いだせる…はずなんやが。

一ノ瀬は11月末の大王製紙エリエールの第3ラウンドで、渋野と同組になった。通算7アンダーの渋野を1打差で追ってスタート。序盤3番でダブルボギーをたたいたが、5~7番で4つスコアを伸ばすなど食らいついた。だが、最終的に13アンダーにした渋野と4打差ついていた。

「最後にまさか渋野ちゃんと回れるなんて。本当に久しぶりにあんな大ギャラリーの前でプレーして緊張した。楽しかった」

戦えてたがな。まだまだいけるんと違う?

「でも、彼女は“そこ狙うか?”という攻めを見せる。それを目の前で見た。怖さがない。若さでしょうね。でも、私たちはいろいろ知っちゃってるから」

何度も故障した。練習のしすぎで疲労骨折したこともある努力家だ。今季開幕前には左肩を折った。必然、飛距離は落ちた。その日、ドライバーショットは渋野に20ヤード、時に30ヤードほど置いて行かれた。「この時期はまだいい。ラフも枯れてるし、ランを望める。でも、夏場はダメです。芝が元気だから」。結局、そこにすべてが集約されているのかもしれない。

最後に8番パー3の話を振ってみた。左奥ピンを攻め、グリーン奥にこぼした。ピンまで10ヤード。しかも、グリーン面は下り。最悪の状況。そこから上げるアプローチでエッジにふわりと落とし、ピン下3メートルへ。パーパットをねじ込んだ。渋野らの世代がまだ持っていない“プロの技”やった。

「56度のウエッジ。ああいうの大好き。あ~アプローチだけのトーナメントがあったらなあ」

若さ、勢い、パワーが席巻する女子ゴルフもええけど、それだけやったら味気ない。ベテラン(というには若いけど)数人のセミリタイアが残念なだけに、その分残ったベテランに頑張ってほしい。時にはパワーをしのぐ技、知恵が光るツアーなら、もっとおもろなると思う。【加藤裕一】(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ピッチマーク」)

11月23日、ティーショットを放つ一ノ瀬優希
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京産大・大西「先生」選手と向き合い夢追った人生

選手とともにグラウンドを走る京産大ラグビー部大西健監督(右)(撮影・真柴健)

ともに走る。69歳。ラグビー人生、最終章。霧のかかるグラウンドで、無邪気に選手を追いかける。白い吐息には、楕円(だえん)球に人生をささげてきた男の充実感が浮かんでいる。

今季限りで「勇退」する京産大ラグビー部の大西健監督(69)は、「最後の戦い」に挑む。関西大学Aリーグを4勝3敗の4位で終え、大学選手権出場の切符を確保。まずは12月15日に大学選手権3回戦、日大戦(埼玉・熊谷)に臨む。

「とにかく勝つだけ。それだけを考えて。なんとしても次に進みたい」

1歩ずつ着実に前へ行く。こだわりを持つ「FWが前に出て、BKが応える」をグラウンドで表現する。「チャンスはある。京産大らしい戦いを。その心を忘れずにできれば」。

迷いはない。「練習でできなかったことが、いきなり試合でできることなんてない。強いチームは試合中に練習風景が浮かんでくる」。厳しさを乗り越えた先に、見えるものがある。

支えがある。公式戦前の1週間で行われる「栄養合宿」は、部員の保護者や女子マネジャーが順番に準備を手伝う。10升の米を炊く。1選手3杯をノルマに、大西監督の妻・迪子(みちこ)さんが、大盛りの白飯をよそう。湯気で、正面の選手の顔が見えないような“食料部屋”で、体を強くする。

「これはうちの伝統。人間ひとりでは何もできない。誰かに協力してもらって初めて、成し遂げられることがある」。

助け合って、1つの方向に進んでいく。全力でぶつかるスクラム、集団モール行進こそ「大西ラグビー」の生き様かも知れない。

スタッフも本気だ。13年から指導にあたる元日本代表CTBの元木由記雄ヘッドコーチ(48)は「厳しいプレーを選択していくのが京産大のラグビー。大西先生が築いてきたことを全力で出していかないと。それが大西先生のやってこられたことの証明になる」と力を込める。伊藤鐘史FWコーチは京産大OBで、“そのとき”のために万全を整えてきた。

伊藤コーチの弟で、「将来は京産大でラグビーをする」と誓った少年は、「大西ラグビー最終年」でキャプテンとなった。LO伊藤鐘平主将(4年・札幌山の手)は「シーズンではあまり京産大らしい戦いができてなかった。次は負けたら、もう終わり。先生も最後ですけど、自分たちも最後。必死に戦って、結果で恩返ししたい」と闘志を燃やす。

花道を走りきる。大西監督は「監督」でなく「先生」と呼ばれる。来春には70歳を迎えるが、居残り練習にも付き合い、汗だくのユニホームと一緒にグラウンドを走る。

「練習は見るものじゃない。一緒にやるからわかり合えるんや」。

無理に教えたりしない。的確なタイミングで声をかける。

「ダメなら叱る。良ければ褒める。選手と向き合えない指導者になったら終わり」。

先生は、人を育ててきた。

選手の育成、起用法に悩み、眠らずに朝日が昇ったこともあった。人生で1番に眠れなかった夜は「中川将弥(17年度主将)がケガしたとき」だ。17年の試合中、不測の事態に巻き込まれた。タックルを受けた中川は立ち上がれなかった。救急車で運ばれ検査を受けると「頸椎(けいつい)損傷」が判明。言葉を失った。

「あいつのこと考えたら、全く寝られなかった。大丈夫かなとか、元気かなとか。指導者になって最も大きな事故やから…。今、あいつがグラウンドに出てきてくれることで勇気をもらってる。1番と言っていいほど、今でもあいつは戦力やから」。

懸命なリハビリ生活を送り、中川は今、車いす姿で球技場に向かう。

中川は言う。

「正直に…。ラグビーができてうらやましいなぁと思うときがある。今でも大西先生に『待ってるぞ』と言われる。ここが、自分の居場所。先生のラストイヤー。恩返しがしたい」。

今でも、あのときと夢は変わらない。

「プロのラグビー選手になること。その経験として車いすラグビーにも挑戦したい。絶対に立ち上がって、思いっきり走る。前例がなくたって、思えばできると思うんです」。

どんな困難でも、情熱を持ち続ける。そんな選手を育成してきた。

いついかなるときも、大学チャンピオンシップを-。描いた夢を諦めたことは一度もない。「届きそうで届かない。だから“夢”になる。ずっと追い続ける。それが人生」。諦めず、本気で追うからこそロマンが生まれる。

「勝負の世界に、死ぬ気で戦えないやつはいらない。勝ってみんなを喜ばせる。その気持ちが1番大切なんや」。

大西監督にとって、これが最後の挑戦となる。

全てを出し切った「ひたむきさ」の先に、ドラマが生まれる。【真柴健】

◆大西健(おおにし・けん)1950年2月19日、東京都生まれ。69歳。啓光学園(現常翔啓光学園)、天理大でプレー。23歳で京産大ラグビー部監督就任。関西大学Aリーグは90年度に初Vなど4度優勝。今季限りで大学教授を退官する。

◆真柴健(ましば・けん)1994年(平6)8月25日、大阪府池田市生まれ。京産大でラグビーと出会う。プレー経験はない。17年日刊スポーツ入社。17年~19年はプロ野球・阪神担当。今年11月からオリックス担当の25歳。愛称は大西先生に命名された「けん坊」。

今季限りで勇退する京産大ラグビー部の大西健監督(撮影・真柴健)
チアの木曜日

チアと英語を学ぼう「バスに乗ってチアランドへ」

チアダンスと英語を一緒に学ぼう! 都内を中心に12校を展開する「グローバルアスリート英語キッズチアスクール」のレッスンの模様をダイジェストで紹介する。最終回のテーマは「バスに乗ってチアランドへ行こう!」です。【元NFLチアリーダー松崎美奈子】

◆レッスン<3>「Let’s get on the bus!」(バスに乗ってみよう)

みんなでバスに乗ってチアランドへ向かいます! 途中の道のりでは、チアのステップやスキルを使って、山道に見立てたコーンを大きなジャンプで飛び越えたり、信号で止まるときは片足バランスで待ちます。それでは早速バスに乗ってみましょう! T=先生(運転手役)、K=子供(乗客役)

子供たちがチアを通して英語を学んでいる

【英語レッスン】

K Hello. Is this bus going to Cheer Land?

T Yes, it is!

K How much is the ticket?

T It costs 3 star jumps!

K Okay! 1・2・3!!

T Perfect! Please get on the bus! Here we go!

T Let’s go to Cheer Land by using steps and skills of cheerdance! Jump on the mountain trail and balance on one leg when there is a red light.

T Everyone, watch out! There is a sleeping lion!

T Don’t wake him up. Let’s be quiet and go past him.

T&K Yay! We made it!

T We arrived at Cheer Land. Have a nice day!

K Thank you! You too!

★★Excellent!!★★

【日本語訳】

K こんにちは。このバスはチアランドに行きますか?

T 行きますよ。

K チケットはいくらですか?

T スタージャンプ3回だよ。

K わかった! 1・2・3!!

T 完璧だね! それではバスに乗って、しゅっぱ~つ!

T チアのステップやスキルを使って、チアランドまで行こう! 山道はジャンプして、赤信号は片足バランスでキープしてね。

T みんな気をつけて! 寝ているライオンがいるよ。

T 起こさないようにね。静かに通り抜けよう。

T&K やった~! できた!

T チアランドに着いたよ。楽しんで来てね!

K ありがとう! あなたもね!

◆「グローバルアスリート英語キッズチアスクール」 グローバルアスリートプロジェクト代表の田中隆祐さんが2018年に創設。東京に10校、神奈川に2校あり、幼児から小学生まで計約200人が学んでいる。

スマイルヨガ

代謝アップ、冷え性改善にも効果的「木のポーズ」

ヨガ&ダンスチーム「LAVA スミッキーズ」が美容や健康に役立つポーズを紹介します。今週はSAKIEの「木のポーズ」。

木のポーズ

片足の膝を曲げて反対の脚の内ももに添え、両手を上に伸ばし手のひらを頭の上で合わせる。背筋を上に伸ばすことを意識しながら、片脚でバランスをとることで、体幹が刺激され代謝アップにつながります。冷え性改善や姿勢を整える効果もあるポーズです♪

SAKIE

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36年前の若貴物語/2人の少年が残した言葉

大相撲九州場所千秋楽 史上初の兄弟対決となった優勝決定戦で塩をまく貴乃花(左)と若乃花(1995年11月26日撮影)

今月いっぱいで定年を迎える。自分が還暦を迎えることにも、入社から36年という年月が過ぎたことにもいまだに実感がない。

この仕事を選んだことで、たくさんの人と出会い、さまざまな経験をすることができた。今でも頭の中に鮮明に刻まれていることがいくつもある。

1983年9月、蔵前国技館だった。大相撲秋場所の中日。入社1年目の僕は午前中から記者席に座り、地方版用の原稿を書いていた。ファンの姿も数えるほどしかない。そこに現れたのが元大関貴ノ花の藤島親方だった。コロコロとした体つきの2人の男の子を連れていた。

「ニッカンさんだよね? 悪いけど2時間ばかり、この子たちの面倒を見ていてもらえるかな」

親方の両脇からちょっと恥ずかしそうに、笑顔で僕に視線を送ってきたのが、勝君と光司君だった。2年前の初場所で引退した親方は、相撲協会役員として館内警備に当たっていた。日曜日ということで2人を国技館に連れてはきたが、一緒にいられない事情ができてしまったのだろう。

返事を待つまでもなく、2人は僕の両隣にちょこんと腰を下ろしていた。わんぱく相撲で大活躍していた彼らは、メディアにも頻繁に登場していた有名人。ちょっと緊張した僕を挟んで、12歳の勝君は土俵上はもちろん、館内のお客さんや軽食や飲み物を売り歩く販売員の動きにも興味津々だった。11歳の光司君は序二段、三段目の取り組みに目を凝らし、自分も合わせるように体を動かしていた。

1個100円のソフトクリームを一緒に食べると、僕たちの間にあった壁もなくなり、2人はいろいろな話をしてくれた。その大半は記憶から消えてしまったが、以下のやり取りだけは忘れられない。

「大きくなったらどんなお相撲さんになりたいの?」

僕の質問に2人はこう答えた。

勝君「お父さんと同じようなお相撲さんになりたい!」

光司君「お父さんよりも強いお相撲さんになりたい!」

“角界のプリンス”と言われた貴ノ花は、小柄な体で長く大関を張り、相撲人気を支えた。強靱(きょうじん)な下半身を生かした逆転相撲でファンを沸かせた父は、勝君にとってヒーローだったのだろう。終盤まで賜杯レースに加わりながら勝負の大一番でライバルの輪島や北の湖に屈する父を、光司クンは悔しい思いで見ていたのだろう。

それから3年後、2人は一緒に角界入りした。「若貴フィーバー」は空前の相撲ブームを巻き起こし、社会現象にまでなった。それに続く洗脳騒動、兄弟確執、家族崩壊、貴の乱…。事が起こるたびにあの日のことを思い出してきた。2人の少年の言葉にこめられた思いは、その後のそれぞれの生きざまの根幹になっていたのではないか。取り口や相撲観はもとより、人生の選択にも強い影響を及ぼしていたのではないかと思う。

今、僕が36年前に戻れるとしたら、2人にどんな声をかけるだろう。

「自分の決めた道を信念を持って歩いていってね。頑張って」だろうか。

23歳の自分にはどう言うだろう。

「今後の若貴兄弟を見習って、もっと頑張れ。後悔しないように努力を惜しむな」だろうか。

【小堀泰男】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

スマイルヨガ

新鮮な酸素入れ体を温める効果「ツイストランジ」

ヨガ&ダンスチーム「LAVA スミッキーズ」メンバーが美容や健康に役立つポーズを紹介する。今週はYUKAの「ツイストランジ」。

ツイストランジ

四つんばいで片足を前に出し、後ろのつま先を立て膝を伸ばす。体をねじりながら前足と同じ方の腕を上げて胸を開きます。視線を上げ気持ちよく呼吸をすることで、新鮮な酸素をたっぷり体内に入れ、内側から体を温めていきましょう♪

YUKA

チアの木曜日

グローバルアスリート英語キッズスクールでレッスン

チアを通して英語を学ぼう! 都内を中心に12校を展開する「グローバルアスリート英語キッズチアスクール」のレッスンの模様をダイジェストで紹介する。今回はラインダンスのレッスン。【元NFLチアリーダー松崎美奈子】

子供たちがチアを通して英語を学んでいる

◆レッスン「Cheer skill time!」(チアの技術レッスン)

チアといえばラインダンス。脚を高く上げて力強いキックができるように練習しましょう!(T=先生、K=子供)

T Let’s play kick battle today!

T First, put your hands up! Try to kick over the big cones.

T If you are too tired to continue or you can’t kick over the cone, then you need to sit down! The last survivor will be the winner! You got it?

K I got it!

T Who will be the survivor?

K I will be the survivor!

K No, no! Not you, me!

T It’s going to be hard. Are you ready?

K Yes!!

T Ready go!!

T&K Kick! Kick! Over the cone!★★Nice try!!★★

【日本語訳】

T 今日はキックバトルをしよう!

T まず、両手を上げて! 大きなコーンよりも高く脚を上げてみよう。

T もし疲れたり、脚がコーンよりも低かったら座ってね! 一番長くキックをし続けた人が優勝だよ! わかったー?

K わかった!

T 誰が生き残るかな?

K 私が生き残るよ!

K いや、あなたじゃなくて私が生き残るよ!

T この勝負は難しいよ。準備はいい?

K いいよ!!

T よーい、どん!!

T&K キック! キック! コーンよりも高く!

ラインダンスのレッスン

◆「グローバルアスリート英語キッズチアスクール」 グローバルアスリートプロジェクト代表の田中隆祐さんが2018年に創設。東京に10校、神奈川に2校あり、計約200人が学んでいる。

ピッチマーク

渋野超え?の笑顔持つ古江彩佳らプラチナ世代に注目

10月20日、記念撮影する富士通レディースで優勝した古江彩佳(右から2人目)とアマチュア仲間。左から西郷真央、吉田優利、1人おいて西村優菜

女子ゴルフの“プラチナ世代”が来年の国内ツアーの勢力図を変えるかもしれない。

19年の最終戦となったツアー選手権リコー杯では、鈴木愛、渋野日向子の賞金女王争いが広く注目された。その一方で、プロ転向したばかりのルーキーが堂々の2位でフィニッシュしていた。10月の富士通レディースで史上7人目のアマチュア優勝を成し遂げた古江彩佳(19)だ。11月1日開幕の樋口久子・三菱電機レディースでのプロデビュー戦から4戦のみで2073万円も稼いだ。今季の賞金ランキングで54位。賞金シード50位以内に迫るものだった。

渋野は笑顔がトレードマークになっているが、古江の笑顔にも定評がある。古江があこがれてきた米ツアー9勝の宮里藍さんから動画を通じ「本当に笑顔がすてきだなと思っている」と評された。母校の滝川二高ゴルフ部で指導した角谷真吾監督にも「(古江の)笑顔と明るさは渋野選手を超える強さがある」と太鼓判を押された。実力と笑顔。注目されるために必要な要素を兼ね備えている。

3日から埼玉こだまGCで来季の出場権を保持していない選手が挑むQT(予選会)ファイナルステージが開催されている。6日までの4日間、来季ツアーの前半戦出場権を争う中には、先日のプロテストに合格した古江と同世代の安田祐香、吉田優利、西村優菜も出場中。安田は19年オーガスタナショナル女子アマ3位、アジアパシフィック女子アマ優勝の実績に加え、プロツアーでのアマ連続予選通過記録(10試合)を誇る実力者だ。

また吉田は18年に日本ジュニア、日本女子アマの2冠女王となった。安田、吉田とともにナショナルチームの一員として西村は昨夏のエスピリトサントトロフィー・世界女子アマチーム選手権(アイルランド)に出場。団体戦で日本史上最高位となる2位に貢献した。この“プラチナ世代”が来季ツアー出場権を得れば、20年は渋野をはじめ、勝みなみ、小祝さくら、原英莉花らの“黄金世代”とのレベルの高い争いが繰り広げられることになる。

古江は「子供の頃の夢だった賞金女王になりたい。今すごく“しぶこフィーバー”で盛り上がっているゴルフ界をさらに盛り上げられる第一人者になりたい」と口にしている。実質プロ1年目の渋野は初出場だったメジャーのAIG全英女子オープンを制し、国内4勝を挙げて賞金女王争いを展開した。古江ら“プラチナ世代”が1年目から活躍する可能性は十分にある。 20年の女子ツアーは“プラチナ世代”が「渋野効果」以上のインパクトを与えるかもしれない。【藤中栄二】(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ピッチマーク」)

9月1日、ニトリレディスのベストアマに輝きトロフィーを掲げる安田祐香