日刊スポーツ

ロンドン五輪銅メンバー、久光製薬の新鍋理沙が引退

新鍋理沙(19年4月撮影)

バレーボールのVリーグ女子の久光製薬は20日、12年ロンドン・オリンピック(五輪)銅メダリストで日本代表アタッカーの新鍋理沙(29)が現役を引退すると発表した。「小学校1年生から始めたバレーボールは、生活の全てでした。引退することに、まだ実感が湧きません」などとコメントした。29日にオンラインで記者会見する。関係者によると、モチベーションの維持が難しくなったという。

鹿児島県出身。身長175センチと小柄ながら、卓越した守備力と小技を生かした攻撃が持ち味だった。宮崎・延岡学園高から09年に久光製薬入り。11年に代表に初選出され、攻守の軸としてロンドン五輪で28年ぶりのメダル獲得に貢献した。1度は代表から離れたが、17年に中田久美監督体制になって復帰。中心選手として18年世界選手権、19年ワールドカップでプレーし、東京五輪を目指す今季の代表メンバーにも選ばれていた。

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ヴォレアス北海道・古田が地域振興の社団法人設立

一般社団法人「A-bank旭川」の設立会見に臨んだヴォレアス北海道主将で同法人代表理事の古田(中央)。右は理事の辰巳、左はA-bank北海道の曽田代表理事

バレーボールVリーグ男子2部(V2)ヴォレアス北海道主将の古田史郎(32=函館市出身)が20日、旭川市内で自身が代表理事を務める一般社団法人「A-bank旭川」の設立会見に臨んだ。

同市を拠点に地域とスポーツの振興が目的で、「スポーツの力で元気になってもらえるようにしようと設立を決意しました」と話した。同じくアスリートによる社会貢献の理念を持つ元コンサドーレ札幌FWで一般社団法人「A-bank北海道」の曽田雄志代表理事(41)も会見に同席。13年から活動する同法人と連係しながら、今後は学校の授業、部活動へのアスリート派遣や講演会の実施などを構想している。

一般社団法人「A-bank旭川」の設立会見に臨んだヴォレアス北海道主将で同法人代表理事の古田(中央)。左は理事の辰巳、右はA-bank北海道の曽田代表理事

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日本代表の新鍋理沙が引退「まだ実感が湧きません」

新鍋理沙(2018年9月3日撮影)

バレーボール女子Vリーグ1部の久光製薬は20日、女子日本代表の新鍋理沙(29)が今月30日付で現役引退すると発表した。

2012年ロンドン五輪銅メダルメンバーで、来年に延期となった東京大会でも代表入りを目指していた。

29歳の新鍋は宮崎・延岡学園高卒業後、久光製薬に加入した。11年に日本代表デビューを飾ると、翌年のロンドン大会メンバーに選ばれ、28年ぶりの銅メダル獲得に貢献した。

所属チームの公式サイトで新鍋は「小学校1年生から始めたバレーボールは、私にとって生活の全てでした。そのバレーボールの現役を引退することに、まだ実感が湧きません」などとコメントした。

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サフィルヴァ北海道・青島主将 使命に向き合う

久々の練習で笑顔を見せるサフィルヴァ北海道の青島主将(撮影・浅水友輝)

練習再開に自然と笑みがこぼれる。「疲れましたよ!」。バレーボールVリーグ男子2部サフィルヴァ北海道の青島賢司主将(32)は、2時間半の練習を終えて、開口一番に言い放った。その言葉と裏腹に、額に汗した顔には充実感が広がっていた。7勝8敗でリーグ3位で終えた2月16日ホーム最終戦から約4カ月。バレーボールができる喜びをかみしめた。

新型コロナウイルスの影響を受ける教育現場でも、現役教師として奮闘する。今春から札幌福移小に異動。3年のクラス担任としてコロナ禍の中で生徒と向き合う。「音楽でも歌えないし、鍵盤ハーモニカもできない。体育の授業でもサッカーとかバスケの密集はいいのか」と頭を悩ませる。「もし自分の学校から感染者が出たら…」。休み時間の遊びにも目を光らせ、気が休まる暇はない。

教員をしながら競技を続け、主将を務める。5年以内の1部昇格を目指し今季から3部リーグに参入したチームの大黒柱。リーグ戦前には「両立が難しい、中途半端になりたくない」と、それまで続けていた少年団の指導から離れた。それでも最終戦には前任校の生徒3人がこっそりと来場。「試合翌日には『先生ってアオケンって呼ばれているんだね』って言われました」。陰ながら応援する子どもたちが力の源だ。

2部に上がる来季に向けて「個もチームもレベルアップしないといけない。スポーツを通して明るい話題を提供していくことがプロスポーツチームとしての社会的な使命」。教壇にも、コートにも、命がけで立ち続ける。【浅水友輝】

◆青島賢司(あおしま・けんじ)1988年(昭63)7月28日、札幌市生まれ。札幌厚別北小で競技を始め、札幌藻岩高時代は総体、春高ともに道予選ベスト4が最高。サフィルヴァ北海道では主将を務め、4月からはオンラインサロン「サロンあおけん」を開設。ポジションはアウトサイドヒッター。178センチ、66キロ。最高到達点は309センチ。

約4カ月ぶりに再開された練習で笑顔を見せるサフィルヴァ北海道の選手たち(撮影・浅水友輝)

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北海道科学大高バレー部練習再開「日本一へ頑張る」

2カ月ぶりに練習を再開した北海道科学大高男子バレーボール部の選手たち(撮影・浅水友輝)

バレーボール男子で今年の全日本高校選手権(春高)に出場した北海道科学大高が13日、同校で約2カ月ぶりに練習を再開した。

新型コロナウイルスの影響で活動が休止。昨年16強になった総体は中止となったが、来年1月の春高出場を目指してリスタートした。柿崎晃主将(3年)は「今までバレーができていたのは当たり前じゃないと知れた。(昨年全国を経験し)届かない夢ではないと分かった日本一を取るために頑張りたい」と力を込めた。

4月中旬からの部活動休止期間中は、例年なら遠征時のみ提出してきた活動報告ノートを毎日の提出に切り替えた。手書きノートにコメントを入れて返し28人の部員1人1人と向き合ってきた辻克典監督(32)は「手書きの方が頭に残りやすい。親や周りへの感謝を書く選手が予想外に多かった。精神的にも成長している」と話した。

部室の消毒など新型コロナウイルス感染予防を講じた上で迎えた再始動初日。各自が自主練習をこなしてきたこともあり実戦形式のゲームでも「動けてますね」と同監督。対外試合や道外遠征は感染状況などを鑑みながら慎重に検討。練習試合では来季からVリーグ2部に上がるサフィルヴァ北海道などの胸を借りながら、春高に向けてチームを仕上げていく。

チームには190センチ超えの長身選手はいないが、新チームで臨んだ2月の北海道高校新人大会は3年ぶりに優勝を果たした。辻監督は「レシーブが良い、(今後の実戦で)粘り強さなどが身に付けば去年以上のチームになる」と期待する。柿崎主将は「インターハイがなくなったのは切り替えるしかない。春高しか見ていない。そこに向けて力を注いでいきたい」と気合を入れた。【浅水友輝】

再始動した北海道科学大高男子バレーボール部の選手たち(撮影・浅水友輝)
北海道科学大高男子バレーボール部は自粛期間中も個人練習をノートにつづった柿崎主将のノート(撮影・浅水友輝)

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来季2部昇格サフィルヴァ北海道4カ月ぶり活動再開

久々の練習で笑顔を見せるサフィルヴァ北海道の青島主将(撮影・浅水友輝)

サフィルヴァ北海道は13日、札幌市内で2月16日トヨタモビリティ東京との3部リーグ最終戦以来4カ月ぶりに全体活動を再開した。

2部に昇格する来季に向けて新人選手選考会を行い、7月には1部で指導経験のある監督を招く予定だ。2部では同じ北海道を拠点とするヴォレアス北海道とも対戦する。青島賢司主将は「北海道のスポーツを大いに盛り上げたい」と話した。

練習を再開したサフィルヴァ北海道の選手たち(撮影・浅水友輝)

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西田有志がFIELD OF DREAMSと契約

西田有志

バレーボールで19-20年シーズンVリーグ最高殊勲選手賞に輝いた西田有志(20=ジェイテクト)が、アスリートマネジメントを手がけるFIELD OF DREAMSとマネジメント契約を結んだ。11日、FIELD OF DREAMS社が発表した。同社は「トップアスリートとしてのパフォーマンスはもちろん、西田選手特有の経験知財を生かしながら、キャリア支援を推進していきます」と話す。

西田は三重・海星高出身で、U19日本代表に選出される。高校卒業の18年からジェイテクトに所属し、Vリーグ18-19年シーズンに最優秀新人賞、19-20年シーズンに最高殊勲選手、得点王、サーブ賞を受賞。将来性を高く評価される。

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石川祐希、ミラノ加入で「世界トップに近づきたい」

オンライン会見でミラノ加入への意気込みを語った石川(所属事務所提供)

バレーボール男子日本代表のエース石川祐希(24)が11日、イタリアプロ1部リーグ(セリエA)のミラノに加入する思いを語った。

中大在学中からイタリアでプレーする石川は、オンライン会見で「(ミラノ加入は)ステップアップになる。目標である世界のトッププレーヤーになるため、最高のパフォーマンスを見せたい」と強い決意を誓った。

日本のエースが、プロ3季目を戦うチームにミラノを選んだ。ミラノは14-15年シーズンに1部昇格後、上位進出を狙うクラブの1つだ。新型コロナウイルスの影響でリーグが打ちきりとなった昨季は、12勝7敗と13チーム中5位だった。

ミラノのロベルト監督(ヘッドコーチ)は石川について「チームプレーヤー(個人のプレーを貫くのではなく、チームが勝利するために役割を果たせる選手)として評価しており、私たちの来シーズンのチームにとって、そういったタイプの選手が必要であると考えている」と所属クラブを通じてコメントした。

昨季7位だったパドバからステップアップを考えていた石川は、イタリア国内の上位クラブへの移籍を模索していた。ミラノの印象について「年々、ステップアップしているクラブからオファーをいただけてうれしい」。過去に在籍したチームで一緒にプレーした選手と再会できることが楽しみだとも明かした。

昨季リーグが打ち切られた時点で石川は、全19試合、71セットに出場した。ポイントゲッターとして活躍し、242得点(スパイク198点、サーブ29点、ブロック15点)を記録した。石川は「サーブレシーブがよくなっている。良いパフォーマンスができていたので、シーズンが打ちきりになったことは残念」と話した。

新型コロナの影響で、イタリア国内でプレーを続けることに不安もあった。それでも石川は、プロ3季目をミラノで戦うと決めた。1年延期となった東京オリンピック(五輪)、その先にある世界のトッププレーヤーになるとの目標に近づくため、さらにレベルアップした姿を見せようと意気込んでいる。【平山連】

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石川祐希のミラノ移籍発表、セリエA3クラブ目

石川祐希(2019年6月7日)

バレーボールのイタリアプロ1部リーグ(セリエA)のミラノは10日、男子日本代表のエース石川祐希(24)を獲得したことを発表した。新型コロナウイルスの影響で一時帰国している石川は、11日の記者会見で新天地への意気込みを語るつもりだ。

中大在学時からイタリアでプレーする石川が、次の所属先にミラノを選んだ。シエナでプロ生活をスタートし、昨季はパドバでプレー。プレーオフ進出(14チーム中8位以内)を目指すチームのポイントゲッターとして活躍。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大で3月にリーグが中断、4月上旬に打ち切りが決定した。

昨季リーグが打ち切られた時点で石川は、全19試合、71セットに出場し、242得点(スパイク198点、サーブ29点、ブロック15点)を記録した。チームは8勝11敗で7位だった。一方ミラノは、12勝7敗と5位だった。

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元Vリーガー「デリバレー」弁当無償提供に感謝の声

医療従事者に弁当を届ける米村さん(右)

バレーボール界の現役選手やOB、OGが協力する「デリバレープロジェクト」の弁当が、関西近郊の医療機関に届けられている。

新型コロナウイルス感染拡大防止へ奮闘する医療従事者に弁当を無償提供しようと、元女子Vリーガー選手で現在は大阪市内でスペイン料理店などを営む米村信子さん(36)が企画。大阪市立総合医療センターなど10カ所を回り、今週末までに1500食余りを配達する。

元Vリーガーの米村さんが手掛けた豪華弁当が、医療従事者の心を和ませている。老舗ウナギ屋が作るウナギのかば焼き、居酒屋店の鳥の唐揚げ、日ごとに異なる4種類の副菜など。当直勤務の人たちへ提供できるよう、朝方から毎日150食近くの仕込み作業をしている。「配達するとすごく喜ばれて、目に涙を浮かべて感謝してくれる方もいました」と振り返る。

Vリーグのシーガルズ(現・岡山シーガルズ)で9年間プレーした米村さんは、引退後に好きだった料理の世界へ飛び込んだ。オーナー兼シェフとして2012年に大阪市内でスペイン料理店を開業。多くの訪日客が利用するゲストハウス2軒も経営している。

新型コロナで経営状況に大きな影響を及ぼしているが、米村さんは医療従事者の奮闘ぶりを知り何かできないか考えるようになった。「人命のために必死となって戦う人たちに、感謝の思いを伝えたい」と弁当の無償提供を発案。ボールをつなぐように思いをつなぐ願いを込め「デリバレー」をプロジェクト名にした。

OB、OGらの私物を持ち寄ったチャリティーオークションを5月の大型連休中に実施。元日本女子代表の木村沙織さん、大山加奈さんや元日本男子代表の加藤陽一さんなど47人が協力し、150万円余りを集めた。材料費や協力する7店舗への謝礼に当てた。

オークション終了後、弁当を配達する医療機関がなかなか決まらず大変だった。それでも米村さんは協力してくれた医療機関や料理を作ってくれた店への感謝を惜しまない。「最初に配達したときの達成感は忘れられません」。今回の企画を通じてできたバレーボール界のつながりを元に、今後もさまざまな支援をしていくつもりだ。

【平山連】

医療従事者に提供された弁当

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柳田将洋サントリー復帰 バレー男子日本代表主将

バレーボールのVリーグ男子1部のサントリーは1日、日本代表主将の柳田将洋(27)が同日付で入団したと発表した。3月までドイツ1部リーグのユナイテッド・バレーズでプレーしていたが、新型コロナウイルスの影響でリーグが中断して帰国していた。サントリーへの復帰は2016~17年シーズン以来。

柳田は強力なサーブが武器のアタッカー。慶大時代の13年に日本代表入りし、15年にサントリー入団。17年に退団後、ドイツとポーランドのリーグでプレーした。

関係者によると、東京オリンピック(五輪)が来年行われることなども踏まえ、今季は国内でプレーすることが最善だと判断したという。

また、荻野正二監督(50)が退任し、山村宏太コーチ(39)が新監督に就任したことも発表された。荻野氏はチームのアンバサダーを務める。(共同)

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盛岡誠桜、新体制スタート 春高初4強へアタック

気持ちを切らすことなく、日々の練習に打ち込む盛岡誠桜の選手たち。後列左は村田監督(撮影・佐々木雄高)

<輝きを待つ東北魂>

高校女子バレーボールで全国出場63度(国体除く)の実績を誇る盛岡誠桜(岩手)が新体制で、有終の美を飾ってみせる。今春、村田基(はじめ)監督(32)が就任し、新たなスタートを切った。新型コロナウイルス感染拡大の影響で全国高校総体が中止になり、3年ぶりの出場はかなわなかったが、気持ちは切れていない。今後はコロナ感染が終息することを信じ、7年連続26度目となる全日本高校選手権(春高バレー)出場を目指す。

  ◇   ◇   ◇  

「今しかできないこと、今だからできることに全力を尽くす」。コロナ禍による大会の中止が相次ぐ状況と、監督交代が重なった盛岡誠桜が、創部72年目の変革期に挑む。約20年間チームを率いて3月に下北沢成徳(東京)に赴任した伊藤崇博前監督(47)に代わって、村田新監督が4月1日付で就任。県中学選抜4人を含む新1年生7人も入部し、部員21人で新たにスタートした。県高校バレーボール専門部の強化委員も務める村田新監督は「挑戦できる環境を与えてもらった。プレッシャーはあるが、高い目標を持っている子が多いのでやりがいがある」と前を向く。

春休みに予定していた岡山遠征など練習試合はすべて中止になったが、全国47都道府県の中で唯一、感染者がいない岩手県内で、状況に応じながら通常授業と練習を続けている。部員21人中20人が県内出身者で、北海道・札幌出身のレフトエース佐々木南帆主将(3年)を含む16人が寮生活を送る。朝と練習前には検温を徹底。平熱より0・7度高い選手は練習を休ませるなど、体調管理は万全だ。

3年生4人の若いチームで、1月の全日本高校選手権レギュラーは佐々木主将とミドルブロッカー佐山玲衣(3年)の2人だけ。選手権直後の県新人大会は3校が2勝1敗で並び、セット率で2位に甘んじた。高校総体中止でモチベーション維持が懸念されたが、佐々木主将は「どんな状況になってもやるべきことは変わりません。監督からアイデアをいただき、もう1度、基本を見直して東北のバレーを引っ張る存在になりたい」と前向きだ。

秋以降の大会開催も不透明な状況下で、仙台大でコンディショニングも学んだ村田監督は「今だからできることがある」と対話を密にして個々と向き合う。選手ごとに弱点克服のメニューも重視。「1人1人ができることを増やしたい。全体の引き出しが多くなれば競争意識も強くなる」と、練習の多くをフィジカル強化に費やす。目指すはチーム初の全国4強。村田監督は「他校や(休校中の)他県に比べれば恵まれている。結果にこだわって精度を上げていきたい」と意気込んだ。【佐々木雄高】

◆村田基(むらた・はじめ)1987年(昭62)8月20日生まれ、岩手県釜石市出身。現役時はウイングスパイカーで盛岡南1年夏の全国高校総体出場。全国選抜(旧春高バレー)に2年連続出場。仙台大3年時から学生コーチを務め、4年秋の東北地区大学リーグ1部優勝。卒業後はクラブチーム岡崎建設OwlsVBCに在籍。岩手県内の公立4校で保健体育の非常勤講師を務め、女子バレーボール部監督も歴任。今春、宮古商(現宮古商工)を退職し、盛岡誠桜に赴任。家族は夫人と1男1女。176センチ。

盛岡誠桜の村田基新監督は選手たちとのコミュニケーションを密にして公式戦復活に備える

東京で「東洋の魔女」金 男子も銅/日本の初メダル

64年10月、東京五輪女子バレーボール決勝 日本対ソ連 東洋の魔女たちは激闘の末にソ連を下し金メダルを勝ち取った

<日本の初メダル~バレーボール編>

新型コロナウイルス感染拡大で東京オリンピック(五輪)は延期となった。選手が来夏の祭典で獲得を目指す五輪メダル。各競技でどのような歴史が刻まれてきたのか。「日本の初メダル」をひもとく。

  ◇    ◇    ◇

1964年の東京五輪で採用されたバレーボールは、当初から男女両代表とも実力を発揮した。東京大会では男子が銅メダル、女子は金メダルを獲得。世界中に日本の強さを知らしめる大会となった。

この大会で金メダルを獲得した女子代表は、無類の強さを誇り「東洋の魔女」と呼ばれた。NHKが放送した旧ソ連との決勝戦の平均視聴率は、66・8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。スポーツ中継番組では歴代1位の記録で、今なお語り継がれる名場面だ。

その後も日本のお家芸とし期待を一心に受け、好成績を残した。68年メキシコ大会で男女代表とも銀メダル、72年ミュンヘン大会では男子が待望の金メダル、女子は銀メダル。76年モントリオール大会では女子が2度目の金メダルを獲得した。

しかし、84年のロサンゼルス大会で女子代表が銅メダル獲得以降、低迷期に突入した。世界のトップクラスと水を分け、00年シドニー大会では男女両代表とも本戦出場を逃した。12年ロンドン大会で女子が銅メダルを獲得し、久々の表彰台に上がった。

64年10月、東京五輪女子バレーボールで金メダルを獲得し胴上げされる大松監督
64年10月23日、東京五輪女子バレーボールでソ連を破り優勝した日本チーム。表彰台で金メダルを掲げるのは河西昌枝主将

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87年バレー3冠の東海大四…成田氏と南氏の思い出

87年10月29日、国体決勝で沖縄選抜を下し3冠達成を喜ぶ東海大四の選手たち

<ザ・道キュメンタリー>

1987年。高校男子バレーボールで東海大四(現東海大札幌)が1年間に3度、全国の頂点に立った。

全国高校選抜、高校総体、国体を制覇し、北海道勢初、全国でも当時10年ぶり5校目(通算6回目)の高校3冠を達成した。中心メンバーで後に全日本代表でも活躍した主将の成田貴志(50=熊本・鎮西高女子バレーボール部監督)、南由紀夫(51=岩手・盛岡誠桜高男子同部監督)が振り返る。(敬称略)

   ◇   ◇   ◇

あとはクギを打つだけの棺おけの中から東海大四がムックリ起き上がった-。当時の新聞にそう表現された窮地から、北海道勢初の高校3冠が生まれた。87年3月21日、全国高校選抜(春高)1回戦。前年の春高、総体準優勝で優勝候補と目されていた東海大四は宿敵・深谷(埼玉)の前に崖っぷちに立たされていた。

成田 1セット目を取られて、2セット目も3-11でリードされていた。負けは覚悟したけど、このまま北海道には帰れない。もう少し点数を取って帰ろうと声をかけた。

33年がたった今でも詳細なスコアまで脳裏に残る大逆転劇が始まる。74年全国2冠時の主将だった桜田義人監督(故人)ですら「今日はやられた」と腹をくくった。センター南のクイックからの4点目が逆転への序章だった。清水克彦の連続得点、持川敬のサービスエースで7-11とすると、再び南が6得点。全国3冠へつながる驚異の10分間だった。

南 奇跡ですね、あり得ないですね今じゃ。さすがの負けず嫌いの成田も「何とか10点まで取らないとかっこつかないぞ」って言っていたので。

逆転でセットを奪うと、第3セットも制し1回戦を突破。2日後の九州産(福岡)との3回戦も2時間3分の激闘で逆転勝ち。逆転に次ぐ逆転で勢いづいた東海大四は3年連続で駒を進めた決勝も制し、初の春高制覇を飾った。南は「そこの自信がやっぱり大きかった」。3冠につながる歴史的優勝だった。

2冠目を狙った8月の総体は北海道開催。中学時代から期待をかけられ優勝は「至上命令」(南)だった。強気の成田でさえ大会期間中は丼で3杯食べていた夕食のご飯が1杯に減るほど緊張し「プレッシャーはかなりありましたね」と振り返る。それでも網膜剥離で選抜を欠場した緒方正広がレギュラーに復帰。さらに4月からルーキー出倉諭が加わったチームは安定感が増し、決勝で深谷を退けて地元優勝を成し遂げた。

10月の国体は出場10チームのうち単独編成は東海大四のみ。ライバルの深谷、九州産は補強を加えた選抜チームだったが、後は自分たちとの闘いだった。総体優勝後も地獄の陸上トレや実業団の富士フイルムでの3回の合宿、レギュラー分断の紅白戦など徹底した練習は変わらず。鍛え上げられたチームは準決勝で埼玉選抜との2時間10分の死闘を制すと、決勝は開催県の沖縄選抜を47分で料理した。南は「インターハイで仕上がり、国体で熟成した。絶対負ける気はしなかった」。約7カ月に及ぶ3冠ロードを走りきった。

異次元の強さは一にも二にも練習にあった。南は「半端なかった。その時代には戻りたくない。想像を絶すると思いますよ」。桜田監督、石田時郎部長のもと平日も7時間を超える厳しい練習。室内だけでなく陸上部のグラウンドを借りて、基礎体力やバランス感覚を養うための逆立ち歩きや2キロのダンベルを持ってのうさぎ跳びなど10種類のサーキットトレで体を追い込んだ。「毎日嫌だったし怖かったけど、先生について行けば道が開けるという信頼があった。高校3年間があるから今の私がある」と成田。後にバルセロナ五輪に出場する原点になった。

3冠を達成した当時の主要選手は実業団、全日本で活躍後に指導者に。13年4月から盛岡誠桜を指揮する南は「モットーは基本。パス1つから」と東海大四で学んだ教えを次世代に伝える。鎮西を指導して17年目の成田は15年度に春高初出場も翌16年に熊本地震で被災。学校の体育館が2年半にわたり使えない中でも、指導を続けた。「簡単にはあきらめない粘り強さは高校生活で作られた。生き方そのものを学んだ」と成田。高校時代の経験が、今も根幹にある。【浅水友輝】

◆東海大四男子バレーボール部 1964年創部。66年に体育館が完成して石田時郎監督が就任するも、当初は中庭や市内の体育館を借りての練習が続いた。ユニホームは当時1着2000円で丸首の青色のサッカー練習着を代用し、それが後に同校バレーボール部のトレードマークとなる。69年の総体で全国初出場。桜田義人主将が率いた73年国体で準優勝、翌74年に総体、国体を制覇。79年に桜田が指導に加わった後は選抜3回、総体2回、国体1回の全国優勝を果たした。

◆バレーボールの男子高校3冠 選抜が始まった70年以降、総体、国体と合わせ3つの全国大会を制したのは計11校。70年中大付(東京)71、73年大商大付(大阪)75年崇徳(広島)77年弘前工(青森)87年東海大四(北海道)93年釜利谷(神奈川)00年岡谷工(長野)01年深谷(埼玉)12、13年度星城(愛知)14年度東福岡(福岡)16年度駿台学園(東京)。東海大四は94年も選抜、総体を制したが、国体を落とし2冠にとどまった。

○…東海大四0Bで同校で指導を始めて10年目の松田修一監督(33)は「日本で1番を取るのは前提で、どこよりもバレーに対する意識が高い集団でいよう」と選手に声を掛けている。日本一を目指す意識は今でも息づき、3冠時の先輩とは全国大会などで交流がある。新型コロナウイルスの影響で活動は休止も「やれるべきことをやろうと伝えている」と94年以来の全国制覇を目標に再開を待つ。

東海大四の3冠達成を報じる本紙1987年10月30日付紙面 
87年8月5日、全国高校総体決勝の深谷戦でスパイクをたたき込んだ清水克彦(背番号4)は雄たけびを上げる
87年3月25日、全国高校選抜決勝で藤沢商を下し優勝を決めた東海大四の選手たち
87年10月29日、国体を制し3冠を達成した東海大四の選手たちは沖縄の白い砂浜で喜びを爆発させる

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パナ男子バレー、仏代表指揮のティリ監督就任発表

バレーボールのVリーグ男子1部、パナソニックは22日、新監督として男子フランス代表を指揮するロラン・ティリ氏(56)の就任を発表した。4シーズンの契約。来年の東京オリンピック(五輪)終了まで代表監督との兼務となる。

フランス代表選手として五輪経験もある新監督は「パナソニックの新たな歴史をつくり、世界一のクラブチームとなるためにチャレンジを続ける」などとコメントした。(共同)

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バレー選手で看護師の米村尊、PCR検査現場で奮闘

現役看護師でバレーボールVリーグ男子2部のヴィアティン三重に所属する米村

バレーボール選手と看護師の二足のわらじを履く米村尊(33=ヴィアティン三重)が、コロナ禍の医療現場で大きな役割を果たしている。日刊スポーツの電話取材に応じ、同僚の医師らと共に4月の新型コロナウイルス検査に立ち会った時の様子を語った。

米村はVリーグ男子2部(V2)のヴィアティン三重に所属しながら、三重県桑名市総合医療センターで看護師をしている。勤務先近くでのクラスター(感染者集団)発生を受け、ドライブスルー方式のPCR検査が実施された。同センターの駐車場で同僚医師ら3人と検査に立ち会った。

各車の窓を半分ほど開けてもらい、医師が検体を採取した。そばで問診に当たった米村は、協力してくれた人の住所や名前の確認作業に追われた。その中で周囲の雑音で指示がうまく伝わらず、老夫婦から窓全開で話し掛けられた。米村は「閉めて下さい」と大声を上げてしまった。感染リスクを避けるためとはいえ「寄り添った対応ができなかった」と悔やむ。20人余りの検査で陽性者がいなかったのは幸いだった。

米村は小学校高学年の頃にウイルス性肝炎を発症して救急搬送された際、女性看護師から励まされたことが忘れられない。「泣いていると、ずっと優しい言葉を掛けてくれた」。医学の道へ進む原体験の1つだ。

159センチと小柄ながらコートで躍動する元女子代表の竹下佳江さんに憧れ、中学1年からバレーボールを始めた。福岡・京都高、長崎大医学部時代も競技を続けた。卒業後はプロ選手と看護師の両立を目指した。より高いレベルを求め移籍を重ね、その都度近くの医療機関で看護師として働いた。18年に加入の三重ではリベロのレギュラーとなり、2部参戦初となった今季6位入りに貢献した。

チーム練習が5月末まで行われず、現在は自宅近くの公園を走る日々が続く。「環境はみんな同じ。プロは言い訳しちゃいけない」。今できることを全力でやり、来るべき時に備えていく。【平山連】

◆米村尊(よねむら・たける)1986年(昭61)10月1日生まれ、福岡県行橋市出身。福岡・京都高-長崎大医学部。18年に三重に加入。166センチ、63キロ。座右の銘は「成功する人は成功するつもりで動いている」。

バレーボールVリーグ男子2部のヴィアティン三重に所属する現役看護師の米村

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旭川龍谷女子バレー部が手製フェースシールドで支援

旭川龍谷女子バレーボール部が製作したフェースシールド(同校提供)

新型コロナウイルスの影響で学校活動が制限されるなか、高校生が医療従事者への支援に取り組んでいる。昨年の全日本高校選手権(春高バレー)道代表決定戦に出場した旭川龍谷女子バレーボール部は手製のフェースシールド作りに励む。石坂桃花主将(3年)は「トレーニングをしながら、今できることがしたい」。顧問の発案に応じて部員20人が自宅での自主練の合間に製作を続けている。

顔全体を保護するフェースシールドは長期化するコロナ禍で供給が不足。同部は5月から顧問がプラスチック板など必要な材料を購入し、大学などがインターネットで公開する作り方を参考に製作を始めた。渡辺志緒里監督(32)は「少しでも役に立ちたいと主将と話し合った。選手は喜んで作っています」。完成品は30個を超え、すでに旭川市内の歯科医院に2個を提供。28日には同市保健所にも届ける予定だ。

部活動は4月中旬から休止中。2月の北海道高校新人大会で創部初の8強に進むなど実力をつけてきた中で総体が中止となった。渡辺監督は「がんがん泣いていましたけど、(中止決定)当日も(自宅で)トレーニングをやっていました。春高に向けて頑張っていきたい」と前を向く。自分たちにできることを続けながら、全国大会を目指せる日常を待つ。【浅水友輝】

旭川龍谷女子バレーボール部が製作したフェースシールド(同校提供)

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東レ一筋の瀬戸口竜矢氏、社業専念へ「心残りない」

今春に現役引退した東レ元選手の瀬戸口氏

バレーボールVリーグ男子1部・東レで活躍し、今春で現役引退した瀬戸口竜矢氏(31)が、第2の人生を歩み始める。国士舘大卒業後、2011年(平23)に入部。レギュラーシーズン計9季、東レ一筋で136試合出場、147得点を挙げた。

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、3月の全日本選手権、5月の黒鷲旗全日本男女選抜が中止。最後の晴れ舞台に立つことなく、ユニホームを脱いだ。「精いっぱいやってきたので、心残りはない。最後にファンの方にあいさつできなかったのは残念」と話した。練習拠点の東レ体育館(三島市)には、ファンから花束やねぎらいの手紙が届いている。

現役時代はケガとの戦いでもあった。5年前に慢性的な痛みを抱えていた左ヒザを手術。19-20年シーズンは重度の左足首捻挫で、3カ月以上の離脱を強いられた。「体がもうボロボロ。今年2月に家族と話して、引退を決断した」と経緯を打ち明けた。

今後は社業に専念する。「まずは一人前に仕事ができるようにしたい」。まだ配属先や仕事内容は決まっていないという。ファンに向けて「今は大変な状況ですが、今後も東レの応援をよろしくお願いします」と訴えた。【古地真隆】

◆瀬戸口竜矢(せとぐち・たつや)1988年(昭63)5月25日、埼玉・深谷市生まれ。小5からバレーボールを始める。岡部中-深谷高-国士舘大。ポジションはアウトサイドヒッター。185センチ、80キロ。家族は妻と1男1女。

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石川祐希4月末帰国していた 伊1部打ち切りで

ネーションズリーグ 日本対アルゼンチン 石川祐希はスパイクを放ち先制ポイントを取りガッツポーズする(19年6月7日撮影)

バレーボール男子日本代表エースでイタリア1部でプレーする石川祐希(24=パドバ)が、4月末に帰国していたことを5日、所属事務所が明らかにした。

リーグ打ち切り時点で全19試合、71セットに出場し、242得点を記録。チームは8勝11敗で7位だった。石川はインスタグラムで「皆さんと一緒にスポーツの素晴らしさを分かち合える日がまた戻ってくるように、今、自分たちの手でこれからの未来をつくっていきましょう」と呼び掛けた。

ネーションズリーグ 日本対ブラジル 第2セット、スパイクを放つ石川(左から2人目)(19年6月8日撮影)

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石川祐希がイタリアから帰国 体調に問題なし

石川祐希(19年6月7日撮影)

バレーボール男子日本代表のエースで、イタリアのプロ1部リーグ(セリエA)パドバでプレーする石川祐希(24)が、4月末に無事帰国していたことを5日、所属事務所が明らかにした。石川は自身の公式インスタグラムで「皆さんと一緒にスポーツの素晴らしさを分かち合える日がまた戻ってくるように、今、自分たちの手でこれからの未来をつくっていきましょう。感謝の気持ちを忘れずに」と呼び掛けた。

石川は中大在学時からイタリアでプレーし、同大卒業後の昨季からシエナでプロ生活をスタートさせ、今季からパドバに移籍した。昨年10月の開幕からプレーオフ進出(14チーム中8位以内)を目指してポイントゲッターとして活躍してきたが、新型コロナウイルスの感染拡大で3月にリーグが中断され、4月6日に打ち切りが決定していた。

石川は帰国時に到着空港検疫でPCR検査を受けて陰性と判定され、その後自宅で14日間の経過観察期間を過ごしていた。現在も体調に変化はないが、感染者21万人、死亡者2万9000人を超えるイタリアに滞在していたことに加え、日本へは緊急事態宣言発令後の帰国になったことで、健康状態を確認した上での発表になった。

石川はリーグが打ち切られた時点で全19試合、71セットに出場し、242得点(スパイク198点、サーブ29点、ブロック15点)を記録し、チームは8勝11敗で7位だった。

石川は「バレーボールができないという現実を受け止める中で、改めて、支えてくださる皆さんの存在の大きさを痛感しています」とサポートしてくれる人への感謝を惜しまなかった。

世界が平和で、みんなが健康でなければスポーツはできないということも強く感じているとし、石川は「僕は、今までバレーボールを通じて、たくさんの人と出会い、たくさんのこと学んできました。だからこれからも、世界中でスポーツがなくてはならないものであって欲しいと願っています。そのために、バレーボールができない今も、自分にできる活動を続けていきたいと考えています」と述べた。

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元Vリーガー「デリバレー」医療従事者に無償で弁当

「スポーツ界全体でバトンをつなぐように医療従事者サポートを継続してやりたい」と話す米村さん(撮影・平山連)

元バレーボール選手で現在は大阪市内でスペイン料理店などを営む米村信子さん(36)が、医療従事者に弁当を無償提供する「デリバレープロジェクト」を始める。

新型コロナウイルス感染拡大を食い止めるため最前線で奮闘する人たちに、感謝の思いを込めて料理を届ける狙い。材料費などの資金を得るため、現役選手らの私物を提供してもらい、2日からチャリティーオークションを開く。

チャリティーオークションは「ヤフオク!」で行われ、2日午前0時から、6日午前0時まで。目標金額の100万円を目指す。

米村さんの呼び掛けに応じ、元女子代表の大山加奈さんや元男子代表の加藤陽一さんらが企画に賛同。サイン入りTシャツやボールなど現役選手、OB、OGから幅広く出品される。売上金を材料費などに充て、知り合いの医師と相談しながら配達する医療機関を検討する。

米村さんは、大阪国際滝井高卒業後、Vリーグのシーガルズ(現・岡山シーガルズ)へ加入。アタッカーなどで9年間プレーした。

現役引退後は好きだった料理の世界へ飛び込んだ。オーナー兼シェフとして2012年に大阪市内でスペイン料理店を開業。従業員の力も借り、多くの訪日客が利用するゲストハウス2軒も経営している。

新型コロナで自身の経営環境にも大きな影響が出ている中、米村さんは感染拡大を食い止めるために戦う医療従事者らに何かできないか考えるようになった。「人命のために必死となって戦う人たちに、感謝の思いを伝えたい」と弁当の無償提供を4月上旬に発案。

ファンが楽しみながら協力できるように、バレーボール関係者の私物を提供してもらい、チャリティーオークションを開くことに決めた。

米村さんは「非常時になるとスポーツは二の次になるが、こんな時だからこそスポーツ界から元気と勇気を与えられる企画をしたかった」と開催の経緯を説明する。バレーボール界だけでなく、今後は他競技のアスリートにも協力を仰ぐつもりだ。奮闘する医療従事者たちをサポートする、新たな取り組みになるよう願っている。【平山連】

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北海道が費用救済へクラウドファンディング呼びかけ

クラウドファンディング(CF)を始めたヴァレアス北海道の募集サイト

バレーボール男子Vリーグ2部に所属するヴォレアス北海道が、今季のホームゲーム2連戦中止に伴う費用救済へ、クラウドファンディング(CF)協力を呼び掛けている。広告費や会場演出費などの支出計420万円を目標金額に設定。募集終了時までに目標金額が集まらなくても、プロジェクト実施に使われる。協力者には公式タオルや来場者に配る予定だったパンフレットなど、支援金額に応じてリターン品を送る。

ヴォレアス北海道は新型コロナウイルスの影響で、2月29日、3月1日に開催予定だった帯広大会が中止になった。今季ホームゲーム計6試合のうち2試合がなくなり、チーム発足後初の赤字を見込んでいた。損失補填(ほてん)や活動資金の一部にするため、4月28日からクラウドファンディングサイト「CAMPFIRE」で募集を始めた。

中止となった帯広大会は、リーグ戦最後の2試合。2位にいた北海道は連勝すれば自力優勝も可能なため、選手たちのモチベーションも高かった。シーズン終了と入れ替え戦の中止となり、その可能性がついえた。降旗雄平GMは「1部昇格となればホームゲームは今の3倍になる。チームレベルも高まるだけではなく、露出機会も増えたのに」と悔しい胸の内を話す。

大手企業がバックアップする実業団チームと比べ、北海道の経営基盤はそれほど盤石ではない。降旗GMは「(昨季まで)ギリギリ黒字が続いていた」。新型コロナの影響が影を落とす中、今季支えてくれたファンへの感謝を惜しまない。「この状況下ではなかなか新たな試合をお届けすることはできないが、(クラウドファンディングで)サポーターの方々を喜ばせたいです」と話している。

募集は来月15日まで(https://camp-fire.jp/projects/view/240914?list=sports_popular)。

【平山連】

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バレー西田有志、自宅の1人カラオケでストレス発散

西田有志

<もしもし日刊です>

バレーボール男子日本代表の西田有志(20=ジェイテクト)は自宅の1人カラオケでストレスを解消している。大好きなザ・ブルーハーツの「人にやさしく」を口ずさみ、憂鬱(ゆううつ)な気分を吹き飛ばす。

   ◇   ◇   ◇

先行き不透明な日々、西田は不安を吹き飛ばすように叫ぶ。「あなたにも ガンバレ!」。1985年にデビューしたブルーハーツが、87年にリリースした「人にやさしく」。西田が生まれる13年前の曲だが、お気に入りの1つだ。

西田 プレステ4を使った自宅でできるカラオケゲームにはまっています。専用のマイクを使って歌いますが、これが楽しい。音楽でも『ガンバレ!』と言われると明るくなるし救われる。気がめいる時期だからこそ心に響きます。他にも尾崎豊やサザンオールスターズも歌います。

-東京オリンピック(五輪)が1年延期となった

西田 一番良い色のメダル獲得に向け、もっと準備ができると捉えています。所属チームのジェイテクトに戻りましたが、全体練習ができずにいます。チームの体育館を借りて、サーブ強化やフィジカルトレーニングに取り組んでいます。

-今季はVリーグ初優勝とレギュラーシーズン日本人初の得点王(645点)に輝いた

西田 普段から選手同士でコミュニケーションを欠かさなかったシーズンでした。海外や全日本でプレーした選手たちが、その経験をうまくチームに還元できました。逆に個人としては攻守の両面から課題を感じました。得点パターンを増やしたり、ブロック技術を高めたり。全てでもっとレベルアップしたいです。

-満足に練習できず不安では

西田 不安よりも自分の体がどう変わっていくか楽しみです。筋肉痛になるまで追い込んでいます。

-インスタグラムで作った料理を投稿している

西田 食事は体作りでとても大事なので、自炊をしています。油分を抑えたメニューを心掛けています。トマトのチキン煮込みは普段からもよく作ります。

-まだ20歳だが、向上心がとても強いと感じる

西田 まだまだ満足できるレベルじゃないです。できなかったことが年々できるようになっていくので、楽しいです。【聞き手=平山連】

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バレー元五輪代表の杉山祥子さん、第2子女児を出産

杉山祥子さん(2007年4月19日撮影)

バレーボール元女子代表でオリンピック(五輪)2大会連続出場の杉山祥子さん(40)が21日に第2子となる女児を出産したことを28日、自身のインスタグラムに投稿した。

杉山さんは2004年アテネ大会、08年北京大会に2大会連続出場。13年に現役引退後、バレーボールの指導や解説者として活動してきた。18年11月には第1子となる男児を出産した。

第2子を出産した杉山さんはインスタグラムで「先週21日に第2子となる女の子を出産しました。こんな状況でのマタニティライフは心配が絶えませんでしたが、無事に生まれてきてくれてホッとしています。1日1日の成長を楽しみに2児の母がんばります」とコメントした。

女子日本代表のユニホームを着て笑顔を見せる栗原恵さん(左)と多治見麻子さん。後列は杉山祥子さん(左)と桜井由香さん(2008年7月18日撮影)
NEC北京五輪壮行会で鏡割りをする杉山祥子さん(左)と高橋みゆきさん(2008年7月16日)

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高校総体中止「春高バレーの望みある」古川学園監督

古川学園の岡崎典生監督(2016年1月6日撮影)

今夏、東北から九州の21府県で分散開催される予定だった全国高校総合体育大会(インターハイ)が、史上初の中止となることが26日、決まった。新型コロナウイルス感染拡大を受け、主催する全国高等学校体育連盟(全国高体連)が同日午後2時からウェブ会議方式の臨時理事会を開き、決定した。

   ◇   ◇   ◇

1月の全日本高校バレーボール選手権で準優勝した女子の古川学園(宮城)は、学校敷地内の選手寮で開催中止を聞いた。

身長194センチのドミニカ共和国人留学生、タピア・アロンドラら新1年生6人が入学。ただ5月7日までの休校延長が決まり、キューバ人留学生のバルデス・メリーサ(3年)ら18人全員が専用体育館の消毒を徹底しながら、自主練習を続けている。県高校総体の開催可否決定前に全国総体の中止が決まり、岡崎典生監督(51)は「選手たちのショックは大きいと思う。3年生の進路にも影響する。だが我々には(毎年1月の)春高バレー開催の望みがある。コロナは世界共通で苦しい条件は同じ。焦りはない。(終息後は)大学チームの胸も借りて空白を埋めたい」と話した。

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リーグVセッター突然引退、24歳中根聡太先生の夢

ジェイテクト時代のの中根氏(左から2人目)

<もしもし日刊です>

バレーボールのVリーグで今季初優勝を飾ったジェイテクトの正セッター中根聡太さん(24)が現役を引退し、今月から長年憧れた教員の道に進んだ。母校の愛知・星城高の教諭に採用され、早くもクラス担任を受け持つことになった。新型コロナウイルス感染拡大の影響で休校中だが、中根先生は学校再開に向けて授業の準備などに追われている。早くに引退し、教員の道に進んだ理由を聞いた。

   ◇   ◇   ◇

中根先生は星城高時代にインターハイ、国体、春高バレーの3大タイトルを2年連続で獲得。日本代表エースの石川祐希(24=パドバ)とは中学、高校と同じチームでプレー。筑波大卒業後、ジェイテクトに入団。西田有志(20)とともにVリーグ初優勝に貢献。「初優勝で新たな歴史を作ることができました。有終の美を飾れて、出来過ぎなくらいです」と、第2の人生を歩み始めた。

-このタイミングでキャリアに終止符を打つのは正直もったいないのでは

中根さん 悔いはないです。セッターとして身長(173センチ)が小さく、高さが劣ることを感じていました。トスの能力などVリーグのレベルと比べ、自分の実力が足りないと昨季から思っていたので、今季は開幕前から最後にしようと思っていました。

-先生を目指すようになったいきさつは

中根さん 中学時代からバレーボールが好きで、ずっとかかわっていきたいと思っていました。ただ、父からは「バレーボールでご飯を食べていくのは大変だよ」とも言われていました。僕自身も周りの選手と比べてサイズがなかったので、プロになるのは難しいと思っていました。それなら指導者の道に進もうと教員を考えました。

-筑波大で教員免許を取得したが、その後ジェイテクトに入団した

中根さん 大学時代にインカレで準優勝、リーグ戦で優勝し、選手として戦える「ワンチャン(ス)あるな」と自信がつきました。地元愛知で頑張るジェイテクトに早くからスカウトされ、入団しました。

-始まったばかりの教員生活は

中根さん 慣れないことが多くて大変です。生徒ともほとんど会えてないです。保健体育を教えるので、スポーツテストなどの授業の準備をしています。

-バレーボール部のコーチも担当する

中根さん (ともにプレーした)石川や西田がベテランになった時、指導した選手が一緒にプレーしてくれたらうれしいです。下のカテゴリーの底上げに貢献していきます。

(聞き手=平山連)

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竹下佳江氏「あぁ幸せだった」姫路に捧げた4年間

姫路監督時代の竹下佳江球団副社長(2019年11月16日撮影)

<もしもし日刊です>

バレーボール元女子日本代表で12年ロンドン五輪銅メダルの竹下佳江さん(42)が、4年間の指導者生活に一区切りをつけた。19-20年シーズンをもって、Vリーグ女子1部(V1)姫路の監督を退任。今季から球団副社長を務める。監督在任中には第2子を出産し、産休、育休も取得。電話取材で日本初となる女子プロチームの土台作りを振り返り、今後への思いを語った。【取材・構成=松本航】(本文は敬称略)

   ◇   ◇   ◇

身長159センチの名セッターだった竹下は、16年に姫路の初代監督に就いた。わずか3年でV2優勝。V1初陣の昨季は最下位と苦しんだが、今年2月の入れ替え戦2連勝で残留を決めた。大一番は特別だった。

竹下 初めて「自分がコートに立ちたい」と思いました。若いチームに対して「自分の経験値で何かできないか」と思って…。でも、ふたを開けてみると選手が本当に頼もしかった。負けは込んでいたけれど、V1の経験が彼女たちの力になっていた。それを、最後の最後に感じられました。

-プロチームの重圧

竹下 シビアな話ですが次をV1、V2どちらで迎えるかは大きく違います。スポンサー、後援会、ファン…。そういう人たちの顔が浮かんできました。結果を残さないといけない。選手にも企業チームとは違う重圧があったと思います。

-第1子出産の翌年から監督。真鍋政義オーナーらが「女性のためのチーム」と推進し、第2子誕生の18年には産休、育休を取得

竹下 就任前からオーナーも(橋本)社長も、びっくりするぐらいの熱意があって「プロチームでバレー界が変わる」とスケールの大きい話をしていた。(15年に)1人目を産んで間もない頃に監督になって、バックアップが本当に大きかったです。私はバレー界に恩返しという意味で、土台作りを一番に考えました。

-監督業を振り返って

竹下 選手が誰もいないところから始まって、未知数な分、成長が面白かったです。逆に社会に出て間もない子には甘さもある。全体の把握と決断。難しいことの方が多かったです。でも、人と違う経験をさせてもらい、振り返ると「あぁ幸せだった」と思います。

-コーチだった中谷宏大新監督がチームを率いる

竹下 目標だった土台は、何とかできたかなと思います。プロチームは「応援したい」と思われるチームでないといけない。選手は子どもたちに「こうなりたいな」と思われる人であってほしい。あとはやっぱり、強いチームがいいですよね(笑い)。ただ、そんなにすぐに強くなれないので、後悔なく、1日1日を頑張ってほしいです。私は地域の子どもたちとバレーをしたり、指導者の考え方を学ぶ時間も増えると思います。将来的に現場への復帰が100%ないかといえば、そうでもない。バレーを客観的に見て、勉強したいです。

◆竹下佳江(たけした・よしえ)1978年(昭53)3月18日、北九州市生まれ。不知火女高(現誠修高)からNECへ進み、02年からJT。97年に日本代表へ選出され、04年アテネから五輪3大会連続出場。12年に元プロ野球・広島の江草仁貴投手と結婚。13年に現役引退。15年に長男、18年に次男を出産。16年に姫路の監督就任。159センチ。

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バレー姫路中谷新監督が心境語る「自分でいいのか」

バレーボール女子Vリーグ1部(V1)の姫路は7日、20~21年シーズンから指揮を執る中谷(なかや)宏大新監督(39)のコメントを発表した。

昨季限りで元日本代表の竹下佳江前監督(42)が退任。中谷新監督は「本当に自分でいいのかという思いや、いろいろな葛藤がありましたが、さまざまな方と話をしていく中で覚悟が決まりました。プロチームで、ましてや竹下さんのような偉大な方の後を引き継ぐのは荷が重いですが、その責任の大きさがやりがいでもあると感じています」と素直な心境を明かした。

18年に竹下前監督が第2子を出産し、産休、育休を取得した際には、監督代行としてけん引。以降もコーチとして支えてきた。

「私たちには『姫路から世界へ』というスローガンがあります。長期的視点で見たときには、1人でも多くの代表選手を輩出し、かつ地域に根付いたチームでなければならないと思います。そのためにも一番わかりやすいのが結果であると思うので、結果にこだわり、そして、プロチームとして見ている方がうなるような魅力あるプレーをお見せできるチームにしていきたいと思います」

中谷新監督は長野・岡谷工高、早大を経て、06年からFC東京でプレー。10年の現役引退後は、U23の全日本女子代表コーチなどを務めていた。

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Vリーグ北海道が要望書、1部昇格戦中止説明求める

ヴォレアス北海道の古田史郎主将

バレーボールVリーグ男子2部(V2)のヴォレアス北海道は2日、Vリーグ機構に対して要望書を提出した。拠点とする旭川市など周辺4自治体の首長と連名で提出した要望書では、同機構が3月9日に1部、2部入れ替え戦の中止を発表した経緯の説明を求めるもの。北海道は2月末まで行われた19-20シーズンでV2で2位となり、入れ替え戦出場の権利を獲得していたが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で1部昇格をかけた試合が中止。規定によって来季もV2で戦うことが決まっている。

◆要望書の中身 

要望<1> 2月28日緊急理事会の議事録および会議資料の開示

要望<2> 3月6日に中止を決定したプロセスの詳細情報の開示

要望<3> 3月9日の中止発表を受けて提出した要望書に対してリーグが11日付けで回答してきた文書に対する疑義

要望<4> 新型コロナウイルスの感染拡大に伴う2月20日付の代表理事通達んに対する疑義

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今春発足ピカピカの精鋭12人 3年生で全国狙う

札幌大谷男子バレーボール創部メンバー12人と三原監督(後列右端)(撮影・永野高輔)

<2020 始まりの春(2)札幌大谷男子バレー部>

道内高校バレーボール界に新風を吹かす。今春、札幌大谷男子バレーボール部が発足する。全道中学選抜優勝の札幌大谷中から進学の6人、外部中学からの新戦力6人の計12人で船出する。初代監督は、とわの森三愛(現酪農学園大とわの森三愛)主将として07年全日本高校選手権(春高バレー)16強、国体4強の三原隆佑氏(30)。メンバーが最上級生となる22年度の全国大会進出を目指す。

1年生軍団が、始まりの日を待ち焦がれている。新型コロナウイルスの感染拡大で、札幌大谷男子バレーボール部はまだ船出できないでいる。一時、外部中学からの新入生合格後の2月に全員での練習を開始したが、3月以降は練習休止に。今は4月中旬予定の再始動に向け、各選手が自主トレーニングで力を蓄えている。札幌大谷中で主将を務め、高校でもリーダーとして期待される丹治天晴(あせい)は、そんな状況下でも「1年目はまず全道8強。3年生で全国を狙えるよう力をつけたい」と明確な目標を掲げた。

精鋭がそろった。17年創部の札幌大谷中は3年目の昨年5月、全道中学選抜を初制覇。続く全国中学道予選は8強止まりも、高校では外部からの新入生加入で戦力は上がる。江別中央中で昨年全国中学8強のエース候補、180センチの大沢大翔(ひろと)、179センチの大型セッターで、北海道選抜として昨年ジュニアオリンピック杯に出場した旭川神楽中の小原和也らが合格。小原は「1年目から思い切ってぶつかっていきたい」と力強く話した。

11年まで3年間で女子部を5度全国に導き、17年から中学男子監督を務めた平本和久氏(44)が中高統括の総監督となり、三原監督をサポートする。中学からの6年一貫指導体制で、最強チームを築いていく。平本総監督は「まだ身長は伸びる。今の平均は170台中盤だが、2年後にはサイズも大きくなる。そこで勝負できたら」と成長力に期待した。

道高校バレー界の勢力図に風穴をあける。最近10年の高校総体、春高の出場回数は、東海大札幌が計16回、酪農学園大とわの森三愛9回、北海道科学大高7回、札幌藻岩4回と、ほぼこの4校が中心。三原監督は「新しい風を吹かせたい。全国経験のあるチームの中に、割って入れるように」と気を引き締めた。

同校は09年の共学化以降、サッカー部が全国大会常連となり、野球部は18年明治神宮大会優勝、昨春センバツでも初出場初勝利を挙げた。次は男子バレーボールが1歩ずつ駆け上がり、全国区を目指す。【永野高輔】

◆札幌大谷と運動部 男子はサッカー部が総体に5度、選手権に2度出場し、野球部は18年の秋季全道で初優勝し同年の明治神宮大会優勝、初出場の昨春センバツで1勝を挙げた。女子はバレーボール部が最近10年で総体7回、春高6回出場。卒業生のオリンピック(五輪)代表には中村コウ(36年ベルリン、陸上)小森芳枝(64年東京、フェンシング)種田恵(08年北京、競泳)らがいる。

札幌大谷中で主将を務めたリーダー候補の丹治(左)(撮影・永野高輔)

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