日刊スポーツ

羽生結弦SP3位「1面に悔しいと書かれるのは嫌」

SPを終え渋い表情の羽生(撮影・鈴木みどり)

<フィギュアスケート:世界選手権>◇21日◇さいたまスーパーアリーナ◇男子SP(ショートプログラム)

右足首故障からの復活優勝を狙う羽生結弦(24=ANA)が、今季自己最低の94・87点の3位発進とつまずいた。冒頭に予定した4回転サルコーが2回転となるミスが響き、点数が伸び悩んだ。昨年11月のグランプリ(GP)シリーズロシア杯以来124日ぶりの試合となり、23日のフリーで2年ぶり3度目の世界一を目指す。過去2度の優勝はいずれもフリーで逆転している。

正直な気持ちを吐き出した。羽生は「久しぶりに頭が真っ白になりましたね」。ミックスゾーンで少し困惑した表情を浮かべた。

1万8000人の期待を一身に浴びた。冒頭の4回転サルコー。跳んだ瞬間にほどけて2回転になり、会場は一斉にため息に包まれた。その後はノーミスでまとめたが、4回転サルコーが2回転と判定されて0点となり点数が伸びなかった。

久しぶりの国内戦だったからこそ力みが出た。実戦はロシア杯以来124日ぶりだが、国内戦ともなれば17年4月21日の国別対抗戦(東京)のフリー以来、実に699日ぶりだった。それゆえの大歓声。「ちょっときばりすぎた。声援を受け止めたい気持ちがあった」と空回りした。演技前の6分間練習でも、1度だけ4回転サルコーをミス。「サルコーはウオームアップしなくても跳べるようなジャンプ。それを信じ切ればよかった」と考えすぎてしまった。

出遅れはしたが、焦りはない。報道陣とのやりとりでは「めちゃくちゃ悔しい…。でも1面に『悔しい』って書かれるのは嫌。でも『頭真っ白』が1面になるのか。書かないで下さいね」とちゃめっ気たっぷりに話すなど気持ちに余裕があった。その後の会見でも「もっと自信を持って、もっと王者らしくいないとダメだなと思った」とどっしりと構えた。

何度も困難を乗り越えてきたからこそ自信がある。14、17年の世界選手権はフリーで逆転。右足首を負傷した昨年ロシア杯も、痛み止めを飲んだ強行出場でGP連勝を達成した。「こういう時の対処法は知っている。経験をフリーに生かす」。逆転の道筋は、すでに頭の中にある。【佐々木隆史】

◆羽生の右足首負傷 18年11月のGPロシア杯の練習中に4回転ループの着氷で右足首を負傷。「右足関節外側靱帯(じんたい)損傷、三角靱帯損傷、右腓骨(ひこつ)筋腱(けん)部損傷。3週間の安静固定、その後リハビリ加療に約1カ月を要する」と診断された。同年12月のGPファイナルと全日本選手権を欠場。17年11月のNHK杯でも練習中に同じ箇所を負傷していた。

男子SP上位成績
羽生の世界選手権の成績
羽生の今季成績と日程
SPの演技を終え、下を向く羽生(撮影・鈴木みどり)

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高橋ら女子マラソンとともに…/小出義雄さん写真館

陸上女子長距離の指導者として2000年シドニーオリンピック(五輪)マラソン金メダルの高橋尚子さんら数々の名選手を育成した小出義雄氏が24日、死去した。80歳だった。

64年12月5日、小出義雄主将(中央)を先頭に、箱根駅伝の上位入賞を目指し練習をする58年初参加の順大チーム

1982年、マラソン日本歴代3位をマークした佐倉高・倉橋尚巳の肩に手をやる小出義雄さん(左)

1997年8月9日、世界陸上アテネ大会女子マラソンで優勝した鈴木博美と積水化学の小出義雄監督

1996年7月28日、アトランタ五輪女子マラソンで銅メダルを獲得した有森裕子(右)をスタンドで祝福する小出義雄監督

2000年5月18日、オリンピックスタジアム前で小出義雄監督とともにストレッチする高橋尚子

2000年7月2日、第43回札幌国際ハーフマラソン女子優勝の高橋尚子(右)と握手する小出義雄監督

2000年9月15日、シドニー入りし詰めかけた報道陣やファンに手を振りながらバスに向かう五輪マラソン代表の高橋尚子(右)と小出義雄監督

2000年9月24日、シドニー五輪女子マラソンで金メダルを獲得した高橋尚子(左)の手を高々と掲げ、満面の笑みを見せる小出義雄監督

2000年9月24日、シドニー五輪女子マラソンで金メダルを獲得し会見を終えた高橋尚子(右)は待ち受けた小出義雄監督とあらためて握手を交わす

2000年9月24日、シドニー五輪女子マラソンで金メダルを獲得し表彰式のあとに会見した高橋尚子(右)はヒゲを剃った小出義雄監督のアゴをなでて笑顔

2000年10月2日、シドニー五輪女子マラソンで金メダルを獲得し帰国した高橋尚子と小出義雄監督(左)は出迎えにきた多くのファンと記念撮影

2000年10月7日、「第10回あっぷるマラソン」優勝報告会の小出義雄監督(左)と高橋尚子

2000年10月16日、富山国体の陸上競技会場で表彰された女子マラソンの高橋尚子は、国民栄誉賞授与に関し快諾の意向を示した。右は小出義雄監督

2000年10月30日、国民栄誉賞授賞式のために官邸入りする小出義雄監督と高橋尚子(代表撮影)

2001年1月18日、毎日新聞社社長から表彰されるマラソンの小出義雄監督

2001年1月28日、大阪国際女子マラソン大勢の報道陣に囲まれる中、小出義雄監督(右)から祝福を受ける渋井陽子

2001年2月4日、丸亀ハーフマラソンの会見の席上、小出義雄監督(左)から「昨日も一昨日も夜になるとメソメソ泣いていたんだ」と裏話を暴露されドテとテーブルに倒れ込む高橋尚子

2001年4年15日、ナイス・カップル賞を受賞した小出義雄監督(左)と啓子夫人

2001年11年18日、東京国際女子マラソンで小出義雄監督(左)と握手をする有森裕子

2002年9月29日、ベルリンマラソン2連覇した高橋尚子はゴールの後、黄色いバラを上げ声援にこたえる。左は小出義雄監督

2003年6月、パリのマラソンコース視察から帰国した千葉(左)と小出代表

2005年5月9日、高橋尚子独立会見で目を閉じながら話を聞く小出義雄代表

05年6月2日、日本選手権女子1万メートルで4位入賞を果たし世界陸上での代表を確実にした宮井仁美(左)はSAC小出義雄監督と大喜び

2007年2月、東京マラソンで優勝した新谷仁美ははしゃぎ過ぎの小出監督と一緒に「シーッ!」とおどける

2007年2月18日、東京マラソンで有森裕子は恩師小出義雄監督(左)、父有森茂夫さん、母有森広子さんと記念写真

2012年11月18日、横浜国際女子マラソン日本人トップの2位となった那須川(左)は小出監督に用意していたチョコレートでできた金メダルをプレゼントする

2013年11月17日、横浜国際女子マラソンのミックスゾーンで談笑する小出義雄監督(左)と高橋尚子氏

2017年1月22日、「第41回サンスポ千葉マリンマラソン」で記念撮影に納まるロッテ井上(左)と小出義雄氏(右)

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小出義雄氏が死去 体調考慮し3月で指導の一線退く

13年11月17日、試合後のミックスゾーンで談笑する小出義雄氏(左)と高橋尚子氏

陸上女子長距離の指導者として2000年シドニーオリンピック(五輪)マラソン金メダルの高橋尚子さんら数々の名選手を育成した小出義雄氏が24日、死去した。80歳だった。

1939年(昭14)4月15日、千葉・佐倉市生まれ。山武農高3年で全国高校駅伝3区を走り、チームは29位。4年間の浪人を経て、順大では箱根駅伝に3年連続で出場。65年から教員となり、千葉県立長生高-佐倉高-市船橋高と23年間、陸上部監督を歴任。佐倉高時代の78、79年に高校駅伝出場、市船橋高時代の86年には全国制覇。

88年にリクルート入社。同社ランニングクラブ監督を経て97年に積水化学女子陸上部監督に就任。01年に佐倉アスリート倶楽部(AC)を設立し代表取締役兼監督に就任。02年12月に積水化学を退社し、佐倉ACに籍を置き豊田自動織機やユニバーサルエンターテインメントなどで指導していた。2000年のシドニー五輪(オリンピック)で高橋尚子とタッグを組み金メダルを獲得した。ほかには有森裕子、鈴木博美、千葉真子らを指導していた。

今年3月31日、小出氏が代表を務める佐倉アスリート倶楽部が、実業団ユニバーサルエンターテインメントと結ぶ指導委託契約が満了。小出氏は自身の体調も考慮し、トップアスリートを育成する立場から外れることになった。

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【復刻】名伯楽小出義雄さんの人心掌握術/インタビュー

07年、小出義雄監督と有森裕子さん(右)

陸上女子長距離の指導者として2000年シドニーオリンピック(五輪)マラソン金メダルの高橋尚子さんら数々の名選手を育成した小出義雄氏が24日、死去した。80歳だった。

99年4月18日付の日刊スポーツでは、平成の名伯楽のインタビューを掲載。今回、復刻版として再掲載します(所属、年齢などは当時のまま)。

◇   ◇   ◇

野武士の風ぼうは、下ネタをしゃべり出すと途端に親しみやすい顔になる。還暦を迎えた小出義雄監督(60=積水化学)。有森裕子、鈴木博美、高橋尚子と女子マラソンのトップランナーを世界に送り出してきた。ユニークな掌握術、先見性、そして情熱。根底にあるのは少年時代の「駆けっこ」への思いだ。

還暦祝いは本人の知らないうちに準備されていた。「うちのおっかーがさぁ『お父さん今夜は親せきと夕食に行きますよ』って言うんだ。それで朝練習後に鈴木や高橋にも『オレちょっと用事あるから夕方の練習は悪いけど見られない』って断ってな。そんでホテルに行ったの、汚ねぇ格好してよ。そしたら……ビックリこいたな、ハメられたよ。沢木君(啓祐=順大監督)はいるわ鈴木も高橋もおるわ、親せきは全部いるわで焦っちゃったよ。そんでもって赤い帽子とちゃんちゃんことランニングと真っ赤なパンツはかされてよお。参ったよ」。実際の60歳の誕生日(15日)より早い3月上旬のことだった。

ざっくばらんな話し方が、年ごろの女子選手の心もしっかりとつかむ。「女の子ってのはね、言葉には出さないけど心の中では『私をしっかりかわいがってください』とみんな思うわけ。だから平らに見ないといけないんですよ、平らに。これ難しいよね。15人いれば15の性格がある。例えば有森。『コレやれっ』て言うと、ピシッとやり返され、ケンカになりますからね。僕は2段下がって『有森先生、有森先生』って呼んでましたよ。鈴木の場合は友人関係か僕が半歩下がった感じかな。高橋は素直に『コレやれっ』って言うと『ハイハイ』とくる」。指導法は“15人15様”、その掌握術にはかすかなぶれもない。

基本は褒めることだ。「ハシにもボウにもかからなかった」無名時代の有森には「お前はいつも全力で、心で走っている。素晴らしい。だから強くなれるゾ!」と褒めまくった。「足の遅い子でも『お前は本当にいい子だ、強くなるよ』と言ってりゃいいんですよ。そうすると足が痛そうだから『練習休みな』って言っても『いや走ります』ときて、どんどん成長していく。言葉のアヤだよね」。

下ネタも武器になる。「選手の前でいつもエッチ話したり、そのものズバリ言ってやるの。下ネタ?もちろんです」。開けっ広げな指揮官の姿が精神的に追い詰められた選手を救う。「練習って苦しいんだよ。練習前なんか精神的なつらさからショボーンとして目がトローンとなっちゃう。それが練習が終わるとニコニコして口数が多くなる。練習前に少しでも、そんな明るい態度が欲しいわけ。苦しい顔はしてもいいけど絶対にイヤな顔しちゃいかん。監督が二日酔いでも、選手が『よーし、やるぞ』と輝いた目をしてたらいい練習ができる。だから一人ひとりの目が輝くような会話を持っていく、それだけよ。『監督、バカばっかり言ってないでしっかりしてください』て怒鳴られたらコッチの勝ちさ」。

話術で選手が動くのは、その裏に信念があることを知っているからだ。「やっぱり、指導者は何か1つ選手に勝つものがないとダメ。職場だって『あの課長すごいな』って部下に思わせるものがないと威張ってるだけじゃ『このヤロー』と思われちゃうよね。僕の場合はさ、情熱しかないんですよ。陸上が本当に好きなんだから僕。嵐でもひょうが降っても台風でも僕は『走るぞっ』て外に飛び出す。すると選手は焦っちゃう。『監督って本当に好きなんだ』ってね。そうすれば何言ったって陸上のことに関しては信用してくれるんですよ。有森も鈴木も言います。『監督、陸上のことは100%信用します。私生活は全然ダメですけど』ってね。アイツら(笑い)」。

教員時代に検診でがんと宣告され(実は誤診)入院した時も、コッソリと病院を抜け出し、教え子とグラウンドを駆け回った。知人が亡くなり葬儀委員長を任された時も、途中で抜け出した。「たった10分の練習を見るのに往復2時間も車を飛ばしたんだ。23年間の教員時代も、1升飲んで二日酔いになっても走りたいから1回も休んだことねえもん。それっほど好きなんだ、駆けっこがさ」。

走る喜びは少年時代に知った。「人間ってさ、小さいころの環境が、人生や性格を左右するよね。僕は小学校や中学校の先生に恵まれてね。走ることが好きでいろいろな大会に連れて行ってもらって、優勝したりするんだ。そうすると『義雄はすごいな、将来は箱根駅伝に出ろ、いやオリンピックだ』なんて言われるんだよね。それってな(しばし目を閉じて)うれしいもんだろ。よーしと思って、畑の周りをオヤジの地下足袋履いて走るんだよ。そうやって先生から夢をもらってね。先生や学校ってのはさ、生きる力を教える人、場所なんだよな」。

「胴長短足」でも「人が2歩で走る所を3歩で行けばいい」とマイナスには考えなかった。山の上り下りを使っての練習、鉄道の1メートル幅のまくら木を小走りでまたぎながら通った高校時代。ケンカと喫煙で無期停学になっても練習のためだけに学校へ通った。全国駅伝にも出場した。高校卒業後、その道はいったん断ち切られたかにみえた。

「箱根駅伝に出たくて出たくて仕方なかった。ある大学にも誘われた。でもね、貧乏な農家に育ったから行けなくてね。19歳の秋まで家で農業してたの」。だが、あきらめ切れない。「人間は1回しか生きられない、これは自分の人生だ、よーしっと黙って家を飛び出しちゃったんだ」。学費をためようと電話線工事のアルバイトなどで都内を転々。それでも「夢があった」という。陸上部のある会社を経て、22歳の春、順大への道が開けた。あこがれの箱根駅伝も1年から3年連続出場。誘ってくれた帖佐寛章監督(現日本陸連副会長)のスパルタ指導も苦ではなかった。だが絶好調で迎えた4年秋。右足のけんしょう炎で、箱根メンバーから漏れた。周囲にあたり、わめき泣いた。人生最悪ともいえるこの時が実は「監督」としてのスタートだった。

「人間は1回、ドン底を見ないとだめだ。人に対する感謝の気持ち、頑張りとか……出てこないよ。若い時ほどドン底を見た人間は強い。僕は五流のランナーで終わった。でももし一流だったら、どうすれば(平凡な選手が)速くなれるか、分からなかったろうね」。

65年、順大を卒業し千葉県立長生高の教員となる。当時、高校女子長距離は800メートルしか種目がなかったが、将来必ず男子並みに種目が増えると読み、そのためのデータを女子の練習を通して収集してきた。70年から赴任した佐倉高時代には、17歳の選手を女子マラソンに挑戦させた。「生理中に走らせたんだ。お母さんに『うちの子を殺すんですか』って怒鳴り込まれたけどね。その時のタイムが2時間41分台で、当時の日本歴代3位。その時はまだ全然、素質のない子がだよ?だから行けるの、2時間20分だって切れるの。高橋には2時間16分と言ってるけどビックリするような数字じゃないんだよ」。この時から始まった20年近いデータの積み重ねが、女子マラソンの指導で他を寄せ付けない強みとなる。

何百人という教え子を見てきた経験から、顔や肌の色つやを見ただけで体調は分かる。「もうすぐ生理が来そうだな、終わったばかりだな、今は集中して走らす時期だな、とかね。人間の体だもん。1日1日、一人ひとり全部違うさ。それによって練習メニューも変える。『今日はもう上がろう、オレと一緒に手つないで帰ろう』っていうサジ加減。メニュー通りに走れたら監督なんかいらねえよ」。そもそも練習メニューは過酷だ。朝練習も20、30キロは走る。「世界記録を作りたいなら世界記録を作る練習、五輪でメダルを取りたいならメダルを取る練習がある。非常識じゃなきゃ常識的な記録しか出ないんだよね」。

結果という裏打ちがあるからこの人の言葉は重い。有森が五輪2大会連続のメダルを、鈴木は世界女王となり、高橋は世界最高に1分と迫る驚異の日本最高記録を樹立した。

意欲はいっこうに衰える様子がない。教え子だけでシドニー五輪マラソン代表枠の3人を独占し、金メダルを狙うという夢が残っている。「もう2、3番じゃダメ。勝つこと。今は鈴木、高橋(の力)が抜け(出)てるよ、うん」。いつかは身を引かなくてはならないことも分かっている。「もうオレも60。いつかケジメをつけなくちゃいけないな」。それはいつごろ? 「うーん、分かんねえよ」。

選手の将来はしっかりと見据えるこの人が、自分のことになると言葉に詰まり、苦笑いした。

◆89年から約8年間、小出監督の指導を受け五輪2大会連続メダル獲得の有森裕子(32=リクルートAC)の話 初めてお会いした時の第一印象は「目がきれいな人だな」でした。とにかく走ることが好きで純粋な人。前の晩いくら泥酔しても翌朝、お酒のニオイをプンプンさせゼーゼー息を吐きながらでも必死になって私たちと走るんです。臭いしうるさいけど(笑い)、あの息遣いや顔を見てると本当に走るのが好きなんだな、って。ギックリ腰で走れなくなった時なんて、1週間で一気に白髪がバーッて出ちゃって……。この人から走ることを取ったら何もなくなっちゃうと思いました。その気持ちが選手に伝わるから選手もついていくんですね。

◆97年世界選手権女子マラソン優勝の鈴木博美(30)の話 (市船橋高から)約15年も見てもらっているんですが選手を含め、あれほど陸上競技に情熱を持っている人はいませんね。選手の疲労や体調を見抜く独特の勘、調整法のひらめきなどでも信頼できる人です。

◆女子マラソン日本最高記録(2時間21分47秒)保持者・高橋尚子(26)の話 いっしょくたではなく選手一人ひとりの個性を把握して、ちゃんと見てくださる監督です。選手がうれしい時も悲しい時も同じ気持ちで接してくれます。見かけは怖いけど決して違いますから(笑い)。

★小出義雄(こいで・よしお)

1939年(昭14)4月15日、千葉県印旛郡根郷村(現佐倉市)生まれ。農業を営む両親に姉3人、妹1人の7人家族。山武農高3年で全国高校駅伝の3区を走る(チーム29位)。4年間の浪人生活をへて61年に順大体育学部入学。3年連続で箱根駅伝を走る。65年から教員生活が始まり千葉県立長生高-佐倉高-市船橋高と23年間、陸上部監督を歴任。佐倉高時代の78、79年に高校駅伝出場、市船橋高時代の86年には全国制覇。88年からリクルート監督として有森、鈴木、高橋らを世界へ輩出し97年(平9)4月、積水化学へ移籍。家族は啓子夫人(47)と3女。二女の正子(25)も積水化学所属。

00年9月、シドニー五輪女子マラソンの表彰式後、会見した高橋(右)にヒゲを剃ったアゴをなでられ笑顔の小出監督

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小出義雄氏が死去、80歳 高橋尚子さんら育てる

13年11月17日、試合後のミックスゾーンで談笑する小出義雄氏(左)と高橋尚子氏

陸上の女子長距離の名指導者で、五輪金メダリストの高橋尚子さんらを育てた小出義雄(こいで・よしお)さんが24日、千葉県内の病院で死去した。80歳。千葉県出身。

千葉・山武農高(現大網高)を出て一度は家業を継ぐなど働いた後、順天堂大に進んで箱根駅伝に3度出場した。千葉県の佐倉高、市立船橋高などで教員を23年間務め、1988年に実業団のリクルートの監督に就任。マラソンで92年バルセロナ五輪銀、96年アトランタ五輪銅メダルを獲得した有森裕子さんらを育てた。

高橋さんらと共に積水化学に移籍した97年は世界選手権で鈴木博美さんを世界一に導き、2000年シドニー五輪で高橋さんが陸上の日本女子で初の金メダルを手にした。

選手を褒めて伸ばす指導と明るく豪快なキャラクターで知られ、高橋さんとの二人三脚は大きな注目を浴びた。01年に佐倉アスリート倶楽部を設立し、02年12月に積水化学を退社。04年に創部したユニバーサルエンターテインメント(当時アルゼ)などから指導を委託されていたが、近年は入退院を繰り返して現場に出る回数も減り、3月末で指導者を勇退した。

第41回箱根駅伝 小出義雄主将(中央)を先頭に、上位入賞を目指し練習をする順大チーム(1964年12月日撮影)

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マラソン高橋尚子、有森裕子ら指導/小出義雄氏略歴

00年9月、シドニー五輪女子マラソン金メダル獲得から一夜明け、高橋(左)からメダルを掛けられ笑顔の小出監督

陸上女子長距離の指導者として2000年シドニーオリンピック(五輪)女子マラソン金メダルの高橋尚子さんらを育成した小出義雄氏が死去したことが24日、分かった。80歳。

◆小出義雄(こいで・よしお)1939年(昭14)4月15日、千葉・佐倉市生まれ。山武農高3年で全国高校駅伝3区を走り、チームは29位。4年間の浪人を経て、順大では箱根駅伝に3年連続で出場。65年から教員となり、千葉県立長生高-佐倉高-市船橋高と23年間、陸上部監督を歴任。佐倉高時代の78、79年に高校駅伝出場、市船橋高時代の86年には全国制覇。88年にリクルート入社。同社ランニングクラブ監督を経て97年に積水化学女子陸上部監督に就任。01年に佐倉アスリート倶楽部(AC)を設立し代表取締役兼監督に就任。02年12月に積水化学を退社し、佐倉ACに籍を置き豊田自動織機やユニバーサルエンターテインメントなどで指導していた。2000年のシドニー五輪(オリンピック)で高橋尚子とタッグを組み金メダルを獲得した。ほかには有森裕子、鈴木博美、千葉真子らを指導していた。

00年9月、シドニー五輪女子マラソンのゴール直後、小出監督とともにスタンドのファンから祝福を受ける高橋(左)
03年6月、パリのマラソンコース視察から帰国した千葉(左)と小出代表
1997年8月9日、世界陸上アテネ大会女子マラソンで優勝した鈴木博美と積水化学の小出義雄監督
東京マラソン2007 有森裕子は恩師小出義雄監督(左)、父有森茂夫さん、母有森広子さんと記念写真を撮影した(2007.02.18)
オリンピックスタジアム前で小出義雄監督とともにストレッチする高橋尚子(2000年5月18日撮影)

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古川らが世界選手権へ アーチェリー代表発表

全日本アーチェリー連盟は24日、世界選手権(6月・オランダ)代表を発表し、男子は2012年ロンドン五輪銀メダルの古川高晴(近大職)や武藤弘樹(慶大)倉矢知明(イシダ)が入った。女子は昨年のアジア大会で混合リカーブを制した杉本智美(ミキハウス)のほか久原千夏(福井信用金庫)、園田稚(東京・足立新田高)がメンバーとなった。

コロンビアで23日に行われたワールドカップ(W杯)の予選ラウンド合計点で代表を選んだ。最終候補だった男子の大井一輝(三菱電機)、女子はロンドン五輪団体銅メダルの早川漣(デンソーソリューション)が落選した。

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シドニー五輪ソフトで日本と死闘 米国元監督死去

米国オリンピック委員会は23日、ソフトボールで1996年アトランタ、2000年シドニーの両五輪で米国を金メダルに導いた元監督のラルフ・レイモンド氏が同日に死去したと発表した。94歳だった。

米国はシドニー五輪決勝で日本と死闘を繰り広げ、延長8回に日本選手の落球が決勝点につながるサヨナラ勝ち。レイモンド氏は当時「日本はアトランタから4年で素晴らしいチームをつくった」とライバルをたたえる談話を残した。

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カーリング日本は5連勝 混合ダブルス世界選手権

<カーリング:混合ダブルス世界選手権>◇23日◇ノルウェー・スタバンゲル

1次リーグA組でロコ・ソラーレの藤沢とSC軽井沢クの山口が組む日本は香港に9-3で勝ち、開幕5連勝とした。

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勝負弱さ消え桐生V 悪癖抑え加速、世陸でも輝ける

男子100メートルで優勝し、日の丸を掲げる桐生(ロイター)

<陸上:アジア選手権>◇22日(日本時間23日)◇カタール・ハリファ競技場◇男子100メートル

もう勝負弱い姿はない。陸上男子100メートルで日本記録を持つ桐生祥秀(23=日本生命)が追い風1・5メートルの決勝を10秒10で制した。この種目の日本選手の優勝は初めて。大舞台で不本意な走りが続いていた男がアジアの頂点に立ち、世界ランキングのポイントも大きく稼いだ。今回と同じ会場で開催される世界選手権の代表入りへ大きく前進した。

誇らしげに日の丸の旗を肩にかけ両腕を広げた。日本代表として初の個人種目のタイトル。桐生は「レースの中で成長できているのかなと思う。今年は違う。1番になれてよかった」と声を弾ませた。スタートは出遅れたが、焦らないのが成長。肩が上がる悪癖を抑え、グングンと加速した。頭を突き出すようにフィニッシュしU20世界選手権王者のゾーリ(インドネシア)に0秒03競り勝った。今秋の世界選手権が開催されるスタジアムで強さを示した。自信を深めた。

日本人ただ1人の9秒台スプリンターながら、個人では大舞台で輝けていなかった。16年リオデジャネイロオリンピック(五輪)は10秒23で代表3人の中で唯一となる予選落ち。17年世界選手権、18年ジャカルタ・アジア大会は日本選手権で不発に終わり、出場はリレーだけ。昨季はタイムも最高が10秒10。9秒98を出したのはもう過去の話。輝きを失い、もがいていた。

昨秋だった。来季の取り組みを模索していた時。土江コーチに真剣なまなざしで訴えた。

「100分の1秒、1000分の1秒でも速くなるのならば、それをやりたいです」

あふれすぎる才能にまかせ、欠けていたストイックさ、緻密さを追求した。1人暮らしを始めた社会人1年目はコンビニ弁当が多かったが、自炊中心で苦手の野菜も取る。練習ではコーチが撮影した動画を細かくチェックし、動きを修正。メンタル面のトレーニングも導入。昨季より1キロ増も、体脂肪率は下がる肉体も、変わった意識の表れだ。

今後へも価値ある1勝だ。アジアのタイトルを手にし、世界ランキングにおけるポイントも大きく加算される。世界選手権の男子100メートル代表選考に関し、日本陸連は参加標準記録(10秒10)を満たした日本選手権優勝者のほか、同記録を満たした上で世界ランキング上位順に選ぶとしている。今大会前までの世界ランク22位の桐生は世界選手権の代表も大きくたぐり寄せた。今大会で得たポイントは20年東京五輪にも有効だ。明るい未来が広がった。

男子100メートルで優勝した桐生(中央)(ロイター)

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日本、柔道混合団体で優勝 韓国との決勝制す

<柔道:アジア・パシフィック選手権>◇23日◇UAE・フジャイラ

混合団体が行われ、日本が優勝した。準決勝でモンゴルを退けると、韓国との決勝を4-2で制した。

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伊藤美誠3回戦進出、次戦同い年中国選手に「勝つ」

伊藤美誠(2019年4月23日撮影)

<卓球:世界選手権>◇個人戦第3日◇23日◇ブダペスト◇男女シングルスなど

女子シングルス世界ランク7位の伊藤美誠(18=スターツ)が順当に3回戦に進出した。

次戦は同ランク29位なものの17年世界ジュニア、同年ジャパンオープンのシングルスで優勝した中国若手のホープ孫穎莎。同い年でもあり「私の方が経験が上。『勝つ』という意識を持って戦いたい」と語った。

女子シングルスでは95年大会以来23連敗中の中国勢の壁。序盤に中国勢と当たることに「メダルを取るには結局、中国人に勝たないといけない。しっかり勝って自信を付けたい」と前向きに捉えた。

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青嶋ひろの氏「宇野昌磨の軌跡」を1人にプレゼント

「宇野昌磨の軌跡」

フィギュアスケート男子で18年平昌冬季五輪(ピョンチャンオリンピック)銀メダリストの宇野昌磨(21=トヨタ自動車)を小学生の頃から取材してきたジャーナリスト・青嶋ひろの氏がこのほど、著書「宇野昌磨の軌跡 泣き虫だった小学生が世界屈指の表現者になるまで」(講談社、税別1600円)を出版した。

日刊スポーツでは、読者1人にプレゼントします。

12歳から続けてきた本人へのインタビューを軸に、周囲のコーチ、スケート仲間などの声も丹念に拾い、「スポーツにしてアート」のフィギュアスケートと向き合ってきた宇野を描いた作品となっている。

宇野が本格的に競技に取り組むきっかけとなった浅田真央さん(28)からの誘いについても、当時12歳、身長133センチだった本人の言葉でつづられている。その一言一言が、世界のトップスケーターの1人となった現在と比べると、ほほえましく感じられる。

09年からの成長を写真で振り返る口絵16ページ付き。

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大坂第1シード ポルシェ・グランプリ組み合わせ

<女子テニス:ポルシェ・グランプリ>◇4月22〜28日◇シュツットガルト◇シングルス

世界ランキング1位の大坂なおみ(21=日清食品)は第1シードで臨む。

初戦となる2回戦は同16位のワン・チャン(27=中国)と同24位の謝淑薇(33=台湾)の勝者と対戦する。

女子シングルス組み合わせ

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錦織第4シード バルセロナ・オープン組み合わせ

<男子テニス:バルセロナ・オープン>◇4月22〜28日◇バルセロナ◇シングルス

世界ランキング6位の錦織圭(29=日清食品)は第4シードで臨む。

初戦となる2回戦では同65位のタイラー・フリッツ(21=米国)に7-5、6-2でストレート勝ちした。

3回戦では同31位のフェリックス・オジェアリアシム(18=カナダ)と同72位のマレク・ジャジリ(35=チュニジア)の勝者と対戦する。

男子シングルス組み合わせ

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大坂クレー初戦は自然体「過度な期待はしていない」

大坂なおみ(18年9月撮影)

女子のポルシェ・グランプリのシングルスに第1シードで臨む大坂なおみ(日清食品)が23日、ドイツのシュツットガルトの試合会場で記者会見し、今季のクレーコート初戦に向け「自分はクレーのエキスパートではない。優勝できるというような過度な期待はしていない」と自然体で語った。

ウエアなどの契約をスポーツ用品大手のアディダスからナイキに変更して臨む最初の大会。「新しい章が始まる。とても楽しみ」と心機一転を期した。

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陸連反論「特別扱いじゃなく公平性を担保しないと」

3月、東京マラソンを前に会見に臨む大迫

男子マラソン日本記録保持者の大迫傑(27=ナイキ)が日本陸連へ痛烈に苦言を呈した。23日、自身のツイッターを更新。まだ出場資格のない1万メートルの日本選手権(来月19日、ヤンマースタジアム長居)の要項に記される強化委員会の推薦での出場を申請したが、断られたと明かした。その後「私物化するのはやめた方がいい」などと批判した。推薦枠は04年アテネオリンピック(五輪)男子ハンマー投げ金メダリストの室伏広治が、リオデジャネイロ五輪出場を懸けて臨んだ16年日本選手権出場の際に使われた例がある。

日本陸連の河野匡・長距離・マラソン・ディレクター(58)は23日、“大迫発言”を受け、アジア選手権開催地のドーハで「特別扱いじゃなく、公平性を担保しないと」と語った。日本選手権への出場は参加標準記録Aに達した選手が優先で、推薦枠の利用は「ほとんど例がない」と説明。その上で「(間に人が入って、本人に)ちゃんと伝わってなかったようだ。誤解がある」と述べた。推薦基準の明記は「どういうケースが出てくるか想定できない」と否定的な見解を示した。

河野ディレクターによると参加標準記録Aを既に20人が突破済みで、さらに増える可能性がある。30人に満たなかった場合は記録上位者から追加され、26番目の大迫も可能性はあるという。

推薦枠は男子ハンマー投げで04年アテネ五輪金、12年ロンドン五輪銅メダルを獲得した室伏が、リオデジャネイロ五輪出場を懸けて臨んだ16年日本選手権出場の際に使われたが、事例は少ない。同氏は東京五輪・パラリンピック組織委員会や大学教授として多忙で、一時競技を離れていた。15年日本選手権は欠場したが、それ以前は20連覇を達成していた経緯がある。

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「声を上げていかないとずっと変わらない」大迫

日本選手権出場条件と大迫の現状

男子マラソン日本記録保持者の大迫傑(27=ナイキ)が日本陸連へ痛烈に苦言を呈した。23日、自身のツイッターを更新。まだ出場資格のない1万メートルの日本選手権(来月19日、ヤンマースタジアム長居)の要項に記される強化委員会の推薦での出場を申請したが、断られたと明かした。その後「私物化するのはやめた方がいい」などと批判した。推薦枠は04年アテネオリンピック(五輪)男子ハンマー投げ金メダリストの室伏広治が、リオデジャネイロ五輪出場を懸けて臨んだ16年日本選手権出場の際に使われた例がある。

大迫が日本陸連を批判した。日本選手権1万メートルに推薦枠での出場を打診するも却下された。そしてツイッターに「陸連強化委員から[大迫くんが日本選手権でいい走りをするとそれに負けた選手のランキングが下がり、不平不満が出るから]という理由でした。すごい理由だな。笑笑」(原文まま)とつづった。

同選手権に出場するには、一般的に昨年1月1日から今年5月6日の期間に参加標準記録Aの28分20秒0を破らなければならない。大迫の期間内の持ちタイムは28分26秒41。参加標準記録Bの28分45秒0は切っているが、その場合は地域選手権を突破する必要がある。大迫は現状、要項にある「強化委員会が特に推薦する本連盟登録競技者」でしか出場する資格はない。

大迫は「なぜこの様な項目を入れたのか」と記し、理由を推察。強化委員会が所属するチームの「お気に入りの選手を出場させたいから」などと公平性への疑問を呈した。「どういう選手が推薦出場に値するのかちゃんと明記して欲しい」と求めた。また強化委員の所属先の選手は合宿や遠征に優先的に参加できると指摘し「そろそろ陸連を私物化するのはやめた方がいいと思う」と批判した。

20年東京五輪のマラソン代表を目指し、9月15日の代表選考会「マラソン・グランドチャンピオンシップ」の2週間後に開幕する世界選手権は1万メートルも含め目標とはしていない。今後はスピードを鍛えるトラックの練習にも重点を置くが、短期間で2レースを走るのは肉体的負担が大きいと判断し、「推薦枠」での日本選手権1万メートルの出場を試みた。マラソンだけでなく5000メートル日本記録を持つ。重みある発言は反動も伴う。「こういうツイートをする事は、僕自身にも余計なプレッシャーをかけるし、リスクがある事を理解してほしい。だけど声を上げていかないと、ずっと変わらない」とも投稿した。その上で「誤解が無いように言うと、今の僕が上位に絡めるほど、日本選手権に出る選手は弱くない。むしろ挑戦させてほしいと言う気持ちから出場をお願いした次第でした」と付け加えた。

<世界選手権男子1万メートルの代表選考>

日本陸連が発表したトラック、フィールド種目の世界選手権(ドーハ)の代表選考要項では、昨年3月7日~今年9月16日までの期間に参加標準記録(27分40秒0)を突破し、日本選手権を制した選手がまず内定。以降は参加標準記録を満たした上で、9月16日時点の記録と順位を得点化した世界ランキング上位順となる。20年東京五輪の出場資格は27分28秒0の参加標準記録に加え、世界ランキング制度も適応される。

◆大迫傑(おおさこ・すぐる)1991年(平3)5月23日、東京都町田市生まれ。東京・金井中-長野・佐久長聖高-早大-日清食品グループを経て、ナイキ・オレゴンプロジェクトへ。18年10月シカゴ・マラソンで2時間5分50秒の日本記録。3000メートルと5000メートル日本記録も持つ。170センチ、52キロ。

3月、東京マラソンを前に会見に臨む大迫
男子マラソン、1万メートルの主な日程

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右代啓祐10種競技で優勝「衰えてはいない」

<陸上:アジア選手権>◇第3日◇23日◇ドーハ

男子10種競技の右代啓祐(国士舘ク)が7872点で金メダルに輝いた。中村明彦(スズキ浜松AC)は3位。女子1万メートルは新谷仁美(ナイキTOKYOTC)が31分22秒63で銀メダルを獲得した。

混合1600メートルリレーの日本(若林、武石、稲岡、佐藤)は3分20秒29で銅メダル。女子七種競技の山崎有紀(スズキ浜松AC)は4位だった。同400メートルリレーの日本(壱岐、山田、青野、三宅)は44秒95で6位に終わった。

男子200メートルの小池祐貴(住友電工)は20秒60で準決勝を通過。同走り幅跳びの橋岡優輝(日大)ら、同1500メートルの館沢亨次(東海大)らは予選を突破し決勝に進んだ。

右代の話 優勝はうれしい。金メダルを娘に見せられるのが、今の一番の楽しみ。年はとっているが、衰えてはいない。今がすごく充実している。

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日本女子リレーは6位「直すところがたくさんある」

<陸上:アジア選手権>◇第3日◇23日◇ドーハ

女子400メートルリレーの日本は優勝した中国から2秒08遅れ、6位に沈んだ。同じメンバーで臨んだ3月のシンガポール・オープンよりタイムを落とし、3走を務めた青野は「直すところがたくさんある」と声を落とした。

5月の世界リレー大会では上位10チームに世界選手権の出場権が与えられる。アンカーの三宅は「時間がないので、個々の走力をすぐに上げるのは難しいが、けがせずしっかり状態を整えたい」と話した。

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日本が銅を獲得 五輪新種目の混合1600mリレー

<陸上:アジア選手権>◇第3日◇23日◇ドーハ

混合1600メートルリレーの日本(若林、武石、稲岡、佐藤)は3分20秒29で銅メダルだった。

2020年東京オリンピック(五輪)の新種目の混合1600メートルリレーで日本は6チーム中3位。3番手でバトンを受け、追い上げをかわして表彰台を死守したアンカーの佐藤は「後ろが来ても、冷静に対処できるぐらいの余力は持って走れた」と胸を張った。

日本は第1、第4走者に男子を起用。2走の武石は「スピード感が違う」と男女間のバトンパスに難しさを感じていたという。「大失敗せず良かった。銅メダルは素直にうれしい」とほおを緩めた。

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中村明彦 10種競技1点差で銅「恥ずかしい話」

<陸上:アジア選手権>◇第3日◇23日◇ドーハ

男子10種競技の中村明彦(スズキ浜松AC)は3位だった。

最終1500メートルで2位から逆転を狙った中村は逆に順位を一つ落とした。わずか1点差で銀メダルを逃し「この1点は気持ち一つでどうにかできた」とうなだれた。

右代を意識しすぎて終盤に失速し、クウェート選手にかわされた。「恥ずかしい話、彼はノーマークというか…。最後まで(しっかり)走りきれなくて、すごく悔しい」と弱々しく言葉をつないだ。

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新谷仁美「全く話にならない」1万m銀も笑顔なし

<陸上:アジア選手権>◇第3日◇23日◇ドーハ

女子1万メートルは新谷仁美(ナイキTOKYOTC)が31分22秒63で銀メダルを獲得した。

新谷に笑顔はなかった。ハブテゲブレル(バーレーン)との一騎打ちになったが、ラスト3周で突き放され「全く話にならない。ほとほとあきれている」と険しい表情で話した。

2013年世界選手権で5位に入った実力者。14年1月に引退を表明し、昨年6月に現役復帰した。完全復活を目指す31歳のベテランは「戻ってきたばかりというのは言い訳でしかない」と自分に厳しかった。

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水谷隼が3回戦進出「幅広くプレー」中陣、後陣も

<卓球:世界選手権>◇第3日◇23日◇男女シングルス1、2回戦ほか

【ブダペスト=三須一紀】今回を最後の世界選手権と位置づけている水谷隼(29=木下グループ)が初登場し、順当に3回戦に進出した。

水谷は最近の高速卓球に合わせ、卓球台に近づいてプレーする「前陣速攻スタイル」の取得に力を注いできたが、ここに来て「昔の自分を思い出している」と、中陣、後陣でのプレーを再度、取り入れる方向性を示した。

この日の試合も、もともとの中陣、後陣に練習してきた前陣を加え「幅広くプレーできた。理想のプレースタイルに近づいてきた。理想とはオールラウンダーですね」と納得の表情で語った。

また、新調したサングラスも実戦で使用した。同時にヘアバンドも着用。「汗が垂れるとどうしてもサングラスが曇るので、それの防止です。ヘアバンドは試合では初めて。ただでさえサングラスを着けていたら突っ込まれるから」と笑った。

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大迫「強化委員の思惑でどうにでもなる」改めて持論

大迫傑(19年3月1日撮影)

男子マラソン日本記録保持者の大迫傑(27=ナイキ)が24日、再びツイッターを更新、改めて持論をつぶやいた。23日、自身のツイッターで強烈な日本陸連批判を展開。まだ出場資格のない1万メートルの日本選手権(5月19日、ヤンマースタジアム長居)の要項に記される強化委員会の推薦での出場を申請したが、断られたと明かしていた。

この日は、批判的な反応に「問題は断られたことじゃなくて、規定が不透明が故に幾らでも強化委員の人の思惑でどうにでもなってしまうって事」と記した。続けて「最初からオリンピックまたは世界陸上のメダリストに限る等、明記されている中で駄々こねるほど馬鹿じゃないですよ」と続けた。

大迫は日本選手権1万メートルに「本連盟強化委員会が特に推薦する本連盟登録競技者」での出場を申請したが、強化委員会側から「大迫くんが日本選手権でいい走りをするとそれに負けた選手のランキングが下がり、不平不満が出るから」という理由で断られた。このことに関して「なぜこの様な項目を入れたのか」と記し、理由を推察。強化委員会が所属するチームの「お気に入りの選手を出場させたいから」と公平性への疑問を呈していた。

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曖昧さが生んだ火種マラソン不和の歴史が/記者の目

大迫傑(19年3月1日撮影)

男子マラソン日本記録保持者の大迫傑(27=ナイキ)が23日、自身のツイッターを更新し強烈な日本陸連批判を展開した。

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どちらの立場の肩を持つわけではない。今回は「強化委員会が特に推薦する本連盟登録競技者」という文言が物議を醸した。それは女子マラソンの騒動の歴史と同じく、曖昧さが生んだ火種だった。

92年バルセロナオリンピック(五輪)では女子マラソンで有森と代表を争った松野が発表前に「私を選んで下さい」と異例の会見。世界陸上4位の有森より大阪国際で好タイムを出していた松野が落選した。15年世界選手権は横浜国際Vの田中と大阪国際3位の重友が争い、記録は18秒遅かったとはいえ唯一の優勝者の田中が外れ、異論が続出した。

それらの背景にあったのは、複数の選考レースから「本大会で活躍が期待できる競技者」と具体性を欠いた基準で選んだ事。今回も構図は同じ。選考に限らず、明瞭さを失えば、不和の歴史は繰り返す。【陸上担当=上田悠太】

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張本智和3回戦進出「70%」スマホゲームで息抜き

シングルス2回戦で雄叫びを上げる張本智和(撮影・三須一紀)

<卓球:世界選手権>◇第3日◇23日◇男女シングルス1、2回戦ほか

【ブダペスト=三須一紀】男子世界ランク4位の張本智和(15=木下グループ)が2回戦でスウェーデン選手に4-0のストレートで勝利し、3回戦に進出した。

次戦はポルトガルのマルコス・フレイタスで17年ドイツオープンでは2-4、18年チェコオープンでは3-4で、2戦2敗と相性が良くない。張本は「前回負けたイメージが残っている。特に相手はサービスがうまいので、それを取るイメージで戦いたい」と意気込んだ。

長丁場の大会を乗り切るため、息抜きとしてスマホオンラインゲーム「ブロスタ」にはまっている。ホテルでも夜、30分から1時間プレーし、リラックスした時間を過ごしている。

ゲームをやる意味について「ゲームだと負けても良い。そこに負けを求める。試合で負けたら悔しいですけど、ゲームだったらいくら負けても大丈夫」と理由を語った。ゲームの実力は「全然です。ユーチューバーに比べたら(ランキングは)圏外です」と笑った。

前日の会見では「出来は20%」と語っていたが、この日は「70%まで上がった」と話した。右手薬指のけんしょう炎も「練習時は少し痛むけど、試合では問題ない」と影響はないことを明かした。日本のエースが、男子シングルス40年ぶりのメダルへ、調子を上げてきた。

シングルス2回戦で雄叫びを上げる張本智和(撮影・三須一紀)
シングルス初戦に臨んだ張本智和(撮影・三須一紀)

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今村文男コーチ表彰 リオ五輪陸上でメダル貢献

今村文男氏

選手の育成やスポーツの普及に貢献した指導者に贈られる「ミズノスポーツメントール賞」の表彰式が23日、都内であった。日本を競歩の強豪国へと育て上げた日本陸連の今村文男・五輪強化コーチ(52)はシルバー(副賞100万円)に選ばれた。

15年世界選手権、16年リオデジャネイロ五輪、17年世界選手権と連続し、日本のメダル獲得に貢献したことが評価された。富士通でもコーチを務める今村氏は「ミズノスポーツメントール賞は表彰される人のリストなどを見る側だと思っていた。(受賞の)一報を聞いた時は『えっ、私が』と驚きました。推薦していただいた陸上関係者の方に感謝申し上げたい」と話した。

14日にあった50キロの日本選手権で日本記録を塗り替えた鈴木雄介(31=富士通)はレース後、内定を決めた世界選手権(9月開幕・ドーハ)に出場するか悩んでいた。20年東京オリンピック(五輪)へ強化を優先するため、辞退も選択肢に入れていたが、出場を決意した。世界選手権は日本人最上位のメダルで東京五輪の切符をつかめる。今村氏は「東京に出るためにどうしたら、いいのかというのが原点にあった」と説明。また暑熱の経験も東京へと生きると考えたという。

鈴木は5月は休養を優先し、6月はスペインへの遠征を予定していると明かした。

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錦織3戦ぶり初戦突破「粘りと速い展開」らしさ復活

<男子テニス:バルセロナオープン>◇23日◇スペイン・バルセロナ◇シングルス2回戦ほか

世界7位で第4シードの錦織圭(29=日清食品)が、悪夢のツアー本戦初戦3連敗を逃れた。同58位のテーラー・フリッツ(米国)に7-5、6-2のストレート勝ち。3月のBNPパリバ・オープン以来3大会ぶりに初戦を勝ち上がった。錦織はこの大会は14、15年と連覇。16年も準優勝している。

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錦織が、少し安堵(あんど)の表情をのぞかせた。3大会ぶりに初戦を突破。ストレート勝ちは2月のドバイ選手権1回戦以来6試合ぶり。強打の米国の21歳を相手に、ようやく錦織らしい粘りと速い展開のプレーがかみ合った。「調子は悪くない」と大会前に話した言葉を証明した。

第1セットは先にサービスゲームを落とし1-4とリードを許した。しかし、第7ゲームで球を拾いに拾ってミスを誘いサービスゲームを破り返した。5オールからは危なげないプレーで2ゲームしか与えず、ストレート勝ちにつなげた。

昨年9月の全米から9大会連続で8強以上を続けた。しかし、ドバイから突然、失速した。16年に準優勝した3月のマイアミ、昨年準優勝だった先週のモンテカルロとマスターズ2大会で初戦敗退。もし、この試合で敗れていれば10年6月のエアゴン選手権、エアゴン国際、ウィンブルドンと3連敗を喫して以来約9年ぶりの悪夢だった。

フォアが急に不安定になるゲームがあるなど、まだ課題は多い。しかし、今は、どんな形でも勝利が大事。この1勝で自信復活につなげたい。

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伊藤美誠フル回転シングルスも危なげなく1回戦突破

シングルス初戦に臨んだ伊藤美誠(撮影・三須一紀)

<卓球:世界選手権>◇個人戦第3日◇22日◇ブダペスト◇男女シングルスなど

【ブダペスト=三須一紀】男女シングルスが始まり、日本男女10人はシングルス、ダブルス、混合ダブルスの全種目で初戦突破した。

世界選手権では自身初の3種目エントリーとなった伊藤美誠(18=スターツ)はシングルス初戦を突破。22日は約3時間半の間に3試合こなす過密スケジュールで会場の問題点も把握。女子シングルスでは95年大会以来23連敗中の中国勢の壁にも挑むなど、伊藤がタフすぎる課題の数々に立ち向かう。

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伊藤がフル回転だ。シングルス1回戦でチェコ選手に危なげなく4-0でストレート勝ち。全3種目で初戦突破した。約半日前、3試合をこなしたばかりだった。前日22日、森薗との混合ダブルスで大会初戦を迎え、ウズベキスタン組に4-0で快勝発進。2試合目は女子ダブルスで早田と組み、1回戦のクロアチア組に4-0で完勝した。1日3試合目となった混合ダブルス2回戦はメイン会場から第2会場に数分かけて移動。「相手の利き手すら情報がなかった」まま、試合になだれ込んだ。そのトルコ組に4-0でストレート勝ち、約3時間半の間に3戦をこなした。

1ゲームも与えず省エネ発進にも見えたが「意外にも足にきている」と疲労を口にした。日本協会が栄養士を帯同。食事など質の高いサポートを得ているが、思わぬところで問題点があった。会場の不便さだ。メイン会場と第2会場で照明の色、室温などが違う。「メイン会場は白で、第2はオレンジ、そして第2は暑い。台が温かくなるとボールも弾む。コートによって照明の位置も違う」と悩ましい。

選手は観客と同じ動線を通って行き来しなければならず、試合間にサインも求められる。「試合前で集中もしたい。時間もない。断ることも申し訳ない」。目の前の敵以外にもクリアすべき課題は多い。最重要事項は打倒中国。日本女子シングルスは長年、中国勢に苦しめられている。95年中国・天津大会で佐藤利香が張本の母・張凌に勝利して以来、23連敗中。打倒中国は日本卓球界の悲願。立ちはだかるすべてに打ち勝ち、女王の座を目指す。

◆伊藤美誠の世界選手権個人戦

15年中国・蘇州大会で2種目に初出場し、シングルスはベスト8。新人賞も獲得した。女子ダブルスは平野美宇と組み2回戦敗退。17年ドイツ・デュッセルドルフ大会ではシングルス4回戦で中国の朱雨玲に敗れベスト16。女子ダブルスでは現在と同じ早田ひなと組み、準決勝で中国の丁寧、劉詩■組に敗れ3位。

■は雨カンムリに文の旧字体

伊藤美誠はこの日3試合目の混合ダブルス2回戦に臨む。左は森薗政崇(2019年4月22日撮影)

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レスリング高橋侑希3位、同一選手に連敗し笑顔なし

高橋侑希(18年撮影)

<レスリング:アジア選手権>◇23日◇中国・西安◇男子フリー

レスリングのアジア選手権が23日、中国・西安で開幕し、男子フリースタイル57キロ級の高橋侑希(25=ALSOK)が3位になった。

17年世界王者の高橋は準決勝でカン・クムソン(北朝鮮)に逆転負け。昨年のアジア大会初戦に続いて同一選手に連敗を喫した。この日は男子フリー5階級が行われ、五輪階級では高橋が唯一のメダル獲得だった。

3位決定戦に逆転勝ちしても、高橋の表情は晴れず。「同じ相手に負けるのは悔しい。自分の動きをさせてもらえなかったし、向こうの方が実力が上」と話した。一昨年の世界選手権で優勝したが、その後は相手に研究されて勝てない場面が続く。「研究されても強い選手は強い。でも、負けて気づくこともある」と目標の東京オリンピック(五輪)金メダルに向けて話していた。(西安=荻島弘一)

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