<取材記者が振り返るドバイワールドC(1)>

 96年に始まったドバイワールドC。高額賞金で一躍有名になり、今や3月の風物詩となった国際レースが今年から日本で馬券を購入できる。日本馬は96年のライブリマウントを皮切りに、ドバイ国際競走にのべ102頭が挑戦。同競走を取材した記者が振り返る「ドバイあの時」を3回連載する。1回目は、まだ世界的な競走としての認知度が低かった98年に取材した東京・栗田文人記者。

 まさかアラブの国であのロッド・スチュワートを間近で見るとは思わなかった。レース数日前に報道陣が招待された砂漠でのパーティーがあり、そこに、かのロックスターが何の前触れもなく現れたから驚いた。歌うでなく、ただたたずんでいただけだが、まだ3回目と歴史が浅く、認知度が低かったワールドCのイメージアップにひと役買ったのだろう。必死に当時の手動カメラのシャッターを切った。だが、後日現像してみると暗闇で全く写っておらずガックリ。白の上下を着た、金髪で彫りの深い顔の幻影だけが脳裏によみがえる。

 当時は日本馬の挑戦も毎年1頭ペース。この年はG1未勝利のキョウトシチーだけだった。約1週間、1頭だけを取材するのだから関係者とも親密になる。持ち乗りの宮本博助手(現調教師)とは今でも、会えば当時の話に花が咲く。

 当地は酒が飲めないが、ホテルの外国人だけは別。時効だから書くが、時差の関係で夕方からフリーになるため、記者仲間で浴びるほど飲んだ。海外取材で二日酔いに苦しんだのは後にも先にもドバイだけだ。

 結果は9頭立ての6着で「よく戦った」という印象。勝ったシルヴァーチャームの助手や厩務員はジャンプし、抱き合って喜んでいた。管理していたのは当時すでに名トレーナーと言われていたボブ・バファート師。あれから19年、そのバファート師のアロゲートが今年の断然の主役というのも、個人的に感慨深い。【栗田文人】

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