<G1プレーバック:オークス>

 プレーバック日刊スポーツ! 過去のオークスを紙面で振り返ります。1991年は、イソノルーブルが積極果敢に逃げまくり、落鉄に泣いた桜花賞(5着)の無念を晴らしました。


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<オークス>◇1991年5月19日=東京◇芝2400メートル◇出走20頭

 価格500万円の抽せん馬イソノルーブルが、9000万円のビッグな賞金を手にした。大外20番からスタートした同馬は積極果敢に逃げまくり、断然の1番人気に推されたシスタートウショウの追撃を鼻差で振り切り、2分27秒8のタイムで快勝。落鉄に泣いた桜花賞(5着)の無念を晴らした。殊勲の松永幹夫騎手(24)はG1レース初制覇。

 ゴールが遠い。逃げ込みを図るイソノルーブルの松永幹の視界に、追っても追っても青色のゴール板は入らなかった。「まだか、まだ続くのか。こんなに直線が長いなんて・・・・・・」。残り5メートル、右ムチをたたきつけて、こん身の力を込めて手綱を押し出した時、右横に桜花賞馬シスタートウショウの姿が見えた。内か外か。桜花賞でくっきりと明暗を分けた2頭の立場が、劇的な形で逆転した。

 「たぶん勝ったと思うが・・・・・・、ダメかな。勝っていてほしい」。迷う松永幹に、武豊ら若手の仲間から「おめでとう」の声がかかった。その一言で優勝を確信。電光掲示板に「写」の文字はついたままだったが、芝コースを通ってスタンド前へ。写真判定を待ち切れずにガッツポーズだ。ただ1頭、芝コースを通ってスタンド前へ。右手をグイと突き上げて、歓喜のガッツポーズだ。

 「はっきり優勝と分かった時は、全身の力が抜けちゃいましたよ」。1986年(昭61)にデビュー以来、初めて体験した感覚。検量室で右目に手を当ててそっと涙をふいた松永幹だが、表彰式ではスタンドにムチを投げ入れ、喜びを爆発させた。悪夢の桜花賞から6週間。無念、悔しさ、そして怒り、胸の中に渦巻いていたモヤモヤを、すべて消し去る鼻差の優勝だ。

 1番人気に推された桜花賞で、イソノルーブルはレース直前に落鉄。イレ込んで打ち替えができず、結局、右前脚だけ裸足で走り5着に敗退した。「きゅう舎に帰って打ち替えさせてほしい。頼みます」と涙声で懇願した福留助手。そのシーンを思い浮かべながら清水久師は「こうなると前走が悔やまれるが、でも、前走があったから今日の快走につながったとも言えるな」と実感を込めた。

 一度は地獄を見た関係者。この日は耳覆いのついた覆面を二重にかぶせ、さらに遮眼革を着用させた。歓声を遮り、馬を落ち着かせる秘密兵器。発走直前に覆面1枚と遮眼革を外し、絶好のスタートを切った。「別の馬のように落ち着いて、折り合いもピタリ。こりゃあいいぞ」と1コーナー過ぎで感じた松永幹。前半のスローペースも、ほかのジョッキーが「逃げているのは、どうせ桜花賞5着馬」という油断が生んだ結果かもしれない。

 大外20番枠からの発走。「ダメなら2番手でもいいし、無事に競馬ができれば」と平常心で臨んだ松永幹は、清水久師とともに夢にまで見たG1初制覇だ。「桜花賞であんなことがあり、もう一生、G1レースは勝てないかと思った」と声をそろえた。

 巻き返しにかけた男たちの熱い期待にこたえたイソノルーブルは、購売価格わずか500万円の抽せん馬。75年テスコガビー以来、16年ぶりの逃げ切りでの優勝に「幹夫がうまく乗ってくれたし、力を振り絞った馬も心から褒めてやりたい」と清水久師は、ねぎらいの言葉をかけていた。

※記録と表記は当時のもの

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