<G1プレーバック:2001年皐月賞>

 プレーバック日刊スポーツ! 過去の皐月賞を紙面で振り返ります。2001年はアグネスタキオンがデビュー以来無傷の4連勝で、まず1冠を制しました。

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<皐月賞>◇2001年4月15日=中山◇G1◇芝2000メートル◇出走18頭

 断然人気のアグネスタキオン(牡3、栗東・長浜)が直線抜け出して快勝、まず1冠を制した。これでデビュー以来無傷の4連勝。史上6頭目の3冠馬に向け、第1関門を突破した。河内洋騎手(46=フリー)は史上5人目の3歳クラシック(5競走)制覇。旧8大競走完全制覇へも王手をかけた。

 最大のライバル、ジャングルポケットが、後ろでダンツフレームと激しい2着争いを演じている。だがアグネスタキオンにとっては人ごと。ゴールだけを見つめてわが道を突き進むだけだ。直線坂下で河内が右ステッキをたたき込むとさらに加速。1完歩、また1完歩と末脚を伸ばし、影をも踏ませず1冠目のゴールに飛び込んだ。

 前走弥生賞(5馬身差)のようなケタ違いの勝ちっぷりではなかった。が、全く危なげのない勝利。やっぱりこいつは化け物だ。

 「理想通りにいかないのが競馬だからね。でも1コーナーまでうまく切り抜けてくれてひと安心。(道中も)外に(他馬が)いなかったし、早めに(まくって)くる馬もなかった。取りあえず1つ取れて良かったな」。群がる報道陣を前に、河内は表情を崩すこともなく淡々と振り返った。

 長浜博之師(54)も「河内騎手に(3歳クラシックで唯一勝っていない)皐月賞を勝ってもらってうれしい。(スプリングS快勝後骨折したアグネス)ゴールドのことがあったからね。最初にそれ(故障)が気になった。でも大丈夫そうですね」。クラシック優勝の喜びというよりは、ダービー、そして3冠に向けて「無事に走った」ことの安心感が漂う。それだけ陣営も、そしてファンも、タキオンは「勝って当然」と思っていた。

 だが実は決して本調子ではなかったのだ。河内が「直線の手ごたえがちょっと怪しかった。欲を言えばもう少しビューンと伸びてくれればな」と注文をつけたように、いまひとつの状態だった。今週はDウッドの追い切りを嫌がり、急きょ坂路に変更。中山への輸送の際にも馬運車に乗る時にゴネて大川鉄雄きゅう務員を困らせた。この日はゲート入りを拒んで目隠しをされる始末。同きゅう務員は「ちょっと最近ストレスがたまっていたようやな。目隠し? 最初からそのつもりやった。ダービーまでにはその辺りを気をつけて仕上げるよ」とホッとした表情を見せた。

 栗田勝、保田隆芳、菅原泰夫、武豊に次ぐ5大クラシック制覇を成し遂げた河内には、ダービー連覇の偉業もかかる。プレッシャーは今回の比ではない。「去年は勝ちたいと思っていた。今年は勝たなくてはならない」。控えめなコメントで知られる男が、次の大勝負へこれ以上ないV宣言をした。

※記録と表記は当時のもの

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