「AI」が競馬界を変える スタートアップの競走馬管理クラウドで馬1頭ごとにコミット

「AI」が競馬界を変えるかもしれない。今回の「ケイバラプソディー~楽しい競馬~」は、東京・桑原幹久記者が競走馬のけが予防、さらなる能力強化の実現を目指すスタートアップ企業の取り組みをピックアップ。データを収集、解析する競走馬管理クラウド「EQUTUM(エクタム)」の開発を進める株式会社ABEL(アベル)の大島秀顕代表(30)に話を聞いた。

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「エクタム」は縦横5センチほどの小型機器だ。これを競走馬の両脚に、人間用の別機器を腹部に装着することで調教時の「心拍数」「心電図」「スピード」「ピッチ」「ストライド」「ハロンごとのタイム」を計測できる。クラウドに集約されたデータをAIで即座に解析。タブレットに結果をリアルタイムで反映し調教効果、好不調、けがの確率などを1頭ごとに可視化できる。大島代表は「競走馬はアスリート。人間と同じくパーソナライズされたトレーニングが必要だと思います」と熱を込める。

着想は偶然生まれた。「実は幼少期に乗馬が好きだった程度で、競馬を詳しく知ったのはこの事業を始めてからです」。幼少期から動物好き。社名の由来である愛犬の気持ちを可視化したい、との思いで20年末から動物に関わる事業を練った。その過程で共同研究する東京農工大の教授から、競馬業界を提案された。

「人間と動物が融合してスポーツとして成立しているのは競馬だけ。それはすごく美しいなと思いました」

書籍やネットで競馬界の現状を把握しビジネスチャンスを模索。「乳酸値や遺伝子型を取る技術はありましたが、多様な数値を複合的に合わせて、それを科学する材料を提供する事業は少ない」と試案を携えた。競馬界につてはなく、大井競馬の佐野師に厩舎サイトからのメールと電話で飛び込み、試行錯誤を重ねた。

今ではノーザンファームをはじめ美浦の武井師、上原佑師ら中央競馬の厩舎も1セット月額1万4000円で試験導入。G1馬のソングライン、シュネルマイスターや現役の重賞馬も含む約100頭、計2200回分のデータを蓄積。精度を高め、今年中の正式リリースを目指している。

狙いは多岐にわたる。1つは「海外挑戦の促進」。GPS機能を用いて国内外どのコースでも使用可能。2月のサウジアラビア遠征でハーツコンチェルトに装着した武井師は「精度が高まれば走りの質の改善につなげられる」と今後の改良に期待を込める。さらに「人手不足の解消」も念頭にある。牧場、トレセンともに人材難は深刻。同代表は「データを基に馬作りを説明できるようにして自分にもできそうと、とっかかりが作れれば」と狙う。

昨年11月にはニッセイ・キャピタル株式会社などから7400万円の資金調達。将来的には距離、馬場、コース適性などもAIで算出できるようにする案も練られている。

エクタム、との名はラテン語で馬を意味する「Equus(エクウス)」とデータの語源「Datum(データム)」が由来。見据える未来とは-。

「エクタムを使うかどうかの議論をなくしたいです。世界中の厩舎、牧場が利用してサステナブルな競馬業界にしたい。競馬界のOS(オペレーティングシステム)になりたいです」

まだ社員3名の企業が生んだ小さな芽には、無限の可能性が込められている。【桑原幹久】

◆大島秀顕(おおしま・ひであき)1993年(平5)9月21日生まれ、東京都出身。東京都市大工学部(現建築都市デザイン学部)建築学科卒業。19年に新卒で株式会社サイバーエージェントにエンジニアとして入社。株式会社ログラスの立ち上げへの参加をへて、21年12月に株式会社ABELを創業。趣味はキックボクシング、映画、歴史ドラマ、サウナ。「エクタム」で計測してみたい引退馬はディープインパクト、オルフェーヴル、エルコンドルパサー。

(ニッカンスポーツ・コム/競馬コラム「ケイバ・ラプソディー ~楽しい競馬~」)

株式会社ABELが開発する「EQUTUM(エクタム)」を脚に装着した競走馬(ABEL提供)
株式会社ABELが開発する「EQUTUM(エクタム)」を脚に装着した競走馬(ABEL提供)
株式会社ABELが開発する「EQUTUM(エクタム)」で計測したデータの解析画面(ABEL提供)
株式会社ABELが開発する「EQUTUM(エクタム)」で計測したデータの解析画面(ABEL提供)
「EQUTUM(エクタム)」を開発する株式会社ABELのメンバー。中央は大島代表(撮影・桑原幹久)
「EQUTUM(エクタム)」を開発する株式会社ABELのメンバー。中央は大島代表(撮影・桑原幹久)