奇跡の転がし馬券で2億円?「ヒシミラクルおじさん」

<2003年:宝塚記念>

 平成の競馬史を振り返る連載「Legacy ~語り継ぐ平成の競馬~」。今回は03年宝塚記念において2億円近い配当を受け、億万長者の夢をかなえた「ヒシミラクルおじさん」を取り上げる。この時、この男性が購入したヒシミラクルの単勝馬券は1222万円。それも50万円の元手からダービー、安田記念と単勝を転がして手にした資金だと伝えられる。競馬史にさん然と輝く馬券ドラマだ。【取材・構成=岡本光男、木村有三】

 03年の宝塚記念はいつもとは違う盛り上がり方をしていた。前年の年度代表馬シンボリクリスエスや、その春の2冠馬ネオユニヴァースなど好メンバーがそろっていたからではない。ある馬の単勝馬券を1人で1222万円も購入したファンがいたからだ。

 大口購入された馬はヒシミラクル。前年の菊花賞や前走の天皇賞・春を勝っていたのに決して前評判は高くなかった。勝つ時と負ける時がはっきりしていたうえ、勝ったG1はいずれも3000メートル級の長距離戦。主戦の角田晃一現調教師(47)も「距離に不安はあった」と振り返る。

 そんな馬の単勝オッズが前日に突然急降下した。午前10時58分ごろ、東京都内のウインズでサラリーマン風の男性が大枚をはたいたのだ。ほぼ同時刻に、安田記念の高額払い戻しが行われており、その額が1222万円だった。

 さらに安田記念の前週に行われたダービーでネオユニヴァースの単勝(2・6倍)を50万円購入していたら払い戻しは130万円となり、それを安田記念のアグネスデジタルの単勝(9・4倍)に転がすと1222万円となる。壮大な単勝転がしが行われたと推察されたが、真偽は定かではない。

 大口購入をマスコミが報じたことにより一気に世間の知るところとなり、それは角田騎手(当時)の耳にも入った。「前日に単勝1番人気になった時は、えっ、なんで? と思った。(大口購入した人がいたという話は)レース前にチラッとは聞いていた」。馬券の売り上げが増えていくと、結局はシンボリクリスエスが1番人気に。ヒシミラクルは他の馬にも抜かれ6番人気に収まった。

 ヒシミラクルの持ち味はロングスパートだった。器用な脚は使えないが、いったん伸び出すとなかなか止まらない。菊花賞も天皇賞・春もそんなレーススタイルで勝っていた。「残り1周で勝った時の形に持っていけたら、とだけ考えていた。他の馬は気にせずに」。3コーナーにさしかかった途端、鞍上は一気に動いた。大外を回って迎えた直線。先に抜け出したタップダンスシチー(3着)を捉え、外から急追したツルマルボーイ(2着)を抑え込む。堂々のG1・3勝目だった。

 ゴールの瞬間、記者席やスポーツ紙の編集局は騒然となった。発表された単勝配当は1630円。払戻額は1億9918万6000円だった。この時の宝塚記念の1着賞金は1億3200万円。「配当金が1着賞金よりも高い。いいなと思った」。G1勝利ジョッキーもうらやむ強運だった。

 その後、マスコミなどにより「ヒシミラクルおじさん」と命名された彼が、いつどこで払い戻しを受けたかは発表されていない。JRA広報は「今ほど個人情報に厳格でない時代でしたが、それでもさすがに発表はしませんでした」と振り返る。

 都市伝説のような成功譚(たん)。だが、ヒシミラクルおじさんは確かにいた。

03年6月30日付、本紙西日本版紙面
03年6月30日付、本紙西日本版紙面