予感と信念貫きウオッカ64年ぶり牝馬V/ダービー

<2007年:ダービー>

 平成の競馬史を振り返る新連載「Legacy ~語り継ぐ平成の競馬~」。ダービー特別版3本立ての最終回は平成19年(07年)のウオッカが飾る。角居勝彦調教師、谷水雄三オーナーの予感と信念が生んだ「64年ぶりの牝馬ダービー馬」だ。【取材・構成=柏山自夢】

 「5つって何をですか」

 角居師は、オーナーの谷水雄三氏に聞き返した。期日が迫ったクラシック登録を確認したときだ。谷水氏は「5つ全部」と答えた。その時、半世紀以上も閉ざされた重い扉の存在が、師の脳裏にふっとよぎった。

 角居師 ああそうか。牝馬だけ5つ出来るんだ。

 桜花賞にオークス。そして、皐月賞、ダービー、菊花賞。当時まだデビューもしていなかったウオッカに壮大な青写真を託した。

 素質は桁違いだった。入厩前の調教で年長馬を圧倒。厩舎ではデルタブルース、ハットトリックといった世界王者に胸を借りさせた。一方で調教で隊列を組めば、ウオッカは決まって最後方をマイペースに歩いた。「われ関せずという感じ」。全てが異次元だった。

 阪神JFでG1タイトルを獲得。年が明けても牝馬相手にワンサイドの内容を続けた。「桜花賞を勝ったら、行くんだろうな」。日本競馬の祭典も、はっきりと視界に入った。しかし皮肉にも、桜花賞敗戦。「やっぱりオークスか」。

 それでも角居師は思い出していた。競馬と無縁の家庭で育った自らが、競馬に見た夢を。「ワクワクする挑戦が許される。新しいことが応援される世界だ」。それが無謀でないと感づいていたのが谷水氏だ。これまでのウオッカの走破時計をもとに、牡馬前哨戦を逐一分析。栗東の角居厩舎を毎週訪ね、話し合った。「これならウオッカが1秒、2秒勝っていると。トライアルのたびにやりました」(角居師)。両にらみだったオークスの最終登録前。腹は決まった。

 角居師 ダービー、行きましょうか。

 谷水氏 よし、行こう!

 オークスから1週間後の07年5月27日。結末は、驚きを超えた圧勝だった。長い府中の直線を1人旅したウオッカ。2着アサクサキングスとは3馬身差だ。それでも、ダービー出走自体も初めてだった師。「何が何だか」。背中をたたかれ、握手をされても夢見心地。谷水氏の笑顔が目に入り、ようやく勝ったと分かった。43年クリフジ以来64年ぶり、史上3頭目の牝馬ダービー馬。その偉大さは今もかみしめている最中だ。

 角居師 他のレースと違って、それだけで一年中話が尽きないのがダービー。そのダービーの時期がくるたび、ウオッカの取材ですと来てくれる人がいる。すごいことだったんだなあ・・・って。(おわり)

07年ダービーを圧勝したウオッカ
07年ダービーを圧勝したウオッカ