騸馬の彼?に会うため修業の地へ/坂井コラム第8弾

 皆様いかがお過ごしでしょうか。いよいよ寒くなってきましたね。今この原稿(の下書きですが)を北海道で書いています。なんでわざわざ、と思いますよね。実は1頭のG1馬に会いに来たんです。彼の名前は「レガシーワールド」。私が生まれて初めて出会い触れたG1馬です。

 彼は今、生まれ育ったへいはた牧場で功労馬としてのんびり過ごしています。

 へいはた牧場は私が修業させていただいた牧場で、ワールドは私が就職した時には既に牧場で過ごしていました。

 その時は「ジャパンC」を優勝した馬だという事は知っていましたが、現役時代は知らなかったので、すごい馬というよりも、不思議なサラブレッドやな、という印象でした。

 現役時代のワールドは結構激しい気性で、若い時はその気性で実力を出し切れないことがあったと聞いていました。しかし、私が知ってるワールドはさみしがり屋さんで、相方のハニーちゃんが居ないと鳴きながら走り回るお馬さんでした。

 ハニーちゃんはポニーで、ワールドの2代目の相方です。先代のパピーちゃんが亡くなり、ワールドがさみしがり鳴きまわってるのを見ていた社長が連れてきた新しい相方でした。私が牧場にきた時にはハニーちゃんもいたので、少なくとも彼女は18歳以上であるはずです。

 そんなさみしがり屋さんのワールドも今年で28歳。長生きしてくれています。私は、ワールドとハニーちゃん、そして第2のお父さんお母さんである社長夫婦に会うため毎年必ず1回はへいはた牧場に帰るようにしています。

 今、目の前にいるワールドもハニーちゃんも年をとったなーと感じますが、相変わらず2人(2頭ですが、私にとっては人間と変わらないのでこう書きますね)で1つの馬房にいます。もちろん、放牧場も一緒で彼らは寝ても覚めてもずーっと一緒です。

 こうしてみていると親子の様に見えますが、どちらかと言うとワールドがハニーちゃんに頼っています。

 私がまだ牧場で修業をしているころ、放牧地にいるワールドが突然鳴きながら走り回っていました。それに気づいたおばさん(社長夫人。こう呼んでいるのでそのまま書きますね)が私に「ワールドの様子がいつもと違うからみてきて」と言わはったので様子を見に行くと、その放牧地にハニーちゃんが見当たらないのです。

 「どこ行ったんや」と思ってワールドの目線の先を見ると隣の放牧地で優雅に草を食べているではないですか! どうやら、小柄なハニーちゃんは牧柵をうまいことくぐり抜けて隣の放牧地に行ったようですが、でっかいワールドにはそれは出来ないので置いてけぼりにされ、さみしがって鳴きまわっていたようでした。

 ハニーちゃんを捕まえて、ワールドのいる放牧地に戻すと、「俺を置いてどこいってたんや」とワールドがハニーちゃんを怒っているのです。よっぽどさみしいのやな。と感じましたし、こんなさみしがり屋さんで現役の時はどうやったんやろう? と不思議にも思いました。

 とにかく、ワールドが行くところにはハニーちゃんが必ずいます(笑い)。ワールドが腹痛をして、運動する時もハニーちゃんが隣に居ないと駄目ですし、何年か前、東京競馬場にお披露目に行った時もハニーちゃんは一緒に東京まで行きました。

 私は、馬と触れ合って20年になりますが、こんな感じのコンビを見たことがありません(というか、こんな感じのG1馬を見たことがありません)。

 2人を見ていて「面白いな」と感じることはまだあって、ご飯の時ですが、ワールドのご飯も、ハニーちゃんのご飯も同じ馬房に付けるのですが(一緒に住んでますからね)、お互いがお互いのご飯を我先に食べに行くのです。相手のご飯を食べて少しでも多く食べようと考えているのでしょう。しかしお互いが同じことを考えているので結局は同じ量しか食べられないんですよね。毎日その姿を眺めながら「何してんのん」と笑っていたのを覚えています。

 私がワールドの現役時代の活躍を知ったのは、テレビで特集をみてでした(栄光の~~と言うG1馬の特集をする番組だったように思います)。牧場でのさみしがり屋さんのワールドを知っている私は最初、同じ馬とは思えないぐらい強いワールドに驚きました。

 「すごい強い馬なんや。めっちゃカッコイイ馬なんやんか!」って感動したのを覚えています。そのテレビを見た後、ハニーちゃんにべったりのワールドを見て、「やっぱり違う馬に見える」と言ってしまいましたが(笑い)。

 先ほどから私はワールドのことを彼、彼と呼んでいますが、彼はせん馬です(激しい気性を矯正するのに去勢された馬をせん馬と言います)。そんな彼は「ジャパンC」という大きなレースに名を刻みました。G1馬となっても、せん馬であるために彼の血脈は残すことは出来ません。でも彼は、今も生まれ育った牧場で社長夫婦の愛情を受けながら、会いに来てくださるファンの方々の愛情を受けながら、ハニーちゃんと仲良く暮らしています。そうやって暮らしているワールドを見ると、私もあったかい気持ちになれますし、28歳でも元気ににんじんを食べる姿をみると、生命力の強さを感じます。

 私は、毎年会いに行っては必ず彼に話かけます。

 「今年もここにいてくれて、生きていてくれてありがとう」と。

 「また、必ず来るから長生きしてね」と。

 私にとって「ジャパンC」=「レガシーワールド」なので今回は彼について書かせていただきました。

 今年の「ジャパンC」はどんなドラマが生まれるのでしょう。ワクワクしますね。さて、今回はこの辺りで終わりましょう。それではみなさん、ごきげんよう。

へいはた牧場の馬とたわむれる坂井千晃さん
へいはた牧場の馬とたわむれる坂井千晃さん
馬房から仲良く顔をのぞかせるレガシーワールド(左)と相方のハニーちゃん
馬房から仲良く顔をのぞかせるレガシーワールド(左)と相方のハニーちゃん