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日曜日のヒーロー&ヒロイン

HIRO 視線の変化と変わらぬ初心 継続は力なり

壁や家具が黒でまとめられた部屋で、取材に応じたHIRO。カメラを向けるとこの表情。レンズ越しに射貫かれるような視線にドキドキしました(撮影・林敏行)

<3年ぶりの全国ツアー EXILE語る>

EXILEに迫る「日曜日のヒーロー」スペシャル版の最終回(第3回)は、EXILE HIRO(49)の登場だ。プロデューサーのかたわら、エンターテインメント企業「LDH」を率いて、EXILEに憧れた世代を次々迎え入れている。1児の父にもなり、その視線にも変化があるという。3年ぶり全国ツアーは15日、大阪・京セラドームでスタートする。

★変化

3年ぶりのEXILEの復活。もしかしたら、一番ワクワクしているのは、この人なのかもしれない。

HIRO こうしてアルバム「STAR OF WISH」ができて、ツアーができるのは楽しみで、前よりもリラックスして見られるような気がします。15人もすごくいい雰囲気です。

13年末にパフォーマー卒業後も、以前はジャージーに着替えリハーサルに顔を出していたが、今は「新曲の振り付けも分からない」と、1歩引いたところから見守っている。

HIRO ツアーのセットリスト(選曲)を見るだけで「やっぱりEXILEってすごいな!」という思いになれます。継続や歴史の重みがあると感じられると思いますし、それでいて新鮮さもあります。力まずに楽しんでほしいです。EXILEファンは相当泣けると思いますよ。ATSUSHIも絶好調ですから。

16年8月末に、ATSUSHI(38)の海外留学とともに、EXILEの活動を一時休止することを発表した。当初描いていたビジョンとは違うというが、結果として2年半の充電期間で、変化を感じている。

HIRO 一番は、この期間でEXILEのあり方も変わったということです。それぞれがEXILEを背負ってやってきて、チームというよりは「名字」「生い立ち」になってきています。LDHという組織への関わり方も、それぞれの将来の夢や個性に合わせてきました。「EXILE=TRIBE(一族)=LDH」という思いは僕自身もあるので、大きなスケールの中で、メンバーそれぞれの夢に近づけるようにしてきたつもりです。

EXILE THE SECONDはメンバーにプロデュースを任せ、全国ツアーを2度開催。三代目J Soul Brothersは昨年、2度のドームツアーで歴代年間ドーム公演数最多記録を樹立した。

HIRO SECONDのメンバーはずっと同じ釜の飯を食べてきましたし、やりたいことができる環境だけを作って、あとはみんなにやってもらうのがいいと任せました。ライブを見て、僕らと一緒に過ごしてきた匂いだったり、エンタメの流れが表現されていて、新鮮でしたし頼りがいがあるなと思いました。三代目は、日本記録を作るようなグループになりました。ブランド価値が上がれば上がるほど、自分たちで切り開いていく道を作ることで、さらに輝く状況になる。自分の関わり方もいい意味で距離を測りながら、1人1人サポートしていければいいと思っています。

さらに、GENERATIONSやFANTASTICSら、EXILEに憧れてダンスを始め、活躍する「Jr EXILE世代」も台頭してきた。

HIRO この世代は、機動力が武器で、チームごとに全世界を飛び回って、当たって砕けろであらゆることに挑戦していく時です。恥をかいても、成功しても、すべてが成長につながります。その中でもGENEは中心。ずっと先輩たちの背中を見て、苦労して結果を出してきた。やってきたことが正しかったと肌で感じられていて、どんどん夢をかなえようという雰囲気になっています。(佐藤)大樹のお父さんは、僕と同い年です(笑い)。E-girlsも含め、次世代のエンターテイナーをイメージしながら、みんなと進んでいきたいです。

★初心

EXILEのパフォーマーとしてグループを引っ張りながら、02年に会社を設立し、広くエンターテインメントを追求してきた。03年に設立のダンス&ボーカルスクール「EXPG」からは、白浜亜嵐ら多くのメンバーも輩出してきた。

HIRO 偶然か必然かは分からないですけど、「継続は力なり」というのは毎年のLDHのテーマです。継続が自分たちの力になっていることを、ここに来て本当に感じます。人と人との出会いを大切にする気持ちや、夢を追い続ける情熱の継続が積み重なっていく中で、信念がブレずにできているのかなと思います。その中でいろいろな問題も起こりますし、薄まっていく部分もあるので、日々自分も成長し続けないと、追いつけないなと。永遠のテーマなんだと感じます。

エンタメを取り巻く環境も日々変化する中で、集団でモチベーションを保ち続けることも容易ではない。継続の秘訣(ひけつ)はあるのだろうか。

HIRO 最初にEXILEやLDHができた頃からの初心はずっと変わっていないです。一言では表せないんですけど、エンターテインメントの行き着く先は「LOVE」「DREAM」「HAPPINESS」だったり、自分たちができるだけ多くの人たちを幸せにすることによって、自分も幸せなんだと。自分たちだけが幸せなのは怖いと、昔から言い続けてきました。それが、自分たちへの約束でもあります。

自らも「EXILE」の看板を背負い続けている。

HIRO 肩書がない方が気楽なんだと思うんですけど、背負っていかないと言ったことも証明できないですし、たとえ自分1人になったとしても、結果を出していけばEXILEはなめられないので。三代目とかJr EXILE世代を盛り上げれば盛り上げるほど、EXILEの功績も上がるし、輝きますから。

HIRO自身も、12年に上戸彩(32)と結婚。15年には長女が生まれ、1児の父になった。

HIRO 例えば「アンパンマン」とか、子ども番組の偉大さを感じます。アンパンマンっていいこと言ってるな、深いなと。自分がダンスを始めた頃から続いているアニメってたくさんありますけど、夢をしっかり届けながら、ビジネスとしても成立しているのは発見でした。主婦の方の大変さとか、これまでの目線と違いますし、知り合う人も変わるのですごく勉強になります。

来年50歳になる。

HIRO 自分の性格的には、60歳までにこうしたいというようなイメージはできているんですけど、これまで言ってたことを形にすることは責任を全うして必ずやりたいですし、それが具体的な夢になります。

これまでも業界の常識を次々と覆してきた。今も昔も変わらないのは、遊び心と固定観念にとらわれない考え方だ。

HIRO どこかで、ふざけたクソジジイになりたいという思いもあったりします。違う名前で何か作ってみるとか、おもしろいことをやってみたい。(周囲から「PTA会長は?」の声に)PTA会長もいいかもしれませんね!(笑い)。運動会とかプロデュースしたらおもしろそう。世界が大きいとか小さいじゃないんですよね。自分からすると、知らない世界の方が大きく見えるので、そういうところでエンタメできるかもしれませんし。とにかく固定観念にとらわれないエンタメの創造は、常に遊び心を持ってやっていきたいので。続けていきたいですね。

◆17年1月新体制

LDHは17年1月にグループを新体制にし海外にも事業進出している。人気DJアフロジャックがCEOの欧州では女性グループオーディションを開催中で日本式の合宿も実施。米ロサンゼルスでは飲食店やスクールオープンなどネットワークも広がっている。「もちろん日本が基盤ですがエンタメを輸入輸出し合ってミックスされると、いろいろな盛り上がりにつながる。すぐに結果は出ないですが日本とはマーケット規模も違うので、はまったら一気に回っていくのかなと思っています」。2020年の東京五輪開催もチャンスととらえている。「観光客も増えて、エンタメは必要にされると思います。20年の1年を通して何をしていくかというのを準備してますし20年以降が勝負。エンタメにとっていい時代が来ると感じています」。

◆HIRO(ひろ)

本名・五十嵐広行。1969年(昭44)6月1日、神奈川県生まれ。89年、テレビ番組のダンスコンテストに参加し、ダンス&ボーカルユニットZOO入り。95年に解散。99年、松本利夫、USA、MAKIDAIらと「J Soul Brothers」を結成し、01年にEXILEに。13年末にパフォーマー卒業。02年、LDHの前身となる「エグザイルエンタテイメント有限会社」を設立。昨年1月からグループが新体制になり、現在LDHグループのチーフ・クリエイティブ・オフィサー。

◆LDHグループ

02年にHIROらで設立し、03年にモデル事務所が合併して現在の形に。社名の由来はテーマでもある「LOVE」「DREAM」「HAPPINESS」の頭文字。17年から新体制に。海外、飲食店、アパレルなど現在17社からなる。

 
 

立川志の輔 初主演映画、想像超えた充実1カ月

映画「ねことじいちゃん」。監督からオファーを受け「初主演! と意気込んだものの、猫の脇役でした」と、笑わせる立川志の輔(撮影・丹羽敏通)

落語家立川志の輔(65)が映画「ねことじいちゃん」(岩合光昭監督、22日公開)で、映画初主演を果たした。撮影最終日に味わった想像を超えた感情、映画を通して感じた落語、来年迎える真打ち30周年の節目について語った。

★奇跡

落語での活躍だけでなく、長年続くNHK「ガッテン!」(水曜午後7時半)、ラジオ、CMなど、何でもできる芸達者なイメージだが、意外にも本格的に映画に出演するのは初めて。これまで1~2シーンの出演しかなかった映画に、約1カ月の撮影で取り組んだ。「ねことじいちゃん」は猫と人間の生活を丁寧に描いた作品で、昨年3月から4月にかけ、愛知県の佐久島などで撮影を行った。

「すばらしい1カ月でした。心配だらけで現場に臨んでいって、途中からは楽しくて夢中でした。落語で味わうことのできない、同じ釜の飯を食うとか、同じ場所で過ごすとか、こういうことを言うんだ、って。『これで全部の撮影が終わりです。おつかれさまです!』と言われた最後の日には、不覚にも涙が止まりませんでした。(主演猫の)タマを抱いて『この子をもう抱けないんだ』と」

東京での仕事も行いながら、ほとんどを島で過ごした1カ月。毎朝4時に起きて、精巧メークで約10歳上の主人公・大吉になった。

「落語家が朝4時って! 飲み終わる時間ですよ。つらいことです。でも、つらいことや困ることはあっても、嫌なことは1つもなかったんです。奇跡みたいでした」

達成感で涙を流したのは、06年以来だ。実に12年ぶりだった。

「『やり終えた!』という気がしたのは、渋谷のパルコ劇場での第1回目の1カ月公演以来です。やれるのか、本当にやれるのか、という公演の最後の日、カーテンコールの時にスタッフがクラッカーを鳴らしてくれた時に涙が止まらなくなっちゃって」

当時、落語の1カ月公演は異例中の異例。大きな大きな挑戦だった。

「でも人間ってすごいもんですね。2年目から大した感動はないんですよ。翌年も同じくらい感動するのかと思ったら、(公演の)半分くらいまできたら『これくらいか。あと半分か』って。本当にね、人間ってすごいもんですね」

ひとしきり笑い「だから映画でもこういうことはもう2度とない。大事にしたい思い出です」とかみしめた。

映画と落語。表現、伝えるという共通点はあるが、台本の読み方からまるで違っていたことに気付いた。

★理解

「本当に穏やかな日常のストーリーなので、字だけしか目に入らない落語家が読むと、何がおもしろいんだろう? という疑問がわきました。『この台本を監督が直して、足していくんですよね』と聞いたら『これが撮影台本です。これをきっちり撮らせていただきます』と。落語の台本と同じような感覚で読むと、笑うところはあまりない、驚くところも特別ない。でも、映像じゃないと伝わらないこと、映像で伝えた方がいいものがあるんだ、と分かったんです。この作品を落語化して座布団で、同じ感動を与えようと台本を作っても無理ですよ。常に笑いがないと先へ進まないですから」

柴咲コウ、小林薫、銀粉蝶らと共演し、俳優への驚嘆も口にした。率直な言葉からは芸達者というより、むしろ不器用さを感じた。

「落語家さんは1人で何役もすごいね、って言われるけど、僕にしたら1役を貫き通すことの方がすごい。(撮影や製作に)2カ月、3カ月、何年もかかったっていうのもあるでしょう。5年かかったら、5年引きずるような気がするんです。俳優さんは見事に切り替えて、作品は監督のものと言って監督に引き渡して次の作品にいく。あの潔さ。共演していただいた人たちが違う作品に、違う人格で出てるのを見て『どうなってんだ!?』と思いました。俳優ってすごい仕事」

本格的に映画に取り組み、新たな夢も芽生えた。

「死ぬまでに1本でも映画を作ってみたいと思いました。岩合さんいいなあ、幸せだなあと思って。自分が監督した映画を1本撮れたら幸せだなという思いにさせてくれました。俳優さんが次から次へと映画に出る気持ちも分かりましたし、現場で照明さんが『あそこの光を何とかしたいので5分ください』と言っていた言葉がよみがえってきたり。みんな、映画がやめられない。前は理解できなかったけど、作りたい、演じたいという気持ちが分かりました」

撮るなら何を、と聞くと即答だった。

「自分の新作落語を映像化したいです。自分が脚本化して、自分が演出して。カットをこつこつと積み重ねていく芸術を1度、やってみたいです」

★節目

去年、撮影現場で話を聞いた時は「撮影の後、高座で余計な力が抜けている自分が楽しみ」と話していた。実際に高座に戻った時はどうだったのか。

「高座にとって映画が良かったかと言われたら…ははは。映画が終わって最初の落語の仕事の時に、50分、1時間、ノーカットでしゃべるのがこんなにしんどいのか、と。誰も『はいカット!』って言ってくれないんですよ。わはははは。カットを割っていくことをずっとやってたものだから、しゃべりつづけて、お客さんとの空間の緊張をきらさないでいく、というのは大変でした」

落語家が映画やドラマに出演するのは珍しくない。同じ立川流の立川談春、落語界入り同期の春風亭昇太は、ドラマや映画でバイプレーヤーぶりを見せる。

「僕はやらないし、やれないし、単純にすごいなと思っていました。僕、落語家仲間に言われてたんです。『20分、30分(待ちは)しょっちゅう。いろんな落語覚えられるよ』って。ひとっつも覚えられませんでした。次のせりふを覚えるのと、スタッフの動きを見るのと、タマを抱いてタマの機嫌を取ることで1カ月あっという間でした」

83年に立川談志さんに入門し、直後に談志さんが落語協会を脱会。以来、寄席ではなく劇場が主戦場だ。パルコ劇場、下北沢・本多劇場、赤坂ACTシアターなど東京の大規模劇場や、地元富山をはじめ地方の中小規模のホールまで毎年いろいろな劇場で高座に上がる。来年は、90年の真打ち昇進から30年。建て替え休館中で、新しくなるパルコ劇場公演も復活する。

「僕は、寄席に出ない落語家の第1号。劇場という劇場でやってきたわけです。パルコ劇場が新しくなって、もう1回原点に戻って、劇場で落語をやることがどういうことかを考える、30年の節目になるんだと思います。落語の方は、今はそれで頭がいっぱいです」

落語の話をする時は打って変わって厳しい表情になった。取材後は、映画の完成試写会だった。タマを演じた猫を抱いて見せた満面の笑みから、表現することの厳しさ、楽しさ、立川志の輔という人の多才さを感じた。

▼世界的な動物写真家で「ねことじいちゃん」で初めてメガホンを取った岩合光昭監督(68)

超が付くくらいまじめな方でした。何事も真剣勝負。台本はボロボロで、何色ものマーカーで書き込みをされていました。自分だけじゃなく、他の方のせりふも。やはり言葉にこだわるんだなと思いました。台本は50回以上読んだんじゃないでしょうかね。映画監督、十分できる方だと思います。組み立て、構成もできると思いますし、お話もうまく作られるのでは。

◆ねことじいちゃん

妻に先立たれ、飼い猫タマと暮らす大吉(志の輔)。都会からやってきた美智子(柴咲)が開いたカフェに友人たちと集い、穏やかに日々を過ごすが、年を取る中でいろいろな変化が出てくる。ねこまき氏のコミック原作。

◆立川志の輔(たてかわ・しのすけ)

1954年(昭29)2月15日、富山県射水市生まれ。明大を卒業し、劇団「昴」、広告代理店勤務を経て、83年、立川談志門下入門。89年、にっかん飛切落語会奨励賞を受賞するなど人気、実力とも注目の若手に。90年真打ち昇進。新作、古典だけでなく、演劇的要素も加わる高座が特徴。04年に初演された新作落語「歓喜の歌」は08年に映画化され、談志さんも出演した。95年からNHK「ためしてガッテン」、リニューアル後の「ガッテン!」の司会を務めるなど、落語以外でも活躍。15年紫綬褒章受章。

田原俊彦 トシちゃん魂は58歳になってもびんびん

ダンスが抜群にうまい田原俊彦。足を上げてもかっこいいです(撮影・柴田隆二)

田原俊彦(57)が今年、歌手デビュー40年を迎える。10代から20代前半はアイドルとして、20代後半から30代にかけては、大人の男として2度、芸能界の頂点に立った。ジャニーズ事務所独立後は人気が低迷するも、今も実力派のポップシンガーとして歌にダンスに活動を続ける。今月、58歳の誕生日を迎えても「トシちゃん」の愛称が似合う元トップアイドルが、山あり谷ありの40年を語る。

★「ごめんよ涙」コンビと

東京・世田谷のテレビスタジオ。番組の収録を終え、メークを落として衣装を脱いだ田原俊彦は、40年の芸能生活を静かに語り始める。

「ジャニーズ事務所で15年、卒業して25年。苦しいときが長いけど、継続してきたから今がある。エンターテイナーとして、歌って踊って『キャーッ』のアイドル時代からは想像できない領域に来ています。ステージでは、デビュー曲の『哀愁でいと』も『抱きしめてTONIGHT』も新曲も歌う。今、そういうポジションにいる自分がうれしい。支えてくれたファンへの恩返しのため、今年は、いい汗かきたいね。気合入ってますよ」

40年を飾る新曲は、平成元年のヒット曲、「ごめんよ涙」の松井五郎、都志見隆コンビが担当する。

「僕の平成の幕開けを飾ってくれた2人が、平成最後の年に『一緒にやろう』と言ってくれた。その気持ちが熱いよね。ミディアムテンポのすばらしい曲。去年のクリスマスに初めて聴いて、グッときた。手応えを感じています」

4月、東京・渋谷のNHKホールでのコンサートも予定されている。同ホールで収録された歌番組「レッツゴーヤング」(74年4月~86年4月まで放送)にレギュラー出演。人気を不動のものにした原点とも言うべき場所だ。

「今の僕には、5000人の集客力はない。もちろん東京ドームや武道館のアーティストでもない。原点と言うと格好いいけど、本当は、たまたま。3600人というキャパシティーと日程が合っただけなんです。チケットは残りわずか。早めにおさえてください、ハハハ」

★「哀愁でいと」大ヒット

デビューは1980年。「哀愁でいと」の大ヒットが、40年の第1歩だった。

「ロックやニューミュージックが全盛だった当時の歌謡界に、80年代のスタートとともにアイドルの1番手で、僕が走りだした。歌番組にバラエティー、映画や舞台にコンサート、ホント、寝ずに死ぬ気で突っ走ったよ。でも当時のアルバムを今、聴く気になれません。朝からずっと働いて、夜中からレコーディング。声なんかヘロヘロだから、恥ずかしくてさ」

しかし、80年代半ばには、人気にかげりが見える。デビューから7年連続で出場していた紅白歌合戦にも落選。87年のことだった。

「その頃は、アイドルとしてもマンネリ化して、コンサートの集客も怪しくなってきていました。それでも紅白落選は『なぜ』という気持ちが強かった。ファンを悲しませてもしまった。悔しかったね」

88年には、ドラマ「教師びんびん物語」の主題歌「抱きしめてTONIGHT」がヒット。紅白から再び出場のオファーが来た。

「『びんびん』に出会って、第2次田原俊彦の時代のスタートとも言うべき年でしたね。紅白については、前の年にとても悔しい思いをしてたし、僕は、この性格だからね、嫌だ、出ない、と。たくさんの人が、説得に来ました。出た方がいいよ、大きなものを失うかもしれないよ、って。でもね、仕事のモチベーションを紅白に出るために使うのをやめようと思った。コンサートに来てくれるファンに向けていこうと切り替えたんですよ。27歳。大きな決断だったと思います」

信念を貫いて紅白出場を辞退したが、80年代後半から90年代前半にかけて、アイドル時代とは違う、大人の女性や同性からの人気も獲得、再び芸能界の頂点に立った。そして94年、ジャニーズ事務所を辞める。

「ジャニーズを辞めるって、今考えると、恐ろしいことだよね(笑い)。ただ、当時33歳。結婚して、子供ができた。30歳を過ぎたのだから、自分の道は自分で開いていこう、自分の人生、自分で決断したいという気持ちが強かったんです。ジャニー(喜多川)さんには感謝しています。2時間、観客を飽きさせないショーを、どうやって作るか、教えてもらった。ジャニーさんもプロデューサーとして脂の乗りきった年代でしたし、今も僕が、こうしてステージに立っていられる基盤を作ってくれました」

★嵐活動休止に「同じ気持ち」

事務所の後輩、嵐のメンバーが「自由な生活がしたい」と言って、グループの活動休止を発表した。

「僕はソロで、彼らはグループ。形は違うけど、僕が独立した時と同じ気持ちじゃないかな。『自由になりたい!』ってね。嵐とは、事務所では時期的に重なっていないから面識はないけど、20年も同じメンバーでグループをつないできたのは、すごいことです。いいと思うよ。休止する2020年まで走り抜いてほしい。お疲れさま」

94年2月、長女誕生を報告する記者会見での態度が「生意気だ」とバッシングを受けた。「何事も隠密にやりたかったんだけど、僕ぐらいビッグになっちゃうと、そうはいきませんけどもね」。東京・九段の一口坂スタジオで発した言葉は、一部が切り取られ、メディアを通して一気に広がった。事務所から独立後、人気が低迷したことに「干された」などと揶揄(やゆ)する声も出た。

「歌手である以上、ヒット曲は欲しい。なかなか恵まれないけどね。でも、毎年、新曲を出して『今度こそ』って挑戦し続けてる。この25年、何を言われても、しつこく歌って踊り続けてきた。生きていくために、僕には、それしかなかった。だから、言いたいことがあるなら、僕の前で言ってみろって感じだね。人は人、僕は僕。関係ないし、気にするつもりもない。何なら、ありがたいとさえ思っているよ。忘れないでいてくれるってことだからさ、ハハハ」

今月で58歳になる。

「僕のステージは、70%がダンスナンバーだから、2時間が死ぬほどつらいんです。幕が開く前は『これから2時間か』と思うとゾッとする。でもスポットライトが当たると調子に乗っちゃう。悲しい、いや、楽しいさがだね。そんな自分が大好きなんだよ。芸能界の人って、自己愛が強いんだ。最後に勝ち残るのは俺だ、と根拠もなしに信じてるようなところがある。そういうスピリッツはなくしちゃいけないと思う。僕も自分しか信じない、寂しい男だよ。でも、ステージ立ったら誰にも負けない自信はありますよ、今もね。天職なのかもしれない。歌って踊ることが」

★歌って踊る「天職かも」

50年、60年目の田原俊彦は、どんなエンターテイナーになってるだろう。

「50歳で引退する、なんて言ってた時もあったけど、まだ全然いける。でも65歳、70歳になってと考えると、やばいかもしれない。いずれ、そういう時がくるんだろうけど、その時、どういうショーを作るか…、だよね。ただ1つ言えるのは、中途半端に納得して、未完成のステージには立ちたくない。いつか、終わりの日が来るまで、走り続けたいと思います」

▼TBS系「爆報!THEフライデー」で共演している爆笑問題の田中裕二(54)

トシちゃんってどんな人? う~ん、一言で言うなら、すごく優しい人。アイドル時代の印象と違って、すごくデリケートで周囲に気を使う人です。

人見知りのところもあって、とっつきにくかったけど、昔見てた歌番組の話を熱く語ったら、気を許してくれました。一緒にカラオケに行って、80年代のヒット曲「エル・オー・ヴィ・愛・N・G」を歌ったら「次のコンサートで歌うか?」って。歌いましたよ、実際のステージに上げられてね。

小学生みたいな一面もあって、すぐにちょっかいを出してくる。僕がトイレで用を足していると、背後から尻をもんだりするんです。トシちゃんなりの親愛の情なんでしょうけどね。トシちゃんは、僕らの世代のスーパースター。一緒に仕事してるなんて、考えるとすごいことですよね。

◆田原俊彦(たはら・としひこ)

1961年(昭36)2月28日、神奈川県横須賀市生まれ、高校卒業まで甲府市で育つ。79年、ドラマ「3年B組金八先生」に近藤真彦、野村義男とともに出演、「たのきんトリオ」の愛称で人気を得る。80年「哀愁でいと」で歌手デビュー。松田聖子と争い、レコード大賞最優秀新人賞を獲得した。88年のドラマ「教師びんびん物語」に主演。主題歌「抱きしめてTONIGHT」がヒット、名実ともにトップスターに。94年、ジャニーズ事務所から独立。2011年から、バラエティー番組「爆報!THEフライデー」にレギュラー出演。4月21日、NHKホールでの「40TH ANNIVERSARY EVE【ハート】平成LAST LIVE!」を皮切りに、7月から全国18カ所をツアー。6月27日に新曲「好きになってしまいそうだよ」をリリースする。

 

京本政樹 “京さま”セルフプロデュース

格好いいだけでなく情に厚い京本政樹さん。挑戦心とスピーディーな判断力を土台に、第一線で活躍し続ける(撮影・山崎安昭)

俳優京本政樹(60)が、22日公開の映画「翔んで埼玉」で“伝説の埼玉県民”埼玉デュークを演じている。シルバーのカツラに和洋折衷のド派手な衣装で、謎のレジェンドの役を作り上げている。若き時代劇スターから性格俳優、シンガー・ソングライター、そしてジャニーズの父…。芸能生活40周年に突入して還暦を迎えた、変容し続ける“京さま”に聞いてみた。

★黒GACKTに対抗

「翔んで-」は埼玉県民が東京都民に冷遇される架空の世界を舞台にした同名ギャグ漫画が原作。京本演じる埼玉デュークは、原作では名前だけ登場する伝説の男だ。

「原作には名前だけで、姿形、ビジュアルが分からない。主演のGACKT君演じる容姿端麗な高校生・麻実麗に似てる男がいただけ。なら、時代劇にしようと思った。仙人っぽく、和でいいんじゃないかとね。シルバーのカツラにしたのは、黒髪のGACKT君との対比。向こうがブラックなら、こっちはシルバーで。向こうが洋なら、こっちは和で」

衣装合わせには、万が一に備え刀を持って行った。

「革パンにブーツ、その上から着物を着て、天草四郎っぽく。そうしたら、盛り上がっちゃって、刀を差しちゃおうと。ガンベルトも掛けて和洋折衷になっちゃった(笑い)」

撮影初日に見学に現れた原作者の魔夜峰央氏(65)は「う~ん、デュークだね~、そのものだ」とうなったという。

「GACKT君がピンチになるとさっそうと白馬に乗って助けに出て来るっていう、おいしい役(笑い)。GACKT君は主役だからギャグ満載なんだけど、こっちはかっこいいことばかり。全体がギャグ映画だから、ギャグをやりたかったんだけどね」

★歌手から必殺仕事人

シンガー・ソングライターを目指していたが、79年にNHKドラマ「男たちの旅路」でデビュー。85年にテレ朝系「必殺仕事人V」で、派手な衣装に身を包みながら闇の仕事をこなす仕事人、組紐屋の竜を演じて人気となった。若き時代劇スター、京さまの誕生だ。

「俳優デビューできたのはいいけど、5、6年は鳴かず飛ばずだった。必殺まで7年くらいかかった。本当はミュージシャンになりたかったのに、役者でデビュー。でも81年にドラマ『銭形平次』で師と仰ぐ大川橋蔵さんに出会った。何かの瞬間に『橋蔵さんみたいになりたい』っていう思いが突き上げてきたの。そこからは、自分で工夫して、あれこれセルフプロデュースするようになった」

売れたおかげで、音楽もできるようになった。84年にシングルデビュー。86年の「必殺仕事人V・激闘編」の主題歌、劇中音楽を任された。

「スタートが遅れたけど、シンガー・ソングライターとしてライブもたくさんやった。自分がやりたいのはロックでファンの人は分かってくれているけど、世間の人の見る目は組紐屋の竜。テレビ用に作る曲は演歌チックなもので、だんだん自分でも分からなくなってきた。どっちつかずになるから、28歳の時に音楽を1度、やめてみた。それで時代劇に没頭した」

気が付くと平成になっていた。世の中はトレンディードラマのブームだった。時代と自分の錯誤を感じ始めていた時に出会いがあった。脚本家・野島伸司氏(55)と東京・六本木の喫茶店で出会った。

「30代前半で、俺って世の中に遅れてるのかと思っていた時に偶然。一緒にいた人が紹介してくれて、野島さんから『ちょっと、やって欲しいものがある』と。それが93年のTBS『高校教師』。いいね、青春ものの爽やかな先生。俺、森田健作(現・千葉県知事)大好きだから(笑い)」

ところが、与えられた役は、表では女子高生の人気者だが、裏では教え子をレイプする異常な教師・藤村知樹。

「それって何? と思ってた。でも、すぐに頭を切り替えた。時代劇から一番遠いところで、立ち回りを演じた。これは『必殺仕事人』と同じだな。裏表を作って演じればいい。口調もね。今思えば、時代劇を経ていたから作り得た世界観」

★森田健作の話ばっかり

時代劇のきれいな京さまの異常な教師役は、大反響を呼んだ。性格俳優・京本政樹の誕生だ。

「ありがたいことに僕の芝居自体がほめられるようになった。当時は『よく受けましたね』って言われたけど、京本政樹の別の顔の代表作になった。賞ももらったし、その後も日テレの『家なき子』のニヒルな医者の黒崎(和彦)先生とかを演じるようになった。京本政樹の第2の顔は教師か医者で、みんなアブノーマル。僕の地の性格は森田健作なんですけど(笑い)」

時代劇スター、シンガー・ソングライター、性格俳優の次にバラエティーの人気者の座がやってきた。

「バラエティーの楽屋で『森田健作って兄貴分なんですけど、異常に朝が早くて』なんて話していると、タモリさんとか(明石家)さんまさんが本番で話してくれって。『徹子の部屋』も、何回出ても森田健作の話ばっかり。たまには自分の話もさせてくれって(笑い)」

ドラマ共演で意気投合して、互いに「兄弟」と呼び合う柳沢慎吾(56)とは「都バスの旅」が受けまくっている。

「僕は45歳くらいになった時に悩み始めたんです。同年代の俳優が年齢なり貫禄を身につけていく中、自分だけ若く見える。時代劇を30年以上もやって来たけど、それを生かせているのか。今は時代劇で培ったものをセルフプロデュースして、いろいろな仕事に落とし込んでいる。本当は時代劇ができたらいいけど、今は少なくなっちゃった」

★ジャニーズ大我パパ

息子の京本大我(24)は11歳の時にジャニーズ事務所にスカウトされて、現在はアイドルユニットSixTONESのメンバー。13、14年の「滝沢演舞城」では共演を果たしている。

「僕は13歳の時に知り合いが写真を送って、ジャニー(喜多川)さんから電話がかかってきた。大阪のコンサートを見に行って、ジャニーズジュニアに入るのを勧められたけど、バンドを組んでたから断った。それが、10年ちょっと前に、大我の写真を見て電話がかかってきた。僕のファンにとって、大我は『京本政樹の息子』だけど、ジャニーズファンの間じゃ、僕は『大我パパ』ですからね(笑い)。僕からアドバイスすることはなかったけど、本人が聞いてくるようになった。どういう自分を作りだそうか、常に考えてなければダメ」

60歳になった。

「老け込んでない俺は、どうしたらいいのかと思う。でもそのまま行くしかない。役者っていうのは化けなくちゃいけない。京本政樹という素材を生かして、お父さんでもおじいちゃんでもやっていく」

人生100年時代。京さまは、まだまだ美しいままだ。

▼40年来の友人の森田健作千葉県知事(69)

76年のNHKドラマ「男たちの旅路」で出会って以来ですから40年以上のつきあいになります。「おれは男だ!」のファンということで、青春ドラマの話で意気投合したんだけど、とにかく勉強家な男です。芝居で眠狂四郎を演じるとなったら、市川雷蔵さんや田村正和さんの過去の映像を朝から晩まで見続け、自分の演技に取り込もうと真剣なんです。でも、変わっている男で、ある時パチンコに誘われたんですが、ばれないように、サングラスして、たばこが煙たいからマスクして、帽子をかぶって、軍手してね。かえって目立つでしょ。本当に楽しい男なんです。

◆映画「翔んで埼玉」

武内英樹監督。主演は二階堂ふみ(24)とGACKT(45)。魔夜峰央氏が82年に発表したギャグ漫画の映画化。原作は「埼玉から東京に行くには通行手形がいる」などの“埼玉ディス”が特徴。

◆京本政樹(きょうもと・まさき)

1959年(昭34)1月21日生まれ、大阪府高槻市出身。俳優として79年NHKドラマ「男たちの旅路」シリーズ「車輪の一歩」でデビュー。同年NHK大河「草燃える」。81~84年フジ系「銭形平次」。82年映画「雪華葬刺し」。83年映画「里見八犬伝」。85年テレ朝系「必殺仕事人V」の組紐屋の竜で人気に。93年TBS系「高校教師」。94年日テレ系「家なき子」。同年映画「家なき子」。07年NHKテレビ小説「ちりとてちん」。シンガー・ソングライターとして、84年アルバム「ラブレーの15分」をリリース。86年「必殺仕事人V・激闘編」の主題歌「女は海」を作詞・作曲・編曲して鮎川いずみに提供。178センチ、61キロ。

山口紗弥加38歳の開花「遅すぎることは全然ない」

穏やかな笑顔を見せる山口紗弥加(撮影・林敏行)

女優山口紗弥加(38)が、来月2日スタートのフジテレビ系連続ドラマ「絶対正義」(土曜午後11時40分)に主演する。自分の信じる正義を貫いて、間違いを絶対に許さずに周囲を破綻させる主婦を演じる。25年に及ぶ女優生活について聞いた。

★正義モンスター主婦

山口演じる専業主婦・高規範子は、圧倒的な正義を貫く“正義モンスター”。中学時代に門限を破った自分を捜しに出た母親が車にひかれて死亡したことから、罪を許すことができなくなってしまった、夫と子供1人の専業主婦だ。高校時代の4人の友人と再会したことで、友人たちの日常がほころび始めてしまう。

「範子という役に、全く共感できませんでした。範子の正義が、正論すぎて恐ろしかった。客観視すると共感できないままなので『範子が正しいんだ。私は範子だ』と思って撮影に臨んでいます。私自身も、これだ! と思ったことは譲れない。でもバランスを取る方だと思います」

4人の友人は美村里江(34)片瀬那奈(37)桜井ユキ(31)田中みな実(32)が演じる。

初共演の美村が演じるのは、夫がリストラされアルバイトをしながら子育てに追われる主婦。学生時代に痴漢から助けてもらった範子の言うことは、何でもきいてしまう。

「美村さんは、とにかく博識。1を聞くと、5と言わず10くらい返って来る。とにかく話が面白くて、美しい日本語を使う。だからひそかに『先生』と呼ばせていただいています」

片瀬はハーバード大に進学して、外国人の夫と共にインターナショナルスクールを経営している役柄。

「さすがのエンターテイナーぶりで、もう座長は那奈ちゃんだと思います。盛り上げて、引っ張って行ってくれます。あと、あの美貌とスタイルは宇宙人(笑い)。お肌なんて、毛穴1つないくらい美しい」

桜井は大手出版社を退職、ノンフィクション作家を目指すフリージャーナリスト。範子の正義感に対して疑問も持っている。

「生まれたまんまの超自然体で、うらやましい。2度目の共演なんだけど、気持ちがよくて、潔い人。女優なのに気取らなくて、かっこいいなと思います」

元TBSアナウンサーの田中は、連ドラ初レギュラーで初めて本格的な女優に挑戦する。子役から女優に転身、高校時代に妊娠して範子に助けられている。

「かわいい。ただ、ひたすらかわいい。初めて会った時に視線を外せなかったくらいかわいいんですよ。本人に『かわいいですね』って思わず告白しちゃいました。気配りとか色気があって、多分、どんな人でも会った瞬間に好きになっちゃう女性だと思います」

昨年10月期の日本テレビ系「ブラックスキャンダル」でデビュー25年目で連続ドラマ初主演。立て続けの連ドラ主演だ。

「主役だからこうあるべきだ、脇役だから、というのは全く考えていない。立場とか、そういうものに、今は全くとらわれなくなった。若い頃は理想があったけど、そういうものが自分自身の可能性を狭めて、つまらなくしていると気が付きました」 

★バラエティー活躍も

94年にフジテレビ系連続ドラマ「若者のすべて」で女優デビュー。14歳だった。アイドル女優として売れっ子になり、気が付くとバラエティーで活躍していた。

「女優になりたくて、この世界に入ったけど、目指していた方向と全然違うものになっていた。苦しくなって、体調も崩した。この世界は、私が目指すべき道ではなかったのかもしれない、もっと他に私を生かす道があるかもしれない。1度、辞めて、そこから考えようと思っていました」

22歳になっていた。野田秀樹演出の舞台「オイル」を最後の仕事に選んだ。

「その時、病院の待合室で今の事務所の社長と10年ぶりに再会したんです。社長も点滴をぶら下げていたんですけど『次の舞台で辞めたいと思います』と言ったら、見に来てくれたんです。そして『辞めるべきじゃない。マネジメントさせてくれ』と。運命だったのかな。『オイル』で演じることの楽しさに気付いて、辞めたくないという気持ちが出てきたところでした」

社長から「今までの10年のキャリアはなかったと思え。0からスタートするつもりでやれ」と言われた。

「持っている服を全部捨てろと。自分を表現するのに原色の服とかに頼るなと。服に頼っていたら、女優として1人の人間を演じることは無理だと。白いTシャツにジーンズ、スニーカーをプレゼントしてくれて、自分のベースを作るように言われました」

新たなスタートを切り、23歳になった山口を、新たな困難が待ち受けていた。16年5月に亡くなった蜷川幸雄さん(享年80)が演出した舞台「エレクトラ」だった。

「やっと自分の生きる道が見つかったと思っていたところ、蜷川さんの稽古場で地獄に突き落とされました。投げつけられたスニーカーが飛んできました。実力のなさ、無力さを思い知らされた。やりたいという気持ちばかり強すぎて、私には何の力もなかったと気が付いた。バラエティーに進むしかなかった元凶は、自分自身だったんだと。悔しくて、腹立たしくて、毎日稽古場のトイレに隠れて泣いていました」

蜷川さんには、ばれていた。「泣いていたのか」と声を掛けられたが、素通りしようとした。

「そんな失礼な私に対して『辞めんなよ!』と、声を掛けてくれた。その時は、いつこの稽古場から逃げ出そうか、いつバックれようかと考えていたんです。それを見透かして『お前の中に才能っていうものが眠っているかもしれないのなら、それはいつ花開くか分からないんだよ。5年後、10年後…死ぬまで花開かないかもしれないけど、もしかしたら明日花開くかもしれないんだ。だから続けろ』と。その後に苦しくなった時、この言葉が支えになりました」

もう1つ支えてくれた言葉がある。

「社長が『いつか主演やるぞ』って。私の中に眠っていた可能性を15年も信じ続けていてくれたんです」

長い時を経て花は開いた。そして実りに向かっている。来月には39歳になる。

「ここに来て夢が広がっているというか、40歳を前にして無限の可能性を感じています。ずうずうしいですよね(笑い)。女優は20代、30代までで、40歳からは尻すぼみだって言われてたこともあるけど、果たしてそうなのか。そこから広がるものがあるかもしれない。遅すぎることは、全然ないんだって」

花は、まだまだ大きく開き、輝き続けている。

▼制作する東海テレビの市野直親チーフプロデューサー

この「オトナの土ドラ」という枠は、深い人間関係や人生の機微を描いて、幅広い世代の方に楽しんでもらっています。主役の高規範子はキャラクターが濃い役なので、親しみやすくてお芝居をしっかりできる山口さんにお願いしました。1つ1つの役を、すごく楽しんで演じられているのが魅力ですね。今回も、やりすぎてないかを心配されていましたが、範子そのものになっている。なりきるための努力もすごい。大変な役ですが、楽しんでいるのが伝わって来ます。

◆フジテレビ系「絶対正義」

「絶対正義」の持ち主、高規範子(山口)は、間違ったこと、法を犯すものを許さない。再会した高校時代の友人が4人。西山由美子(美村)、理穂・ウィリアムズ(片瀬)、今村和樹(桜井)、石森麗香(田中)が、正義を押し通す範子に向かい合っていく。

◆山口紗弥加(やまぐち・さやか)

1980年(昭55)2月14日、福岡県生まれ。94年フジ「若者のすべて」で女優デビュー。98年フジ「走れ公務員!」、2005年日テレ「anego」、06年日テレ「14歳の母」、08年日テレ「ヤスコとケンジ」、17年テレ朝「女囚セブン」などに出演。映画は06年「県庁の星」、17年「ミックス。」、18年「人形の眠る家」など。舞台は03年「オイル」「エレクトラ」など。趣味・特技は料理、編み物、温泉、旅、書道。158センチ。血液型O。

インタビューにこたえる山口紗弥加=2019年1月15日
インタビューにこたえる山口紗弥加=2019年1月15日
インタビューにこたえる山口紗弥加=2019年1月15日
穏やかな笑顔を見せる山口紗弥加=2019年1月15日 ※紙面使用コマは、白い壁の汚れを処理してください(特に足付近)
穏やかな笑顔を見せる山口紗弥加=2019年1月15日

大竹まこと 3000回金字塔でも真剣勝負は続く

3000回の放送を行ったスタジオから見える風景を背にする大竹まこと(撮影・中島郁夫)

怖そうに見えて温かい。気難しそうだけど情け深い。タレント大竹まこと(69)がパーソナリティーを務める文化放送「ゴールデンラジオ!」(毎週月~金曜、午後1時~同3時半)が、17日で放送3000回を突破した。時代の空気を深く吸い込み、本気の発言で世の理不尽に風穴をあけてきた12年。夢だったラジオの仕事と向き合う大竹に迫った。

★涙もろい

年の瀬。東京・浜松町の文化放送9階にある第1スタジオ。読み上げられるはがきには、生きることの苦しみ、孤独な時間を過ごす寂しさ、市井の心の叫びがつづられていた。円卓の中心に座る大竹からため息が漏れる。マイクから鼻水をすする音が伝わってくる。

介護施設の経営者が離職者の続出を嘆く。73歳の女性は食べていくために清掃業務の職場を1つ増やした。本当に日本は豊かなのか-。

最近の大竹は涙もろい。「もっと介護職の給料上げろよ」「お母さん働き過ぎだよ」。リスナーへ呼び掛ける1つ1つの言葉にぬくもりが込められる。

「感情の起伏が心の中で激しいからド~ンと寄り添うこともある。時には傷が深くなるときもあって。でも本当に寄り添わなきゃいけない時は寄り添わないと。難しいな」

大竹が切り込む話題は幅広い。格差社会、性的少数者(LGBT)、変えることのできない属性への差別、国民の声を聴かない政権への批判…。少数の意見をくみ取らない排他的な社会の空気、権力者の横暴な手法には牙をむく。

「そんなに高みに立てるほどの知識もないけれど、ラジオの役目として、小さな声を少しでも伝えていきたい。大きな声はまとまった意見で、小さな声は分断された声。日本中のあちこちで、貧しい人同士が分断の先っぽにいる」

年末、米軍基地の移設に揺れる沖縄・辺野古で土砂投入が始まった。タレントのローラ(28)がSNSで停止を求める署名を呼びかけたところ、一部ネット上で批判を浴びたことに違和感を覚えた。

「マイノリティーの声をどこまで政治に反映させるか。マイノリティーを救えないような政治はだめだよ。ローラが意見を言って何が悪い!?」

タレントが政治的な発言をすると世はざわめく。そんな窮屈にまとまる日本社会の空気を打ち破るように、ためらうことなくモノを言う。

「結構、俺もやけどもするんだけど、それでもいいかなと。それで炎上して、消えてもいいんじゃないの。年も年だし。小さい声を伝えていくことは、立ちはだかる巨大な壁に向かってゴムまりでも投げている感じかね」

2007年(平19)5月7日、産声を上げた番組は、わずか7カ月で同時間帯の聴取率首位に躍り出た。その後もライバル局の人気番組と長く首位争いを展開。3000回の節目を迎えた今も、60代以上の聴取率で頭1つ抜けている。

★「終わり」

「聴取率には波があって、1位になったり、2位になったり。どこまで続くか分からないけど、始めた頃は2~3年で終わるかなと考えていた。7、8年たって、ここは俺の場所か? 居場所というのはこういうことなのかなと思うようになった。タイトなテレビで、ちょっと先鋭的にキャラクターを作らなければやっていけないのとは違って、ゆっくり息継ぎしながら、全部アドリブでしゃべられる場所だから。ラジオは」

自分の「居場所」。今、そう思えるようになったのは、青春の傷を残したバックグラウンドと無関係ではない。

ラジオとの出会いは高校時代。受験勉強中にTBSラジオの深夜番組「パックインミュージック」(67年)の司会だった故野沢那智さんと白石冬美(77)に憧れた。

「ろくに勉強をしないで『なっちゃんちゃこちゃん』だけ聞いていた。17歳のときかな。もしタイムカプセルに何かを書いて土に埋めたとしたら『将来はラジオのディスクジョッキーになっている大竹』と書いたと思う」

30歳のとき、きたろう(70)斉木しげる(69)と3人で「シティボーイズ」を結成するが、高校卒業後はアルバイトで生計を立てる時期が続いた。地方のキャバレーでコントをしたり、仮面ライダーの着ぐるみで悪役を演じた。

「若い頃は本当にバカでね、社会をナメていた。女にもモテたしなぁ。就職もしない、大学も行かない。フラフラと生きて、26、27歳で役者のアンダーグラウンドにいたけど、つぶしが利かず居場所がなくなるんだよね。そのうち(劇団仲間の)風間杜夫が食えるようになって。俺はと言うと、きたろうと斉木と新宿のデパートの屋上でコントやって。その足で風間の『蒲田行進曲』を見て、黙って帰った記憶がある。どんどん置いていかれて。ダメだなあと。1度仕事を受けたら続くものだけど本当に続かなかった」

転機が訪れたのは85年。「おニャン子クラブ」を生み出したフジテレビ「夕焼けニャンニャン」に、イッセー尾形(66)の後釜としてレギュラー出演することになった。

「テレビに出るとか、レギュラーとか思ってもいなかった。イッセー尾形を本当に尊敬していて、アイツが通用しないなら俺だって通用するわけがない。でも仕事が来て、俺には暴れるしか手は残っていない。それで勝手に壊す方にいっちゃったんじゃないかな」

生放送で暴れまくる行動が問題化し、テレビ局には抗議の投書が殺到した。だが、“悪役”を真剣に演じる大竹の姿はスタジオに緊張感を与えた。「本気」の振る舞いは強烈なインパクトを視聴者に解き放った。

自分の色を出すために何が必要か。若い頃からもがいてきた。テレビ朝日系「TVタックル」でビートたけし(72)との喫煙コーナーのやりとりも自己啓発の場となった。

「こっちにしたら、天下のたけしさんと普通にしゃべるなんて尋常じゃない。何の打ち合わせもなく、たばこ吸っているだけだけど、それなりの発言をしないと。番組が政治っぽくなって、好きなことを言えるようになった時代。でも好きなことを言うには勉強しないと降ろされちゃう」

昨年7月、深刻な腰痛が大竹を襲った。当初は気力で出演。スタジオの床に布団が敷かれ、横になってマイクに向かう日々が1週間続いたが、ついに体が動かなくなった。手術を受けて約1カ月入院。芸能生活でも経験のない長期休養は、自分自身と向き合う時間になった。

「今までにもいろんなことがあって、何回か業界で俺は終わりだなと思うことがあった。やってきたことと、世間にさらされている立場だから、いつ終わってもしょうがないとは思っています。今回も、腰痛で終わるのかなと」

この12年を二人三脚で歩んできた番組プロデューサーの柿沢真理子氏が、17年度の放送ウーマン賞に輝いた。授賞式で柿沢氏は「最後の最後まで、ラジオは自由に発言できるメディアでありたい」と力を込めた。質の高い番組制作を評価されての受賞。大竹は何度も放送中にこの快挙を自慢した。

「ずっと一緒にいる柿沢が俺を守ってくれたから、こっちは好きなことを言っていられる。番組が続く続かないはタレントの決めることじゃない。やりたくても『お前はダメだ』と言われたらおしまい。背中を押されて『たまには大竹の声が聞きたい』と言われたら、もう少しやってもいいかなと」

閉塞(へいそく)感の漂う世の中で、自由に語る大切さを問いかけ続ける。

「ラジオもこれから隆盛を極めるメディアではないけれど、なくなることはない。新聞も、しっかりチェック機能を果たしてください。森友・加計問題も、『#me too』のレイプ事件も、新聞はしっかり伝えていますか。真実は活字でちゃんと残していかないと。日刊スポーツの政界地獄耳は番組でも引用していますからね」

悪役を演じた若き日も、市井の暮らしに寄り添う今も、目の前にある使命に「本気」で向き合う姿が真骨頂。「面白く真剣に」「くだらないけど正直に」。番組のコンセプト通り、平成のその先へ、軽快に突き抜ける。

▼07年の放送開始からパートナーを務める光浦靖子(47)

大竹さんは気が合う人。(実の)お父さんよりお父さんのように思える方です。異性でこんなにおしゃべりする人はいません。人を見る能力がすごいんです。相手の精神的な弱さを見抜いて、踏み込まれたくないところには絶対に踏み込まない、やさしい人。

各曜日のパートナーになった人は、忘年会や打ち上げで、大竹さんを取り合う空気になる(笑い)。大竹さんの一番のお気に入りは自分、一番話しやすいのは自分だと。番組は1つ大きな山を越えて確固たる形ができました。ここまできたら、もう大竹さんのトーンに付いていくだけです。このまま体が持つ限り続けていただきたいです。

◆大竹まことゴールデンラジオ!

07年5月7日放送開始。月~金曜午後1時から2時間半の番組。パートナーは月=倉田真由美、火=はるな愛、水=壇蜜、木=光浦靖子、金=室井佑月。ゲスト5000人超。朗読コーナー「大竹発見伝~ザ・ゴールデンヒストリー」、「紳士交遊録」が人気。

◆大竹(おおたけ)まこと

1949年(昭24)5月22日、東京都生まれ。東京大学教育学部付属高校卒。舞台俳優として活躍しながら79年に、きたろう、斉木しげるの3人でシティボーイズ結成。単独でバラエティーやドラマなどに出演。主な出演番組はテレビ朝日系「ビートたけしのTVタックル」、NHK「チコちゃんに叱られる!」など。所属事務所ASH&Dコーポレーションには阿佐ヶ谷姉妹、ムロツヨシも所属。

 
 

北川景子 等身大でGO「家売るオンナ」万智と共有

ドラマの三軒家万智のイメージでと、お願いしたところクールな瞳で見つめてくれました(撮影・丹羽敏通)

「私に売れない家はありません!」の決めぜりふで人気となった天才的不動産営業ウーマンが、お茶の間に帰ってきた。日本テレビ系人気ドラマシリーズの第2弾「家売るオンナの逆襲」(水曜午後10時)で主演している女優北川景子(32)。歌手DAIGO(40)と16年1月に結婚、境遇が重なる主人公への思いも強い。充実したこの1年、そして新年の意気込みを語った。

★新キャスト迎え

「家売るオンナの逆襲」撮影中のインタビュー。北川は、笑わないキャラで知られる主人公の「伝説の不動産営業ウーマン」三軒家万智そのものの雰囲気で、きりっとした表情で取材場所に登場した。話を始めると、柔らかい笑みを浮かべつつ作品への思い入れを語った。16年7月期の第1弾「家売るオンナ」はDAIGOとの結婚直後から撮影に入ったという。

「結婚式を挙げて2、3日後から撮影が始まった作品でした。結婚して初めて取り組むドラマということで結構話題にもしていただきましたので、この作品が良くなれば、結婚して悪くなったと言われなくてすむし、そういう意味では『成功させたい』と、なんかすごく頑張った作品でもあって、節目の作品でもあります」

「私に売れない家はありません!」や、部下に指令を出す際の「GO!!」など、インパクト抜群の決めぜりふ。そして、家を売るためには手段を選ばない万智の強烈なキャラと、北川の演技力があいまって平均視聴率11・6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)という好数字を記録した。17年5月には単発のスペシャルドラマ「帰ってきた家売るオンナ」も放送され13・0%とヒット。本作の実現に至った。だが、そこには葛藤もあった。

「原作ものが多い昨今、オリジナルものでまた1クールできること自体がすごくありがたいことです。ただオリジナルなので(脚本担当の)大石(静)先生の負担も大きくなりますし、私たちも、前よりおもしろいものにしなければという思いもあります。うれしかったのですが、前作のままにしておけばという部分も正直、ありました。でも今は、せっかくいただいたのだから、いいものにしたいという思いです」

人気シリーズとして、前作をこえる。そんなプレッシャーはあるのだろうか。

「追い込まれてどうしようもないという感じではないです。でも続編なので、いい意味で変わらない部分と、今回からお見せする新しい部分のバランスをしっかり考えてやっていかなくてはという、そういう部分でのプレッシャーというか、責任は感じています」

今回、新たなキャストとして、ライバルのフリーの不動産営業マン役で松田翔太(33)を迎えた。

「私も続編に突然入るという経験がありますが、できあがった空気の中に入るのは、すごく勇気が必要なんです。うちの番組がこうだからこう合わせてほしいということではなく、松田さんがやりやすいように演技をする環境を、私たちのほうで作っていかなくてはならないという意味で、襟を正してお迎えしたいです。松田さんだけでなく、これまでいた人と新しい人の中間に自分が立ってやれたらいいなと思っています」

人気シリーズとしてシーズン3、シーズン4と続きそうな予感もする。

「私も続いてほしいなと(笑い)。でも大石先生のせりふがどんどん増えていくので、私の記憶力と滑舌をもっと鍛えて、いつでもやれるように準備しておかなくてはいけないかなと感じています(笑い)」

★妊活と向き合い

演じる万智と北川自身は、重なっているという。

「(第2弾の)今回、万智も結婚して、妊活をしていて、女性としてステージが上がっているんです。私自身も独身から既婚者になって、共働きの夫婦として頑張っていて…と、すごく万智と重なる部分があります」

本作で万智は妊活中だ。

「今回、万智が最終回までに子どもができるかどうかも、みなさんが気になってくるところだと思います。世の中には妊活に取り組んでいて、でもキャリアを諦めたくないという女性がいたりとか、そういう方が共感できるような微妙な年齢に万智もなってきていて、私もそういった意味では微妙な年齢です。そんな時に、すごく等身大な役柄を演じさせていただけていて、ずっと一緒にこの役と過ごしていきたいという思いはあります」

万智は北川自身を投映した役柄なのかもしれない。

「今回うまくいけば、もしかしたら次があるかもしれない。次があれば、また成長した万智と成長した自分がコラボしてやれるだろうと、思い入れがすごく大きいです」

18年はドラマではNHK大河「西郷どん」に重要役で出演。NHK「フェイクニュース」、テレビ朝日系「指定弁護士」で主演し、映画では主演作「スマホを落としただけなのに」のほか2本に出演し、多忙を極めた。

「まるで美しいパズルかのようにスケジュールがポンポンとはまってすごく充実しためまぐるしい1年でした。仕事という意味においては、あんなに充実したことはないというくらい働きづめの1年でしたが、万智のように家庭と仕事のバランスを両立できたかと言われると、そうではなかったかなと思います(笑い)」

今年はどんな年になるだろうか。

「まずは『家売るオンナの逆襲』をいい形で終えることができれば、本当に良い年になるんじゃないかなと思っています。役者としては、作品や役柄に振り幅をもって取り組んでいける年にしたいし、そうなるためには粘って、台本を待ってでもしっかり作品を選んでやっていきたいと思っています。プライベートでは、今年は少し自分の時間を持てたりとか、本を読んだりとか、ちょっと旅行にも行けたらいいなとは思ってるんですけど(笑い)」

世間的には「クールビューティー」のイメージが強い。ただ、会話のすき間に見せた笑顔と気づかいに、視聴者から広く支持されている理由を感じた。

▼万智の部下を演じる工藤阿須加(27)

優しさと、強さを兼ね備えたリーダー的存在です。現場での明るさも北川さんが雰囲気をつくってくれて、大変な時でも引っ張ってくださるのでかっこいいな! って思っています。

◆日本テレビ系「家売るオンナの逆襲」(水曜午後10時)

万智は屋代大(仲村トオル)と結婚し古巣に復帰。チーフとなった足立聡(千葉雄大)はライバル心を燃やし庭野聖司(工藤阿須加)は復帰を待ちわびていた。万智の前に留守堂謙治(松田翔太)が立ちはだかる。イモトアヤコらも出演。

◆北川景子(きたがわ・けいこ)

1986年(昭61)8月22日、兵庫生まれ。明治大商学部卒。03年「ミスSEVENTEEN」に選ばれてモデルデビュー。ドラマは03年TBS系「美少女戦士セーラームーン」、映画は06年「間宮兄弟」でデビュー。ドラマ初主演は07年テレビ朝日系「モップガール」、映画は06年「チェリーパイ」。趣味は読書、特技は水泳。160センチ、血液型O。

インタビューに答える北川景子=2019年1月4日、生田スタジオ
家売るオンナが帰って来る。2019年も北川景子から目が離せない=2019年1月4日、生田スタジオ
インタビューに答える北川景子=2019年1月4日、生田スタジオ

水卜麻美「スッキリ」2年目 朝の顔から国民的アナへ

情報番組「スッキリ」でサブMCを務めて2年目。好感度ランキングで5連覇を飾り殿堂入りしたスーパー女子アナ水卜麻美(撮影・たえ見朱実)

日本テレビ「朝の顔」水卜麻美アナウンサー(31)が、今年も輝き続ける。情報番組「スッキリ」(月~金曜午前8時)のレギュラーも2年目に入り、あらためて熱い思いと信念を語った。結婚観や局アナとしての将来像なども直撃。「みとちゃん」の愛称で親しまれる好感度NO・1アナの魅力に迫った。

★性格変わってません!

水卜アナは「スッキリ」生放送終了後、緊張感と充実感が入り交じったような明るい笑顔で登場し、日本テレビ局内で取材に応じた。「スッキリ」は加藤浩次(49)がメインMCを務め、06年4月スタート。17年10月から同番組のサブMCを担当しているが、慣れることはないという。

「生放送の緊張感は常に変わらないです。でも、一緒にやらせていただいているメンバーのみなさんと、より話せるようになった慣れはあります」

生放送に挑む時は“スイッチ”が入るという。

「『スッキリ』が放送される2時間半の間に何かが起きてもどうにかするという、使命感みたいなものがあります。そんな感じでスイッチが入ります」

17年9月まで昼情報番組「ヒルナンデス!」を担当。時間帯も変わり、朝の生放送で2時間半の緊張を保つのは至難の業だ。

「『ヒルナンデス!』から放送時間が30分長くなったので、初めは長いなというのが感想でした。他の番組と比べてもかなり長いですが、『スッキリ』はいい意味で緩急がしっかりしている。だから、集中が途切れずに出来ている感じはあります」

おいしそうに食べ物を頬張る天真らんまんキャラでも人気だが「スッキリ」では、そうしたシーンを見る機会が減った印象も…。

「でも性格は一切変わっていません。人間にはいろんな面があって『ヒルナンデス!』では明るい面しか出ていなかったけど、『スッキリ』では逆にそうじゃない部分が出ているだけ。性格が変わった、おとなしくなったとか言われますが、明るい私が消えたわけではないんです。別の番組でそういう機会があれば全力でやるし、心の部分は変わっていません」

約5年にわたり月間視聴率3冠王を続けた日テレだが18年10月、全日帯で僅差の2位になった。看板アナとして、どうとらえているのだろうか。

「一会社員なので、会社の目標は私の目標という部分はあります(笑い)。会社好きだし、みんながどれだけテレビを愛してやっているか知っているので、見てほしい気持ちもあります。でもいろんなことに一喜一憂すると多分ブレます。だから今『スッキリ』が何をやるべきか、どうしたら良くなるかを考えています。そこのブレなさはあるので、うまく実を結べばと思っています。とはいえ、そんなニュースをみると身が引き締まる思いはあります(笑い)」

今年の「スッキリ」は「ある意味、信念を持って変わる」という。言葉に力がこもった。

「みんなが信念を熱く持っていて、思いがどんどん強くなっているんです。それが伝わっているかはまだ分からないんですけど、どんどん表面化してきている。結構攻めたことをしていると思うんですよね。そういうことがみんなに伝わればいいなと思います」

「ヒルナンデス!」や14年から4年連続で総合司会を務めた「24時間テレビ」などで見せた、持ち前の親しみやすさとアナウンス力が視聴者をひきつけた。オリコン調べ「好きな女性アナウンサーランキング」では13~17年にかけ5年連続1位。ぶっちぎりで「好感度トップ」の女性アナになった。ただ「殿堂入り」したため、18年は同ランキングに自身の名がなく「結構寂しかった」と笑いを交えつつ、こぼした。

「(1位は)突然ニュースになって、周りの人から連絡もらったりで結構励まされていました。名前を出してもらうだけでありがたいんです。だから(殿堂入り後の18年は)そうか、もう発表終わったのかという感じで、ちょっと寂しい感はありました(笑い)」

★わしゃ~と動き回る!

今や「朝の顔」どころか、国民的アナになった。アナウンサーとしての「未来予想図」はどう描いているだろうか。

「どうなるんですかね…。分からないんです(笑い)。生き生き仕事をされている先輩がいるから、本当に正解がないと思います」

週刊誌などでその可能性が報じられたこともある、独立してフリーになるという選択についても、直接聞いてみた。

「“フリーになる”とか(一部報道で)毎月出ますが、話題にしてもらうのはそれはそれでありがたいですが、まったく考えたことがないんです。ただ、アナウンサーでいたいという思いはあります。それがどういう形になるかは分かりませんが、死ぬまでアナウンサーでいたいです」

実は長期目標が立てられないタイプだという。それが仕事だけでなく、結婚観にも影響している。

「もしかして明日出会った人とあさって結婚するかもしれない(笑い)。それならそれで人生面白いと思うし、何歳までに結婚というのは本当に一切ないんです。決めておいてできないと焦っちゃう。もしかしたら今年結婚するかもしれないし、10年しないかもしれない。その方が人生面白いかなと思うんです。意味分からないことをしちゃう自分が面白いというのもある。仕事はこうしたいとか、アナウンサーはこうやるんだとかいくつか信念はあるけど、それ以外は極端に決めていないという感じなんです(笑い)」

今年はどんな年になるのだろうか。

「だいたい新年に決めたことでかなったことって、1個もないんですよね。『痩せる』とか目標立てても2月にはだいたい忘れている(笑い)。『スッキリ』にきてから太りましたし…。『ヒルナンデス!』時代、あれだけ食べるロケがあったら痩せないよねとスタッフは言ってくれましたが、今の方が太っていて。『ヒルナンデス!』の人にごめんなさいと思いました(笑い)。去年いろんなことに思い付きで挑戦したので、19年も思い付きで行動したい。20年は日本中で節目の年になると思うので、激動の日本に合わせて自分もわしゃ~と動き回りたいなと思います」

取材中、屈託なく笑う姿、質問に真剣に考える様子、飲み物を選択する時のうれしそうな顔など、いろいろな「みとちゃん」を見ることができた。多様な表情を、番組に合わせて自然に出せる魅力。インタビューの最後「今日、楽しかったです!」とほほ笑む姿に、お茶の間に支持される理由が分かった気がした。

◆水卜麻美(みうら・あさみ)

1987年(昭62)4月10日、千葉県生まれ。慶大文学部卒業後、10年にアナウンサーとして日本テレビ入社。11年3月、「ヒルナンデス!」アシスタントとして初レギュラー。数々のバラエティー番組にも出演。現在「スッキリ」のほか「幸せ!ボンビーガール」(火曜午後10時)、「有吉ゼミ」(月曜午後7時)にレギュラー出演。趣味は読書、おいしいものを探すこと。好きな言葉は「明日は明日の風が吹く」。158センチ。血液型AB。

 
 

大泉洋 どんな時でもにじみ出る人の良さ

映画「こんな夜更けにバナナかよ」で難役に挑戦した大泉洋。表情には、そこはかとない優しさが漂っていた(撮影・浅見桂子)

どんな役をやっても、人の良さがにじみ出る。筋ジストロフィーの難役に臨んだ大泉洋(45)。映画「こんな夜更けにバナナかよ」(28日公開)のタイトル通り、度を越えたわがままを言いながら、周囲に希望と活力を与えた実在の人物がモデルだ。不思議な魅力はこの人だからこそ再現できたのかもしれない。

★10キロ減

タイトルにひかれた。

「好奇心をかき立てられましたね。最初からお涙ちょうだいの話だったら僕には無理だし。動かない体で自分でボランティアを集めて、わがままを言ってた人。どうしてそんなことができたのだろう。どんどん興味がわいてきた」

北海道札幌市に生まれた鹿野靖明さん(1959~2002年)は幼い頃から筋ジストロフィーを患い、映画で描かれる34歳の時には、動かせるのは首から上と手だけになっていた。

24時間誰かの助けがなければ生きてはいけない体で病院を離れ、ボランティアに囲まれた自立生活を送っていた。自由気ままな要求を突きつけられた周囲はむしろ活力をもらい、生き方さえも変えられていく。

病状の進行とともにやせていく鹿野さんに合わせ、食事制限と走り込みで体重を10キロ減らした。

「体重を減らすぐらいは何でもないです。鹿野さんの映像がたくさん残っていたので、参考になったし、監修のお医者さんが付いてくれていたので、動きひとつひとつにチェックが入る。難役と言われるけど、むしろ至れり尽くせりの現場だったんですよ(笑い)」

分厚いレンズのメガネをかけていた鹿野さんに寄せるため、視力を落とすコンタクトレンズを装着した。

「前からずっと考えていたことなんです。ありがたいことに僕は目が良いものだから、これまではメガネの役の時はレンズのないものをかけていました。映像に残っていた鹿野さんは分厚いレンズ。じゃあ、今回はコンタクトをやってみようと。そんな簡単なものじゃなかった。正面はちゃんと見えるけど、周りがゆがむ。監修のお医者さんは『メガネとはそういうものですよ』と。子どものころから掛けていれば慣れるんでしょうけど、突然掛けた僕には酔うような感覚があった。でも、メガネを着けたらコンビニでも僕だとバレませんでしたね。携帯の顔人証もできない。鏡を見ればひょっこりはんになっていた」

ドラマ、バラエティーではよく動き、表情は豊か。今回の作品ではそれを封印しなければならなかった。

「動き過ぎは注意されるから直せる。どうにも苦しかったのが、人工呼吸器をつける直前の浅い息しかできなかった時の撮影です。ほんの少しでも吸うと『今のは深かった』って注意される。NGも出た。本当に苦しい。健康な人なら気絶するような酸素量で障害のある人はやっている。驚きがありました」

夜中に「バナナを食べたい」と言い出して、買いに走らされてもどこか憎めない。延べ500人以上のボランティアをひきつけた鹿野さんの強さ、明るさ、人たらし…。映像からにじみ出るような好演となった。

鹿野さんにとっては唯一の「武器」でもあった話術は、そもそも得意とするところだ。

「小学校の頃、両親が車の中でかけていた落語のテープの影響ですかね。スピードラーニングみたいに身についちゃった。落語家によってまちまちだけど、笑いの基本が詰まっているわけでしょう。話の運びかたとか、オチだとか。そこへ持っていく間だとか。テレビでもそんなものばかり見ていましたね。努力と思わない努力というか、嫌いな人がやれと言われたら、とんでもない量。好きだから何とも思わなかった。今で言う『すべらない話』の基本です。同じ話でも、人によって面白かったり、つまらなかったりの違いがある。その辺を勝手に勉強していたんだと思います」

★温かさ

俳優業は主に東京、バラエティーは地元北海道という二重生活はデビュー20年を超えた今も変わらない。

「東京にバラエティーのレギュラーがあるわけじゃなくて、相変わらず北海道にしかない。タレントの自由度が高くて、そこがいいんです。東京で一から作るとすれば、それはたいへんなエネルギーで、今の僕にはスケジュール的にきつい。バラエティーの欲は北海道で満たしています。ま、映画の宣伝で年に何度か集中的に東京の番組におじゃますることはあるわけですけど。飛行機に乗れば1時間のフライト。決して遠いわけでないですから」

09年にフジテレビ・プロデューサーの中島久美子さん(48)と結婚。長女は7歳に。

「僕もトークで『バカ!』とか突っ込むことがあるじゃないですか。と、妻から言われます。子どもに『そんなこと言っちゃいけない』と諭さなきゃいけないことをパパが言ってどうするのって。でも、それがおれの仕事だしって。すると『あなたはお笑い芸人なの?』って畳みかけてくる。そうじゃないけど、バラエティーに出たときには、役割があるからって言うんですけどね。東京に来ると(共演者は)みんな僕を怒らせようとどんどんボケてきますから。そこであまり悪い言葉を使わず突っ込んでいく、というより難しい作業になっているんですよ(笑い)」

劇中でにじみ出る温かさの奥に優しいパパの素顔がある。昨年はそんな殻を破るために映画「東京喰種トーキョーグール」などで悪役に挑戦した。

「役者なんで、どうしても悪い人をやりたいという欲求が出てくる。そしたら突然年間4本くらい人を殺す役が来ちゃった。でも、やってみると救いのない悪い役はやっぱり合わないかもしれない、と。『-グール』はつらかった。子どもの見ている前で母親を殺しますから。『やってて疲れるわ。こういう役は』ってマネジャーに漏らしましたもん。それでも、いろんな役をやりたいんです。うだつはあがらないけどいい人って役ばかりになっちゃいますから(笑い)」

多忙を極めるが、長期休暇が取れたら何がしたいのだろうか。

「乗馬とか、アクションとか、語学とかレッスンしておきたい。幅広げたいですね。本当は家族で過ごしたいとか言いたいんですけど、小学校に上がると行事だとか何とか子どもの方が忙しいから。本当に今の子どもは大変です。僕もその行事に合わせてぽつぽつと休みを取りますから」

最後は再びパパの顔になった。

▼原作のノンフィクション作家・渡辺一史氏(50)

外見から見たら、鹿野靖明さんと大泉さんは似ているところが1つもない。ところが、スクリーンの中ではうり二つに見える瞬間が何度もありました。鹿野さんのお母さんの光枝さんは「息子が帰ってきた気がした」って何度も言っていました。俳優ってすごい、大泉さんってすごいって改めて思います。

◆筋ジストロフィー

筋線維の破壊・壊死(えし)と再生を繰り返しながら、しだいに筋萎縮と筋力低下が進行していく疾患。根治療法は確立されていない。

◆こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話

自立生活を貫いた筋ジストロフィー患者、鹿野靖明氏と彼を支えたボランティアの実話に基づいた人間ドラマ。高畑充希、三浦春馬、萩原聖人、渡辺真紀子、宇野祥平、韓英恵、竜雷太、佐藤浩市、綾戸智恵、原田美枝子が出演。前田哲監督。

◆大泉洋(おおいずみ・よう)

1973年(昭48)4月3日、北海道生まれ。両親は教員。2浪の後、北海学園大に入学。在学中の95年から北海道テレビの深夜番組「モザイクな夜V3」に出演。99年からは全国ネットのバラエティー番組に進出。「アフタースクール」(08年)「探偵はBARにいる」(11年)などの映画があり、「駆込み女と駆出し男」(15年)でブルーリボン賞主演男優賞。

 
 

本田翼 初の母親役挑戦「覚悟」で羽ばたく

モデルと女優をこなす本田翼はポージングも表情も絵になります(撮影・滝沢徹郎)

モデルや女優業だけではなく、最近はしゃべりでも高評価を受けるようになった。女優本田翼(26)。テレビ東京系ドラマスペシャル「東野圭吾 手紙」に出演、殺人犯を兄に持つ主人公を支えるヒロインを明るく演じ、過酷な物語にホッと一息つける瞬間を生んでいる。「覚悟がいる」とひたむきな姿勢でシリアスな社会派作品にぶつかり、初の母親役にも挑んだ。

★「重いストーリー」

犯罪加害者家族の苦悩がテーマだ。原作は03年に刊行され、発行部数250万部を超える東野圭吾氏の同名小説。本田は「プライベートで読んでいました」と話す。

「読み終わった後に考えさせられるというか。今後、自分がもしそういう人に会ってしまったらどうしようとか、そういう感想を持った作品でした」

兄は弟の学費のため強盗に走るが、家主に見つかったことで衝動的に殺人を犯す。弟は“兄が犯罪者”というレッテルに苦しめられ、仕事でも恋愛でも幸せをつかむことができない。

「自分自身、ここまで重いストーリーの作品に参加することって、それこそなかったので。携わる時、覚悟がいる作品だなと思いました」

06年に山田孝之主演で映画化。ドラマ版はSNSなどネット拡散の恐怖を取り入れながら、現在の視聴者に響くようアレンジされている。

「映画は映画で違うストーリーになっていて、今回はもうちょっと原作に沿ったストーリー。今の人に見てもらうことが目的なので、現代の人にどう響くか心配というか、反応が楽しみなところでもあります。感想は世代によっても違うのかもしれません」

差別を受けながらも実直に生きる弟、武島直貴をKAT-TUN亀梨和也(32)が演じる。本田は直貴を支え、のちに妻となる白石由実子として登場する。「家族の絆」を意識して演じたという。

「結婚した相手が犯罪加害者家族。その人と運命を共にしていく覚悟を持って結婚して、子どもを産んで、どう守っていくか。ある時、加害者家族だってばれてしまうことがあって、そこに立ち向かうには家族の絆なのかなって。台本を読んだ時にそう思っていました」

★結婚「30歳まで…」

年末年始の過ごし方を聞くと、本田にとっての家族の絆も見えてきた。

「年越しは毎年家族でしているので。ずっとですね。年越しそばを食べて、初詣に行ってっていうのは決まってます。あんまり家族が集合することもないですから、その日くらいはと思ってます」

今作では初の母親役にも挑戦した。

「しみじみ、母親か~って思います。でもうれしいですね。こういう年齢になると、こういう役が増えてくるんだなと」

6歳の女の子の母を演じるのは「難しかった」と振り返る。子どもを持つ友人も少なく、周囲に参考にできる人はいなかった。

「本当の子役のお母さまにアドバイスを聞いたりしました。あとは、ずーっと遊んでいましたね」

妻として直貴を励まし続け、母としてたくましく家庭を切り盛りする演技は、シリアスな物語をパッと明るくする。試写を見たことを伝えると「ありがとうございます」と照れながらも力強く語った。

「お母さんが強くないと、子どもは守れないですからね」

一方で、自分が子どもを持つイメージについては「子どもがいたらこんな感じなのかな~」と、どこか遠いまなざし。現在26歳。過去のインタビューでは「結婚は27、28歳くらいがいい」と答えていた。

「ちょっと延ばそうかなって思います(笑い)。30(歳)くらいまで。苦渋の決断。当たり前にできると思ってたんですけどね~」

06年にモデルデビューし、12年から女優業に本格進出。女優としてのキャリアも長くなってきた。両立の苦労はないのだろうか。

「モデルのお仕事も好きで続けているので。どっちも好きなので続けていけたらという気持ちかな」

演じる役柄に引っ張られることはあまりなく、切り替えることは特に意識していない。

「自分の中で分けているつもりもないんです。モデルの自分、女優の自分っていうよりは、私は私なので」

★「違う楽しさ」充実

女優にモデルにと多忙な日々を過ごすが、切り替えになるのは大好きなゲームという。

「そのことだけを考えておけばいいので、仕事が続いている時、仕事以外のことを考えたい時、すごく息抜きな面もあります。でも前ほどできなくなりましたね。それより寝るようになりました。前は朝までできたんですけど」

9月にゲーム実況を主としたYouTubeチャンネルを開設、登録者数が1カ月で100万人を突破するなど話題を集めた。ファンクラブを持たない本田にとっては、ファンの声を聞ける貴重な機会だ。

「ファンの方と近い距離で触れ合えるというのは、チャンネルを始めたきっかけの1つです」

ゲームのうまさはもちろん、視聴者からのコメントを拾い上げながら進行する器用さも際立った。この感想を伝えると、にこやかに教えてくれた。

「それはラジオのおかげですね」

17年からJ-WAVE「AVALON」(金曜午後8時)に週替わりナビゲーターとして出演する。

「最初はちょっと難しかったです。テーマはもちろん決まっているんですけど、あいだあいだを埋めるのが慣れなくて大変でした。でも、モデルさんとか女優さんとは違った楽しさだなって思います」

11月の出演回では、英ロックバンド、クイーンの半生を描いた大ヒット中の映画「ボヘミアン・ラプソディ」を特集した。

「劇場に見に行きました。すっごく面白かったです! クイーンが大好きなんですよ。ビートルズだったり、昔のアーティストの方が好きで。小学生の頃から好きで、それも友達の家で流れたラジオで聞いたんですけど。その話をしたら、『今度特集するからぜひ』って言ってくれて。そういうのがすごく楽しいです」

好きなことについて話す本田の表情はひときわキラキラと輝く。「好き」を武器に、新たな魅力を発信し続けている。

▼ドラマを手掛けたテレビ東京田辺勇人プロデューサー(32)

明るく華やかな印象のある本田さんですが、その中にある種の心(しん)の強さを感じました。そんな本田さんにドラマの中で唯一の光として存在しながら、覚悟を背負って生きている由実子を生きて欲しいと思い、オファーさせていただきました。初の母親役ということで不安もあったと思いますが、娘役の女の子と積極的にコミュニケーションを取る姿がとても印象的でした。世間の物差しではなく、誰にもまねできない“本田翼”という「個」を大切にしていって欲しいと思います! またぜひお仕事しましょう!

◆テレビ東京系「東野圭吾 手紙」(19日午後9時放送)

強盗殺人犯を兄に持つ武島直貴を亀梨和也、弟を案じ獄中から手紙を送り続ける兄剛志を佐藤隆太、直貴の妻となる白石由実子を本田翼が演じる。犯罪加害者家族が人生の節目で差別に遭いながら、懸命に生きる姿を描く。

◆本田翼(ほんだ・つばさ)

1992年(平4)6月27日、東京都生まれ。06年モデルデビュー。7月から女性誌「MORE」レギュラーモデル。映画は17年「鋼の錬金術師」、18年「今夜、ロマンス劇場で」、ドラマは18年フジテレビ系「絶対零度~未然犯罪潜入捜査~」に出演。来年1月からTBS系「ゆうべはお楽しみでしたね」に岡山天音とダブル主演。趣味はゲーム、漫画、数独。166センチ。

 
 

サラ・ブライトマン 宇宙に思いはせ地上に舞い戻った

自身の生き方や音楽への思いを語ったサラ・ブライトマン(撮影・足立雅史)

米ビルボード誌のクラシック、ダンス音楽両部門で同時1位を獲得したただ1人の歌手である。英ソプラノ歌手サラ・ブライトマン(58)。ジャンルを超えた世界の歌姫が、5年ぶりのアルバム「HYMN 永遠の讃歌」でX JAPAN、YOSHIKI(53)と共演したのを機に来日した。

★宇宙ステーション訓練

前回のアルバムでは壮大な宇宙を歌ったが、今回は一転、「地上の希望」に立ち返った。

「前回のアルバムの後、ロシアで国際宇宙ステーションへの宇宙旅行を計画していました。訓練を重ね、専門家から宇宙飛行士の才能ありとお墨付きをもらうまでになっていたんですが、寸前にいろいろな理由で中止になった。思いが強かった分だけ、もう1度地に足を着けるためには5年くらいが必要でした」

3オクターブの迫力の声量からの想像とは違い、欧米人にしては意外なほど小柄(166センチ)だ。欧米-日本の身長差をスライドすれば、147センチしかなかった美空ひばりさん(89年没、享年52)に会ったときに似た驚きがある。

アルバム制作直前の数カ月は「南の島」のコテージでのんびりと過ごした。

「さすがにそろそろという気がしたんでしょうね。プロデューサーから『新しいものを出す時期ではないか』と連絡が入ったんです。その時、ふと思ったんです。自分の気持ちが宇宙に行っている間に地上は何だか、ものすごく不安が広がっているのではないか。漠然とですけど。それで、聞いた人が希望を持てるようなものを歌いたい、という気持ちになったんです」

宇宙旅行、「南の島」の長期休暇…世界で3500万枚を超すセールスを誇る歌姫のおっとりとした話しぶりはどこか浮世離れしている。5年ぶりのアルバムの来日プロモーションにも気負いはない。半面、新作アルバムにはむしろ初々しい情熱を感じさせる。

「あなたからは見えないかもしれないけど、私の内側にはパッションがあるんです。アーティストというのは課題を与えられると、そこに向かっていく、達成しようというエネルギーがわいてくるものなのです」

灰色がかった青の瞳で瞬きが少ない。吸い込まれる感じとはこのことか。転がるように舌が動き、話し言葉も詩の朗読のように聞こえる。

★YOSHIKIコラボ

収録曲「Miracle」はYOSHIKIが作詞作曲し、ピアノも担当した。09年に彼が音楽プロデュースした米映画「REPO! レポ」の主題歌を歌った縁がある。

「今度のアルバムについてアイデアをもらおうと彼のロサンゼルスのスタジオに行ったのが今回のコラボのきっかけです。いいコンビだと思います。育ってきた背景はクラシックとロックと違う世界だけど、私はもともとピンクフロイドやデビッド・ボウイが大好きだし、彼はクラシックが好きですもの。『Miracle』はいろんな意味でチャレンジングな曲です」

ボウイら70年代の英ロック音楽から大きな影響を受けたことを公言してきた。

「クラシック音楽は文字通りいいものだけが残ってまっすぐに進化していると思いますが、最近のポップ音楽はいいものばかりとは限らない気がします。こんな風に言うとホントにおばあちゃんみたいですけど(笑い)、私は70年代のロックが大好きで、今でも一番いいと思っています。あの時代を生きてしまったんだから仕方ないですよね」

81年、「キャッツ」のオーディションに合格したのが「世界の歌姫」への入り口になった。

「それまではディスコ音楽を歌っていたんですけど、何かしっくり来なかったんですね。で、劇場の舞台に立った時、初めてこれがやりたかったんだという実感が持てたんです。音楽学校(トリニティ音楽大学、ジュリアード音楽院)で学んできたのは、このためで、これが正しい道だと」

軸足はミュージカルに置いたが、クラシックからロックまで幅広く融合させたクロスオーバーな音楽が持ち味でもある。「食」にも好奇心は尽きない。

「日本では何でもおいしいですけど、今一番のお気に入りはとろろ芋ですね。トロリとしたのをそのまま食べます。訪れる国々で目にしたり耳にしたもの、旬のものを本能のおもむくままに口に入れます」

★ZOZO前澤社長と月?

先月始まった世界ツアーでは5大陸計125公演に及ぶ。日本公演も来年4月23、24日の横浜アリーナ他計7公演を予定している。

「18歳の頃から、ツアーで世界を転々とする生活です。浮草のような気もしますが、割り切って楽しんできました。国ごと、それぞれの季節には必ずいいところがあるし、千差万別味わえる。ある意味幸せな人生だと思います。今回のアルバムも私のツアーを追い掛ける形でハンブルク、マイアミ、ロンドン、バンクーバー、ロサンゼルス、ニューヨーク、ブダペストでスタジオ録音しました。現地の合唱団とのコラボは楽しかったし、曲ごとの特徴になりました」

関心は地上のあれこれに向かっているが、宇宙への思いはもう消えたのだろうか。5年後を目標に月周回旅行の計画を発表したZOZOTOWN前澤友作社長(43)は「アーティストの同行」も示唆した。

「ニュースで見てびっくりしました。ぜひお会いして、お話をうかがいたいです。5年前、ロシアでものすごくハードな訓練を受けているし、まさにうってつけの人材だと思いますよ」

笑顔で冗談めかしたが、好奇心を抑えられない様子だ。

「60年代に幼少期を過ごしたので、月面着陸(69年、アポロ11号)は鮮烈な記憶として残っています。あの時、人間の可能性の大きさを実感したんですね。ロンドン郊外の小さな街で育った少女には現実的な夢ではなかったのですが、公演で訪れたロサンゼルスで、民間人が宇宙に行けるプロジェクトがあることを知ったのが、前回の宇宙ステーション・ミッションのきっかけだったんです」

この5年間で考え方は微妙に変化している。

「世界を回っていると地球は問題だらけなのが分かります。宇宙開発も突き詰めれば地球のため。専門家が宇宙に行ってさまざまな分野で還元するなら意味があると思いますが、民間人が行くことに果たして意味があるのか、本音で言うと、懐疑的になっていることも確かなんです」

今回のアルバムににじむ弱者を励ますような響きには、そんな誠実な思いが込められているのだろう。

取材が終わると、笑顔とともに握手の手がやや下向きに差し出された。思わずその手を握ると無意識のうちにヒザを折って、その顔を見上げていた。これが世界の歌姫の貫禄なのだろう。【取材・相原斎】

▼YOSHIKI

「Miracle」は数年前に書いた曲なんですけど、今はまるでサラさんのために書かれたような曲に思えます。4歳からクラシックピアノを習っていたので、いつかクラシックシンガーと共演したいと思っていました。そして、もし1人選べるのであればサラ・ブライトマンと心に決めていました。クラシックでもロックでもできる、おそらく唯一のシンガーだと思いますから。(ピアニストとしての)共演はいつになく緊張しました。

◆「HYMN 永遠の讃歌」

前作「ドリーム・チェイサー」から5年ぶりに11月発売したアルバム。タイトル曲は英ロックバンド、バークレイ・ジェイムズ・ハーヴェストの作品。YOSHIKI作の「Miracle」の他、日本盤はボーナストラックを加えた15曲。

◆サラ・ブライトマン

1960年8月14日、英国生まれ。3歳からバレエを始め、13歳でミュージカル出演。16歳でダンスグループ「バンズ・ピープル」に加入。81年「キャッツ」のオーディションに合格。その後も作曲家アンドルー・ロイド・ウェバーのミュージカルに数多く出演。84年ウェバーと結婚(90年離婚)。95年「クエスチョン・オブ・オナー」、96年「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」が世界的にヒット。

 

佐々木蔵之介 温かい声にも定評 もう1つの天職?

スタイル抜群に柔和な笑顔。独身イケメン最後のとりでとも言われる佐々木蔵之介さんの魅力は男の僕でも分かります(撮影・滝沢徹郎)

自然ドキュメンタリーのナレーションに定評のある佐々木蔵之介(50)が、その決定版ともいうべき英中合作映画「アース アメイジング・デイ」(公開中)を担当した。京都の造り酒屋の実家にはツバメが巣を作り、イタチが出没した。野生動物を身近に育ち、これは個性派俳優のもう1つの天職かもしれない。

★心寄せて

「ナレーションを入れながら、いつの間にか心を寄せていました。イグアナをいとおしく思ったのは生まれて初めてですね」

生まれて間もないイグアナが、次々に襲いかかるヘビを避けながら安全地帯に逃れるまでを追ったのが「アース-」の冒頭シーンだ。

「台本に『ふーっ』とため息のようなセリフがあるんですが、これはイグアナの『ふーっ』なのか、それともナレーションを入れている僕のなのか。ちょっと分からなくなるくらい引き込まれましたね」

ナマケモノ、キリン、そしてクジラ…。次々に登場する動物に心を寄せる声が温かい。NHKドキュメント・シリーズを始め、ナレーションは数多く手掛けてきたが、「ネーチャー・ドキュメンタリー」の草分けとして、60年間磨き上げてきた英BBCの底力を改めて実感した。

「どうやって撮ったのか、本当に不思議でした。ヘビを追うカメラにも、寄りがあって、引きがある。それがすべて1つのストーリーにつながっている。脚本があるような展開です。聞いてみると、ただ何十時間もそこで待っているのではなくて、カメラマンが動物の生態や行動を徹底的に学んで、狙いを定めて撮りに行ってる。すごい」

10年前に見た劇場版「アース」第1作にも感動したが「10年間の技術の進歩だけじゃない。その間に練り上げたノウハウの蓄積に驚かされました」と言う。

★幼少から

子どもの頃から野生動物にひかれていた。「『野生の王国』(TBS系、63~90年)が大好きで休みのたびに動物園行きをねだっていましたね」。

実家は京都・洛中に唯一残る造り酒屋。「子どもの頃はツバメも来ていたし、イタチもしょっちゅう見かけました。この仕事を始めてからはロケ先でホエールウオッチングとか。気付けば動物のそばにいる」と笑う。刑事から悪役まで「ギリギリの役作り」に挑むこの人が、ナレーションはスイスイと楽しんでいる。

高校卒業後、家業継承のために東京農大に進み、神戸大学農学部に編入後もバイオテクノロジーや酒米の研究を続けた。「自然」「生物」への探求心は当たり前のように身についている。俳優への道はむしろ偶然から始まった。

「高校の時の友達と(神戸大の)オリエンテーションに行って、時間があったから演劇を見たんですね。大学ではこんなおもろいこともするんだなあ、と思って。で、『どう?』って勧誘されたんですね。なぜか、なんのちゅうちょもなく『入ります』と言ったんです。むしろその先輩は『いや、そんなにすぐに決めなくても』って。『いや、入ります』と即答しました。(家業を継ぐために)コミュニケーション力を付けよう、くらいに考えていたのかもしれません」

★歌舞伎も

卒業後、これも家業を意識し、営業力を身につけるために広告代理店の大広に就職した。

「東京に行っちゃえば、演劇との縁も切れたんでしょうけど、勤務地は大阪。近いから、何となく大学の時の劇団で活動を続けることになりました。そんなに情熱があったかは分からないんですけど、まだ、終わらせられない、という気持ちはありました。それは今も同じなんですけど」

俳優業に反対していた実家も10年目に出演したNHKテレビ小説「オードリー」を境に応援に転じた。家業も弟・晃氏が継ぐことになった。

「朝ドラはやっぱり大きいですね。ウチの家族もご近所や親戚に僕の仕事のことを話しやすくなったでしょうし(笑い)。僕もその頃、やれるところまでやってみようと改めて思っていました」

以降、シェークスピア劇から歌舞伎まで挑戦の幅を広げた。「今もドラマでは元銀行マン、舞台では『ねずみ男』を並行してやっています。振れ幅が大きいほど面白い。これどうやって乗り越えよう、なんて考えるのが楽しいんですね。でも歌舞伎は恐ろしかった。歌舞伎役者と僕らはやっぱり身につけているものが全然違う。昼夜、昼夜、昼夜…と延々と続く興行。なぜ歌舞伎にはあの型、あの衣装があるのか…少しだけ分かった気がしました。それだけで貴重でしたけど」。

★終活中?

なりゆきで入った道でいつの間にか28年。幅広く、途切れない仕事の一方で、マイペースなプライベートでは、女性週刊誌に早めの「終活」中と書かれたり、女性ファンは「独身最後のとりで」と見守っている。ことあるごとに聞かれる結婚については一貫して「ない」と話してきた。

映画やドラマのメリハリをナレーションでは抑える。

「ナレーションは役柄を意識したり、セリフを覚える必要がないですから(笑い)。自然はいいですよ。すごいです。この前、屋久島に行ったんですが、雨音がやんだ後、ゴーッと森が水を吸い上げる音が聞こえた気がしたんですね。この映画が撮り込んだ音もハンパないです。ナマケモノを始め知られざる生態もしっかり映し出されています。驚きの連続。まさにアメイジングですよ」と笑う。

50歳。「改めて目標と聞かれても…いただいた仕事を懸命にこなしたら、ようやく次がある。そんな感じですよ」。とはいえ、演技巧者の評価とともに、いつの間にかナレーターとしての足場も固まってきた。

▼井野元直子(日本語吹き替え版プロデューサー)

佐々木さんの落ち着いた語り口と、心に染み入るような声質が、この映画にぴったりだと思い、ナレーションをお願いしました。今回の作品は過去のネーチャー・ドキュメンタリーと異なり、生き物の生態をただ映すだけでなく、それぞれのシーンに、アクション、コメディー、ドラマのような要素もある作品です。佐々木さんならではの演技力で、シーンごとに繊細に演じ分けてくださり、一層ドラマチックで感動的なものになりました。

◆アース アメイジング・デイ

10年前の「アース」以来「ディープ・ブルー」「オーシャンズ」などの劇場用自然ドキュメンタリーを製作してきた英BBCが太陽の動きに合わせ、動物を追った。22カ国で3年、スタッフ100人、ドローン200機が費やされた。

◆佐々木蔵之介(ささき・くらのすけ)

本名・佐々木秀明。1968年(昭43)2月4日、京都生まれ。神戸大学に入学した90年、劇団・惑星ピスタチオの旗揚げに参加。00年NHK連続テレビ小説「オードリー」で注目される。06年「間宮兄弟」で映画初主演。08年「ギラギラ」で連続ドラマ初主演。翌年から「ハンチョウ」シリーズに主演。NHKにんげんドキュメントなど、ナレーションも多い。

 
 
 
 

安藤サクラ 現場も実生活も“えんまん”家庭育み中

NHK「まんぷく」の主役に抜てきされた安藤サクラは、その役通りの天真らんまんな笑顔を見せる(撮影・浅見桂子)

ヒマワリのような明るい笑顔に引きつけられる。NHK連続テレビ小説「まんぷく」(月~土曜、午前8時)でヒロイン・福子役を演じる安藤サクラ(32)。朝ドラ史上初の「ママさんヒロイン」は、大阪の「家族」にも支えられ、撮影に臨んでいる。ロケ先では運命的な出会いもあった。

★土鈴鳴らすルーティン

チリン、チリン、チリン…。朝一番のスタジオに、安藤が鳴らす軽やかな鈴の音が響く。福子を演じる前のルーティンがある。タイトルバック(オープニング映像)を撮影した「日吉大社」(滋賀県大津市)で授かった土鈴(どれい)を鳴らしながら、監督やスタッフへ元気に「おはようございます!」。

「福ちゃんは根源に太陽のような明るいエネルギーを持っている。たとえ葛藤があってもベースに濁りがない。邪がない。たまに土鈴を鳴らすことを忘れ、1シーン目はNGってことも。『あっ、そうだ! きょうは鈴を鳴らしてないぞ~(笑い)』。鈴の音を聞きながら『自分の中にたまった邪を取り払って福ちゃんを演じなきゃ』って思っています」

土鈴「福楽寿寿米(ふくらすずめ)」はドラマ収録を指示する心臓部でもある副調整室の前に置いてある。美術スタッフが台座、衣装スタッフが座布団をつくってくれた。

「福子の役が決まったとき、どうしてもフクロウをモチーフにしたものがほしくなった。でもフクロウだと、福子に『福』と『苦労』がついてきてしまう。そのときは手に取らずに我慢した。日吉大社さんで、なにかお守りがほしいなと思って見に行ったら『福楽寿寿米』があった」

昨年6月に出産した長女とも縁があった。

「娘の干支(えと)は酉(とり)年、『福楽(ふくら)』は福子の『福』とサクラの『くら』、『寿寿米(すずめ)』は鈴さん(福子の母・鈴子=松坂慶子)の『すず』。しかも『鈴愛(すずめ)ちゃん(「半分、青い。」のヒロイン)』からバトンを受けた。なにか、すべてが凝縮されていて、すごく運命的なものを感じた。あのときフクロウのものを買わなかったのは、この土鈴と出会うためだったのかなって」

これまで朝ドラの世界とは遠いところの役を演じてきた。今年のカンヌ国際映画祭で最高賞に輝いた「万引き家族」(是枝裕和監督)で演じた母親役のシリアスな雰囲気と、福子は正反対の役柄だ。

「福ちゃんは人間として真っすぐ。これまで真っすぐに物が見られない役が多かった。こうやって真っすぐな女性を、時間をかけて演じることで、すごくいい生き物に生まれ変われるのではと思っています」

★亡き義母角替さん言葉で覚悟

「まんぷく」は「インスタントラーメン」を生み出した日清食品創業者の安藤百福(ももふく)、仁子(まさこ)さん夫妻をモデルにした物語。大阪を舞台に戦前から高度成長期まで駆け抜けた夫妻の姿を描く。

安藤は朝ドラ史上初の「ママさんヒロイン」。母親の経験は、演技にも生きている。

「母ちゃんになったら、日々の生活、演技、全てにパワーがみなぎるようになった。子どもを産む前の体力と違うのが不思議です。体力がある今だからこそ、ヒロイン福子という役ができる」

23日放送分では福子に待望の長男が生まれた。

「現場では子どもを産んだ方もいますが、1年ちょっと前に産んだ人はいない(笑い)。こんなに早く出産の経験が生かされるとは…。不思議な気持ちです。妊娠、陣痛、出産したシーンは、自分の経験があったからこそ、生まれたものがすごく多い。気持ちの部分も、肉体として表現する部分でも経験が反映されている」

当初はヒロイン役を辞退するつもりだった。母親は子育てに専念するものと思っていた。背中を押したのは夫の柄本佑(31)ら芸能一家だった。父は俳優の奥田瑛二(68)、母はエッセイスト安藤和津(70)、姉は映画監督の安藤桃子(36)。柄本明(70)が義父、柄本時生(29)が義弟。

「夫は『なんで? やればいいじゃん』と、拍子抜けするほど軽く言ってくれた。父からは『これは挑戦じゃなくて冒険だぞ。冒険は途中でやめられない。冒険に出てこい』と言われました」

一番の後押しは10月27日に原発不明がんで亡くなった義母、角替和枝さんの言葉だった。

「出産後も女優を続けてきた義母が『サーちゃん、これをやらないんだったら、事務所も仕事も辞めちゃいな』って話してくれたことです。心強かった。そこで覚悟を決めました」

★豊かな「長屋システム」

今春から大阪で長女と2人暮らし。幼い子どもを連れて朝ドラのヒロインを務めるのは安藤が初めて。

「日曜日の夜に月曜日からの娘の食事の準備します。でも水曜か木曜日ぐらいにはネタが尽きる。みなさん、うちの娘にってわけではないですけど、みんなで食べられるようにと、おかずを容器にいっぱい詰めて持ってきてくれます。炊飯器でお米を炊いて、スタジオの前室でみんなでご飯を食べています」

「まんぷくファミリー」が大阪の「家族」だ。

「先日、姉が収録を見学した後、『長屋システムだね』って言ってました。みなさん1人1人が心から手助けしてくれる。娘はみんなに育ててもらっています。娘も私も日々の生活が豊かになるような特別な時間をいただいている」

大阪で公園デビューも果たした。

「ママ友はちょこちょこできてます。いつも同じスーパーで買い物するので、大阪のおばちゃんとはけっこう仲良くなりました。それとママ話をしたいときは子役のお母さんと『母乳、どうしてます?』。けっこう盛り上がっていますよ」

家族は朝ドラの放送とともに子どもの成長を楽しみしている。

「母は月に1度、大阪で仕事があるときに、のぞきにきてくれます。夫は寂しがってちょくちょく大阪に来てくれます。娘はパパっ子。最初のころ、事細かく感想を言ってきた。『萬平さんのあの告白、チョー格好良くない? よかったね~』って女子みたいに興奮して、電話をしてきました(笑い)」

5月に始まった収録は来年2月ごろまで続く。初回に18歳の娘役と登場し、50代まで演じる。

「現場にいると、量でおなかが満たされることだけがまんぷくじゃないんだなって思う。まんぷくを作っているみなさんとの時間からそういったことを感じています。今から“福ちゃんロス”が心配です」

もう1つ、日吉大社で授かった神仏がある。猿の木彫り「神猿(まさる)」。「魔が去る」「何よりも勝る」と縁起の良いものとされる。

「プライベートですごいピンチのときがあった。撮影の合間は『このまんぷくを見守ってください』という気持ちで、まさるさんをずっと両手に握っていました。すごくいい香りがするんです。ほんとに助けられている気がします」

きょうも思いのこもった鈴の音が響く。

▼夫の萬平役を演じる長谷川博己(41)

安藤サクラさんは、日を追うごとにどんどん表情も変わり、萬平同様、つかみどころのない福子がまさにそこにいるような感じがしています。福子のいろいろな発想や後押しが萬平の足りない部分を補ってくれるような夫婦になっていくのだなと思います。

◆安藤(あんどう)サクラ

1986年(昭61)2月18日、東京都生まれ。07年に父奥田瑛二が監督した映画「風の外側」で女優デビュー。12年映画「かぞくのくに」でブルーリボン賞主演女優賞、14年映画「百円の恋」で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞。12年に柄本佑と結婚、昨年6月に第1子出産。160センチ。血液型A。

 
 
安藤がスタジオ入り前に鳴らす日吉大社の土鈴「福楽寿寿米」(左)、美術スタッフがつくった「まさる」(中央)、日吉大社の「神猿」。台座と座布団はスタッフがつくった

木村佳乃 天真爛漫に“大人のドロドロ愛憎劇”挑戦

型にはまらない生き方が魅力の木村佳乃(撮影・滝沢徹郎)

木村佳乃(42)が、テレビ朝日系主演ドラマ「あなたには渡さない」(土曜午後11時15分)で“大人のドロドロ愛憎劇”に挑んでいる。夫に浮気され、どん底に落ちる妻役で女優の本領を発揮しているが、近年はバラエティーで見せる飾らない素顔も話題だ。女優のみならず新ジャンルで活躍し続ける人気者に、今を聞いた。

★忘れっぽい

インタビュールームに入ると「よろしくお願いしまーす!」と木村の大きな声に迎えられた。どこか天真らんまんな少女らしさがある。

木村は、夫を突然現れた愛人に奪われる専業主婦、上島通子を演じる。濃厚な物語は明るい印象の木村とかけ離れているように見えるが、意外にもドロドロしたドラマが好きだという。

「実生活では言えないようなセリフが言えるので」

連城三紀彦氏の小説「隠れ菊」を現代版にリメーク。通子は敵である夫の愛人から借金をし、日本料理店のおかみとして力強く再出発する。ジェットコースターのようなスピード感で進んでいく物語に「あり得ないけど、面白い」と魅力を感じている。

「離婚を切り出されたかと思ったら(夫の)不倫相手からお金を借りるっていう発想の転換がものすごく面白い。とっぴというか、現実からするとすごい話なんですけど。一晩で6000万持ってきたり」

通子は20年間の専業主婦生活をものともせずに突き進む。夫からは「過去を振り返らない」と責められる場面もある。役柄との共通点を尋ねると、あっけらかんと答えた。

「振り返らないというよりは、忘れっぽい。小さい時から忘れっぽいだけだと思います。でも、新しいことは好きです!」

連続ドラマの主演は6年ぶり。原作小説の言葉を生かすシーンも多く「セリフを覚えるのは大変」と言う。夫の愛人、矢萩多衣を演じる水野美紀(44)との話題はカット割り(=場面ごとの区切り)について。

「カット数を2人で数えることがあります。女優さんにはそういうことがあるんですね」

しみじみとした口ぶりに「多くて大変?」と意味を確認すると、肩をすくめてちゃめっ気たっぷりに答えた。

「えへへ! 内緒!」

★芸人交じり

ここ数年はバラエティーや情報番組への出演、司会業など活動の幅を広げている。今年8月には日本テレビ系「24時間テレビ」にチャリティーパーソナリティーとして初参加したほか、“夏の紅白”ことNHK音楽特番「第50回 思い出のメロディー」の司会を務めた。「不慣れで緊張しました」と言いつつも、楽しそうに振り返る。

「北島三郎さんが隣で『まつり』を歌ってくださった時は涙が出ました。『生きててよかった。この仕事をやっててよかった』と思いました」

日本テレビ系「世界の果てまでイッテQ!」(日曜午後7時58分)では女性芸人に交じって女相撲、バンジージャンプ、ゲテモノ食いなど体当たりチャレンジを披露。お茶の間の好感度は抜群に高い。活躍ぶりについて触れると「あの、実は出演は増えてないんです」と言う。

「(『イッテQ』は)年に1回くらいしか出てないんです。不思議ですよね。テレビの影響力ってすごいなと思いました」

本人の想像以上にそのインパクトは大きかった。バラエティー番組への出演に抵抗感はなかったという。

「自分でやりたいと思って出させていただいたので」

反響は冷静に受け止めている。女優もバラエティーも、姿勢を変えることはない。

「やっぱり役割をいただくわけですから。プロデューサーさんやディレクターさんのおっしゃる通りにやるという点においては、一緒だと思っています」

道を歩けば小学生に「『イッテQ』のあの人だ!」と言われることも。

「『イッテQのあの人』でいいと思いますし、女優さんでもいいですし、何でもいいんです。こだわりはないんです、私。枠にはとらわれないので」

身軽さにあふれている。

「何をやっちゃいけないとかないと思うんです。見ている方がカテゴライズしてくれればいいと思うんですね」

★子ども持ち

木村は01年、25歳の時にも当欄に登場している。当時のインタビューで「役の幅が広がるから年を取るのが楽しみ」と話していた。本人に伝えると「立派なこと言ってますねえ」と笑った。

「その間に結婚も出産もしているので、環境は変わってますよね」

10年に少年隊の東山紀之(52)と結婚し、7歳と5歳の女の子の母でもある。子どもを持ち「より仕事に集中するようになりました」と話す。

「やりたい役も前より増えました。もうちょっと守りに入る傾向があったと思います。今の方が『よし、やってみよう!』という1歩が出せるようになった気がします。不思議ですよね。そういうタイプの私もいるんだと思います」

娘たちの前でも「このまんま」と飾らない。友達のようなお母さんかと思いきや「叱りますよ、ちゃんと」。参考にしているのは自分の母親だという。

「明るい家庭で、すごく面白い人。家はやっぱりお母さんが明るいと楽しいんだというイメージがあるので、私も母みたいになりたいというのはあります」

女優としては「年相応にきたと思います」と、いたって冷静。年齢を重ねる恐怖は「ないです」と言い切った。

「年を取らない人はいないですからね。焦っても焦らなくても時間の流れって平等なので。そこにあらがってもしょうがないと思っているので、今のことしか考えていない。いただいたお仕事を精いっぱいやるってことですかね」

この先の目標を聞くと、力強い答えが返ってきた。

「まずはこの『あなたには渡さない』を見ていただきたいという気持ちでいっぱいです。そこしか考えてないです。共演者スタッフ一同みんなで試行錯誤しながら作っているので、見ていただきたいと心から思います」

真っすぐな目に射抜かれた。女優も司会もバラエティーも、今に全身全霊だ。

▼ドラマで夫婦を演じる萩原聖人(47)

パワーストーンのような方ですね。もしそこらへんに草花が枯れていたら、ピューッと緑になっていくような感じの人ですね。僕自身のプライベートな話を何げなく彼女に聞かれて、僕はこう思っているんですとお答えしたことがあって。そしたら横で「私、そういう話、弱いんです」と急に涙を流されたんです。自分よりも人に対する想像力が、ものすごく敏感な人なんだなと思いました。僕は木村さんと共演できて本当にうれしいんです。この作品で2人の女優と俳優として歴史に残せるような、そんな夫婦として終われたらいいな。

◆テレビ朝日系「あなたには渡さない」

2人の女の戦いと、渦中に巻き込まれる男たちの愛憎劇。夫の不倫相手に離婚届を突きつけられる主人公を木村佳乃、夫の愛人を水野美紀、主人公に思いを寄せる幼なじみを田中哲司、愛人に溺れる夫を萩原聖人が演じる。

◆木村佳乃(きむら・よしの)

本名同じ。1976年(昭51)4月10日、東京都生まれ。96年NHKドラマ「元気をあげる 救命救急医物語」に主演し女優デビュー。98年日本アカデミー賞新人俳優賞、06年同優秀主演女優賞。12年NHKドラマ「はつ恋」に主演。10年少年隊の東山紀之と結婚。2女をもうけ、17年ベストマザー賞を受賞。同年NHK連続テレビ小説「ひよっこ」に出演。今年4月から同局情報番組「所さん!大変ですよ」で司会を務める。169センチ。血液型A。

連載「日曜のヒロイン」 型にはまらない生き方が魅力の木村佳乃=2018年10月20日
連載「日曜のヒロイン」 型にはまらない生き方が魅力の木村佳乃=2018年10月20日
連載「日曜のヒロイン」 型にはまらない生き方が魅力の木村佳乃=2018年10月20日

オードリー若林正恭 芸人&作家二刀流の素養キラリ

お笑い以外にもCMや文芸と活躍の場を広げるオードリー若林正恭。それでもインタビューの最後に「やっぱり人を笑わせるのって、とても難しいことだと思いますよぉ~、でも、いちばん面白いですよ」と潔い言葉が聞けて、なんだかうれしい気分になりました(撮影・狩俣裕三)

お笑いコンビ、オードリー若林正恭(40)のエッセー集「ナナメの夕暮れ」が、発売から2カ月で10万部を突破する人気となっている。「後悔だらけ」という半生を振り返ったもので、「オジサンになったこと」を自覚し始めた30代半ばから、人生を楽しむ喜びに目覚めたという。作家とお笑い芸人。二刀流の素養がキラリと光る男の素顔に迫った。

★先輩と父の言葉で

「『ナナメの目線』で物事をずっと見てきたのに、自分がオジサンになって変わりました。もう、『ナナメのふり』ができなくなったんです」

著書のタイトル「ナナメの夕暮れ」に込めた思いをこう説明した。

21歳で芸能界に入ったころは、湧き出るようなイライラが体の中に渦巻いていた。それが芸人・若林の武器ともいえる冷笑と揶揄(やゆ)に満ちた「ナナメ目線」につながっていた。

春日俊彰(39)とのコンビでM-1グランプリで準Vに輝いたのが08年。以来、春日の「上から目線」と、若林のとんがった「冷たいツッコミ」でお笑い界の最前線を走り続けた。ところが、オジサンになったことで、もう「ナナメ目線」ができないと明かす。

「オジサン化」を自覚したのは35歳ごろだった。

「テレビ番組の始まる前にアンケートを書くことが多いんです。『最近腹が立つこと』とか『最近ひっかかっていること』など。それを書くのに結構苦労をするようになっていました。無理やり何かにイライラして書いたりした」

パーソナリティーを務めるニッポン放送「オードリーのオールナイトニッポン」のトークも変わった。

「リスナーには本気でしゃべらないと伝わらないし、『ナナメのふり』をしてしゃべっても全然面白くない。何かの『キャラ』を守っている人もいるけど、自分にそれは向いていない」

仕事だけでなく、趣味の変化にもつながった。「俗物のブタ野郎のおやじがやるもの」と決めつけていたゴルフを3年前に始めた。

「高校時代はアメフト部で、気合を入れて相手を吹っ飛ばすことしか考えなかった。でも、ゴルフは気合や力を入れると、ボールが全然飛ばないし、スコアも良くない。何で失敗をしたのかは分かるけど、何でうまくいったのかはよく分からない。ゴルフって奥が深いというか不思議なスポーツです」

2年前には、生き方を見つめなおすきっかけとなる訃報が相次いだ。44歳の若さで亡くなった事務所の先輩前田健さんと父親だ。

「この2人には、自分の性根の部分をよく怒られました。マエケンさんには、売れないことを悲観したりすると『結局、今を楽しんだ人の勝ちなんだよ』と、何度も言われました。過去にとらわれて悶々(もんもん)としたり、未来を心配していると、人生はすぐに終わるんだなって思ったのは大きかったかもしれない。オヤジも強がりなのか、死を前にして『十分に人生を楽しんだ』『全部楽しんだから早く死にてぇんだ』って言っていたんです」

「人生を楽しむ」。2人の言葉が胸に刻まれた。

★人一倍強い感受性

子ども時代を振り返ると「本当に、生きるのに向いていない性格に生まれてきた」と苦笑した。

感受性が人一倍強かった。「4歳のころ、家の2階でバタンと大きな音がしたんで、母ちゃんが見に行くと、おれが気絶をしていたそうです。虫が嫌いで、綿ぼこりが風で転がっているのを見て虫だと思って気絶をしてしまったんです」

集団生活も苦手だった。「小学校1年の運動会で玉入れがあるじゃないですか。オヤジが8ミリビデオを撮っていたら、おれが籠でなくて保護者の観覧席に玉をずっと投げていた。『あっ、こいつだめだ』。そうつぶやくオヤジの声がビデオに入っているんですよ」

今は「普通」であることよりも、「個性的なこと」が求められる時代だ。独特の個性はユニークな長所ではないか。

「『普通がいや』というのは、僕からしたらぜいたくな悩みです」。「ぜいたく」とは。「この間、本屋さんに行ったら『ナナメの夕暮れ』の宣伝ポップに『若林さんは普通になってしまうのか』と書いてあったんです。おれは『普通になりたいんだ』って、ずーっと思ってきたのにですよ」。そして「せっかく生まれてきたのなら、日々を楽しもうよという『普通』。自分はそれに憧れ続けてきたんです」。少し早口で、そして強い口調で訴えた。

★笑い円熟、来年武道館

これからの若林はどこへ向かうのか。理想像は梅沢富美男(68)だという。

「みんなで仲良くしましょう」という同調圧力を感じる空気が肌に合わないという若林に「芸能界に友だちなんかいらねーんだよ」。こう、ストレートに言い放ったのが梅沢だった。この正直さに強烈な魅力を感じた。芸能人としてのプロ意識にも衝撃を受けた。

「ラジオ番組にゲスト出演をしてもらった時に、頭に小銭を置いたままケツバットをやるゲームがあって、『やっていいですか』と聞いたら『おう、やれよ』。あの年齢とキャリアで、本当に格好いいなと」

失礼を承知で、梅沢に「最近書いた著書を読みたいけど、買うほどでもないからもらえますか」と聞いたら「バカヤローッ」と一喝。それでも、若林と番組リスナー用にと20冊を贈ってくれた。

「あんなふうになれたらいいなと思う。目標です。実は死んだオヤジも梅沢さんみたいな口調だった」

13年に発売した初エッセー「社会人大学人見知り学部卒業見込」が累計20万部のロングセラー。17年発売の紀行エッセー「表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬」は斎藤茂太賞を受賞するなど、作家として高い注目を浴びている。今後も文筆家とお笑いの二刀流でいくのか。軸足はあくまで「お笑い」だと言う。

「自分にとっては、エッセーを書くことよりも漫才の方が難しい。笑いを取るっていうのはメチャクチャ難しいんですよ。5分の漫才を作るのに、何週間もずっとドトール(コーヒー)で悩みます。エッセーは2時間いたら書けますから。それと、漫才師の先輩たちのすごいネタと比べて、小説の方が上だとは、自分は全然思っていないので」

本業である、オードリーの漫才イベントを来年3月2日に日本武道館で行う。

「見た人に後悔はさせません。結構、動きのあるライブなので、体力的にも年を取るとできないんじゃないかと思うんです」

不惑の年。肩の力が抜けて円熟味さえ感じる若林。平成最後の大舞台に注目だ。

▼友人の南海キャンディーズ山里亮太(41)

ある時、ゴルフをしている写真が送られてきました。それから葉巻を吸う写真、海外で馬に乗る写真…。そこには、「俺はもう昔の俺じゃない」という趣旨の言葉がいつも添えられている。本人は次のステージに行ったと思っているようだけど、毎回添える言葉は、そのステージに自然にいない証拠。ただ、何も変わっていないということではなく、昔、共に毛嫌いしたものに前向きにいくことで、新しい引き出しを増やしまくっています。でも、根底は何も変わっていない。昔の大好きなクズのままだと思います!

◆ナナメの夕暮れ

月刊誌「ダ・ヴィンチ」で、15年8月号から18年4月号まで連載したエッセーに書き下ろしを加えた。文芸春秋刊。1296円。

◆若林正恭(わかばやし・まさやす)

1978年(昭53)9月20日、東京都生まれ。中高時代の同級生の春日俊彰を誘い、2000年にお笑いコンビ「ナイスミドル」を結成。05年に「オードリー」に改名。現在はツッコミ担当。08年の「M-1グランプリ」で準優勝。テレビ朝日系「激レアさんを連れてきた。」、フジテレビ系「潜在能力テスト」などにレギュラー出演中。169センチ、60キロ。血液型O。

インタビューで笑顔を交えながら答えるオードリー若林正恭=2018年10月11日
 

野性爆弾くっきー 白塗りに隠された素顔

野性爆弾のくっきーは1度見たら忘れられない強烈なインパクト。筋肉アピールのポーズだそうです(撮影・中島郁夫)

今年上半期のブレーク芸人ランキング(オリコン調べ)で1位に輝いたのが、お笑いコンビ、野性爆弾のくっきー(42)だ。むちゃぶり、白塗り、シュールなボケがお茶の間にも浸透。10月からはフジテレビ系バラエティー「坂上どうぶつ王国」(金曜午後7時)のレギュラーに抜てきされるなど、引っ張りだこだ。芸能人の顔まねで披露する白塗りの下に隠された、“イケメン”の素顔をのぞいてみた。

★嫉妬で壁作るタイプ

熱烈なファンを持つ、強引なまでのボケまくり芸で知られる男が、ついにゴールデンタイムのレギュラーに進出した。「坂上-」では、象の餌やり、犬の保育園のアルバイトと、過酷なロケを担当する。

「うれしいですね。ホンマか、と思いました。いい時間帯の動物番組で朗らかな、あったかいイメージがありましたから。そこに、僕、入るわけないと思って(笑い)」

千葉の「市原ぞうの国」のロケには女優堀田真由(20)と餌やり係に挑戦。手から直接、巨大おにぎりを象の鼻へ“手渡し”して、鼻についた飯粒をパクリと食べて「まねしないでください」のテロップも出た。

「好きなようにボケさせてくれてありがたい。いびつすぎてカットされることもありますけど。そもそも、動物がメチャメチャ得意というわけじゃないんです。どちらかというとびびってる。象なんて歯止めがきかないじゃないですか。怖いなと思ってたんですけど、おとなしい、人慣れした象でギリ助かりました」

「犬の保育園」では女優高梨臨(29)と25匹の犬のトレーニングを体験した。

「かわいかったですね。犬派か猫派かと言われると、僕は犬派なんです。猫は長いけど、犬は丸いというイメージ。丸い方が好きなんです。子供のころ、父親が野良犬を連れて帰ってきて、飼おうということになったんですけど、兄貴が毛で鼻がグシュグシュになって、また放置するというキャッチ&リリース(笑い)。自分で飼うのは魚系が多かったです。次長課長の河本にアロワナをもらって飼っていたことがあります」

MCの坂上忍(51)からは「いつか一緒に仕事をしたい」とラブコールが届いていた。豪華なメンツの中で、女優片平なぎさ(59)やバラエティー初体験の堀田と絡む。

「片平さんとは、大女優だから、ようしゃべりかけなかったけど、今はメチャメチャ普通というか。気さくな方でよかったです。この番組がなければ、まじ、ピクリとも接点はなかったかと。堀田ちゃんも、そうですね。ただ、本当なら僕と一緒に餌やりの最下層のロケに行かなダメなんですけど、長嶋(一茂)さんとロケに行ったりして、ちょっと嫉妬してます。僕、嫉妬したら壁を作っちゃうタイプなんで。今、薄~いオブラートレベルですけど、薄い壁が堀田ちゃんとの間にできてます(笑い)」

★呼ばれた仕事楽しく

今年の上半期ブレーク芸人1位については「ひょっこりはんの方が売れてません!?」と、正直な感想を口にする。相方のロッシー(43)とは幼稚園から高校まで一緒だ。

「常につるんでたわけじゃないんです。養成所には別々に入って、互いの相方が辞めてから一緒に通うようになりました」

08年に上京、15年に本名でもある川島邦裕から、くっきーに改名した。

「上京のきっかけは、それまでやってきた劇場がつぶれたから。師匠たちも出る大きな劇場だと楽屋あいさつが煩わしいんで、もう劇場出んと東京に行ってまおうと。嫌なんですよね。知らん師匠にあいさつって」

嫌な師匠は誰?

「いますけど、言えないです。僕が殺されちゃうので(笑い)」

同期芸人は次長課長、ブラックマヨネーズ、チュートリアル徳井義実と売れっ子ぞろいだ。仲間たちから「売れて当然」の声があるが、時間がかかった。

「あせりはなかったですけどね。芸人連中とおると日々、楽しいんですよ。後輩たちとキャッキャッ遊んでると、あせりがかき消される。ただ、給料明細を見るとキャッ! となってましたけど(笑い)。あと、東京に出てきてからは、意外と食えてるんです。劇場が安定しているし、テレビの仕事も増えて苦労はなかった。あまり、バコバコ売れたいっていう野望がなかった。今も、日々、呼ばれた仕事を自分なりに一番楽しい状態でやるっていう基本は変わってませんから」

★凝縮された長瀬智也

04年、まだ大阪の無名時代に一般女性と結婚し、小学生の子供が2人いる。

「29歳、ギリ食える感じ。バイトしつつ、6~7年、付き合っていた。完全なる流れで、なんも考えてないです。基本、大阪時代、浮気は全バレって感じでしたけどね。だから、根性据わった嫁ですよね」

夫人と知り合ったきっかけは、自身へのファンレターだった。

「芸風とかじゃなく、見た目が好きやったんですって。意外と長瀬(智也)さんに似てると言われます。凝縮された長瀬さんが…」

最近、くっきーは白塗りして顔を描けば、どんなイケメンもまねができる芸が受けている。

売れっ子になって、周りの芸人が「よかった」と心底喜んでくれている。ただ1人、東野幸治(51)を除いては。

「東野さんは怖い。この前に『好き放題のボケやって偶然売れたんだとしたら、好き放題やってええんやって若手が出てきたらかわいそうや』って。超偶然な僕を目指したら、死んでしまうて。たいした男ですわ、あの人は。ほんま、そやなと思いました。『究極、売れんでもええ』と楽しんで全力でやってる脳みその僕を目指さないように、丁寧に漫才しなさいよと言いたいですけどね。東野さんは心の師匠ですね」

もう1人の恩人が、千原ジュニア(44)だ。

「東京に来たころ、ジュニアさんが『こいつって、こういう芸人なんです。こういう振りをしたら、こうボケるんです』っていう説明書を作ってくれました」

ゴールデン帯のレギュラーで、さらに新しいファンが増えていく。

「大阪時代から、テレビに出るとイベントに来る人が増える。そこでやりたいことしかやらへんから『思てたんと違う』と離れていく。それでも残る人を雪だるまみたいに、どんどん大きくしてきた。『坂上-』を見て『くっきー、動物と戯れてかわいいわ』と来てくれて、それで離れていく人の中で、ちょっとでも残る人を雪だるまみたいにデカくできたらいいなと」

平成最後の冬は、くっきーの巨大な雪だるまを楽しめるはずだ。

▼「坂上どうぶつ王国」のMCを務める坂上忍(51)

くっきーのボケは、僕はイマイチ分かりません。でも、あなたの人柄が大好きです。今年に入って「ダウンタウンなう」の「本音でハシゴ酒」のコーナーに、くっきーさんがゲストに来た時に僕がほれちゃいました。本当に緊張していて、それを見て、なんていい人なんだと。そこの空気に、あたふたした感じに、人柄みたいなものを垣間見て「いつかお仕事できたらな」と思っていました。いや~、うれしいです。この番組で、こういう人だったんだと、別の顔が見えてきたらなと思います。

◆フジテレビ系「坂上どうぶつ王国」

金曜午後7時放送の動物教養バラエティー。MCの坂上が、自身の夢である動物王国作りを目指す。ほかに片平なぎさ、サンドウィッチマン、King&Prince高橋海人、堀田真由らが出演。

◆くっきー 1976年(昭51)3月12日、滋賀県守山市生まれ。94年4月に吉本興業養成所NSC大阪校に入所し野性爆弾結成、ボケ担当。相方ロッシーは守山市立河西幼稚園、河西小、守山北中、守山北高と一緒の幼なじみ。04年12月に結婚し、1男1女の父。09年上方笑演芸大賞技能賞。レギュラーはBSスカパー「BAZOOKA!!!」(月曜午後9時)など。趣味は爪を切らないこと。特技はカマキリ早つかみ。180センチ、80キロ。血液型AB。

 
 

オトナ色の田中麗奈 どの時代にも映える

NHKドラマ「ぬけまいる~女三人伊勢参り~」で時代劇初主演の田中麗奈。印象深かった「なっちゃん」のCMから20年たちましたが、変わらないみずみずしさと大人っぽさが素敵でした(撮影・狩俣裕三)

芸歴は長いが、芝居が好きで仕方ないという。女優田中麗奈(38)。演技派女優の1人ではあるが、その転機となったのは30歳を超えてからだったという。過去にない役を研究し、演じたことで、役者としての幅が広がった。今回は、NHK土曜時代劇「ぬけまいる~女三人伊勢参り~」(土曜午後6時5分)で、小間物屋の女主人お蝶を演じている。女優として進化し続けるその魅力に迫った。

★16年医師と結婚

きゃしゃな体つきだが眼光は鋭い。女優らしいオーラが漂うが、インタビューが始まると屈託のない笑顔を見せる。時代劇は08年5月には映画「山桜」、14年4月には舞台「きりきり舞い」でそれぞれ主演を経験しているが、テレビ時代劇は今回が初主演だ。

「ぬけまいる」は、作家朝井まかて氏の小説が原作。田中演じるお蝶、ともさかりえ(39)演じる一膳飯店の娘・お以乃、佐藤江梨子(36)演じる武家の妻・お志花の3人娘は「こんなはずじゃなかった」とそれぞれに悩みを抱えるが、伊勢参りの旅を通して輝きをとり戻す、いわば女性版「東海道中膝栗毛」だ。

「主演といっても、ともさかさん、サトエリさんとずっと3人でいるので、3人が主演という感じです。だから、NHKの時代劇主演というところの背負い方は、みなさんと一緒に良い感じに荷物を分けあっている感じ。お蝶はリーダー的存在で仕切ったりもしますけど、2人と違ってお買い物といって寄り道したり、疲れたといって休んだりで、旅を乱す存在なんです(笑い)。あと、お色気で相手を油断させる役もあります」

16年には医師と結婚した。女優田中麗奈の「色気」は、結婚によって生まれたところもあるのだろうか。

「そんなくだらない質問しないでくださいよ、ホントに(笑い)。それはちょっと、もう…。そこは私と比べなくていいです。お蝶は自分で色気があると言ってるけど、そう見えないパターンの人なんです。だから、色気というよりも、おちゃめで明るい感じで、性格もタイプも色気というのとはかけ離れているんです。自分と比べては…、あの~、いいです(笑い)」

★「普通」役難しい

現代劇と時代劇。演じる上での違いは大きいという。

「声の出し方、テンポやリズム、所作も違います。最も意識するのは、時代背景です。どういう時代で、どんな生活状態だったのかですね。今回の設定は江戸時代の庶民の話なので、お殿様が出て来るとか、戦があるわけではありません。明るい時代劇なので演じていて楽しいし、土曜の夕方に家族で楽しめる時代劇だと思います」

同作では、旅先で出会うゲスト陣も滝沢秀明、舘ひろしと顔ぶれは豪華だ。

「滝沢さんはお以乃さんとのラブストーリー要素が入ってくるのですが、見ていてドキドキしました。すごくいいシーンが盛りだくさんです。舘さんは伊作さんという、お蝶いわく『うだつの上がらない男』なんですけど、ダメな男に哀愁があってかわいらしくて、これはもうすごくおもしろいシーンになると思います。この辺りも見どころなので楽しみにしていてください」

役者として幅が広がってきたのは、30歳になったころだった。

「30歳を過ぎるといじられるんですよね。30歳過ぎて結婚していないとか、“おばさん”と言われたりとか(笑い)。20代後半には突っ込めないことが、30代になるとちょっとおもしろくというか、ネタが増えてくるのかなと思っています」

NHKプレミアムドラマ「恋愛検定」では、好きな年下男性の好みに合わせて自分を変える辻恵理子を演じた。32歳だった。

「好きな男性の元カノが山ガールだったことから、本当はイケイケな性格だったのに、急に山ガールに変身して、ちょっと痛いことになっちゃうんです。なんか私もいじられるようになってきたんだなって(笑い)。その辺りから幅が広がってきたような気がします」

昨年のフジテレビ系オトナの土ドラ「真昼の悪魔」では、美人外科女医を演じ、内面に潜む悪魔を持つ“サイコパス”の難役に挑んだ。

「あれはすごくおもしろかったです。あの役は完全に作り込みました。サイコパスについても勉強しましたし、ドストエフスキーの『罪と罰』も実際に読みました。小説の主人公の罪悪感と恐怖、でも人がやっていないことをした興奮とか、ばれちゃいけないけどばらしたいという心理も自分なりに出しました。演じながら『この女をもっと痛めつけてやりたい』とさえ思っていました。でも、ああいう役はできるという意識はあったんです。みなさんは意外と思うかも知れないけど、多分得意だと思います。私がすごく怖がりで、恐怖心が大きいので、どうすると人が怖がるのかを理解できているんだと思います。まだやり足りないくらいなので、映画とかで復活して欲しいです(笑い)」

その一方、昨年公開の映画「幼な子われらに生まれ」では、男性に寄り添いながら生きる専業主婦・田中奈苗という、正反対な女性も演じた。

「逆に、ああいった普通のタイプのほうが難しいです。キャラクターで押していけないんです。『真昼の悪魔』のように強いキャラクターはアニメでも行けそうですけど、家族のドキュメント作品はそういうわけにはいかないので、役としては難しいです」

★自分に興味ない

公私ともに順風満帆に見えるが、「ぬけまいる」のように全てを放り出して伊勢参りにいくような、そんな思いに駆られたことはなかったのだろか。

「ないですね。今の時代、仕事投げ出してどこかに行っちゃったりしたら、干されちゃいますから(笑い)。もし私が投げ出していたら、よっぽどの事情を抱えているんじゃないですかね。家庭の事情だったり、仕事の事情だったり…。もしあっても、ここで言えないですから。『全てを投げ出してどこかに行きたい』なんて言われても困りますよね(笑い)。お芝居の仕事が好きなんです」

女優としてはもちろん、人としても30歳が転機となった。

「10代、20代のころは、質問で『どんな性格ですか』と聞かれて一生懸命考えてアピールしなきゃと思っていたし、自分でも興味をもっていました。でも30歳を超えてから、全然自分のことに興味がないんです(笑い)」

それは、どんな役にでもなりきれる、自信の裏返しなのかもしれない。だからなのだろう、芝居について話す時は、自然と笑顔になる。

「やっぱり、おもしろみのある人というか、どこか一癖あるおもしろい女優さんになれたらいいですね。お芝居の仕事が好きなんです」

そう話したときの目の輝きが、最も印象的だった。

▼5年ぶりに共演したともさかりえ

私は一貫して、麗奈ちゃんがかわいくて仕方がないんです。ずっと愛(め)でていたい(笑い)。あんなに存在自体がかわいらしい人は、なかなかいないと思います。普段のしぐさだったり、ちょっとした撮影の合間のおしゃべりだったりと、全部かわいい。天真らんまんというか、素直なんです。分からないことは分からないと聞ける。大人になると、そういうところで格好付けようという気持ちが出てしまうけど、そういうところが一切ない。その素直さがすてきだし、憧れます。

◆NHK土曜時代劇「ぬけまいる~女三人伊勢参り~」(土曜午後6時5分)

若いころに「馬喰町の猪鹿蝶」と呼ばれていた3人娘が三十路(みそじ)を迎え、突如、仕事も家庭も放り出し伊勢参りに出かけてしまうという物語。

◆田中麗奈(たなか・れな)

1980年(昭55)5月22日、福岡県生まれ。98年、サントリーの清涼飲料水「なっちゃん」のCMで話題となる。同年、映画「がんばっていきまっしょい」で初主演し、日本アカデミー賞など各種新人賞を受賞。08年「思い出トランプ」で舞台デビュー。10年には「久留米ふるさと特別大使」を任命される。16年2月、医師と結婚。趣味、特技は中国語、茶道、日舞。158センチ、血液型A。

 
 

現在女優、イモトアヤコの世界の果ては?

キャリアウーマン役を演じるイモトアヤコさんに「できる女」をリクエスト。地球を越え宇宙を目指す上司に部下もぞっこん? です(撮影・滝沢徹郎)

まさに“日曜日のヒロイン”だ。TBS系ドラマ「下町ロケット」(日曜午後9時)に“天才エンジニア”役として出演しているイモトアヤコ(32)。その熱演が話題になっているが、そもそもは高視聴率番組日本テレビ系「世界の果てまでイッテQ!」(日曜午後8時)でブレークを果たした。視聴率激戦区と言われる日曜夜の話題作に出演する人気者の意外な素顔に迫った。

★一直線で純粋

お茶の間の人気者が新境地を切り開いている。「下町ロケット」では物語のキーマンとなるトラクターのトランスミッションやギアを開発する天才エンジニア・島津裕を演じている。

「珍獣ハンター」でも「登山家」でもない。シリアスなドラマの中では本物の「天才エンジニア」のような凜(りん)としたたたずまい。女優としてのオーラを醸し出しながらインタビューはスタートした。

「(オファーを受けて)原作を読んだ時、ギアが入りました(笑い)。『これは大変だな』って思ったのですが、すてきな女性だし、この役をやれるのはすごいラッキーだなって。でも、『ヒーヒー』ですよ。バルブとかトランスミッションとか普段、使わない言葉が出てくるので。すごく練習しています」

話し始めると、すぐに人なつっこいバラエティーで見せる顔になった。ドラマは第1話が放送されると「演技力がすごい」などと絶賛され、共演者からも高評価を得ている。

「島津さんは、ものを作るのが純粋に好きで、私も何かを純粋に好きになるという共通点があるんです。自分で言うのもなんなのですが、一直線ですごい純粋。共演者の皆さんより経験値が少ないし、セリフを覚えたりするのも大変ですが、演じていて楽しいです」

07年、「世界の果てまでイッテQ!」に珍獣ハンターとして出演すると、太い眉毛とセーラー服をトレードマークに珍獣と対決するなど体当たり企画で大ブレークした。今でも1年の半分はロケのために海外を飛び回る。

「行った国は128カ国になりました。ロケにはもっと行ってます。アメリカなんて24回くらい行ってます。パスポートは5冊目くらい。ページが埋まると増刷して、それが埋まると変えるんです。2年に1回くらい変えています」

ブレークから約10年、何か変わったことはあるのだろうか。

「当時は、あまり訳が分かっていなかったから必死でした。今でも必死ですけど、芸能界そのものが分からなかったし、人の付き合い方も分からない。常にどこに行っても居場所がないと感じてました。色ものとか、きわものって思われているだろうなって感じていたし。でも、今はちょっとずつ自分のスペースができて、居心地が良くなってきました」

14年に出演した舞台「君となら~Nobody Else But You」で、親友となった女優の竹内結子(38)ら共演者との3カ月以上にわたる濃密な時間が心境の変化のきっかけにつながった。自分の周囲を見回す余裕の大切さを知ったという。

「10年前は『花なんて』と思っていたんです。30歳を超えたあたりから、お花屋さんに行ってお花を買うようになりました。花を見て美しいって思えるようになってきたんです。今は、ガーデニングをすごくやりたくて。ベランダをウッドデッキにして、ガーデニングしたいんです。今、Eテレ『趣味の園芸』とか園芸雑誌とか見てますから(笑い)。そういう心の余裕みたいなものもでてきたんです」

他にも大きな意識の変化があるという。

「この10年間は、行ったことがない場所に行かせてもらったり、特殊な経験に人生をつぎ込んできました。でも、単純に1人の人間として経験が足りていない気がして、日本のことを知らないって思うようになって。(ペルーの)マチュピチュに行ってるのに、銀閣寺に行っていない。日本人としてそれで良いのか、って、思うようになって。休みの日に国内に旅行に行ったり、車を買って知らない場所にドライブするようになりました」

★結婚して母に

8年前、イモトが「日曜日のヒロイン」に登場した当時のインタビューでは「こんな生活じゃ彼氏なんてできるはずないし、普通は芸能界で生き残っていけるかとか考えるんでしょうけど、私の場合はリアルな意味で生き残れるのかって不安になることはあります」と語っていた。

「そんなことを言っていたんですね(笑い)。今、生き残りたいですね、って言わないってことは、そこはクリアしたんですね(笑い)。次のステップにいけてるんだなと思います」

では、この先10年は。

「10年後は42歳ですね。今まで、していない経験をしてみたいですね。女性として結婚も機会があればしてみたいし、母になれるなら、なった時の自分の感覚が分からないのでなってみたいとも思います。それで、もし海外に行くロケが続いていたら、また何かが違うんじゃないかなと思います。女優さんの仕事もしていたいと思いますし。そしたら今までできなかったような役のオファーも来るかもしれないし」

さらにその先は、どこに向かっていくのか。目標にする2人の先輩をあげた。

「好奇心を持ったまま、年を重ねたいですね。木村佳乃さんは、今42歳なんですけど、すごいすてき。何事にも好奇心があって分野関係なく挑戦されていて、『楽しいことは関係なくやってみたい』っておっしゃっているのを聞くと、こういう大人になりたいって思います。それに尊敬するデヴィ夫人もかっこいいです。70歳過ぎてバンジージャンプに挑戦したりするんですから。私が20代のころ、私のことをライバルと言ってくれたんです。体力的な意味でですよ。私が70歳になった時、20代の子をライバルと言えるか自信がないですけど、そういう気持ちのまま年を取りたいなと思いますね」

最後に、“旅行の達人”にプライベートで行きたい場所を聞いた。

「海外だとギリシャのサントリーニ島です。(大ファンの)安室奈美恵さんが『すごくすてきな所だよ』って言っていた場所で、えーっ、良いなって(笑い)。日本だと、2つあって、瀬戸内にあるアートの島と言われる直島と、沖縄の久高島です。結局、山じゃなくて、島ですね。島リゾートにいきたいです(笑い)」

さまざまな経験や体験を吸収し、深みのある大人の女性へと変貌しつつあるイモトアヤコ。「10年後、またインタビューしてください。どうなっているか楽しみじゃないですか」と屈託のない笑顔を見せるが、本当に楽しみだ。

▼大親友の竹内結子(38)

人の心の機微を繊細に感じて寄り添ってくれる優しさと、バラエティー番組でみせるおとこ気とのギャップにほれます。例えば初めての挑戦となるものが出されたとすると、「できるかできないかではなく、やるかやらないか」「先を気にするよりも今やってみること」に価値があると体現してくれる人だと私は思います。その行動力に励まされもすれば裏腹に、実は小食で涙もろい純粋な心の持ち主なところが人としてとてもとても魅力的なひとです。

◆「下町ロケット」

池井戸潤氏の小説「下町ロケット ゴースト」と「下町ロケット ヤタガラス」が原作。佃航平(阿部寛)率いる佃製作所が不屈の闘志とプライドで挫折を乗り越えていく姿が描かれる。今作は宇宙から大地へ舞台を移した物語。

◆イモトアヤコ

本名・井本絢子。1986年(昭61)1月12日、鳥取県生まれ。文教大在学中の06年に、バービーとお笑いコンビ、東京ホルモン娘を結成。翌07年、日本テレビ系「世界の果てまでイッテQ!」でデビュー、珍獣ハンターや登山などで現在も活躍。09年の日本テレビ系「24時間テレビ」で126・585キロを完走。10年、TBS系ドラマ「99年の愛~JAPANESE AMERICANS~」で女優デビュー。日本テレビ系ドラマ「家売るオンナ」などに出演。158センチ。血液型O。

眉毛の太くないイモトアヤコさんは元気でステキな女優なんです(撮影・滝沢徹郎)
 
 

織田裕二「月9がキラキラしてた頃を僕は知ってる」

10年ぶりの「月9」に挑む織田裕二。くしゃっとした笑顔から、今作の自信にあふれた男の表情まで。長いキャリアを凝縮した表情の七変化を、間近で体感しました(撮影・林敏行)

俳優織田裕二(50)が10年ぶりにフジテレビの看板枠「月9」に戻ってきた。連続ドラマ「SUITS/スーツ」(月曜午後9時)で、勝つためなら違法すれすれの手段もいとわない敏腕弁護士、甲斐正午を演じている。相棒は年齢が半分の中島裕翔(25)。そしてボスが27年ぶりに共演の鈴木保奈美(52)と役者がそろった。全部、まとめて聞いてみた。

★家族

オリジナルの米国版「SUITS」は大ヒットドラマ。11年から現在まで、シーズン8まで放送されており、韓国でも連ドラ化された。

「同じ題材のものを3カ国で、ほぼ同時にやる。やっぱり最初は、みんなプレッシャーを感じていたと思います。でも、日ごとに手応えが増しています」

織田が演じる甲斐は、1度見た物は忘れない能力を持つフリーターの鈴木大輔をニセ弁護士に仕立て、相棒にする。

「僕は家族って言っちゃうんだけど、1つのファーム(法律事務所)の弁護士たちの話じゃなくて、たまたま職業が弁護士なだけ。他の職業に置き換えてもいいと思います。職場の人間関係であったり、そこから派生したライバルだったり。流行の1話完結のドラマとは、ちょっと違う。昔、月曜9時のドラマ、月9がキラキラしていた頃を僕は知っていますから」

織田にとって月9は10年ぶり4度目。08年の主演ドラマ「太陽と海の教室」以来だ。トレンディードラマの代名詞だった月曜午後9時枠より、火曜午後9時、水曜午後9時枠で主演を重ねてきた。

「月9のキラキラしたものへの反骨心みたいなのから、火9、水9というものが生まれた。こちらは少し知能犯というか、知的な感じだった。そのキラキラと知的な、両方の要素をうまくミックスできれば『SUITS』が、できていくと思っています」

弁護士が主人公なだけに訴訟という軸はあるが、事件ものではない。自身の代名詞ともなる作品に似ているという。

「『踊る大捜査線』に似てるんですよね。『踊る-』は警察の話だったけど、単純に犯人を捕まえに行く話じゃなかった。警察だけど、普通の会社に置き換えたってよかった。その署内の人間関係だったり、支社が本社からむちゃぶりされたとか(笑い)。このドラマは訴訟シーンがあまりなくて、インしてから1カ月以上たってから初めて法廷に立ちました。あくまでもベースはリアルにだけど、それをいい具合にデフォルメする。この『SUITS』も、スーツの着こなし方を知った上で、着崩すように持っていけたら、すてきになるんじゃないかな(笑い)」

織田演じる甲斐のバディ(相棒)となる鈴木大輔は、司法予備試験に史上最年少で合格しながらドロップアウト。その卓越した能力に気がついた甲斐が経歴を偽らせ、ニセ弁護士として起用する。演じる中島裕翔は、織田の半分の年齢だ。

★50歳

「年なんて関係ないですよ。僕が25歳の時だって、年をとっている役者を見て、なんとも思わなかった。おじさん、としか思わないだろうし、同じ土俵に立ったら『年だから』って言い訳にならない。野球だって、ベテランピッチャーだから『遠慮して打たない』なんてことはない。どこの世界も一緒なんです。そういう意味じゃ、25歳だろうがなんだろうが、それはたまたまの設定。彼が50歳の役をやっちゃえば、関係ない」

それでも、主役として共演の若者には最大の配慮をする。制作発表でも、フリーター役のパーカ姿の中島に「はやく衣装に着替えて来いよ」と笑いながらツッコミを入れ続けた。

「なるべく、彼が考えていることを言える環境作りをしてあげたいなと思っています。『取り入れた方がドラマがためになる』と感じたことを、口に出しやすいようにね。僕らは台本をもらっているけど、台本っていうのはあくまで設計図だとしか、僕は思っていない。その設計図に対して、僕らは職人で『大工さんで呼ばれました』『左官です』って集まっている。設計図通りにやるより、通路を作った方がいいとか、風通しが悪いから窓を作った方がいいとか。それによって住みやすくなればいい。かっこよくても、カビが生えちゃうようじゃいけない。後から『お前、気付いてたんだったら言えよ』はダメ。だから、それを言いやすい環境作りをしなければいけないと。やっぱり遠慮する部分があるじゃないですか。『怖そう』とか(笑い)」

クランクインから2カ月近く経過した。

「緊張はしなくなったのかな。どうだろ、本人に聞いてみないと。だけど、すごく器用だし、しっかりしている。それで、たまにポカをやるんですよ(笑い)。それも魅力というか、ぴったり合っているんです。大輔というキャラクターに、ちょうどよかったと思っています」

★ダイヤル電話からスマホへ

弁護士事務所のボス役を演じるのは鈴木保奈美。トレンディードラマの金字塔「東京ラブストーリー」以来、27年ぶりの共演だ。2人が演じたカンチとリカは顔を合わせながら、受話器を持ったふりをして、ダイヤルをグルグル回す動作をして「もしもし」と会話を交わした。「SUITS」の初回放送で2人が最初に顔を合わせるシーンでは、スマホで会話を交わしながら廊下を曲がって織田が登場した。

「ケータイはない、ポケベルがあって、公衆電話だらけの時代(笑い)。僕は、この役の設定を決めるときに、一番小さなスマホにしてもらった。スーツに入れて、ちゃんとかっこよくなるように。それでも、まだ大きいと不満なんです。さんざんケータイのCMやったんですけどね(笑い)」

27年ぶりに再会したカンチとリカ。織田にとって27年ぶりの保奈美は、どうだったのだろうか。

「感じは変わらない。『あ、三つ子の魂…』じゃないけど、人は変わらないなっていうのが正直なところ。すごくコメディーセンスにあふれた女優さんだと思います。いないんですよ、今。暗くて上手な芝居をする子はいくらでもいて、よく賞をもらうけど、現場から言わせてもらえば『そんなの簡単だよ』って、そうじゃねぇだろ。明るくてパーンと見せる芝居のピッピッピッていうテンポでやるのは、実はすごく技術がいるし、そう簡単にはいない。そういう希有(けう)な人なんですよ。だから、そっち系の芝居を増やしたいですね。暗いのは飽きましたよ。今ある身の丈を忘れずに、日本に明るさを取り戻していきたいですね」

初回は14・2%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)と好スタートを切った。有言実行ということなのだろう。黒い肌に、ニカッと笑う白い歯がこぼれる。50歳になってもカッコイイ。

▼「SUITS/スーツ」の後藤博幸プロデューサー

 11年の放送開始以来、ファンとして注目し続けてきた全米大ヒットドラマの日本版を、当初よりずっと作りたいと思っていました。法廷シーンがほとんどない壮大な人間ドラマを描くのに、説得力を持つ主人公ということで織田さんにお願いしました。織田さんはカットごとに意見交換をしながら甲斐正午というキャラクターを作り上げています。織田さんの相棒に中島裕翔さん、上司役に鈴木保奈美さん。最高のキャスティングができ、素晴らしいドラマになると確信しています。

◆フジテレビ系「SUITS/スーツ」(月曜午後9時)

勝利のために手段を選ばない敏腕弁護士の甲斐正午(織田裕二)は、優秀な頭脳の鈴木大輔(中島裕翔)をニセ弁護士にして、バディを組み訴訟を解決していく。全米大ヒットドラマ「SUITS」が原作。

◆織田裕二(おだ・ゆうじ)

1967年(昭42)12月13日、神奈川県生まれ。87年主演映画「湘南爆走族」で俳優デビュー。ドラマは91年フジ「東京ラブストーリー」93年フジ「振り返れば奴がいる」95年フジ「正義は勝つ」97年フジ「踊る大捜査線」08年フジ「太陽と海の教室」に主演。98年主演映画「踊る大捜査線」が大ヒット。主演の00年「ホワイトアウト」と03年「踊る大捜査線2」で、日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞。177センチ、78キロ。血液型A。

 

ムロツヨシの奥底 初の本格ラブストーリー挑戦

TBS系ドラマ「大恋愛~僕を忘れる君と~」の撮影中に間宮真司役の衣装姿のまま取材を受けたムロツヨシさん。明るく楽しいイメージですがクールな顔も最高です(撮影・滝沢徹郎)

最近は、屈指の忙しい俳優の1人ではないだろうか。映画やドラマに引っ張りだこの“喜劇俳優”ムロツヨシ(42)が、12日スタートのTBS系ドラマ「大恋愛~僕を忘れる君と」で人生初めての本格ラブストーリーに挑戦する。ひと味もふた味も違う演技で魅せる人気個性派俳優のこれまでの人生から、現在、未来。そして野心家でストイックな素顔に迫った。

★キスした後がドキドキ

際立つ個性、喜劇センス抜群の演技力。魅力を探れば、底なしに興味が深まる。ドラマ「大恋愛-」では、役者人生初の本格ラブストーリーに挑戦している。作品のためにダイエットして臨んだという。

「ウソですよ! (スタッフに向かい)えーっ、言っちゃったの…。口止めしとくの忘れちゃいましたね(笑い)。こういうの、かっこ悪くて言いたくないんですよ。恥ずかしいです。食えない作家でバイトしているという役柄なので、それに少しだけ近づけてみたんです(笑い)」

撮影の合間を縫ってのインタビューでは、屈託のない明るいオーラ全開だ。

「純愛は初めてですが、皆さんコメディーとか喜劇役者として見てくれていると思うので、良い意味で違うイメージで見ていただければと思いますね」

ドラマでは、主演の戸田恵梨香(30)とのキスシーンもある。

「キスシーンは役者人生初。舞台で男同士はあったかな(笑い)。キスした後の方がドキドキしました。ドキドキしすぎて戸田恵梨香ちゃんの目も見られなくて」

役者を目指しはじめたのは19歳の時だった。1浪して東京理科大の数学科へ入学したばかりのころだ。

「当時は、学歴社会で良い学校行って、良い会社に就職するのが良いって時代で。僕もそれに乗っていました。そこで『こういう勉強や、仕事をするために大学に来た』という方たちと話をして、『自分のやりたいことは何だろう』と考えるようになりました」

やりたいことを探しながら悩んでいる時、役者という目標を見つけた。

「深津絵里さんが大好きで、舞台があるということで行ったのです。そこで、段田安則さんのお芝居をみて、僕もあっち側に行きたいと思ったのが最初です」

入学したばかりの大学を中退し、飛び込んだ役者の世界に立ちはだかる壁は想像以上に高かった。

「映像の専門学校にも行きました。そこから頑張ればすぐにドラマや映画に出られると思っていたのですけど、頑張ったところで、そんな簡単に出れるものじゃないし、頑張る方法も分からないし。その方法を思いつくこともなく、考えるばかりで、どんどん時間が過ぎていくんです」

21歳の時には、経験を積もうと劇団にも入った。壁の高さが心を強くした。

「演劇をやって舞台がどれだけ難しく、どれだけやりがいがあるのか知りました。せりふを覚えても出ないし自分の身体や緊張も操作することもできない。何も操作できない人間が舞台に立とうというのですから、それは自分を必要としないだろうなって今になって思いますね」

何をしても結果は出ない。それでも、やめるという選択肢はなかった。

「19歳の自分が、この世界にくることをちゃんと考えていたんですね。『本当にそれでいくんだな。どうなっても知らないよ。あとは自分で生きなさいよ』って、何度も何度も自分に質問して、何度も何度も答えた19歳の自分がいたので。そいつに恥をかかせたくなかったんです」

もがき続ける中、26歳でそれまでのやり方から、生き方までを変えた。

「根拠のない自信を使い果たして『もう、無理かも』ってなったんです。そこで『諦めるか』って問い掛けて、『諦めない』って自分が言うものですから、今までのやり方や考え方、人格を変える作業を始めました。根拠ある自信をつけるためには、経験値が必要。何かしらの成功体験があれば自信がつくと考え、舞台を自分でやってみたり営業をしてみようって。やり方なんて何でも良いから成功したいという野心を持つようになったんです」

猛烈に営業をして、来る仕事は全部、受けた。生活は苦しかったが、バイトもやめて、自身の売り込みのため芸能関係者の来る会合などに通った。

「借金しない男が借金を始めるんです。『借金しても返せる人間になりなさい』と言い聞かせながら(苦笑)。1年で200万円くらいの借金になりました」

★役者としての転機2回

役者としての転機は2回あった。1度目は29歳、本広克行監督の「サマータイムマシン・ブルース」。2度目は32歳、映画監督の福田雄一氏が演出したフジテレビ系連ドラ「33分探偵」との出会いだった。

「本広さんは『何だ、この野心しかない男は』と思ったそうです(笑い)。映画に出れるという奇跡が起こったのです。でも、その奇跡を超えることができなくて。悩みあがき続けたら、福田さんと出会って。福田さんが『そのあがき、ご披露ください』と言ってくださって。そしたら、皆さんが僕の名前を覚えてくれるようになりました」

底抜けに明るいキャラクターはどこからきているのか。4歳の時に両親が離婚、その後、親戚家族に育てられたという家庭環境が影響しているという。

「子どものころはお調子者でした。人間関係についても、第三者から見たらコミュニケーションがたけているように見えるんですね。でも、親戚に育てられたので、それが生きるすべだったんです。嫌われたら生きる場所がなくなってしまうという。防衛本能だったんです。それに、家庭内で不幸じゃないってことをアピールしなきゃいけなかった。預かってくれているわけですから。だから、小学校に行っても、みんなが笑ってくれた方が安心しましたし。人が笑ってくれていれば。僕の存在意義はあるんだって」

★見たことない暗い部分

ムロツヨシの奥底には、私たちが見たことない暗い部分もあるように見えた。

「あると思います。『腹黒いでしょ』ってよく言われますが、たぶん、ふたを閉めているんです。開け方も分からないし、開け方が分からないくらい、子どものころに、きつく閉めているので。逆に今、開け方が分かっちゃったら、大変なことになるかもしれないです。最近、思うんですよね。自分が子どもつくっちゃったら、子どもがそのふたを開けるんじゃないかって」

現在は独身貴族。浮いた話も聞かない。

「自分の子どもを見てみたいという思いは、ここ1年くらいでてきました。結婚願望もないわけじゃなくなってきてますね。機会があったらということでしょうかね(笑い)」

役者としての今後の展望をどう描いているのか-。

「『笑いじゃなくても良いんだ』という逃げをなくすためにも、喜劇役者とずっと名乗り続けていきたいですね。見てくださる方に笑ってほしいし、笑わせていきたいです」

面白いだけではなく、すごみや哀愁が漂う。ストイックなまでに野心家である喜劇俳優・ムロツヨシは、まだまだ進化を続けそうだ。

▼親友の小泉孝太郎(40)

ムロさんは僕の父、父の友人、弟の進次郎、親戚や僕の友人たち、どんなタイプの人たちでも一瞬にして笑顔にさせてしまう才能と人柄の魅力があります。初めて出会った14、15年前、その頃が役者をしていく中でムロさんが一番悩んでいた時期だったかもしれません。ふと話してくれた夢をはっきりと僕は覚えています。「俺の夢は、1年のスケジュール帳が真っ黒に、全部仕事で埋まることなんだ」。それが、実現し、夢が現実になっていることに親友として僕は自分の仕事の成功よりうれしいです。お互いよく言ってたよね。「芸能界で好きなことやって食べて行くのはつらいし、苦しいぞ、でも楽しいよなぁ」って。ムロさん、やっぱり芸能界は楽しいとこだねぇ。これからもお互い楽しみましょっ!

◆「大恋愛~僕を忘れる君と」

若年性アルツハイマーにおかされる女医・北沢尚(戸田恵梨香)と、彼女を明るくけなげに支える元小説家の男・間宮真司(ムロツヨシ)の10年間の愛の奇跡を描く純愛ラブストーリー。脚本はラブストーリーの名手大石静氏が担当。

◆ムロツヨシ

本名非公開。1976年(昭51)1月23日、神奈川県生まれ。東京理科大在学中に役者を志し、99年から単独で活動を開始し、05年に映画「サマータイムマシン・ブルース」出演をきっかけに活動の幅を広げる。「勇者ヨシヒコ」シリーズや、「重版出来!」「スーパーサラリーマン左江内氏」などドラマ出演多数。08年から舞台「muro式」を立ち上げ、脚本、演出も手掛ける。10月からは日本テレビ系連続ドラマ「今日から俺は!!」にも出演する。

連載日曜のヒーロー TBS系ドラマ「大恋愛~僕を忘れる君と~」の撮影中に間宮真司役の衣装姿のまま取材を受けたムロツヨシさん。明るく楽しいイメージですがクールな顔も最高です=2018年9月26日 
連載日曜のヒーロー TBS系ドラマ「大恋愛~僕を忘れる君と~」の撮影中に間宮真司役の衣装姿のまま取材を受けたムロツヨシさん。波瀾万丈な人生から生まれた個性的な演技にこれからも注目していきます=2018年9月26日 
連載日曜のヒーロー TBS系ドラマ「大恋愛~僕を忘れる君と~」の撮影中に間宮真司役の衣装姿のまま取材を受けたムロツヨシさん。波瀾万丈な人生から生まれた個性的な演技にこれからも注目していきます=2018年9月26日 
連載日曜のヒーロー TBS系ドラマ「大恋愛~僕を忘れる君と~」の撮影中に間宮真司役の衣装姿のまま取材を受けたムロツヨシさん。波瀾万丈な人生から生まれた個性的な演技にこれからも注目していきます=2018年9月26日 

有働由美子「zero」から歩み出す 覚悟持ち報道

10月から日本テレビ系情報番組「news zero」でメインキャスターを務める有働由美子さん。格好良くて、かわいくて、面白くて、魅力たくさんのすてきな女性だなと思いました(撮影・鈴木みどり)

NHK時代は「紅白歌合戦」「あさイチ」など看板番組を数多くこなし、圧倒的な人気と実力を誇った有働由美子(49)。NHKを退職してちょうど半年となる。10月1日からは日本テレビ系報道番組「news zero」メインキャスターを務める。今、NHKにどんな思いを抱いているのか。フリーアナに転身して挑む、民放報道番組への覚悟を聞いた。

★一番のデメリットは視聴者の感情

3月末、8年間務めた朝情報番組「あさイチ」司会を卒業すると同時に、NHKを電撃退職した。今、外からどんな思いでNHKを見ているのか。

「実家にいる時は当たり前のことが、外に出てありがたみが分かるというのと全く一緒。恩恵を受け、いろんなことに挑戦できていたと思います。実家良かったな、みたいな(笑い)。後悔というより心配。NHKでしか生きてこなかったのに、違う水の中で生きられるのかと数カ月は引っ張ってました」

退職前、辞めるメリットとデメリットをノートに書き心の整理をしたという。

「一番のデメリットは、視聴者の方の感情。『NHKにいてくれると思ったのに、裏切った』と思われることでした。最終的には、フリーになってもNHKの仕事ができればいいわけだからと思ったのですが」

デメリットは多いと話すが、結局は退職を選んだ。

「もう少し現場でやりたいんでしょうね。組織にいて次を育てることも面白い仕事と思いますが、もう少し自分のことだけで走って、どのぐらい通用しないのかやってみたかった。(『あさイチ』でコンビを組んだ)井ノ原快彦さんが各局でいろんな番組をやって成長する姿を隣で見て、私の成長は凝り固まっていると感じました。NHKは自由にやってと言ってくれていましたが、NHKアナとして考えながらやってました。何も背負わない時どのくらい勝負できるか。それをやるのは今が最後かなと」

15年まで4年連続で「紅白歌合戦」総合司会を務めるなど、NHK不動のエースであり、国民的アナとなった。今のNHKに期待することを問うと、意外な言葉が返ってきた。

「NHKにいた時は、若い人にも見てもらおうと、NHKぽさを消すような司会とかNHKらしさを打破しようとNHKマンとしてやっていました。今、外から見ると、なるほどNHKにはNHKらしくやって欲しいと思うんだなと感じています。例えば、自分がやっていたような遊びはいらないことだったなとか。NHKには信頼できて真っすぐにまじめ、をやってほしいなと思います」

「まるで小じゅうと」とつっこむと笑顔で答えた。

「気になっていろんな番組を見ます。いい局で、いつの間にかチャンネルはNHK。なかなか27年間、愛した人を忘れられません」

★今まで越えていない一線を越える

明日10月1日から、日本テレビの看板ニュース番組「news zero」メインキャスターとして、平日夜、同局の“報道の顔”として生きることになる。

「NHK時代、何か発言した時、NHKの有働が言ったと、NHKを背負うことがありました。奔放な発言にも公共放送の枠を超えてはいけないというバイアスが掛かっていました。それが初めて外せる。今まで越えていない一線を越えるんじゃないでしょうか」

一線を越えるとは。

「今、スマホでネットニュースの項目を見る時代。テレビで何を求めるかを考えた時、一緒にやる解説やアナウンサーの人にも、意見というより感覚を聞いていこうと思っています。ニュースをある意味、自分の感情を通して提示する。それは(NHKでは)やらないようにしてきたので、そこが一番違うと思います」

提示した考えが批判を浴びることもある。

「バッシングされまくると思います。それでいいんです。みんながニュースや社会に無関心でいると後から変な方向に行くかもしれません。『有働、何を言っているんだ』と考えてもらうことが大事。アホと思われてもいい。私がいることでニュースを考えるきっかけになってくれればいい。何も持ってない私がただ一生懸命にやってNHKで恵まれてきた。この後は、私がどう思われてもいいことにしようと思いました」

報道番組だけに、発言で身の危険さえ招くこともありうる。覚悟は。

「もし私が刺されれば、刺されたことも、みんなが考えるきっかけになります。もうエンディングノートも書きました。発する一言で誰かを傷つけたら謝ろうと思っています。たたかれたくないために、発信者が円くなった時が一番怖い。覚悟を持ってやります」

退職時「一ジャーナリストとしてNHKの番組に参加できるよう精進してまいります」とコメントした。自身にとっての「ジャーナリスト」とは。

「『あさイチ』時代、発達障害の子を抱える親の話をきちんと聞いて放送したり、ジャーナリスティックな仕事をしてきた自負がありました。私なりのジャーナリズムと思って歩いてきた所からの視点になると思います。しっかり取材し、世の中に役立つことを伝える。それだけです」

★肩の力を抜いて必死にあがきます

NHKには27年在籍し現在、49歳。今後どんな人生を歩みたいのか。

「命ある限り、働き続けられたらいい。結婚をあきらめたわけではないですが、仕事か結婚かと言われたら仕事を選んできたので、足腰立たなくなるまで何らかの仕事をしていたい」

数年前インタビューした時「結婚が人生の最大の課題であり、目標」と話していたはずだが…。

「今、全く結婚したいという意欲がなくて、恋愛の仕方も忘れ、ラブロマンスも忘れました。50年近く自分を見て、これだけ不器用で、これだけ人に気をつかうと、人と一緒に家に住むのは無理と分かったんでしょうね(笑い)」

当時「仕事はあなたを抱きしめてはくれない」という話題にもなった。 

「抱きしめられなくとも生きていくすべを身につけました。それは忙しくすること。抱きしめられた時に加齢臭とかしたらがっかりじゃないですか」

1人で生きる強さを持ち、明るく元気に見える。そんな生き方のこつは。

「しょうがないかと思うことでしょうか。人に嫌われたり、うまくいかないことも、しょうがないと思って、でも、いつも1歩だけ進もうと思っています。目標には至らなかったが1歩は進もうと。うまくいかず、ウジウジしながら夜を過ごすこともありますが」

弱い面もあるようだが。

「友人に私、大丈夫かなと相談しました。友人が心配して各局のキャスター一覧を作ってくれました。男女含めて全員、すごい経歴。友人が『あんただけよ、放送中に付けまつげ落としたり、脇汗とか言って。最初からダメなんだから大丈夫』と言われました。本当だと思いました(笑い)。最初からラインに並べていない。肩の力を抜いて必死にあがきます」

有働らしいおおらかさ。最後に他にやりたい仕事を聞くと「旅番組で秘境に行って、ムカデやヘビを食べたり、意味がなくとも面白いじゃんみたいなこと」。NHK時代以上に挑戦的な有働を見られる気がする。

▼「news zero」キャスターの嵐・櫻井翔(36)

「あさイチ」にお邪魔した時と「紅白歌合戦」の司会の時にお会いしたことはありましたが、このような形でご一緒するのは初めてのこととなります。最初の打ち合わせでお会いした際、海外のお土産と手書きでのお手紙も頂きました。海外でも頭の片隅に僕のことを思っていてくださっていたのかと、とてもうれしく思いました。新たな「news zero」は“会話する番組”となります。経験豊富で視聴者目線の有働さんと、どれだけ豊かな会話をできるのかと今からとても楽しみです。どうぞよろしくお願い致します。

◆「news zero」(月~木曜午後11時、金曜同11時30分)

06年スタートの日本テレビ系報道番組。10月1日からタイトルロゴ「NEWS ZERO」が小文字に。有働由美子キャスターのほか月~木曜を岩本乃蒼アナ、金曜は畑下由佳アナがニュース担当。

◆有働由美子(うどう・ゆみこ)

1969年(昭44)3月22日、鹿児島県生まれ。大阪で育ち、神戸女学院大卒業後、91年NHK入局。94年東京勤務。97年「サンデースポーツ」キャスター。02年「NHKニュース10」キャスター。01~03年まで「紅白歌合戦」紅組司会。12~15年総合司会。07年からアメリカ総局。帰国後の10年から今年3月まで「あさイチ」司会。フリー転身後は今年5月、テレビ東京系深夜番組「マツコ、昨日死んだってよ。」でナレーターとして民放初出演。趣味は旅行、温泉巡り、料理、読書。血液型O。

日曜日のヒロイン インタビュー 10月から日本テレビ系情報番組「news zero」でメインキャスターを務める有働由美子=2018年9月25日
日曜日のヒロイン インタビュー 10月から日本テレビ系情報番組「news zero」でメインキャスターを務める有働由美子。格好良くて、かわいくて、面白くて、魅力たくさんのすてきな女性だなと思いました=2018年9月25日

徳永有美13年ぶりのテレビ朝日 とにかく一生懸命

インタビューと撮影を通して飾らず自然体な姿が魅力的だった徳永有美さん(撮影・横山健太)

フリーアナウンサー徳永有美(43)が、13年ぶりにテレビ朝日に戻ってくる。10月から同局報道番組「報道ステーション」(平日午後9時54分)で、月曜から木曜のキャスターを務める。アナウンサー復帰への道のりや、放送を前にした現在の心境、家族のサポートについても聞いた。

★主婦生活 子育てにどっぷり

インタビュー前、紙面を見せながら当欄を簡単に紹介すると「知ってます。日刊スポーツ、購読しているので」と満面の笑みを返してくれた。相手を緊張させない天性の明るさがある。

8月上旬、徳永の「報ステ」キャスター就任が発表された。地上波出演は13年ぶりとなるが、アナウンサーとしては17年1月にインターネットテレビ局「AbemaTV」の報道番組「けやきヒル,sNEWS」で復帰している。現在は番組名を変えた「けやきヒルズ」(月~土曜正午)で水、木、土曜のキャスターを担当する。当時、12年のブランクがあった。

「主婦生活どっぷり、子育てにどっぷりという感じでした。その間に政治ですとか世界の動きですとか、積極的に勉強しているわけではなかったので、いろんな面で心配でした」

新しいメディアに戸惑いもあったが、「シンクロしたようなところがあった」と出演を決めた。

「これから挑戦していくメディアであり、番組なんだということを聞いて。私も12年ぶりでブランクもありますし、Abemaの創成期にみんなと一緒に挑戦して失敗して、成長していけたらと。自分は40(歳)だけど、やらせてもらえたらと思いました」

テレ朝時代は情報番組への出演やスポーツキャスターを務めることが多く、報道番組に携わることはほとんどなかった。「けやき-」では日替わりコメンテーターをパートナーに、番組を1人で切り盛りする。

「まず、ニュースの原稿がハンパないんです。20本近くのニュースを読んだり。で、次のニュース何だっけって考えながら一生懸命解説の方のお話を聞いていると、次の段取りがパーンって飛んだり」

失敗を繰り返し、少しずつ手応えを感じていった。冠コーナー「徳永リサーチ」が立ち上がると、自ら企画書を提出。今では「想像以上に、むちゃくちゃ楽しい」と充実の日々だ。

「スタッフのみんなと取材やロケに行って。それぞれの個性を感じながら自分が呼応し合って、いかにいいものを作っていけるか。それも含めて楽しかったです」

★卒業して、またそこに戻れる

10月から富川悠太アナ(42)とコンビを組み、「報ステ」が始まる。同局のアナウンサーとして最後に出演したのが同番組だっただけに、感慨は深い。

「2005年に『報道ステーション』を卒業して、またそこに戻れるってこんな幸せなことないなって強く思いましたし、これも1つのご縁というか。とにかく前向きに、一生懸命頑張りたいと伝えさせていただきました」

久米宏、古舘伊知郎らが先輩キャスターに名を連ねる、看板報道番組だ。

「歴代、とてつもなく才能豊かで素晴らしい方がされてきた番組で、自分が“皆さんと同じように”って思ったら、スタートの1歩を間違えてしまうと思っているので」

自分の仕事は「気負わず、ありのままの自分で、素直にその場にいること」と話す。

「私という人間に声を掛けていただいたということに甘えて。徳永有美というこういう人生を歩んできた私が、どんなことに疑問を感じ、スタッフのみんなとどういう話をして、どういうものを伝えていきたいかを自分なりに受け止めて。自分の中にストンと落としてからスタジオにいたいなと思っています」

「けやき-」でも「報ステ」でも、心構えは同じ。

「とにかく一生懸命やるという姿勢は全く変わりないし、変えちゃいけないと思っています。規模は違うかも知れないですけど、そこは変わらずの気持ちを持っていたいです」

★主人「じゃあ俺が早く帰る」

05年4月にテレビ朝日を退社。同月お笑いコンビ、ウッチャンナンチャンの内村光良(54)と結婚し、2児をもうけた。「報ステ」には家族一丸で取り組む。

「主人は『報道ステーション』が決まった時点で、『じゃあ俺が早く帰る』って言ってくれて。番組に向けて家族みんなで共通イメージを持って、頑張ろうとしているところです」

9歳の長女と5歳の長男にも番組内容と日々のスケジュールを説明。夫や両親と協力しながら、子育てをしていく。

「今のところ、ママが夜いなくなって“ポッカリ”ってことはなさそうですけど、子どもは今が大事な時ではあるので。仕事は一生懸命やりますけど、子どもに関しては別の人生を歩んでもらわないとならない。手を抜くわけにはいかないので、ちゃんとやっていこうと思っています」

快活に話すが、本人いわく、性格は「ぐうたら」。

「“半径2メートルで全部”みたいな、こたつ生活が好きなんです。私の中では、家というこたつみたいな中でずっとぬくぬく過ごすことができて。その点、主人の方が『徳ちゃんいつでも仕事復帰していいんだよ』って。なんでそんなこと言うんだろうと思ってました」

退職後、仕事復帰は思い浮かばなかったという。

「テレビ朝日のアナウンサー生活、7年間で燃え尽きた感じが非常にあったので、自分の中で区切りはついていました」

気持ちを動かしたのは、20年の東京五輪と、特に21年の世界水泳福岡大会の開催決定が大きかった。徳永は01年に同地で行われた世界水泳を取材。「会社人生を振り返って、最も楽しかった」と胸に刻まれている。

「テレビ朝日という会社が全社を挙げて世界水泳を成功させるぞ、って機運が高まっていて。みんなの温度が上がっていくような流れの中で世界水泳が成功して。本当に楽しい! と思いました」

当時の熱を思い出すと、いてもたってもいられなくなった。

「何らかの形でいいから、小指の先でもいいから伝える立場にいたいという確信が芽生えてしまって、主人に相談したんです。主人は『ほい来た、頑張れ頑張れ!』って」

応援を受け「けやき-」で復帰を果たすが、ブランクもあってテレ朝時代の顔なじみは少なかった。「何度も心が折れそうになりました」と明かす。

「いろんなイメージがある中で、とっつきにくいんじゃないかって思われていたかもしれないんですけど。こういう性格なので、安心していただいて。本当にいい番組を作りたいだけなんだって、頑張りました」

インタビューでは、01年世界水泳の取材を回想しながら「鼻血を出してぶっ倒れた」「北島康介さんと練習してブラックアウト」などあけすけにトーク。局関係者に見守られながら話し終えると、「皆さんが笑わないから! 途中で手が震えそうになった~!」と大きく息を吐いて笑った。飾らない人柄は、きっと視聴者を引きつける。

▼「報ステ」キャスターとしてコンビを組む富川悠太アナ(42)

04年4月、徳永さんはスポーツ、私は現場リポーターとして報道ステーションの担当になりました。初めて携わる「報道」の世界に不安で押しつぶされそうだったのですが、1つ年上の徳永さんは「トミーなら大丈夫!」と笑顔で励ましてくれて、現場から戻るたびに「よかったよ!」「上手になったね!」と声をかけてくれました。屈託のない笑顔で周りの人を前向きな気持ちにしてくれる、そんな徳永さんと14年の時を経てコンビを組めることを心から楽しみにしています。

◆テレビ朝日系「報道ステーション」

10月から富川悠太アナと徳永アナが月~木曜のキャスターを務める。金曜のキャスターは小木逸平アナと竹内由恵アナ。竹内アナは月~木曜のスポーツキャスターを兼任し、金曜のスポーツキャスターは寺川綾さんが務める。

◆徳永有美(とくなが・ゆみ)

本名・内村有美。1975年(昭50)8月14日、石川県生まれ。大妻女子大卒業後、98年テレビ朝日入社。「やじうまワイド」「スーパーモーニング」「内村プロデュース」などを担当し、05年4月、ウッチャンナンチャンの内村光良との結婚を機に退社。09年女児、13年に男児を出産。BS朝日「スポーツクロス」(金曜午後11時30分)、ラジオ番組「ベストセラーを読んでみた。」にレギュラー出演中。

 
 
 

ATSUSHIは涙、SHOKICHI「尽くす」

インタビューではじめてのツーショット撮影に臨んだEXILE ATSUSHI(左)とEXILE SHOKICHI。お互いに恥ずかしそうにしながらも、クールに決まった1枚となりました(撮影・小沢裕)

<3年ぶりの全国ツアー EXILE語る>

3年ぶりの全国ドームツアーを控えたEXILEメンバーの思いに迫る「日曜日のヒーロー」スペシャル版。第2回はボーカルのEXILE ATSUSHI(38)とSHOKICHI(32)の登場だ。活動休止のきっかけとなった海外留学で自分を見つめ直したATSUSHIと、EXILE THE SECONDとして音楽に集中してきたSHOKICHI。再び動きだしたグループで、早くも化学反応が起こっていた。

★日本の心

2人の対談はほぼ初めてという。「1日生まれ変われるならATSUSHIさんの歌声で歌ってみたい」と語るSHOKICHIは、対談中も恐縮した面持ち。それを優しい視線で見守るATSUSHIの姿が印象的だ。

SHOKICHI ATSUSHIさんは、今も昔も僕にとって一番尊敬しているシンガー。もっと歌がうまくなりたいという少年の時のような思いをずっと貫き通しているところはすごいですし、歌声もブラックミュージックから、日本の昔ながらの歌まで繊細に伝えられる側面があって、こんなに立体的なシンガーは、日本で唯一無二だと思います。ライブでもリハーサルでも、横で「本当にいいなあ」って思ってます。

ATSUSHI 賄賂、渡してないですよ(笑い)。SHOKICHIは普段からこんな感じで、冷静で礼儀正しい。この2年半の間に、SECONDとしてもソロとしても彼の努力や活躍があった。SECONDが頑張ってくれてEXILEの思いをつないでくれたことで「復活の兆し」が見えたと思うし、精力的な働きに感心していました。

時計の針を2年半前に戻す。15年末にパフォーマーの松本利夫、USA、MAKIDAIの3人が卒業。EXILEも新たな転換期を迎えていた。

ATSUSHI HIROさん、そして3人が卒業して、EXILEをどう受け入れて、消化するべきか。自分たちでも見えていませんでした。

ATSUSHI自身も、デビューから常に走り続けてきた。「あのままでは何かが崩れてしまいそうだった」。16年8月31日、世界基準の表現力、歌唱力を身につけたいと、海外留学を発表。ニューヨークやロサンゼルスなど米国内で、自分を一から見つめ直した。

ATSUSHI スタジオに入ったり、歌詞を書いたりすることももちろんありましたけど、基本的にはトレーニングの日々でした。トレーニングも、ただやるだけではなくて、休息と栄養がなければ効果も出ない…。そんなことも、時間があるから理解できました。また、自分で家事をしていると、日本みたいに24時間の文化ではないので、夕食に何を食べようか考えながらトレーニングして、お店が閉まる前に買い物に行くと1日が終わってしまう。意外に忙しくて。よく寝ましたし、人間らしい生活を送ってました。

体作りだけでなく、海外の文化に触れることで、精神的にも得るものは大きかったという。

ATSUSHI 日本だと「緊張=ナーバス」という感じがありますけど、海外だと「緊張=エキサイティング」という感じで、緊張ってワクワクすることなんだって肌で感じられたのは大きかったです。文化的な違いに直面することもありましたけど、こうして日本に帰ってきた時に、ファンの皆さんが待っていてくれて、またドームでできるというありがたみをより一層感じましたし、僕は日本で育って、日本の文化で日本人の心を歌っているんだなと実感しました。

★化学反応

一方SHOKICHIは、SECONDとして全国40公演以上を回るツアーを2度するなど、ライブざんまいの日々を送っていた。

SHOKICHI ライブをしてアルバムを作って…というのを繰り返して、音楽的に充実していました。SECONDは自分たちでプロデュースも任せてもらえたので、レベルアップできたと思いますし、かけがえのない時間だったので、自分の音楽人生にもなくてはならないものになりましたし、まさに充電期間で、それを務められたかなと思います。

今年5月24日、SECONDの全国ツアー最終公演でEXILEがステージに復活。ATSUSHIは涙ぐみながらメンバーに感謝を伝えた。

ATSUSHI 泣けてきました。メンバー全員の思い、そして特にAKIRAの思いを感じていました。賛否がある中でSECONDに加入して、苦しんでいる姿を見たりとか、他のメンバーが受け入れて頑張っている姿を見ていた。僕が知っている以上の大変さもあったと思うし、それを乗り越えて「40公演、やりきったなこいつら。すげえな!」と。感動しました。

SHOKICHI 僕らは「for EXILE」と、EXILEにつないでいくテーマがありました。思い描いていたビジョンが具現化できて、思いをみんなで感じられたことはチーム力を上げる1つの出来事になりましたし、「次はEXILEだ!」というバイブスも上がりました。

メンバーそれぞれがソロ活動や兼任するグループで磨きをかけ、成長してきた。ツアーのリハーサルに臨む中、早くも化学反応が起こっているという。

ATSUSHI 結成当初は僕も一番下の世代でしたけど、今は一番上。同じEXILEなんですけど「この人がこういう方向なら、自分はこの方向」と、それぞれがEXILEの中で役割を感じてやっていく形は、全く新しいグループを作っている感覚で、すごく新鮮です。

SHOKICHI 野球でいえば、自分はサードとか、センターとか、それぞれポジションがある感じがします。すごい風通しもいいので、リハーサルも早い。この3年で自分の強み、弱みを把握して活動してきたので、前は際どいフライが上がったら、3人くらいが捕りに行ってたのが、今は「そっちはNAOTO君!」とか「SHOKICHI頼むわ」と言われても「オーライ!」という感じになってます。

ATSUSHI 13年にHIROさんが勇退される時の「HIROがEXILEを卒業するんじゃなくて、EXILEがHIROを卒業する」という言葉を、今になって実感しています。当時おっしゃっていた意味が、5年たって、しっくり理解できるようになりました。

ライブもいよいよ目前に迫ってきた。

ATSUSHI 僕らはもちろん、ファンの皆さんもワクワクしてもらえるという中で、アルバム「STAR OF WISH」を作りました。HIROさんと年初に今年のテーマを話した時に、TRIBE(一族)の中で“オールスター軍団”になっていかないといけないと。星のようにロマンを感じられるような存在になれるようにとこのタイトルになったんですけど、会場でもEXILEを見て「帰ってきたね」とか「幸せだな」とか、ロマンを感じてもらいたいです。

SHOKICHI いろいろな側面があるEXILEを見せられると思います。チームに尽くすことが、自分の将来の夢をかなえる秘訣(ひけつ)だと思っているので、EXILEに費やしていきたいです。

ATSUSHI ツアーを大好評、大成功で終わらせることで、次の目標や展開が見えると思います。最高の状況で乗り切ることを考えています。

★マイブーム

ATSUSHIのマイブームは、お香だという。「ちょっと時間があると『たこう!』って。和風なやつです」。ボーカルチームにプレゼントしたといい、SHOKICHIは「本当にいいです!」。そんなSHOKICHIは「燻製(くんせい)」にハマりたいという。「先日、燻製した卵がのったポテトサラダがめちゃくちゃうまくて…。作る機械も調べてます」。ATSUSHIは「燻製だけでは飽きるよ~。でもぜひ食べさせて」と笑顔だった。

◆ATSUSHI(あつし)

本名・佐藤篤志。1980年(昭55)4月30日、埼玉県生まれ。4歳からピアノを始め、高校時代にバンド活動も。テレビ東京「ASAYAN」オーディション最終予選で落選もHIROに見いだされ、01年にEXILEのボーカルとしてデビュー。11年に「いつかきっと…」でソロデビュー、14年、第56回日本レコード大賞で「最優秀歌唱賞」。16年に初のソロドームツアーを開催し、バンド「RED DIAMOND DOGS」結成。身長175センチ。血液型A。

◆SHOKICHI(しょうきち)

本名・八木将吉。1985年(昭60)10月3日、北海道苫小牧市生まれ。「ボーカルバトルオーディション」敗退も、07年1月、二代目J Soul Brothersに加入。09年3月にEXILE加入。12年から、EXILE THE SECONDとしても活動。14年6月、ソロデビューし作詞作曲も。今年からレーベル機能を持つプロジェクト「KOMA DOGG」が始動。実弟は劇団EXILE八木将康(31)。身長183センチ。血液型A。

◆アルバム「STAR OF WISH」

ドームツアーと連動したEXILEにとって3年4カ月ぶりのオリジナルアルバムとして7月25日に発売。今年2月から毎月第1金曜日に配信してきた新曲6曲に加え、全14曲を収録。

 
 

AKIRA「何で自分はEXILE」亜嵐「全力で」

3年ぶりのツアーに臨むEXILEのAKIRA(右)と白浜亜嵐(撮影・林敏行)

<3年ぶりの全国ツアー EXILE語る>

派生グループが次々ビッグイベントを成功させる中、原点であるEXILEが来月15日の京セラドーム大阪公演を皮切りに、5大ドームツアーを開催する。実に3年ぶりの全国ツアーだ。充電だったのかブランクなのか…。この3年と今後をメンバーに迫る「日曜日のヒーロー×EXILE」。トップバッターはEXILE AKIRA(37)と白浜亜嵐(25)。16年8月以降はEXILE THE SECOND、GENERATIONSを引っ張ったパフォーマーだ。

★師弟関係

EXILE一族の先輩後輩というだけでなく、ドラマ「GTO」(12年)でも先生と生徒役だった2人。取材冒頭の写真撮影中から、どこか師弟関係を感じさせた。今月4日に亜嵐が誕生日を迎え、一緒に食事にも出掛けたという。

AKIRA 亜嵐はめっちゃいいヤツ。たたき上げで、小学生の頃から知ってます。当時はEXPG(LDH主宰のスクール)松山校にすごいヤツがいるってEXILE内でも話題になってました。ちょうどHIROさん、僕、亜嵐は酉(とり)年で、よくご飯にも行ってました。今はGENEのリーダーもやっていて、頼もしいです。

亜嵐 AKIRAさんは、先頭を切って引っ張ってくださる方。僕ら若いメンバーが意見を言いづらい部分がある時も、くみ取ってくださいます。

AKIRA 亜嵐や(関口)メンディーは、GENEでドームツアーも完走しましたし、いい意味で余裕というか、1つ皮がむけた状態でEXILEに向き合えていると感じます。

亜嵐 AKIRAさんの、日に日にEXILEに対する思いが熱くなっている感じも身近にいて感じますよ。改めて僕もちゃんと考えなきゃなと思いますし、お手本です!

約3年の充電期間中は、それぞれソロ活動をはじめ、グループでの活動に尽力した。16年8月末のATSUSHIの海外留学発表後、AKIRAは「EXILE THE SECOND」に加入した。

AKIRA 俳優として「EXILE AKIRA」というブランド価値を高めたり、海外に挑戦する時間もあったと思います。でも「何で自分はEXILEになったのか?」ということをすごく考えて、この期間はEXILEのために、チームを作ることを中心にやろうと思いました。

SECONDは2度の全国アリーナツアーを敢行。メンバーですべてを自己プロデュースした。

AKIRA SECONDは、オリジナルメンバーの皆さんと一緒にEXILEを築き上げてきた時間が長いメンバー同士なので、空気感とか魂とかは一番持っている仲間。若いメンバーの勢いとはまた違って、中心となるべく、お互い向き合って成長していこうという形でした。

★不安葛藤

今年5月24日、千葉・幕張メッセで行われたSECONDのステージで、EXILEが復活した。ATSUSHIは涙ながらに「夢をつないでくれたのは、SECONDのみんな」と感謝した。

AKIRA SECONDのファンの皆さんに楽しんでもらうことはもちろん、「EXILEはSECONDのライブで復活させる」という使命でやっていました。ATSUSHI君もオリメンが1人になって、ものすごく不安や葛藤もあったと思います。「こいつらとやっていきたい。かましていきたい」と認めてもらいたいと思っていたので、あの言葉を聞いて安堵(あんど)感があったとともに、新たな責任感も生まれました。

亜嵐は、14年4月にEXILEに加入した。その後ドームツアーを回った後に、EXILEとしての活動がいったん止まった。

亜嵐 正直、EXILEでもっと活動したいとは思いましたが、逆にGENEに専念できるチャンスでもあると切り替えました。(14年4月に加入した)新メンバーではご飯に行ったときに、岩さん(岩田剛典)が「充電期間中に何をすればいいのか」という話をすごくしてくれて、僕とメンディー君はとにかくGENEに打ち込んだ方がいいとアドバイスをくれました。

GENERATIONSは、全国アリーナツアー、海外公演、そして今年は4大ドームツアーを完走し41万5000人を動員するなど、勢いを増した。

亜嵐 15年末までのEXILEのドームツアーをやっていたときは、GENEはまだホールツアーでした。再始動の時に、GENEもドームで…というのが、僕とメンディー君の目標でもありました。GENEを盛り上げることがEXILEにもつながるだろうと、EXILEをリスペクトする演出も入れました。この2年半でやっておかないといけないなということは出来たかなと思っています。

★誇らしい

GENEのドーム公演を鑑賞したというAKIRAも刺激を受けたという。

AKIRA EXILEに憧れて、EXPGから入ってきた亜嵐らの「Jr EXILE世代」と同じで、GENEを見て憧れる、さらに下の世代のファンの方がいて、普段触れ合わない世代にまで影響を与えているんだと思うと、すごいことだと思いました。心強いですし、誇らしいです。

来月15日の京セラドーム大阪公演を皮切りに、EXILEが再び本格的に動きだす。充電期間にためてきたパワーを一気に放出させる覚悟だ。

AKIRA リハーサルを進めていると、やっぱり何よりEXILEとしていると背筋が伸びる気もします。今までのEXILEも大切にしながら、いろいろな世代やグループから集まった15人だからこそ出せる新しいスタイル、パフォーマンスをお届けできるようなライブにしたいです。

亜嵐 この3年で、いろいろなことを収穫してきました。この期間があったからこそ、このライブができるんだぞというのをしっかりと提示できるようなライブにしたいです。

★輝星から刺激

改めて「EXILE」という看板の重みや、スタイルも実感しながら、決意も新たにしている。

AKIRA 少し離れたことで大きさとか、大切さ、深さを感じることが出来ました。それを心から感じられるかそうでないかはまた違うと思うので、いろいろな意味で成長させてもらいました。個人としても、EXILEという“名字”を名乗っている自分が、いろいろなところに点在しているときに恥じないように。アグレッシブに攻めていきたいです。

亜嵐 とにかく全力で毎公演、毎公演に臨みたいと思います。この夏、甲子園の高校野球を見ていて、めちゃくちゃ感動したんです。1球、1プレーにかける全力の表情だったり、とにかく必死で目の前のことをやっている姿に刺激を受けました。金足農の吉田輝星投手もギリギリまで戦っていて心打たれました。僕も高校球児のように、ダンスの一振り一振りに魂こめて、踊りたいですし、EXILEも取り組みたいと思いました。

AKIRA 僕らも亜嵐の世代も共存して青春を感じられるのがEXILEのいいところ。いい大人が、愛だの夢だのってすごく照れるんですけど、それを本気で思えて、いつまでも青春を感じられるのが良さ。ステージに立ったら全力投球。大事にしたいです。

亜嵐 笑顔を振りまいて歓声を浴びるのももちろんいいんですけど、息が止まるんじゃないかと思われるくらい過酷な状況に持っていくのがEXILEっぽいなとも思うので。そのスタンスで臨みたいですね。

◆「THE FOOL 愚者の魂」

AKIRA初の自叙伝で、自身の誕生日でもある今月23日に発売。夢の挫折、ダンスへの目覚め、生死をさまよった事故、下積みの毎日など過去を赤裸々につづった一冊。

◆AKIRA(アキラ)

1981年(昭56)8月23日、静岡・磐田市生まれ。16歳でダンスを始め、04年12月にMAKIDAI、USAに才能を認められ、EXILEの派生グループに加入し、06年からEXILE。08年、TBS系「Around40」でドラマデビュー。12年、フジテレビ系「GTO」などで主演。09年、竹中直人監督の映画「山形スクリーム」、園子温監督の映画「ちゃんと伝える」で主演など出演多数。今年2月、アジア人初のラルフローレンイメージモデル就任。185センチ。血液型A。

◆白浜亜嵐(しらはま・あらん)

1993年(平5)8月4日、愛媛県生まれ。EXPG松山校を経て、10年4月に劇団EXILE風組入り。12年4月、GENERATIONSに正式加入し、14年1月からリーダー。14年4月、EXILE加入。11年7月、日本テレビ系「ろくでなしBLUES」でドラマデビューし、12年に「GTO」に出演。17年、映画「ひるなかの流星」など出演。今年6月、フジテレビ系「めざましテレビ」マンスリーエンタメプレゼンターを務める。実姉はモデルのラブリ(28)。173センチ。血液型A。

◆EXILE(エグザイル)

99年、パフォーマーHIROを中心に「J Soul Brothers」を結成。01年、ATSUSHIとSHUNが加わり「放浪者」を意味するEXILEに改名。06年SHUNが脱退し、同6月にAKIRA、同9月にTAKAHIROが加入。08年3月、橘ケンチ、黒木啓司、TETSUYA、NESMITH、SHOKICHI、NAOTO、小林直己が加入。13年末にHIROが卒業。14年4月、岩田剛典、白浜亜嵐、関口メンディー、世界、佐藤大樹が加入。15年末に松本利夫、USA、MAKIDAIが卒業し現体制に。16年8月末にATSUSHIの海外留学を発表し、今年まで一時休止。08~10年、13年に日本レコード大賞など受賞多数。(名称は全て現在のもの)

◆15年末からのEXILEとメンバー

▽15年12月末 松本利夫、USA、MAKIDAIがパフォーマー卒業

▽16年8月31日 ATSUSHIの海外留学、グループの18年まで活動制限を発表

▽9月5日 AKIRAがEXILE THE SECONDに加入

▽12月29日 世界、佐藤大樹らがFANTASTICS結成

▽17年9月1日 TAKAHIROが武井咲と結婚

▽12月17日 三代目J Soul Brothersが全国ドームツアー千秋楽公演。年間2度のドームツアーで歴代年間ドーム公演数最多記録樹立(37公演。148・2万人動員)

▽18年2月2日 毎月第1金曜に新曲を配信する「EXILE FRIDAY」企画開始

▽3月1日 ATSUSHIが京セラドーム大阪で単独公演を行い日本での活動を本格的に再開

▽5月24日 EXILE THE SECONDの全国アリーナツアー最終公演のアンコールでEXILEがステージに登場

▽7月25日 アルバム「STAR OF WISH」発売

▽8月5日 GENERATIONSが初の全国ドームツアーを完走(10公演。41・5万人動員)

EXILEのAKIRA(右)と白浜亜嵐。「見つめ合って」というムチャぶりに、男2人は照れまくっていました(撮影・林敏行)
 
 

TBS「Nスタ」井上貴博アナ この見た目この気骨

どんなときも冷静沈着にニュースと向き合うTBS井上貴博アナウンサー。内に秘める熱い向上心と時折見せる優しい笑顔が印象的でした(撮影・足立雅史)

 今やTBSの「報道の顔」だ。夕方の同局系報道番組「Nスタ」(月~金曜午後3時49分)メインキャスターを務める井上貴博アナウンサー(34)。29歳の若さで朝情報番組「朝ズバッ!」進行役に抜てきされると、冷静で歯切れの良いしゃべりで高評価を得て、昨年から「Nスタ」を任された。負けん気が強く、良い意味で型破り。落ち着いたキャスターぶりからは想像できない素顔に迫った。

★「朝ズバ」転機

 生放送直後の取材。張り詰めた空気かと思いきや、人あたりのいい笑顔で迎えてくれた。34歳とは思えぬ落ち着いた物腰と、確かなアナウンス力で、夕方に放送されるTBS系看板報道番組「Nスタ」をけん引している。強い決意のもと、番組と向き合っている。

 「バカだなと思われても良いのですけど、自分で考えて、自分の言葉で伝えられれば」

 アナウンサーとして大きな転機となったのが、10年から出演した、当時みのもんたが総合司会をしていた「みのもんたの朝ズバッ!」だった。

 「すごく感謝しています。生放送を好きになったのはみのさんのおかげですから。『台本なんて読むな』と言うのがみのさんの持論で。隣で台本通りにやっていてもみのさんはのってこない。40歳上なんですけど『この人に勝つんだ』と思ってやってました。そうしないとみのさんにも視聴者にも失礼だと思うので。正面からぶつかって、それを許してくれたので。それが今の基礎になってますね」

 13年11月、みのが番組を降板すると、14年3月まで「朝ズバッ!」のメインキャスターを担当した。

 「20代後半だったのですけど、生意気ながらやっときたという感じでした。しかし半年で番組が終わってしまいました。いまだにその時の悔しさは忘れられません。一生、忘れないと思います。視聴率をとれていたら終わらないので、負けたなと。僕の中では、朝の番組をもう1回挑戦したいという思いがあります」

 15年3月から朝情報番組「白熱ライブ ビビット」の進行役を1年間務めた。突然、メガネ姿で画面に登場し話題になった。

 「普段はメガネでオンエアはコンタクトだったので、やってみようかなと。最初は『何やっているんだ』と局内や視聴者のかたに指摘を受けましたが、あえてやってみたら定着して。逆にとった時『何でとるんだ』と。あまのじゃくなので、次に新しい番組が始まる時メガネをつけているかもしれませんね(笑い)」

 さわやかで温厚そうな外見からは一見、想像できない熱い情熱を持ってテレビと向き合っている。

 「今、生放送はコンプライアンスがうるさくて、できることが少ないのです。だからこそそれを崩せないかなと。僕は汚い生放送をしたいんです。かんでも良いし、映像が追いつかなくても良いのだけど『見ていたら何か起こるかもしれない』という番組にしたい。失敗しても良いと思っているし、自分にダメ出しをする毎日ですが、アナウンサーはフィルターだと思っていて、視聴者に『この人が司会なら見たい』と思えるようになりたいですね」

★自分は「変態」

 先輩で同局のエース、安住紳一郎アナ(45)も良き目標となっている。

 「リスペクトしていますし、盗まないといけないと思っています。安住さんは誰よりも睡眠を削って自分を追い込んでいると思う。だったら、安住さん以上に睡眠時間を削らなきゃいけない。バラエティーを中心に全局ほとんどの番組を録画して見てますが、特に安住さんの出ているものはラジオも全部とっています。自分で変態だと思います(笑い)。でも、面白くても、勉強のために見ているので笑えません。どんな展開で笑いが起き、自分だったらどうするかなとか。そこまでやってようやくスタートラインかと」

★慶応高校野球部コーチ

 小2で始めて以来、大学時代まで野球にどっぷり漬かった。高校まで甲子園を目標に、慶大時代は母校慶応高校の学生コーチという形で甲子園を目指した。

 「始めた当初は、プロ野球選手が夢でしたけど、小学6年生の時に諦めたんですね。少年野球チームに入っていて、エースで4番だったんですけど、ちょっと勝ち進んだ時にものすごい子がいた。『こういう子がプロに行くんだろうな』って現実を見て、目標を甲子園にしたんです。高校卒業後も、夢が諦められなくて、大学でも甲子園を目指せるコーチになりました」

 ちなみに、学生時代の打順は1番が多かった。

 「俊足タイプなんです。文化系に見られるけど、学生時代の友達は、僕のことを足が速いというイメージしかないと思います。100メートルは10秒台くらいかな。50メートルは5秒8でした。実は、めっちゃくちゃ速かったんです(笑い)」

 今年、母校の慶応は夏の甲子園大会に10年ぶり出場。健闘したが、惜しくも2回戦で高知商に敗れた。

 「うれしいですね。球場になかなか応援に行けないですけど、ずっと注目しています。負けてしまいましたけど、後輩に負けないよう精進します」

 慶応野球部のホームページの歴代学生コーチ名簿には井上の名前とともに「現役時代は名ショート。そのルックスからは想像出来ない厳しい指導で何人もの部員がコンバートに成功した。爽やかなイケメンコーチはお母様方や部員の憧れの存在であった」との説明が添えられている。

 「(大学時代は)高校の練習に入り浸っていました。練習のスケジュールを中心に授業をとって、試験中もずっと練習にいって。講義もユニホームを着て行ったりしていましたし」

 現在の私生活についても語った。仕事中心の生活だが、夕方の番組を担当するようになって飲みに行くことが増えたという。

 「お酒はそれほど強くないですが、みんなで飲むのが好きで。スタッフやほかの業界の人と飲むのも大切ですし。いろんな人とお酒を飲んだりして人脈を広げていきたいですね」

 ズバリ、結婚について聞いてみた。

 「『まだ、している場合じゃないだろう』というのがある。結婚して変わってしまうことが怖いんです。仕事に対して向けたベクトルが移っちゃいけないと思うし、何か枯渇している部分がないとダメとか。それくらいじゃないと、のし上がっていけないんじゃないかとか。もう、よく分からないところまできちゃってます。一方で『結婚って良いだろうな』っていう自分もいますけど(笑い)」

 やはり、「超」がつくほどの仕事人間だ。では、これから先、どんな方向へ進んでいくのか。

 「新しいことに挑戦していきたいです。アナウンサーというよりも司会者になりたいという思いが強いですね。大先輩の久米宏さんであったり、安住さんだったり、逸見政孝さんとか。そういう方を超えたいし、超えなきゃいけないなと思ってます。そして『局アナでもここまでできるんだ』っていうところを視聴者の方に見せたいです」

 意外性と持ち前の向上心の塊で、新しいアナウンサー像を見せてくれそうだ。

▼「Nスタ」でパートナーを務めるホラン千秋(29)

 高校球児だった井上さんは、まさに「Nスタ」の“主将”です。チームスポーツ経験者だからなのか、“引っ張る”加減と“背中を押す”あんばいのバランスが絶妙で、それが放送にも表れていると思います。クールに見えることも多いですが、実は熱血。だからこそみんながその背中についていくんだと思います。私もその1人です!

◆TBS系「Nスタ」

 17年4月にリニューアルし、井上アナのほかホラン千秋と国山ハセンアナ(27)らがキャスターとして出演。国会論戦から街の騒動まで今の関心事にこだわった3時間の生放送。キャッチコピーは「トクするNEWS!Nスタ」。

◆井上貴博(いのうえ・たかひろ)

 1984年(昭59)8月7日、東京生まれ。慶大卒業後、07年TBS入社。アナウンサーとしての初仕事は、同年の世界陸上の番組PR。「はなまるマーケット」のリポーターなどを経験後、10年から「みのもんたの朝ズバッ!」。14年「あさチャン!」、15年「白熱ライブ ビビット」で進行役などを務めた後、17年から「Nスタ」メインキャスター。趣味は教え子の試合観戦、高校野球観戦。179センチ。

インタビューに答えるTBS井上貴博アナウンサー
TBS井上貴博アナウンサー

小泉孝太郎 40代の幕開けに語ったこれから、結婚

さわやかな笑顔、人なつっこいトーク、40歳になっても変わらない魅力で僕たちを引きつけた小泉孝太郎さんでした(撮影・横山健太)

 小泉孝太郎(40)が“KY刑事”役で、新境地を切り開いている。放送中のテレビ東京系主演ドラマ「警視庁ゼロ係~生活安全課なんでも相談室~THIRD SEASON」(金曜午後8時)。シリーズ第3弾のスタートとともに、自身の40代も幕を開けた。俳優デビューから16年。節目の年にこれまでの芸能生活を振り返り、これからの展望、結婚についても語った。

★気配り

 テーブルに置かれたペットボトルがカメラに写り込んでいると分かると、「どかしましょうか」と率先して避ける。そんな気配りの人が、対極ともいえるキャラクターを熱演している。

 16年1月期に第1弾が放送された「警視庁ゼロ係」シリーズで演じる小早川冬彦は、場の空気を一切読まない「KYキャラ」で変わり者のキャリア警視。明るいキャラクターの冬彦と、松下由樹(50)演じる毒舌ベテラン刑事、寺田寅三(とらみ)のコンビが人気を集める。主演シリーズの第3弾は初めてだけに、喜びもひとしおだ。

 「連続ドラマで主演ってだけでもうれしいのに、そこで『ゼロ係』がサードシーズン。重圧もありましたけど、同時に喜びをかみしめながら撮影現場にいます」

 原作は富樫倫太郎氏の小説「警視庁0係」シリーズ。自分の幼い頃を思い出しながら、天真らんまんな冬彦像を作り上げた。

 「富樫先生の原作では切れ者のイメージもあった。そっちの方向か、子どもっぽくかわいらしい今の冬彦か。結果としてこっちにして大正解でしたね。もう1つのプランだったら、続いていなかったと思います。刑事に憧れていた子どもがそのまんま大人になってしまったような、それがこの作品には合うのかなって。そこは確信してます」

 役作りで参考にしたのは、95年公開の米映画「フォレスト・ガンプ/一期一会」。知能指数は低いが、その純真さで周囲の助けを得ながら人生を切り開いていく主人公を、トム・ハンクスが演じた。

 「純粋さと、人から愛されるキャラクター。刑事ものって殺人事件が起きるし、重苦しい雰囲気があるのは当たり前。でもその重苦しさを感じさせないくらい、カラッとしたテイスト。夏の青空とか海が合うような軽めの感じは、あの『フォレスト・ガンプ』だなっていう直感があった。あのトム・ハンクスからヒントをもらいました」

★爽やか

 爽やかな風貌は変わらないが、今年40歳を迎えた。13年にNHK大河ドラマ「八重の桜」で二枚舌の徳川慶喜を、16年にTBS系ドラマ「下町ロケット」で主人公と敵対するライバル社の社長を演じた。悪役に挑んだことは「30代の10年間で1つの転機」と振り返る。

 「自分が見たことのない扉が開いたような気がしました」

 司会業も予期せぬオファーの1つだった。テレビ東京系で16年にリオ五輪、2月に平昌五輪のキャスターを務めた。現在は同局情報番組「よじごじDays」(平日午後3時40分)に生出演し、金曜日の司会を担当している。

 「絶対20代では考えられなかったことですし、やりたいとも思ってなかったですよ、役者以外の仕事は」

 挑戦を決めたのは、人との縁を大事にしているから。踏み出した先で新しい自分にも出会えた。

 「いろんな作品をやっていく中で、ドラマをやってた人が編成に移りました、とか。その中で小泉孝太郎に司会をやらせようってことなら、それに応えようと思いますし。そこでの楽しさも分かったし、100%自分の意思だけじゃない別のやりがいとか、生きがいっていうのはあるなと思いましたね。今、それを楽しんでやれてる自分がいますから」

 語る言葉に意思の強さを感じるが、姿勢は柔軟だ。未来を決め付けるつもりはない。

 「40歳から50歳、ドラマや映画はやらなくていいや、バラエティーで行こうっていう自分がいるかも知れませんし」

 出演依頼は引きも切らず、30代はストイックに仕事一色。本人は「プライベートを犠牲にした10年間」と苦笑する。

 「それが幸せにつながりましたね、役者をやっていく上で。プライベートは僕の中では捨てたし。友達と会う時間だったり、30代なら結婚も出てくるじゃないですか。でも僕は絶対しないと決めていた。仕事に集中しようと」

 20代は「いかに寝ないで遊ぶか」。今とは正反対の生活を送っていたという。

 「20代はホントに汚い部屋でしたよ(笑い)。家に帰るのが嫌だったんです、汚すぎて。これはいけないと思って、そこからきれいにし始めて。自分のいる空間をある程度きれいにすると、気持ち良く仕事に行って帰ってこれる」

 休みの日があれば、掃除をしたいとも。

 「気持ち良く仕事をするために、プライベートで部屋をきれいにしたい。仕事第一でいいです」

 今、小泉の全ては仕事を中心に回っている。

★酒豪!

 デビューして16年。これまで芸能界を辞めたいと思ったことは1度もない。

 「こんなに芸能界の水が合うとは思わなかったし、こんな楽しい世界はないと思います。これ以外考えられないです」

 テレビに出続けている人全員を尊敬するという。

 「正直、テレビに出るってことは難しくないと思うんです。でも出続けるってことはものすごく難しいこと。それをタモリさん(明石家)さんまさん、お笑い界にもたくさんいますけど、さらっとやってのけてる。尋常じゃない」

 この先の目標は定めていない。ただ、長く続けること。

 「自分もどういう姿か分からないけれど、そこの世界、景色を見てみたいですね」

 5年前、小泉が「日曜日のヒーロー」に登場した当時のインタビュー内容に触れると、「結局変わっていない」と屈託なく笑う。

 「30代後半くらいから、ああまだこんなものか、こんなに幼いのか、結局何も変わらないんだって。5年前くらいから仕事に対する考え方も99%変わってないと思います」

 自分の中で、理由ははっきりしている。

 「結婚して、子どもができないと変わらないんじゃないですか。結婚してるかしてないか、その差だと思います。だから、僕がもし10年後の50歳、またインタビューの機会があって独身だったら、何にも変わってないと思います(笑い)」

 家庭を持つことにイメージは湧いている。

 「想像はある程度はできますね。今は仕事だけでいいっていうのが、子どもができたらそれが趣味になるんだなって。子どもとの時間、それは楽しみではありますもん。いつかの時なんでしょうね」

 最後に芸能人生での失敗談を聞いてみた。小泉は日本酒1升を空ける酒豪でもある。

 「お酒を飲み過ぎて現場に行ったことですかね。弱い方じゃないんで、飲めちゃう。そんな自分自身が嫌ですね。何でも節度を持ってほどほどに、かな」

 自分を律し、とことん仕事にまい進する。今が楽しくて仕方がないという、少年のような顔で笑った。

▼コンビを組む刑事を演じる松下由樹(50)

 本当に好青年。爽やかで、屈託ない。いい印象しかないです。役柄はKYでも、当然ながら小泉さんはそうではなく、皆さんに気を使って自らもり立てようとする方です。どこも変わったところがない人にも見えるけれど、この役に入るとアドリブでKYなセリフを考えてこられる。何でこんなに面白く考えられるんだろう、もしかして本当はどこか変わってるのかな、って思っています(笑い)。シーズン3になって、一段とぶれないキャラクターになったと感じています。このまま真っすぐ駆け抜けていって欲しい。ついて行きます。

◆テレビ東京系「警視庁ゼロ係」シリーズ

 空気は読めないが事件に対する読みは鋭い刑事・小早川冬彦(小泉孝太郎)と、お払い箱となった人材が集まる部署「ゼロ係」の活躍を描く刑事ドラマ。共演は松下由樹、安達祐実、TKO木下隆行、片岡鶴太郎ら。

◆小泉孝太郎(こいずみ・こうたろう)

 1978年(昭53)7月10日、神奈川県横須賀市生まれ。02年1月俳優デビュー。09年テレビ朝日系「コールセンターの恋人」でドラマ初主演。TBS系バラエティー「ニンゲン観察バラエティ モニタリング」にレギュラー出演中。「ゼロ係」は16年1月期にシーズン1、17年7月期にシーズン2が放送された。公開中の映画「スカブロ」で弟の小泉進次郎衆院議員と初共演し話題に。177センチ、血液型AB。

インタビューに答える小泉孝太郎=2018年7月21日
インタビューに答える小泉孝太郎=2018年7月21日
さわやかな笑顔、人なつっこいトーク、40歳になっても変わらない魅力で僕たちを引きつけた小泉孝太郎さんでした=2018年7月21日

原田龍二100% お盆じゃ隠せぬ大きな器

「これ使いますよね」と気さくに撮影に応じてくれた原田龍二さん。「あのお盆」を手にしてこんなにカッコいい人…初めて見ました(撮影・足立雅史)

 “全裸芸”で再ブレークを果たした。俳優の原田龍二(47)。16年末放送された日本テレビ系「絶対に笑ってはいけない科学博士24時」で、お笑い芸人アキラ100%とともに「丸腰刑事」を熱演したことがきっかけで、バラエティー番組などから引っ張りだこになっている。自分らしさを大切にすることで、正統派二枚目俳優のイメージを突き破ったという、素顔に迫った。

★ここまでとは…

 16年大みそか、お茶の間に衝撃が走った。「絶対に笑ってはいけない科学博士24時」で、裸芸で人気のアキラ100%とともに、自身も全裸で股間をお盆で隠しただけの姿で登場。「丸腰刑事」というキャラでコントを熱演し、視聴者は大ウケ。SNSなどは原田の話題で持ちきりとなった。

 「オファーがきた時チャンスだなと思いました。迷いはなかった。面白い現象が起こるかもしれないと思いましたが、ここまでなるとは思ってませんでした」

 幼少期からふざけたり面白いことが好きだった。だが世間では「二枚目」のイメージを持たれていることに違和感があった。

 「二枚目で陰があるイメージが独り歩きして、『そういう人じゃない』ってずっと思ってました。カッコイイと思われるよりも、面白くて、ちょっと頭おかしい人って見られる方がうれしいですから(笑い)」

 19歳の時に東京・渋谷でスカウトされたことがきっかけで芸能界に入った。

 「最初は断ったんです。そしたら『1カ月10万円やるから契約してくれ』って言われ、サインしました」

 事務所に入ったが、オーディションはすっぽかし、演技などのレッスンはサボるなど問題児だった。

 「全くやる気もない、ハングリー精神のないやつだった。ある商品のCMオーディションに行って『商品を持って笑ってください』って言われた時『面白くないんで笑えないです』と言って帰ってきちゃったり」

 90年には逃亡しないようにとマネジャー同伴で、美男子コンテスト「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」に参加させられ準グランプリ受賞。でも仕事への姿勢は変わらなかった。

 「その後2年間、何もしてないです。毎月10万円もらっていただけで(笑い)」

 92年にTBS系ドラマ「キライじゃないぜ」でデビューする。しかし、レッスンをサボっていたせいで満足な演技ができず、力量のなさに引退も考えた。

 「でも、仕事とか次々に入ってくるので、きっかけがなくなってしまって。その後、93年に陣内孝則さん、94年に石黒賢さん、97年に水谷豊さんとご一緒して、こういうカッコイイ人も一生懸命やっているんだなって思って。徐々に仕事へのスイッチが入っていきました。遅すぎですよね」

★「相棒」に昇格!?

 師匠と呼ぶ水谷との関係は今も続く。テレビ朝日系人気シリーズ「相棒」ではトラブルメーカーでコミカルな存在の陣川刑事役を好演、04年から準レギュラーとして出演を続けている。

 「ワンシーズンに1回しか出てないのにインパクトありますよね。水谷さんは僕の人となりを把握されているので、あの役をつくってくれたのかもしれないですね。相棒役に昇格と言われることもありますが、今のままで良いです。僕が相棒になっちゃったら、絶対に事件解決しなくなっちゃいますから(笑い)」

 95年からTB!S系世界紀行ドキュメンタリー「世界ウルルン滞在記」のリポーターとして各国を訪れホームステイ。住民らと一緒に裸で生活したりした経験も、仕事への姿勢の変化や人間的成長につながった。

 「人間として大事なことに気づきました。誰だか分からない自分がその国に行って、見ず知らずの人と出会って。一期一会ですよね。再会企画でもう1度会うことで心のひだみたいなところに触れて。価値観にすごい影響を与えました」

 その後、旅番組で温泉リポートなどをするうち、タオルを巻かずに入浴するスタイルを確立。「温泉俳優」と呼ばれるようになった。

 「温泉でクローズアップされたのは6~7年前からですね。12年、BS-TBSの路線バス旅番組で長野の温泉に行った時、バスタオル巻かないで葉っぱで隠して入りました。『ウルルン-』で裸になることは抵抗なかったし、そこで温泉の良さを体感して。そこから温泉好きと公言するようになったんです」

★渋谷の風紀委員

 俳優の本宮泰風(46)は弟だ。学生の頃、2人は東京・渋谷でけんか最強だったという伝説がまことしやかに語られ“芸能界最強兄弟”との呼び声も高い。

 「暴走族やチームに入っていたわけでもないんです。無所属ですよ。ただ、何百人もいるチームのリーダーとかと仲良くなっちゃったんです。けんかも強くないし、伝説もないですよ。弟は鍛えているし強いと思いますけど(笑い)」

 一方で、当時の立場を“渋谷の風紀委員”とちゃめっ気たっぷりに自称する。

 「弱い人から金を巻き上げたりするようなやつが大嫌いだったので、風紀委員として撃退とかしてました(笑い)。でも前科とかありません。両親が良かったのだと思います。真面目な両親で、その教育があったからこそだと思います。『人に迷惑掛けるな』『けんかには負けるな』って(笑い)。おふくろを泣かさないように生きなきゃと、いまだに思っています」

★息子も裸で鳥肌

 01年に一般女性と結婚し、1男1女の父。仕事が終わると真っすぐ自宅に帰るマイホームパパだ。「丸腰刑事」にまつわる長男とのエピソードをうれしそうに明かす。

 「上の子は高1なんですけど、あるサッカークラブのユースにいます。中学生の時、クラブの合宿で夜、一芸を披露する場で、素っ裸でお盆片手にやったんです。事後報告で『パパ見て』ってその動画を見せられたのですけど、鳥肌立って泣きそうになっちゃいました。『さすが俺の息子だ。俺の仕事を認めてくれたな』って。愛情を持って育てたし、下手したらいじめられる対象になるのに分かってくれているんだって」

 これまで女性スキャンダルはなく、今後もないと宣言する。俳優だけでなく、TOKYO MXの情報番組「5時に夢中!」ではMCを務めるなど、枠にとらわれない芸能活動を続けている。これからどこに向かっていくのか。

 「分かりませんが、どんな仕事でも僕はやります。バラエティーだからとか芝居だからとかじゃなく、常にキラキラと心を輝かせていたい。仕事したくてもできない方がたくさんいる中で、どんな小さな仕事でも頂けるのは運が良いと思っていて、それに対する感謝を忘れたらとんでもないことになると思ってます。水たまりの水ではダメだと思うのですが、どんな小さな川だとしても濁らずに形を変えながら生きていきたいです」

 この謙虚さと、自然体さで今後もさらなる活躍の場は広がっていきそうだ。

▼弟本宮泰風の妻で義理の妹・松本明子(52)

 伝説としてけんか最強兄弟とも言われていますが、自称不良ではなくて弱いものいじめをしている不良を見ると黙ってはいられない正義の味方。人懐っこくて、冗談を言っては人を笑わせたりふざけたりするのが大好きで、現場では年上の共演者やスタッフにかわいがられる人気者です。普段は真面目で優しくて我慢強く、子煩悩で子供たちとよく遊び、ふざけあっているいいお父さん。好奇心旺盛で座敷わらしが大好き。家族の幸せを一番に考えてくれる良き長男です。龍二100%の裸芸は、放送を家族全員で見てしまい、衝撃映像に目が点でした。これからも元気で仕事も人生も大いに楽しんで下さい!

◆原田龍二(はらだ・りゅうじ)

 1970年(昭45)10月26日、東京生まれ。92年俳優デビュー。03~10年までTBS系「水戸黄門」で「助さん」役を務めるなど多くのドラマ、映画、舞台で活躍。12年からBS-TBS「ぶっつけ本番!路線バスの旅~温泉俳優原田龍二がゆく~」シリーズなど多くの番組で温泉リポートを担当。放送中のフジテレビ系「世界の何だコレ!?ミステリー」(水曜午後7時57分)では妖怪「座敷わらし」を探す旅を続けている。93年にはアルバム「調和の鎖」で歌手デビュー。178センチ。

 
 

竹内涼真 朗らかポジティブイメージの裏にある苦悩

インタビューに答える竹内涼真(撮影・林敏行)

 ベストセラーの女性アイドル写真集に、ただ1人対抗できる役者だ。俳優竹内涼真(25)。8月1日公開の映画「センセイ君主」(月川翔監督)で、満を持して単発映画初主演を飾る。NHKの朝ドラ「ひよっこ」や連ドラ「陸王」「ブラックペアン」など、直近の出演作とは一線を画する作風を今回は選んだ。少女漫画原作ものに今出演する理由と、朗らかでポジティブなイメージの裏にある苦悩に迫った。

★ラブコメ初挑戦

 「センセイ君主」は、教師と生徒の禁断の“恋愛バトル”をポップに描いた異色ラブコメ。イケメンで頭脳明晰(めいせき)だけどクールでひねくれ者な数学教師、弘光を演じている。予告編では、浜辺美波(17)演じる女子高生あゆはに「俺を落としてみなよ」と挑発してみせる。初めて“イケメン”役を演じたが、それは意識しなかったという。逆に、女性スタッフらを取材し、女子高生にとっての「かっこいい先生」とは何かを突き詰めた。

 「先生はかなわない存在で、大人で、でもそこまで年はいっていない。先生のいる場所が少し高く見えるからかっこいいのかな、と僕は捉えました。かっこいいせりふやシチュエーションももちろんあるけど、そこにあまり力を入れすぎずやった方が、ポップに見られるんじゃないかと思いました」

 ラブコメというジャンルも初挑戦だった。雨にぬれないよう、着ていたジャケットを脱ぎあゆはに覆いかぶさる「ジャケット傘」は、「壁ドン」「顎クイ」に並ぶ名シーンとして話題を呼びそう。せっかくの胸キュンシーンも、取って付けたようでは雰囲気が台無し。自然な流れでできるように工夫した。

 「傘がない状況で、どうしたら(自然に)ジャケットを掛けられるんだろうと流れを大事にして、台本にない部分を付け足したんです。傘が他に残っていたけど、先生として人の傘を持っていくことはできない。どうしようかと考える。すぐそこに車があるし、『(あゆはは)雨がやむまで教室で宿題してる』とか言ってるけど、放課後1人でいさせるわけにはいかない…っていうので、ジャケットなんですよ。見ている人に伝わるかは分からないけど、僕らとしてはそこを大事にしました」

★苦手少女漫画もの

 もともと、少女漫画原作ものには苦手意識があった。

 「少女漫画映画って、どっちかというと得意じゃない。漫画のせりふに引っ張られすぎるのに違和感を感じていたので。この場面は漫画みたいに言わなきゃ、っていうのも大事だけど、それを僕たちがしてしまうと、僕たち(役者)の意味がなくなってしまう」

 少女漫画が原作だった16年の映画「青空エール」は苦戦した。苦手を克服するため、もう1度少女漫画原作に挑みたかったという。これまでのキャリアとは毛色の違う作品を選んだように見えるが、竹内にとっては挑戦だったのだ。

 「次もしやるなら(少女漫画原作がいい)、って思ってたんですよ。青空エールはすごく難しかった。漫画はこういうキャラだから、僕のキャラをこうしなきゃいけない、という意識がすごくあって、せりふが出てこなかったんです。僕の実力不足もあったけど、現場に入ったら一番大事なのは漫画じゃなくて自分の気持ちなんだということを、公開した後すごく思ったんですね。その後に(漫画原作の)『帝一の國』をやって、少しだけ意識できたんです。漫画の主人公を超えることはできないけれど、自分がやるなら一から作り上げて、漫画を超えるくらいのキャラを作りたい、と思っていたので」

 だから、意を決して挑んだ作品だった。出来栄えには「割とイメージしていたものができた」と納得している。

 「今回映画に臨むテーマとして、見た人に『あれ、今までの少女漫画原作と違う?』って思ってもらえたら、1個自分の課題クリアだなと思っていた。だから、かっこいいせりふや漫画にあるシチュエーションを、尊重しながらいかに崩せるかが大事だと思っていて、そういう点では完成したときに、今までの少女漫画原作とは一味違うなと思いましたし、自分もこの作品をやって成長しました」

★プロ目指し「挫折」

 写真集を発売すれば爆売れ。出演するドラマは軒並みヒット。昨年は映画「帝一の國」で日刊スポーツ映画大賞石原裕次郎新人賞を受賞した。デビュー5年で順風満帆なキャリアを歩んでいるが、役者になる前の竹内は、サッカーJリーグ東京Vユースでプロを目指していた。だが、プロにはなれず「挫折」と振り返る高校3年間の経験は、今に生きている。

 「挫折して、今自分が良い状態でいられたら、結果、挫折して良かったとなりますけど、それは結果なので、挫折なんかしないほうがいいんです。スポーツも仕事も、取り組む姿勢ややっていることは、僕の中では変わらない。どうやったら挑戦を成功させられるのか、後ろを振り返ってみるとヒントがあったりする。僕は高校の時うまくいかなかったから、そこからヒントを得ているんです」

★ミスから逃げて…

 うまくいかないときは、誰にでもある。高校時代はミスから逃げてばかりだった。だから、まずはそこから変えてみたという。

 「失敗することって日常であると思うんですけど、高校のときは、失敗に対する言い訳をしていたんです。失敗したら、その言い訳をするんじゃなくて、次に成功するために何をしたらいいかを一番先に考えるくせを付けました」

 高いモチベーションを保てるように、気持ちを切らさないことも心掛けた。

 「自分はどこを目指しているのかを常に持っておくと、目の前にある失敗なんて何とも思わない。自分を客観的に見られていないときは、自分の失敗にすごく落ち込んでしまうし、後悔するし、失敗を恐れる。でもそれって、成功するために必要かと言われたら、僕は全く必要ないと思えました」

 役者の道に進んでから得た感覚もあるという。

 「もともと前向きな人間じゃないので、この仕事をして、そう考えられるようにいっぱい訓練したんです。だから今すごく前向きですし、いろんな仕事に対してポジティブです。高校まではそうじゃなかったですから。スポーツ選手でも役者さんでも、トップの方と話すと、そういう考えをされている方が多いですね」

 挫折から学んだこと。そして、トップを走る人から教わったこと。竹内涼真を取り巻く全ては、彼の血となり肉となっている。

▼「センセイ君主」の月川翔監督(35)

 竹内涼真は全身エンターテインメントなんだと思います。誰と接していても「楽しい」に変えてしまう力がある。おもてなしの精神と言うんでしょうか。それはきっと、お客さんに対してもそうで、現場でも観客にどう届けたいか、どう楽しませたいか、という意思を強く持っていました。おかげで映画も、見る人を存分に楽しませるエンターテインメントに仕上がりました。

◆竹内涼真(たけうち・りょうま)

 1993年(平5)4月26日、東京都生まれ。13年「minaカレオーディション」でグランプリを受賞し、芸能界入り。同年ドラマ「車家の人々」で俳優デビュー。14年「仮面ライダードライブ」に主演、同年同シリーズで映画デビュー。主な作品に映画「青空エール」「帝一の國」、ドラマ「下町ロケット」「ひよっこ」「過保護のカホコ」「陸王」「ブラックペアン」など。185センチ、血液型A。

◆「センセイ君主」

 女子高生のあゆは(浜辺美波)は、イケメン数学教師の弘光(竹内涼真)に一目ぼれ。ひねくれ者の弘光に相手にされないあゆはは「絶対に先生を落としてみせます!」と宣戦布告。「俺を落としてみなよ?」と挑発され、2人の恋愛バトルが幕を開ける。

 
映画「センセイ君主」メインカット (C)2018「センセイ君主」製作委員会 (C)幸田もも子/集英社
劇中のワンシーン  (C)2018「センセイ君主」製作委員会 (C)幸田もも子/集英社
これがうわさの「ジャケット傘」だ! (C)2018「センセイ君主」製作委員会 (C)幸田もも子/集英社

広瀬アリス 美少女成長女優のあっけらかん素顔

ヒマワリを手に笑顔を見せる広瀬アリス(撮影・狩俣裕三)

 女優広瀬アリス(23)が日本テレビ系の主演連続ドラマ「探偵が早すぎる」(木曜午後11時59分)で、5兆円の遺産を相続して、命を狙われ続ける女子大生を演じている。女優になって10年、愛らしい美少女からあっけらかんとしたお笑い芸人まで演じ分ける、その素顔に接近。爆笑続きのトークとなった。

★コミカル可愛く

 「探偵-」は、個性派俳優滝藤賢一(41)とのダブル主演。広瀬は、父の死で5兆円の遺産を相続した女子大生・十川一華役。父の一族に命を狙われるが、滝藤演じる探偵・千曲川光が犯罪を予測し、事件を未然に防ぐ。一華と一緒に暮らす家政婦を水野美紀(44)が演じている。

 「滝藤さんの千曲川、水野さんの橋田さんに、とにかく振り回されている女の子。そこをコミカルに、でもかわいらしく演じられたらいいなと。私が唯一、普通の人と言ったらおかしいんですけど、登場人物が、だいぶ濃いメンバーになっている(笑い)」

 監督の許しを得て、自分でも、どんどんセリフを付け加えていく。

 「もう言いたいことがあったら、ノリで言っちゃおう! みたいな。叫ぶところも『ああああー!』って、『あ』が4個で、ビックリマーク(!)だけだったんですけど、それを『いやああ~! うおおおぅ~! うええーーーっ!』って。表情もコミカルになってますね(笑い)。自分たちがやってて、面白かったらいいかなって。狙っていくというより、楽しくワイワイ…」

 3月まで放送されたNHKテレビ小説「わろてんか」では娘義太夫から女優、そして女漫才師として活躍した秦野リリコを演じて、コメディエンヌとしての評価を高めた。

 「極端な役っていうのは割と楽だったりするので、普通が一番大変かもしれないですね。ノリというか、爆発力っていうのは割と得意かもしれないです。自分の中でパーンとはじけたりするようなものがあるので。今回もそれが、生まれつつあります」

★ウ○チ踏んで、あれえ~

 滝藤とは初共演だ。

 「心強いですね。ずっとテレビで見ていた方で、いつかご一緒したいと思ってたんで。シリアスな役とか、悪役のイメージが大きかったので、実際はどんな方なのかなと思ってたんですけど、とてもフレンドリーな方で楽しくやらせてもらっています。テストでも、こんな動きをするんだって思ったり(笑い)。追いかけてくるのが、首とか一切動かさず、本当に、首から下だけで…。もう、めっちゃ怖くって(笑い)。ホラー映画かなって思うくらい」

 滝藤の探偵役にちなんで、最近、未然に防いでほしかったアクシデントがあった。

 「犬のウンチを踏んだんです。家にいて(笑い)。それちょっとショックを受けました。あれえ~って。パープーとプーピーっていう犬がいて。プーピーの方は最近来て、1カ月ちょっとしかたってないから。ちゃんとトイレした後にゲージから出したのに。それで、プーピーの方見たら、すごい尻尾振ってて、スッキリしたみたいな(笑い)」

 サポートしてくれる家政婦・橋田政子を演じるのは水野美紀。よく「若い時の水野美紀に似てる」と言われてきた。

 「めっちゃ言われるので、勇気を出してご本人に言いました(笑い)。『いや、私もめっちゃ言われるんだよねっ。あれ? 若返った? って思ったら、アリスちゃんだった』って(笑い)。サバサバっとした方で、楽しいんです。本読みから、私のセリフをガンガン遮って(笑い)。『じゃあ、語尾全部、遮っちゃっていいですか』みたいな感じで、ズバズバズバって」

 資産5兆円の命を狙われる女子大生役。繊細に演技と向き合う広瀬もいる。

 「役作りというか、どれだけ自分をさらけ出すか、自分のノリに持っていけるか、いろいろ考えていけたらいいなと思ってます。もし5兆円が転がり込んできたら、半分貯金です。私、めっちゃ堅実なんですよ、将来を考えて(笑い)。あとは必要なものを買ったり。さっきメークさんが持ってた扇風機が、すっごいよかったんで、それを買おうかな。汗っかきなんで」

 原作は推理小説だが、ドラマはコメディーミステリー。

 「原作からしたら、ちょっと違うかも。コメディータッチになって、クスクス笑えるというか、滝藤さんのはっちゃけ具合と、水野さんのバッサリぶり(笑い)。それに、ああああー!って言ってる私と、っていう感じなので。被害にあうみたいなことが多いのかなと思いきや、全くそんなことなくって。どんどんかき回されていって、てんやわんや(笑い)。なんか、手応えは感じています」

 女優になって10年。芸能界入りのきっかけはスカウトだった。

★オフは寝てます

 「スカウトされて一発目のお仕事が女優から。途中で、モデルをやらせていただいてという感じなので、流れに身を任せた感じがありました。10代の頃は。いろいろなお仕事をいただいているなとは思いますね。忙しいけど、昨日なんかめっちゃダラダラしてた。昼寝もガンガンしちゃったりとか。オフの時はもう、本当にスイッチオフ! みたいに、全く動かない。外に出ないで、寝てます。漫画も読んでますけど、寝てることが多くなりましたね」

 ここ1、2年はバラエティーでも活躍している。

 「私、バラエティーしか見なかったんです。ネタ番組にコント番組とか、深夜の若手が出てるのとか全部見てたので。カチッとしてるのが、女優さんのイメージなんですけど、自分はなれない。元がこんな感じなので、バラエティーに出させていただいて、こういう人間なんです! というのを知ってもらえてるなって。バラエティーは笑いに行く感覚。芸人さんトークとか、間近で観覧者みたいな感覚です」

 バラエティーで芸人を差し置いて笑いをとってしまう。

 「全然、全然ですよー!(笑い)。でも、子供の頃の写真とかみると、すごい変顔ばっかり。スカートはいてるのに足をビローッと広げている写真とか、そういうのばっかりでしたね」

 妹の広瀬すず(20)との近況は。

 「お互い忙しいので、会わないですね、本当に本当、すれ違いが多すぎて」

 笑顔がはじけるインタビュー。サスペンスもコメディーも、女優もお笑いも絶好調だ。

▼ダブル主演の俳優滝藤賢一(41)

 このドラマが決まった時に、平静を保とうとしましたが、ニヤけてしまい、ビローンと鼻の下が伸びました。俳優をやっている以上、主演を張りたいですし、広瀬アリスさんとダブル主演ということで、とても心強くなりました。僕の中ではアリスさんに、包み込むような女性らしさの中に、ジャンヌ・ダルクのようなたくましさを内に秘めている方、という印象を持っています。でも固定観念を持たずに共演していく中で、一緒にいい作品を作っていきたいと思っています。

◆広瀬アリス(ひろせ・ありす)

 1994年(平6)12月11日、静岡県生まれ。08年NHK「ファイブ」で女優デビュー。同年「死にぞこないの青」で映画デビュー。09年に「ミスセブンティーン2009」に選ばれ、雑誌「Seventeen」の専属モデルを15年まで務める。10年フジテレビ系「明日の光をつかめ」主演。11年映画「Lost Harmony」主演。特技は乗馬、バスケットボール。趣味は漫画観賞。165センチ。血液型AB。

◆日本テレビ系「探偵が早すぎる」

 女子大生の十川一華(広瀬)は、父親の遺産5兆円を突如、相続する。その資産を狙う父の兄弟姉妹の一族から命を狙われる。母親代わりの家政婦・橋田政子(水野美紀)は探偵・千曲川光(滝藤賢一)に一華の命を守ることを依頼。

 

細田守監督 受け継いだアニメの未来のバトン

インタビュー後に新作「未来のミライ」の主人公くんちゃんを描いてもらった。ポイントは「ぷにぷに感」と優しいお父さんの表情で教えてくれました(撮影・狩俣裕三)

 アニメーション映画の細田守監督(50)が新作「未来のミライ」(20日公開)を送り出す。「おおかみこどもの雨と雪」「バケモノの子」などヒット作を作ってきた細田監督は、今までにないもの、作る意味のあるものを心において、30年近くアニメーションに携わってきた。新作誕生のきっかけから、アニメーションの今、未来を語った。

★子供からアイデア

 アニメーション映画のヒットメーカーは海外映画祭から帰って間もなかった。何媒体も取材を受けていた日で、疲れも取れないだろうと思ったが「いやいやいや、ありがとうございます!」と笑顔だった。新作は4歳の男の子くんちゃんが主人公。未来から来た妹ミライちゃんと、家族の物語を旅する。アイデアのきっかけは、長男が主人公と同じ年のころ、妹が生まれた時に見せた反応だ。

 「上の子が赤ちゃん返りをしたんです。自分は愛を失ったと思ったんでしょうね。床に転がって、舞台俳優みたいに嘆き悲しんで、泣きわめいたんです。僕はその時『子供が駄々こねてる』と思ったんじゃなく、愛を失った人間の姿はかくも哀れか、人間が愛を失ったら誰もがこうなってしまうんだ、と思いました。人生は愛をめぐる攻防で、人類は愛について延々書き連ねてきてますよね。これは子供の赤ちゃん返りじゃない、あらゆる愛の物語がここを起点に出発しているんだと感じました」

 子供を、1人の人間として尊重する。

 「僕は1人っ子です。うちの子も、下の子が生まれるまでは1人っ子。妹ができた瞬間、僕の知らない人生を歩み始めたんです」

 子供と過ごす時間は多い。アイデアは子供との時間から生まれる。

 「ははははっ。観察します、します。映画のネタ探し、というと悪いけど、題材として子供と過ごすので、役得ですね。普通の仕事をしてるお父さんだったらありえない。夜9時にベッドに入って絵本を読むのも仕事の一環。役得ですね」

 妻は元編集者。長野にある妻の実家で大勢の親戚と関わって、大家族とサイバー空間での戦いを描いた「サマーウォーズ」(09年)が生まれた。そして、子供ができたことで、不思議な感覚を抱いた。

 「自分の人生を生きなおしているんです。小さい子と一緒に過ごすというのは、自分の小さいころはどうだったかと思い出すということ。親がどうだったかも想像できます」

 自分の人生を生きなおし、実際に感じたことが新作に盛り込まれている。

 「補助輪のついた自転車を押すシーンがありますが、うちにもそういう瞬間がありました。子供の背中と自転車を押しながら、自分が自転車の練習をしてる時を思い出し、親の気持ちも分かる。自転車を押しているのも自分で、乗ってるのも自分。ごっちゃになってくるんです。すごく面白い。『時をかける少女』みたいにタイムリープがなくても、時空と空間がごっちゃになってくる」

★描くことが居場所

 自転車つながりを続けると、小学校に上がるまで自転車に乗れなかったそうだ。32人いるクラスのうち、乗れたのは最後。幼いころの話になると、明るいトーンが少し落ちた。

 「内省的な子でした。いろんなことがあまりうまくいかないので、絵を描くんです。絵が得意だったというより、内省的だったから、絵を描かざるを得なかったということかな。1人っ子で、昔は吃音(きつおん)だったので、コミュニケーションが得意じゃなかったんです。(絵を)褒められてうれしいというより、居場所ですね。クラスの中で、この人は絵を描く人、という居場所をキープできたのは良かったです」

 恥ずかしながら漫画家になった後、その先にアニメーションがあるのだと思っていたが違うらしい。

 「漫画家になりたい人が、形を変えてアニメを作っているという人は多いと思います。僕は漫画にあまり興味がなく、絵と映像が合わさった映画に興味がありました。小学生の時、初めて買った『アニメージュ』79年11月号の表紙は『ルパン三世 カリオストロの城』。フィアットに乗ったルパンと次元がドリフトしている表紙で、中の記事に絵コンテが載っていました。映画にも設計図や手順があってシステマチックにできていると知り、作ることに興味がいきました。『これだ!』と思いました。ちなみにその記事を書いているのが(ジブリ代表の)鈴木敏夫なわけです(笑い)」

 小学校の卒業文集に「将来は宮崎駿監督、りんたろう監督のようなアニメ監督、映画監督になりたい」と書いた。進学した金沢美術工芸大では油絵を学んだが、洋画の面白さに目覚めた。「映画を作りたい気持ちは大きくなり」ジブリも受けた。

 「落ちました。宮崎さんから『スタッフとして加わるより、それだけ自分の作品を作りたいという気持ちがあるなら、君は作るべきだと思ったから、君は落とした』という手紙がきました」

 東映動画に入社してアニメーターとして活躍する。当時は賃金、労働時間、すべてにおいて過酷だった。原動力は何だったのか。

 「劣悪な環境の中、作品も最低だったら、何のためにやっているのか分からない、そこだけです。せめて作品だけは少しでもいいものにしよう、少しでも志のあるものにしよう、と」

 今の原動力を聞くと「ヒットする作品というだけでなく、作りがいのある作品、作ることに意味のある作品、今までになかった作品、新しいことに挑戦している作品を作りたい」と返ってきた。常々「アニメーションの技法を使って、映画に貢献したい」と話している。

 「まだ試されてないことがたくさんある。アニメは宮崎さんのだけ、ピクサーのだけ、ディズニーだけ見てればいいような気がするけど全然そんなことない。実写映画は各国でいろんな作品が、いろんな言語で撮られてる。アニメだけブランドで見ちゃったら、狭まってしまう。今までにないことで満ちているから、アニメーションってフロンティアで、魅力的で、面白くて、人を引きつける」

 4月に敬愛する高畑勲監督が亡くなり、文化を受け継ぐことを意識した。

 「世代交代して新陳代謝するのが文化。高畑監督が亡くなった意味を作り手が受け止めて、バトンを受け継ぐ思いで発展させていくのが文化」

 誰でも映画を作れるわけではない。作る根拠が必要なのだという。

 「映画を作ることは、そうそう簡単にはできない。自分から作ろうという出発点、つまり根拠が必要です。高畑さんにも宮崎さんにもありますし、僕にももちろんある。根拠を持っている人は少ないです。希少生物みたいなものなので、応援してください」

 付け加えた最後の言葉に、アニメの未来はこれからだと感じた。

▼「未来のミライ」で主人公くんちゃんを演じた上白石萌歌(18)

 細田監督は陽だまりのような優しさをお持ちの方です。数々の大作を生み出していながら、とても謙虚で腰が低く、どんな時も柔らかい笑みを浮かべていらっしゃいます。アフレコ時にシーンごとにブースに来て、目を見て指示をしてくださる姿にとても感動しました。きっと監督は作品を作る上で人とのコミュニケーションを何よりも大切にしていらっしゃるのだと思います。作品と、人と、丁寧に向き合うことの大切さをいつも監督から教わります。

◆主な細田守監督作の興収

 「時をかける少女」2・6億円、「サマーウォーズ」16・5億円、「おおかみこどもの雨と雪」42・2億円、「バケモノの子」58・5億円。

◆細田守(ほそだ・まもる)

 1967年(昭42)9月19日、富山県生まれ。金沢美術工芸大美術工芸学部で油絵を専攻。91年に東映動画(現在の東映アニメーション)入社。アニメーターとして活動後、演出家に。その後フリーになり、「時をかける少女」「サマーウォーズ」などを手掛ける。11年に、アニメーション制作会社「スタジオ地図」を立ち上げる。

「未来のミライ」の主人公「くんちゃん」を描く細田守監督(撮影・狩俣裕三)
新作「未来のミライ」について話をする細田監督(撮影・狩俣裕三)