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社会新着コラム

政界地獄耳

「民主主義の死に方」防ぐために/政界地獄耳

★日本の政治は閉塞(へいそく)感にさいなまれているが、これは日本だけの現象ではない。ではそこから抜け出すにはどうしたらいいか。昨年秋に出版された「民主主義の死に方 二極化する政治が招く独裁への道」(スティーブン・レビツキー ダニエル・ジブラット、濱野大道訳 新潮社刊)にはその処方のヒントがある。

★軍事クーデターによって民主主義が消えた国はあるものの、もうひとつ、選挙で選ばれた指導者によって民主主義が死ぬこともあると本書は指摘する。ベネズエラ、アメリカ、ジョージア、ハンガリー、ニカラグア、ペルー、フィリピン、ポーランド、ロシア、スリランカ、トルコ、ウクライナ、チリなどが挙げられているが、日本はどうだろうか。また本書は独裁主義的な行動を示す4つのポイントを示している。(1)ゲームの民主主義的ルールを拒否(あるいは軽視)する(2)政治的な対立相手の正当性を否定する(3)暴力を許容・促進する(4)対立相手(メディアを含む)の市民的自由を率先して奪おうとする。

★そしてそれらと戦う野党の役割について「過激主義者が選挙の強力な対立相手に浮上した時は、主流派の政党はいつでも統一戦線を張って相手を倒さなくてはならない。主流派はイデオロギーの異なるライバルと組んででも民主主義的な政治秩序を積極的に守らなくてはならない。そんな方策を取れば道義的に許されない行為だと支持者から非難の声が上がるはずだ。しかし異常な状況下においては、党指導者たちは時に勇敢な行動をとる必要がある。彼らは政党よりも民主主義と国家を優先し、どんな危機が起きているかを有権者に詳しく説明しなくてはならない」としている。今の野党には民主主義の危機という視点が欠けてはいまいか。今までの政治と違う動きに対応できず、判断できない野党へのヒントがくみ取れないようでは日本の民主主義の行方も案じざるを得ない。(K)※敬称略

政界地獄耳

公式会見の司会進行に「閣議決定」する理由/地獄耳

★自由党共同代表で参院議員・山本太郎が質問主意書で「記者の質問権のみならず国民の知る権利をも侵害されかねない状況だ」と問うたことに対して15日、政府は「必ずしも簡潔とは言えない質問が少なからずある。今後とも長官の日程管理の観点からやむを得ない場合、司会者がこれまでと同様に協力呼び掛けなどを通じて、円滑な進行に協力を求める」との閣議決定をした。また閣議決定だ。同時に会見は「内閣記者会が主催するもので政府が一方的に質問を制限できる立場にない。あくまで協力依頼にすぎない」とした。

★その通りだ。そもそも内閣記者会が主催しているのならば司会者が質問を遮ることも理屈にならない。首相官邸で会見を仕切る官邸報道室長・上村秀紀は内閣記者会とどういう関係なのか。内閣記者会が上村に司会を要請しているのか。協力依頼どころかこの会見の構造自体に問題があるとは思えないのか。本来、官房長官の日程のコントロールが上村の仕事であり、質問制限は「あと1問だけ」とか「もう時間です」だけが発言すべきことではないのか。

★官房長官会見は政府が国民に伝えたいことを言い、記者が聞きたいことを聞く場所だ。政府の発言はいずれも公式なものになる。ただ、安倍内閣になってから会見場では復興相・今村雅弘(当時)が記者に激高し、「ここは論争の場ではない。ここは公式の場なんだよ。人を誹謗(ひぼう)中傷するな、出ていけ。2度と来るな」と言い放ったり、外相・河野太郎が質問に答えず「次の質問」と繰り返すなど、聞きたくない質問、都合の悪い質問を遮るような、その先に国民がいることを無視する対応が続いている。会見は記者たちが質問できる公式の場だ。そして政府と記者が国民の代わりに対峙(たいじ)する場所にもなる。「閣僚の不遜な態度は国民に伝わっている」ことも閣議決定して欲しい。(K)※敬称略

政界地獄耳

いまだ続く悪夢のような政権/政界地獄耳

★自民党大会での首相・安倍晋三の「悪夢のような民主党政権」発言を巡り、12日の衆院予算委員会では立憲民主党会派の元民主党政権副総理・岡田克也が質問に立ち「もちろん民主党政権時代の反省は我々にあります。しかし政党政治で頭から相手を否定して議論が成り立つのか。私たちは政権時代にその前の自民党の歴代政権の重荷も背負いながら政権運営もやってきました。そのことを考えたら、あんな発言は出てこないはずだと思います。撤回を求めます」と語気を強めた。

★発言撤回を求められた首相は「自民党総裁として言論の自由がある」と子供のような答弁をした。党大会直後、自民党元幹事長・石破茂は「過去の政権を引き合いに自分たちが正しいと主張するやり方は危ない」と発言、首相をたしなめた。民主党政権で中枢にいた立憲民主党代表・枝野幸男も首相発言に反発。「良くなった部分も多々ある」と自画自賛した。

★この議論を言論の自由でくくるのは幼稚だが、自民党政権の印象操作の巧みさと、それに準じた新聞や雑誌の民主党批判キャンペーンは国民が民主党に期待した分、裏切られたという感情に変化して、悪夢のような民主党政権に納得する国民を増やしたのだろう。まして民主党政権の幹部は口をそろえて「いいこともやった」と主張する。政権は良いことをやるのが当たり前。それこそ現政権はやっている感を見せつけるのはうまいが結果が伴っていない。成果が出ていないことをメディアが攻めないなど、政権に甘いことも民主党幹部には歯がゆいだろう。

★しかし、その後の選挙で国民の評価は決定づけられた。確かに民主党政権時代の評価は実態以下に評価されがちだが、政権やメディアのキャンペーンをうのみにした国民の気持ちを覆すだけの材料も民主党政権は持ち合わせていなかった。やり方は幼稚だが、その手法に国民が納得するならば、首相の方が一枚も二枚も上手だということになる。国民の本音は、いまだに悪夢のような政権が続いているということではないか。(K)※敬称略

政界地獄耳

小沢一郎の「平成分析」で気づくこと/政界地獄耳

★11日、自由党代表・小沢一郎は主宰する「小沢政治塾」で講演した。同塾は2001年から小沢の私塾として発足。各方面に人材を輩出している。その中で小沢は平成という時代を分析している。「平成も終わろうとしている。ちょうど私が竹下内閣で官房副長官をやっているときに平成が始まった。日本は右肩上がりの延長にあった。平成という時代は何だったのかというと戦後の時代から次の時代に移るための移行期間。試行錯誤の日本が自立するための、私流に言えば苦悩の時代だったと思う」。

★「新しい時代が来る。新しい時代とは何か。さらに各国の利害の対立は大きくなっているように思う。その中で日本はどうすればいいのか。昭和の戦後の時期を終えて、自立を求められた日本はいまだに自立を果たしていない。自立できない国家、国民とは何か。それは民主主義社会を形成できないということだ。自立した国民がいて初めて成り立つ。日本はまだまだ民主主義国家とは言えない」。

★「議会制民主主義を定着させないといけないという思い。国政に参加してからずっと主張し続けてきたことだ。そのための小選挙区制は細川内閣で実現できた。2度の政権交代、自民党を倒すことができた。しかし短期間でいまだ混迷だ。日本の政治経済社会は安定していない」。確かに平成の間に2度の政権交代、または自民党を下野させたのは小沢だけだ。小沢の国家観、平成という時代観を聞くにつれ、自立できない国家・国民は、自民党によってそう飼いならされていることに気づかされる。小沢の平成とは政治のレベルと国民の自立意識を高めることにあった。ただまだ道半ばだ。今年1月。世間では既に役割を終えたかの評価のある小沢のインタビューが新聞各紙を飾った。政界を見渡し、政治の現実と夢を話せる政治家が減った中、小沢は数少ない政治家となった。小沢の話を改めて聞く時期に来たということか。(K)※敬称略