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社会新着コラム

政界地獄耳

政府が誘導する「沖縄県民投票妨害」/政界地獄耳

★沖縄県議会で昨年10月に成立した住民投票条例に基づき2月24日、辺野古埋め立ての賛否を問う県民投票が行われる。ところが宮古島市、宜野湾市、沖縄市が投票事務を拒否する考えを示した。またうるま市議会は8日の臨時会で投票事務費用を否決したが市長の判断待ち。糸満市議会は同日の臨時会で事務予算を可決した。これでは県民なのに投票できない人とできる人が生まれてしまう。または市長の考えと市民が同じだということになる。そもそも市長が県民の投票権を奪う権利などないのではないか。これでは憲法14条1項が定める「法の下の平等」に反することになる。

★3市長が辺野古埋め立てに賛成しようが、県民の意思を問うている時に自らの意思と違うから協力しないなど法律は想定していない。そもそも県民投票実施に向けて県内の市民で作る「『辺野古』県民投票の会」が条例制定を直接請求するため昨年5月から2カ月間、県内各地で署名を集め有効署名数は既定の4倍の9万2848筆に上った。つまり、県民の意思は既に示されているし、1日、同会が県民対象の電話世論調査したところ投票と回答した人が73・6%に、市長が不参加を表明している宜野湾市でも賛成は約73%だった。このように市長が反対しようとも市内に住む県民の反対票が上回る可能性があることを避けるため、総務省や自民党や官邸が知恵を出したのではないかとおもわれている。

★保守系3市長らの拒否権の行使は法的根拠の希薄ないかがわしい判断と言わざるを得ない。つまり市長がその善しあしに関わるべきことではないのだ。市長や市議会の判断で投票権が行使できなくなる状況に、市民が「投票権を奪うな」と声を上げるのは当然のこと。だが、この健全な地方自治を政府は後押ししてくれることはない。本来は県民投票の結果を見てから判断すべきことを政府は県民投票実施の妨害という形で誘導する。多分、県民投票での民意が明確に表れることを嫌っているのだろう。大きな政策のわりに小さくせこい対応にあきれる。(K)※敬称略

政界地獄耳

部下のミス…責任者は首相だ/政界地獄耳

★自民党大会という身内の会合で「あの悪夢のような民主党政権」というのはいい。だがだめ押しするように予算委員会で言うのは言論の自由などではなく首相としての品格が問われる。首相・安倍晋三の品格だけを問えば、自民党支持者としても、いささかなりとも首相に疑問符を付けざるを得ないだろう。

★公文書改ざん、信じているだけなのか勘違いが続いているのか、繰り返されるウソと虚偽答弁。森友・加計学園疑惑に連なる政治の私物化とお友達優遇人事、アベノミクスの失敗とそれを認めない対応、格差の拡大と先進国とは思えぬ賃金の低さ、国民の税金を吸い上げ、その使い道は自由とばかり海外にばらまくものの、一向に成果が上がらない外交。首相を支持する理由に他に人材がいないからという答えがあるそうだが、体調を崩し再チャレンジするときにも首相は適格者としてカウントされているわけではなかった。つまり首相のファンが支持しているものの、その支持者が内閣の行状に目をつぶっている現実がある。

★首相は野党の「恣意(しい)的な統計の操作を官邸主導でやったのではないか」との問いに「何ら指示をしていない」とし「私は当時の秘書官から(厚労省の)検討会に関する報告を受けてもいないし、私からは何ら指示をしていない」と答弁したのち、調査方法の見直しについて「統計的観点から行われた」と首相官邸や自らの関与を否定した。無論、首相の直接の指示でもなければ首相周辺がご機嫌を取るために勝手にやったのかもしれない。またはすべてが偶然ですべての統計のミスが、たまたまアベノミクスの経済効果を示すような数値に入れ替わってしまったのかもしれない。だが、それでも首相は関与していないから「知らない」とか「関係ない」とは言えないのだ。公文書の改ざんが首相のあずかり知らないところで行われても、統計の調査方法がずさんなのは首相の知らないところで行われていたとしても、その責任者は政府・国家の責任者の首相なのだ。部下のミスの責任を取るのが首相の仕事なのだ。それが嫌なら首相を辞めるか、無能な役人しかいない国家にしたことを憂うしかない。責任者は首相、あなただ。(K)※敬称略

政界地獄耳

何を切り取るべきか?/政界地獄耳

★五輪相・桜田義孝が競泳選手の池江璃花子の白血病公表についてのコメントに批判が相次いだことを受けて産経新聞電子版は14日、「『がっかり』だけではなかった 桜田五輪相発言全文」を報じた。13日、衆議院予算委員会で桜田は「突然の話にショックを受け、率直に残念である旨を発言をした。発言の中で『がっかりしている』『盛り上がりが若干、下火にならないか心配だ』という部分については配慮を欠いたと思い、お詫(わ)びをし、撤回したい」と陳謝、撤回した。

★しかし産経が掲載したように全文を読めば特段問題はないと感ずる人もいる。マスコミの悪意ある切り取りが問題だという声もある。だが、発言の中で“特異”な発言があるからニュースになる。その部分が切り取られるのは当然のこと。新聞やテレビ・ラジオは紙面や時間が限られ、その“特異”な部分だけが取り上げられることがニュースバリューとなる。ところがネットの出現により全文掲載が可能になった。

★何がニュースなのか、その「切り取り」をマスコミに任せず全文掲載させて読者や視聴者が判断すべきという声がある。前後を読めば理解されるという理屈だ。「早く治療に専念していただいて、頑張っていただきたい。また元気な姿を見たい」とした上で「がっかり」「下火」発言を書き込めば桜田発言は問題はなかったのか。

★マスコミの役割は膨大な情報量の中から何がニュースなのかを切り取ることにある。それを放棄したらマスコミは無用になり、発言録の全文だけ掲載すればいい。メディアがどの部分か、何を切り取るかがニュースの価値だからだ。ただ産経がネットに掲載したように「要旨」ではなく全文を載せるべき事柄もあるはずだ。メディアの環境が変化する中、何がニュースなのか、何を切り取るべきかが問われているといえる。(K)※敬称略

政界地獄耳

池江はアスリートの手本になりうる/政界地獄耳

★13日、白血病を公表した池江璃花子選手がツイッターを更新した。「皆様からの励ましのメッセージの中に『骨髄バンクの登録をした』『輸血、献血をした』など、沢山の方からメッセージを頂きました。私だけでなく、同じように辛(つら)い思いをしてる方達にも、本当に希望を持たせて頂いてます。もちろん私にとって競泳人生は大切なものです。ですが今は完治を目指し、焦らず、周りの方々に支えて頂きながら戦っていきたいと思います。しばらくの間、皆様に元気な姿をお見せすることができないかもしれません」などとつづられていた。

★これこそが今の日本のアスリートの姿ではないか。自身の不安やつらさとともに希望を心配しているすべての人に与える力。スポーツ選手のすばらしさを改めて感じた方々も多いはずだ。これこそが東京オリンピック(五輪)・パラリンピックを目指した日本アマチュアスポーツ界関係者の思いにつながるのではないか。昨年、指導者のパワハラやセクハラが相次いで問題となった。だが、既に池江世代の選手たちには国際感覚やメンタルの強さ、そして何より高潔性(インティグリティ)が備わっているとみるべきだろう。

★スポーツだけではない社会人としての優れた人柄とアスリートとしての努力によって社会から尊敬される人物になる。まさに池江はこれからの日本のアスリートの手本になりうる人材ではないか。一方、五輪相・桜田義孝や自民党参院議員会長でJOC副会長・橋本聖子の言葉足らずの発言は贔屓(ひいき)の引き倒しだし、東京五輪招致を巡りフランス司法当局から贈賄容疑で捜査されているJOC会長・竹田恒和らアスリートを支える側の体たらくが残念でならない。アスリートたちの環境整備をするはずの彼らがこれでは選手は一流、支える組織は二流といわれかねない。頑張れニッポン。(K)※敬称略