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ノースアジア大新監督に山中潔氏 指導力に定評

88年2月、春季キャンプに臨む広島山中

北東北大学野球リーグのノースアジア大(秋田)新監督に、プロ野球の広島などで活躍した山中潔氏(57)が就任することが17日、分かった。16年から務めていた東京国際大(東京新大学)の監督を今秋限りで退任。来年1月中旬から指導を開始する予定だ。

指導力には定評がある。ロッテのコーチ時代には、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で世界一に貢献した里崎智也氏(42=本紙評論家)を、ロッテだけでなく日本代表の正捕手に成長させた。96年の現役引退後は、高陽ワンダーズ(韓国)を含めて国内外プロ4球団でコーチを歴任。06年日本ハム、10年ロッテでは1軍コーチとして日本一にも導いた。

PL学園(大阪)で夏の甲子園で優勝し、79年ドラフト4位で広島に入団。右投げ左打ちのシュアな打撃で、85年には達川光男から正捕手の座を奪う活躍。84、86年には日本シリーズにも出場した。ロッテなど5球団を渡り歩き、プロ生活17年間で現役に終止符を打った。

同大は今秋のリーグ戦後に古川修平監督(47)が退任。秋田経法大時代の92年春に2度目の1部制覇以降、優勝から遠ざかっている。今秋もリーグ戦4位で終え、富士大(岩手)に史上初10連覇を許したが、中村彪投手(1年=久慈工)が最優秀防御率賞、児玉日々生内野手(1年=明桜)がベストナインを受賞するなど成長著しい。17年にコーチを務めた金森栄治氏(51=現楽天コーチ)に続く、プロ経験者の指導。“里崎育ての親”の手腕に期待は高まる。

◆山中潔(やまなか・きよし)1961年(昭36)10月29日生まれ、大阪・堺市出身。広島などで活躍した小早川毅彦(野球解説者)らと同期だったPL学園(大阪)では2年夏の甲子園優勝、3年センバツ4強。1軍通算は550試合出場で197安打。引退翌年の97年ロッテを皮切りに、プロ4球団でコーチを歴任。15年からは広島時代の恩師で東京国際大・古葉竹識監督(現同大名誉監督)の下で助監督などを務め、16年から同大監督。現役時代は178センチ、82キロ。右投げ左打ち。

山中潔氏

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楽天銀次「次の仕事何しよう」小学生に苦悩過去告白

小学生に打撃指導する銀次

楽天銀次内野手(30)が13日、岩手・宮古で小学校訪問とクリスマストークショーを開催した。

宮古小では子どもたちの質問に答える形で「プロに入ってから“やめたい”と思った瞬間はいっぱいあります。練習もきついし、周りのレベルも高い。『オレは無理なんだ』『次(の仕事で)何をしよう』とか考えた時期がありました」と過去の苦悩を吐露。壁を乗り越えた自らの経験を踏まえ「得意なこと、好きなことをとことんやってほしい。チャンスはいっぱいある。何にでもなれる」とメッセージを送った。野球少年が数多く集まったトークショーでは「変化球は“点”で打つ。真っすぐは“線”で打つ」と小学生にはややハイレベルながら、熱のこもった打撃指導を展開。「この中からプロ野球選手が出てくれれば」と願った。

今季を振り返り「ちょっと打てないと、当てるのは得意なので、手だけで打ってしまう。チームも勝てなかったし、一番悔しいシーズンだったかもしれない」と唇をかむ。秋季キャンプでは新任の金森栄治1軍打撃チーフコーチとともに下半身主導でボールを引きつけて打つ技術習得に励んだ。「シンプルに言うと“手を使わない”。足なんです。手で打とうとすると、どうしても、前でさばこうとしてしまう。下半身を使うことでヘッドも走って、引きつけて打てる」と違いを実感している。

着実に増えた打撃の引き出しは、揺るぎない手応えを生む。「ここで(進歩が)止まっちゃ、ダメでしょ。来季新たな銀次が、ホントに見られると思います」。貪欲な姿勢でヒットを量産し、勝利に導く。

子どもたちと「バーン」ポーズで記念写真を撮る銀次

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楽天、金森栄治氏らの就任を発表/来季コーチ一覧

金森栄治氏

楽天は31日、19年シーズンのコーチングスタッフが次の通り決定したと発表した。今季限りでロッテを退団した金森栄治氏らの就任が新たに発表された。

※名前の後の数字は背番号

▽1軍

監督 平石洋介 89

ヘッドコーチ 真喜志康永 74

打撃チーフコーチ 金森栄治 81

一軍打撃コーチ 小谷野栄一 83

投手チーフコーチ 伊藤智仁 84

投手コーチ 森山良二 72

バッテリー兼守備作戦コーチ 光山英和 90

内野守備走塁コーチ 酒井忠晴 87

外野守備走塁コーチ 笘篠誠治 79

▽2軍

監督 三木肇 88

打撃コーチ 後藤武敏 93

打撃コーチ 栗原健太 85

投手コーチ 石井貴 80

投手コーチ 小山伸一郎 75

バッテリー兼守備作戦コーチ 野村克則 73

内野守備走塁コーチ 塩川達也 86

外野守備走塁コーチ 鉄平 96

育成総合コーチ 高須洋介 76

投手テクニカルコーチ 佐藤義則 71

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ロッテ小林雅英投手コーチが退団、救援陣安定せず

ロッテ小林雅英投手コーチ(2017年2月9日撮影)

ロッテは14日、小林雅英1軍投手コーチ(44)、金森栄治1軍打撃コーチ(61)と契約更新しないことを発表した。

また、2軍では福沢洋一総合コーチ(51)と鶴岡一成バッテリーコーチ(41)の退団も分かった。

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引退のロッテ金沢が来季2軍バッテリーコーチ就任へ

ロッテ金沢

今季限りで現役を引退したロッテ金沢岳捕手(34)が、来季2軍のバッテリーコーチに就任することが13日、分かった。今季も浦和球場ではプレーヤーとして練習するかたわら、兄貴分として後輩たちの育成に尽力。人格者で面倒見が良く、今岡2軍監督の評価も高かった。今季全試合でマスクをかぶった田村に次ぐ若手捕手陣の強化を、ロッテ一筋16年のベテランに委ねる。

また選手では、楽天を戦力外になった細川亨捕手(38)の獲得調査を進めていることも判明。08年と11年にベストナインとゴールデングラブ賞をダブル受賞。ソフトバンク時代は正捕手として3度の優勝と日本一に貢献した。楽天では2年間で1軍22試合の出場にとどまったが、現役続行を熱望している。

今季開花した井上ら、主力打者の指導に当たった金森栄治1軍打撃コーチ(61)は退団が決定した。

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楽天がロッテ金森コーチ招へい検討 小谷野、後藤も

金森栄治氏

楽天が、ロッテの金森栄治1軍打撃コーチ(61)の招聘(しょうへい)を検討していることが11日、分かった。

同コーチはヤクルト、西武、阪神、ソフトバンクなど多くの球団でコーチを歴任してきた打撃指導のエキスパート。ロッテが日本一となった10年には、1軍打撃兼野手チーフコーチとして尽力した。チームには今季ブレークした2年目の田中をはじめ将来性豊かな野手が多く、白羽の矢が立った。石井GMとは、現役時代にヤクルトで同僚だった。

巻き返しを図る来季に向け、組閣が固まってきた。今季限りで現役を引退したオリックス小谷野栄一内野手(38)を1軍打撃コーチとして招聘することも判明。ヤクルト野村克則2軍バッテリーコーチ(45)の入閣に加え、DeNAを今季限りで引退した後藤武敏内野手(38)を2軍打撃コーチとして招聘することも分かった。

今季ヘッド格として平石監督代行を支えてきた真喜志康永1軍内野守備走塁コーチ(58)は、来季から1軍ヘッドコーチに昇格する見込みだ。小谷野、後藤両氏は平石監督と同い年。年齢のバランスが取れた陣容で船出する。

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ノースアジア大の新コーチに古川修平氏が就任

 ノースアジア大(秋田・北東北)の新コーチに、日本女子プロ野球リーグで指導歴のある古川修平氏(47)が就任することが11日、分かった。系列の明桜高が公募した輿石重弘監督(54)が、就任わずか4カ月で夏の甲子園出場を果たしたのに続き、大学でも指導者を公募していた。昨年4月に就任した元西武の金森栄治コーチ(60)は今季からロッテ1軍打撃コーチに転身しており、指導体制が刷新される。

 古川氏は所沢高出身で早大硬式野球部でプレー。卒業後は社会人野球のクラブチーム「所沢グリーンベースボールクラブ」で監督を務め、10年の全日本クラブ野球選手権には初出場で初優勝した。

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福浦和也が選手兼任打撃コーチ/ロッテ組閣一覧

ロッテ福浦和也(2017年7月17日撮影)

 ロッテは7日、来季のコーチングスタッフを次の通り、発表した。

【1軍】

井口資仁監督(43)

鳥越裕介ヘッドコーチ兼内野守備・走塁コーチ(46)

小林雅英投手コーチ(43)

清水直行投手コーチ(42)

清水将海バッテリーコーチ(42)

金森栄治打撃コーチ(60)

福浦和也選手兼任打撃コーチ(41)

大塚明外野守備・走塁コーチ(42)

的場直樹戦略兼バッテリーコーチ(40)

楠貴彦コンディショニングディレクター(40)

根本淳平ストレングスコーチ(44)

【2軍】

今岡真訪監督(43)

福沢洋一総合コーチ(50)

川越英隆投手コーチ(44)

小野晋吾投手コーチ(42)

鶴岡一成バッテリーコーチ(40)

大村巌打撃コーチ(48)

堀幸一打撃コーチ兼育成担当(48)

小坂誠内野守備・走塁コーチ(44)

諸積兼司外野守備・走塁コーチ(48)

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ロッテ金森1軍打撃コーチ発表「力を尽くしたい」

金森栄治氏(17年4月22日撮影)

 ロッテは19日、金森栄治氏(60)が1軍打撃コーチに就任すると発表した。

 21日から始まるロッテ浦和球場での全体練習よりチームに合流する。背番号は「71」。

 金森コーチは「非常に責任を感じています。お声を掛けていただき、本当にありがたいことと思っています。皆様に感謝です。(アマチュアでの指導者としての経験は)本当に毎日、こちらが勉強をさせていただいた日々でした。今はなんとか井口監督と一緒にチーム、ファンのために力を尽くしたいと思っています」と意気込みを語った。

 金森氏は10~12年にもロッテでコーチを務めており、来季は6年ぶりの復帰となる。今年は、ノースアジア大(北東北大学野球)でコーチを務めていた。

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ロッテ、井口新監督の“師匠”金森氏を招へいへ

金森栄治氏(2013年3月14日撮影)

 ロッテが来季の1軍打撃コーチに、現在はノースアジア大(北東北大学野球)コーチの金森栄治氏(60)を招聘(しょうへい)する方針であることが10日、分かった。10~12年にロッテでコーチを務め、6年ぶり復帰となる。ダイエーのスコアラーだった03年に井口を指導。その年、井口は打率3割4分で、初の3割超えに導いた。ロッテは今季、5月末までチーム打率1割台という極度の貧打に陥り、最下位の要因となった。新監督の“師匠”を招き、攻撃力アップを図る。

 井口監督の就任は明日12日に発表予定。新コーチ陣の人選も大詰めだ。2軍監督には、阪神を退団する今岡真訪氏(43)。福沢2軍監督は、コーチとして今岡監督をサポートする。退団する英二投手コーチの後任候補には、球団OBの清水直行氏(41)が挙がる。日本ハムを退団する的場直樹氏(40)もバッテリーコーチで招く。山下野手総合兼打撃コーチには、スカウトなど編成業務への転身を打診。清水外野守備・走塁コーチは退団する。

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ロッテ、1軍打撃コーチに金森栄治氏を招へいへ

ロッテ対日本ハム 本塁打を放った井口を出迎える金森栄治コーチ(2011年10月2日撮影)

 ロッテが来季の1軍打撃コーチに、現在はノースアジア大(北東北大学野球)コーチの金森栄治氏(60)を招聘(しょうへい)する方針であることが10日、分かった。

 10~12年にロッテでコーチを務め、6年ぶり復帰となる。ダイエーのスコアラーだった03年に井口を指導。その年、井口は打率3割4分で、初の3割超えに導いた。

 ロッテは今季、5月末までチーム打率1割台という極度の貧打に陥り、最下位の要因となった。新監督の“師匠”を招き、攻撃力アップを図る。

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ノースアジア大が野球部監督公募 92年以来V狙う

 北東北大学野球リーグ1部に所属するノースアジア大(秋田)が硬式野球部の監督を公募している。募集人員は1人で、応募資格には「大学生と一緒に体を動かして指導できる方」とある。締め切りは11月末で、1次試験で書類選考が行われる。今秋のリーグ戦は19日から開幕するため、来春に向けての採用の見込み。今春は監督を置かず、五十嵐龍太ヘッドコーチ(29)が指揮を執った。元西武の金森栄治コーチ(60)との2人体制で指導したが3位に終わっていた。

 公募に踏み切ったのは、系列の明桜高の成功だ。昨秋にハローワークや自校のサイトで募集した、帝京三(山梨)の元監督の輿石重弘氏(54)が率いて就任4カ月で夏の甲子園出場を果たした。07年の改称前の秋田経法大時代に11度(旧リーグ含む)の優勝経験はあるが、直近の優勝は92年春。高校と同じ手法で、まずはリーグ優勝を狙う。

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ノースアジア大、元西武金森コーチ助言で開幕4連勝

9回裏ノースアジア大2死満塁、ライト頭上を破る逆転サヨナラ二塁打を放った小笠原(撮影・高橋洋平)

<北東北大学野球:ノースアジア大7-6八戸工大>◇第2週第2日◇30日◇秋田・八橋

 “金森効果”で開幕4連勝を果たした。

 2点リードの9回無死一、二塁から登板したドラフト候補のエース左腕・木場涼佑(4年=金足農)が暴投や適時打などで4点を失い、2点のビハインドで迎えた9回裏。2死満塁まで攻め立て、4番小笠原翔太外野手(3年=角館)が外角高めの直球を振り抜き、ライト頭上を破る逆転サヨナラ二塁打を放った。

 打席へ入る前に、4月から就任した元西武の金森栄治コーチ(60)に助言されていたことを明かした。「わきをしめて内からバットを出せ」と言われたといい、小笠原は「自分の悪いところを指摘してくれた。4番の自分が(試合を)決めようと思った。(勝って)しびれました」と最高の笑顔を見せた。

 逆転サヨナラ勝ちを演出した金森コーチは「野球ってどんなものかって分かっているつもりだったけど…。野球は何が起こるか分からない。選手はよくやった」と褒めたたえた。

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元西武金森氏がコーチ、ノースアジア大初陣1勝

ベンチ前の円陣に加わるノースアジア大・金森コーチ(撮影・高橋洋平)

<北東北大学野球:ノースアジア大3-1岩手大>◇第1節第1日◇22日◇岩手・雫石

 元西武の金森栄治氏(60)が4月からコーチに就任したノースアジア大(秋田)が開幕戦で勝利し、初陣で1勝を挙げた。

 先発したドラフト候補左腕・木場涼佑(4年=金足農)が14奪三振2安打1失点(自責0)で完投した。

 即「金森効果」発揮とはいかなかった。同コーチが担当する打撃は、放った10安打中4安打を集めた5回の3得点だけ。試合中はベンチ前の円陣に参加し「ストライクを打っていこう」とゲキを飛ばした。試合後は「まず勝ててよかった」と胸をなで下ろしながらも、不発だった打線を反省し「まだ何も分からない状態。(指揮を執る)五十嵐(龍太)ヘッドコーチのお手伝いができれば」と前を向いた。

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元西武金森氏がノースアジア大コーチに就任していた

87年、西武時の金森氏。好打者で死球が多いのも特徴だった

 北東北大学野球のノースアジア大(秋田)のコーチに、元西武の金森栄治氏(60)が就任していたことが17日、分かった。14年4月から3月末まで監督を務めていた石川・金沢学院東高(現金沢学院)を任期満了で退任。4月から同大に招聘(しょうへい)され、既に学生への指導を行っている。

 石川・金沢市出身の金森氏はPL学園高、早大、プリンスホテルを経て、81年に西武へドラフト2位で入団。左打ちの外野手として3度の日本一を経験し、88年途中にトレードで阪神へ移籍。93年からプレーしたヤクルトでは代打の切り札として鳴らした。

 96年に引退後は名打撃コーチとして、強打者を育成してきた。01年から2年間在籍した古巣西武で打撃開眼させた和田一浩は、通算2050本まで安打を積み重ねた。10年にはロッテの1軍打撃兼野手チーフコーチに就任し、チームの日本一に貢献。当時の愛弟子だった角中勝也は、のちに首位打者を2度獲得するまで成長した。

 プロ5球団でコーチを、BCリーグ石川では監督を歴任した後は一転して、高校野球界に身を転じた。14年3月に、日本学生野球協会から学生野球資格の回復を認定され、同年4月から地元・金沢学院東高の野球部監督に就任した。3年間の任期での最高成績は15年夏の準々決勝進出だった。

 22日から開幕する北東北大学野球リーグは目下、富士大(岩手)が6連覇している。昨秋は5勝5敗の3位。07年の改称前の秋田経法大時代に11度(旧リーグ含む)の優勝経験はあるが、直近の優勝は92年春。金森コーチの指導で打撃を底上げし、25年ぶりの優勝を狙う。

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1号は野田、25年連続入団も/PL学園卒プロ選手

<高校野球大阪大会:東大阪大柏原7-6PL学園>◇15日◇2回戦◇花園

 今夏限りの休部が決まっていたPL学園(大阪)が初戦で強豪・東大阪大柏原に敗れた。来春の部員募集を行わないことは決定的で、再開時期も不透明。最後は部員12人での戦いで区切りを迎えた。

 甲子園で春夏7度の優勝を誇るなど高校野球の歴史に大きな足跡を残した屈指の名門は、プロ野球にも多くの選手を送り込んだ。77年から25年連続で各年代に必ずプロ入りした選手を出した。

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◆PL学園からプロ入りした選手

 59年 野田征稔(PL教団→阪神)

 63年 戸田善紀(阪急→中日)、愛甲徹(東京)、中塚政幸(中大→大洋)、坪井新三郎(マツダオート名古屋→富士鉄名古屋→中日→クラウン)

PL学園時代の戸田善紀

 65年卒 得津高宏(クラレ岡山→ロッテ)、福嶋久晃(旧名は久、大昭和製紙→横浜→広島)、長井繁夫(中大→ヤクルト)

 66年 加藤英治(近鉄)、加藤英司(旧名は秀司、松下電器→阪急→広島→近鉄→巨人→南海)、野口善男(法大→大洋)

PL学園時代の加藤秀司

 67年 大和田正海(出原商店→阪急→阪神)

 68年 川口孝秀(中日→近鉄)

 70年 新井宏昌(旧名は鐘律、法大→南海→近鉄)、新美敏(日本楽器→日本ハム→広島)

PL学園時代の新井宏昌

PL学園時代の新美敏

 71年 行沢久隆(中大→日本ハム→西武)

PL学園時代の行沢久隆

 73年 立野政治(日本楽器→ヤクルト)、平山正人(新日鉄堺→阪急)

 74年 金森栄治(早大→プリンスホテル→西武→阪神→ヤクルト)

PL学園時代の金森栄治

 75年 尾花高夫(新日鉄堺→ヤクルト)

 77年 米村明(中大→河合楽器→中日)

 78年 西田真二(旧名は真次、法大→広島)、木戸克彦(法大→阪神)、谷松浩之(ヤクルト)、金石昭人(広島→日本ハム→巨人)

PL学園時代の西田真二

 79年 小早川毅彦(法大→広島→ヤクルト)、山中潔(広島→ダイエー→中日→日本ハム→ロッテ)、阿部慶二(亜大→ヤマハ→広島)、山崎剛(阪急→阪神)

PL学園時代の小早川毅彦(右)

 80年 岡部明一(中大→ロッテ)

 81年 吉村禎章(巨人)、若井基安(法大→日本石油→南海→ダイエー)、西川佳明(法大→南海→ダイエー→阪神)

PL学園時代の吉村禎章

PL学園時代の若井基安

PL学園時代の西川佳明

 82年 榎田健一郎(阪急)、森浩之(東洋大→南海→ダイエー)

PL学園時代の榎田健一郎(右)

 83年 加藤正樹(早大→近鉄)、山中勝己(明大→中日)

 84年 岩田徹(三菱自動車水島→阪神)

 85年 清原和博(西武→巨人→オリックス)、桑田真澄(巨人→パイレーツ)、松山秀明(青学大→オリックス)、今久留主成幸(明大→横浜→西武)、内匠政博(近大→日本生命→近鉄)

PL学園時代の清原和博(左)と桑田真澄

PL学園時代の内匠政博

 86年 霜村英昭(ヤクルト)

 87年 立浪和義(中日)、野村弘樹(旧名は弘、大洋→横浜)、橋本清(巨人→ダイエー)、片岡篤史(同大→日本ハム→阪神)

PL学園時代の立浪和義

PL学園時代の野村弘樹

PL学園時代の橋本清

PL学園時代の片岡篤史

 88年 宮本慎也(同大→プリンスホテル→ヤクルト)

PL学園時代の宮本慎也

 89年 野々垣武志(西武→広島→ダイエー→誠泰太陽)

 90年 入来祐作(亜大→本田技研→巨人→日本ハム→横浜)

 91年 坪井智哉(青学大→東芝→阪神→日本ハム→オリックス→サンラファエル→ゲーリー→エディンバーグ→ランカスター)

PL学園時代の坪井智哉

 92年 今岡誠(東洋大→阪神→ロッテ)

PL学園時代の今岡誠

 93年 松井稼頭央(旧名は和夫、西武→メッツ→ロッキーズ→アストロズ→楽天)

PL学園時代の松井稼頭央

 94年 サブロー(ロッテ→巨人→ロッテ)、宇高伸次(近大→近鉄→横浜)

PL学園時代のサブロー

 95年 福留孝介(日本生命→中日→カブス→インディアンス→ホワイトソックス→阪神)、前田忠節(東洋大→近鉄→楽天→阪神)、辻田摂(東洋大→中日→大和高田クラブ→ミキハウス)

PL学園時代の福留孝介

 96年 前川勝彦(旧名は克彦、近鉄→阪神→オリックス→香川→三重)、荒金久雄(青学大→ダイエー→ソフトバンク→オリックス)

PL学園時代の前川勝彦

 97年 小林亮寛(ロッテ→カルガリー→香川→兄弟→高陽)、前田新悟(明大→中日)

 98年 大西宏明(近大→近鉄→オリックス→横浜→ソフトバンク)、平石洋介(同大→トヨタ→楽天)

 99年 田中雅彦(近大→ロッテ→ヤクルト)、田中一徳(横浜→ヨーク・レボリューション)、七野智秀(横浜→JFE東日本)、覚前昌也(近鉄)

 00年 中尾敏浩(青学大→JR東日本→ヤクルト)、加藤領健(青学大→ソフトバンク)

 01年 今江敏晃(ロッテ→楽天)、小斉祐輔(東農大→ソフトバンク→楽天)、桜井広大(阪神→香川)、朝井秀樹(近鉄→楽天→巨人)

PL学園時代の今江敏晃

 03年 小窪哲也(青学大→広島)

PL学園時代の小窪哲也(右)

 06年 前田健太(広島→ドジャース)、冨田康祐(青学大→香川→横浜→メルボルン→Rojos De Caborca)

PL学園時代の前田健太

 08年 緒方凌介(東洋大→阪神)

 10年 吉川大幾(中日→巨人)、勧野甲輝(楽天→ソフトバンク→九州三菱自動車)※数字は卒業年度。( )内は所属

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1号は野田、25年連続入団も/PL学園卒プロ選手

PL学園時代の清原和博(左)と桑田真澄

<高校野球大阪大会:東大阪大柏原7-6PL学園>◇15日◇2回戦◇花園中央公園野球場

 今夏限りの休部が決まっていたPL学園(大阪)が初戦で強豪・東大阪大柏原に敗れた。

 不祥事が相次いだことや学園の方針もあり15年度から新入部員の募集を停止中。来春の部員募集を行わないことは決定的で、再開時期も不透明。甲子園で春夏7度の優勝を誇るなど高校野球の歴史に大きな足跡を残した屈指の名門が、最後は部員12人での戦いで区切りを迎えた。

 甲子園で春夏7度の優勝を誇るなど高校野球の歴史に大きな足跡を残した屈指の名門は、プロ野球にも多くの選手を輩出。77年から25年連続で各年代に必ずプロ入りした選手を出した。

◆PL学園からプロ入りした選手

 59年 野田征稔(PL教団→阪神)

 63年 戸田善紀(阪急→中日)、愛甲徹(東京)、中塚政幸(中大→大洋)、坪井新三郎(マツダオート名古屋→富士鉄名古屋→中日→クラウン)

 65年卒 得津高宏(クラレ岡山→ロッテ)、福嶋久晃(旧名は久、大昭和製紙→横浜→広島)、長井繁夫(中大→ヤクルト)

 66年 加藤英治(近鉄)、加藤英司(旧名は秀司、松下電器→阪急→広島→近鉄→巨人→南海)、野口善男(法大→大洋)

 67年 大和田正海(出原商店→阪急→阪神)

 68年 川口孝秀(中日→近鉄)

 70年 新井宏昌(旧名は鐘律、法大→南海→近鉄)、新美敏(日本楽器→日本ハム→広島)

 71年 行沢久隆(中大→日本ハム→西武)

 73年 立野政治(日本楽器→ヤクルト)、平山正人(新日鉄堺→阪急)

 74年 金森栄治(早大→プリンスホテル→西武→阪神→ヤクルト)

 75年 尾花高夫(新日鉄堺→ヤクルト)

 77年 米村明(中大→河合楽器→中日)

 78年 西田真二(旧名は真次、法大→広島)、木戸克彦(法大→阪神)、谷松浩之(ヤクルト)、金石昭人(広島→日本ハム→巨人)

 79年 小早川毅彦(法大→広島→ヤクルト)、山中潔(広島→ダイエー→中日→日本ハム→ロッテ)、阿部慶二(亜大→ヤマハ→広島)、山崎剛(阪急→阪神)

 80年 岡部明一(中大→ロッテ)

 81年 吉村禎章(巨人)、若井基安(法大→日本石油→南海→ダイエー)、西川佳明(法大→南海→ダイエー→阪神)

 82年 榎田健一郎(阪急)、森浩之(東洋大→南海→ダイエー)

 83年 加藤正樹(早大→近鉄)、山中勝己(明大→中日)

 84年 岩田徹(三菱自動車水島→阪神)

 85年 清原和博(西武→巨人→オリックス)、桑田真澄(巨人→パイレーツ)、松山秀明(青学大→オリックス)、今久留主成幸(明大→横浜→西武)、内匠政博(近大→日本生命→近鉄)

 86年 霜村英昭(ヤクルト)

 87年 立浪和義(中日)、野村弘樹(旧名は弘、大洋→横浜)、橋本清(巨人→ダイエー)、片岡篤史(同大→日本ハム→阪神)

 88年 宮本慎也(同大→プリンスホテル→ヤクルト)

 89年 野々垣武志(西武→広島→ダイエー→誠泰太陽)

 90年 入来祐作(亜大→本田技研→巨人→日本ハム→横浜)

 91年 坪井智哉(青学大→東芝→阪神→日本ハム→オリックス→サンラファエル→ゲーリー→エディンバーグ→ランカスター)

 92年 今岡誠(東洋大→阪神→ロッテ)

 93年 松井稼頭央(旧名は和夫、西武→メッツ→ロッキーズ→アストロズ→楽天)

 94年 サブロー(ロッテ→巨人→ロッテ)、宇高伸次(近大→近鉄→横浜)

 95年 福留孝介(日本生命→中日→カブス→インディアンス→ホワイトソックス→阪神)、前田忠節(東洋大→近鉄→楽天→阪神)、辻田摂(東洋大→中日→大和高田クラブ→ミキハウス)

 96年 前川勝彦(旧名は克彦、近鉄→阪神→オリックス→香川→三重)、荒金久雄(青学大→ダイエー→ソフトバンク→オリックス)

 97年 小林亮寛(ロッテ→カルガリー→香川→兄弟→高陽)、前田新悟(明大→中日)

 98年 大西宏明(近大→近鉄→オリックス→横浜→ソフトバンク)、平石洋介(同大→トヨタ→楽天)

 99年 田中雅彦(近大→ロッテ→ヤクルト)、田中一徳(横浜→ヨーク・レボリューション)、七野智秀(横浜→JFE東日本)、覚前昌也(近鉄)

 00年 中尾敏浩(青学大→JR東日本→ヤクルト)、加藤領健(青学大→ソフトバンク)

 01年 今江敏晃(ロッテ→楽天)、小斉祐輔(東農大→ソフトバンク→楽天)、桜井広大(阪神→香川)、朝井秀樹(近鉄→楽天→巨人) 

 03年 小窪哲也(青学大→広島)

 06年 前田健太(広島→ドジャース)、冨田康祐(青学大→香川→横浜→メルボルン→Rojos De Caborca)

 08年 緒方凌介(東洋大→阪神)

 10年 吉川大幾(中日→巨人)、勧野甲輝(楽天→ソフトバンク→九州三菱自動車)※数字は卒業年度。( )内は所属

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中日和田偉業の裏に恩師金森氏との打撃改造あった

2回表中日和田は左前安打を放ち2000安打を達成。花束を持つ(撮影・柴田隆二)

<ロッテ0-6中日>◇11日◇QVCマリン

 中日和田一浩外野手(42)が2回に左翼線に安打を放ち、史上最年長で通算2000安打を達成した。

 西武入団後もなかなか芽が出ず、和田選手は「このままいけばレギュラーを取れずに野球人生が終わる」と危機感を募らせていた。そこで出会ったのが、打撃コーチ補佐を務めた金森栄治さん(58)だった。

 当時の和田選手は「高めから低めまで、畳一畳分くらい振っていた」というほど癖が強く、首脳陣はさじを投げていた。金森さんは「腕が伸びては力が逃げる。腕相撲と同じ。肘は体に近く」と持論を説き、ティー打撃ではへその前や、時にはさらに捕手寄りに球を置いて打たせた。ミートポイントを近くすることで選球眼を高める狙いもあった。

 窮屈なスイングに苦しみ、最初はほとんど打球が前に飛ばなかった。それでも金森さんは「すぐに効いたらそれは毒薬」と反復練習を徹底。半信半疑だった和田選手も「頭で理解するより先に体を動かした」と、室内練習場の隅で愚直にバットを振った。

 指導を受けて2年目、ぎりぎりまで球を引きつけるフォームが身に付き、逆方向へも伸びのある打球を放てる打棒を武器にレギュラーに定着した。一気に球界屈指の右打者へと成長。「金森さんを信じるしか選択肢がなかった。ずっと同じことをやり続けたのが良かった」と振り返る。

 自身の引退後も指導者として熱心に打撃の勉強を重ねた金森さんは「私が分かったことを最初にやったのが和田」と言う。「最初の1年は何も分からなかったらしい。それでも素直にやってくれたことがすごい」とまな弟子の純粋さをたたえ「悩んでいた頃から、段階を踏んで少しずつ良くなった経験を伝えていってほしい」と目を細めた。

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ヤクルト2位風張仮契約 背番は尾花の32

八重樫スカウトに帽子をかぶせてもらう風張(左)

 今秋のプロ野球ドラフト会議でヤクルトから2位で指名を受けた東農大北海道の風張蓮投手(21=岩手・伊保内)が28日、網走市内のホテルで入団交渉に臨み、契約金7000万円、年俸1200万円(金額は推定)で仮契約した。背番号32は、ヤクルトで活躍した尾花高夫巨人2軍投手総合コーチが、現役時代につけていたもの。100勝投手のDNAを背負い、夢は大きく新人王を狙う。

 仮契約後、記者会見に臨んだ東農大北海道・風張の口調は、よどみなかった。「新人王のチャンスをいただけるなら、狙っていきたい。先発なら2桁勝利、中継ぎなら40~50試合をしっかり投げきりたいなと思っている」。まなざしは鋭く、目標は具体的で明確だ。先発ローテーション候補としてヤクルト真中満監督(43)の期待を集める151キロ右腕は、入団交渉の席上、球団側から期待の大きさを知らされて「グッときた」。間近に迫ったプロ入りへ、胸を高鳴らせた。

 背番号32に込められた、球団の思いも受け取った。「昔、尾花さんが付けていた番号と聞いて誇りに思うし、数字に見合う投手になれたら」。現役時代にはヤクルト一筋だった尾花巨人2軍投手総合コーチが、背負った番号。通算112勝を挙げた大先輩のDNAを、しっかりと受け継ぐ覚悟だ。

 今月行われた明治神宮大会でチームは初の4強入りも、自身は先発した1回戦で右太もも裏を痛めて、わずか16球の登板に終わった。大学入学後、初めて岩手・九戸村から試合観戦に来た両親に、神宮での勇姿を見せることが出来なかっただけに「プロで、しっかりと見せてあげられたら」との思いは強い。準決勝で敗退してから4日後には、ジョギングを再開。投球に支障はなく「来週には普通に走れるので、もう1度体を鍛え直します」と1月の新人合同自主トレを見据え、万全に仕上げていく。

 前身の国鉄、サンケイから数え、ヤクルトでこれまで新人王に輝いた選手は10人にのぼる。仮契約を終えて「責任感が湧いてきた」という即戦力右腕。同じく大卒ドラフト2位でヤクルト入りし、13年に新人王を獲得したライアン小川のように神宮の星となれるか。【中島宙恵】

 ◆ヤクルトの背番号32 引退後に横浜(現DeNA)の監督も務めた尾花高夫が有名。入団した78年から引退した91年までの14年間背負って、通算112勝をマークした。93~96年は移籍してきた金森栄治がつけた。97~08年は小野公誠捕手、09~14年は新田玄気捕手。

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元プロ金森監督が初戦突破/石川

初戦を突破し、スタンドにあいさつする金沢学院東の金森栄治監督(左端)

<高校野球石川大会:金沢学院東5-3金沢向陽>◇12日◇1回戦◇石川県立

 プロ野球西武、阪神などで活躍した金森栄治氏が率いる金沢学院東が、初戦を突破した。

 3回に2点を先制し6回から小刻みに加点。反撃を3点に抑えた。

 金森氏はプロ経験者が高校、大学での指導資格を短期間で回復するため昨年に新設された研修制度を受け、1月に認定された。

 4月に同校の監督に就任。試合後は選手らに「高校生らしい、はつらつとした姿を見せよう」と呼びかけ、報道陣には「いい開幕戦だった。試合後の校歌をもう一度聞きたい」と話した。

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金森監督 プロの高校時代まねろ

ミーティングで、選手たちに指示を与える金沢学院東・金森監督(撮影・和田美保)

<指導者もアツい夏>

 球児の夏が開幕した。汗と涙の熱闘は、チームを育てた監督、コーチの情熱にも支えられている。「指導者もアツい夏」と題し、高校野球の指導者に転身した元プロ、人気ドラマのモデル校監督、今夏限りで勇退する名伯楽の挑戦を追います。第1回は、学生野球資格回復の新制度により、今春から金沢学院東(石川)を率いる金森栄治監督(57)。ロッテなど5球団で打撃コーチを歴任した「金森理論」から、新たにたどり着いた指導論とは?

 周囲を山に囲まれた金沢学院東のグラウンドで、金森監督は新たに指揮を執っている。84人の高校球児に囲まれ、メモを片手に語る。「全力疾走。できることをしっかりやろう」。5球団で打撃コーチを歴任した元プロが伝えるのは、打撃理論でも戦術でもない。基本の大切さだった。

 プロのまねをしようとする部員がいれば、こう諭す。「まねをするのなら、プロが16、17歳だったころをまねしなさい、と言います。松井(元ヤンキース)なら星稜、イチロー(ヤンキース)なら愛工大名電、清原(元オリックス、日刊スポーツ評論家)ならPL学園の時をまねしろ、と。シンプルだからこそ、まねをするのが難しいのですが」。強固な土台なくして、華麗なプレーはできない。約30年間プロの世界に身を置いたからこそできるアドバイスだ。

 現役で15年プレーし、コーチとしても10年ロッテの「史上最強の下克上」と呼ばれた日本一に貢献した。打撃に関しては本を出すほどの理論派で、球を引きつけて腰を回転させて打つ「金森理論」に薫陶を受けた選手は多い。それでも、部員には「大事なのは基本」と技術以上に、キャッチボールや走り込みなどの大切さを教え込む。「初練習でキャッチボールを見た時、相手の胸元に投げられる子が少なかったんです。プロはキャッチボールがきれいで正確ですから。両手を使って下半身で放るように教えています」と、根気よく繰り返す。

 4月1日付で就任。直後の春季県大会は初戦で敗退した。部活動が盛んな同校にあって、野球部は07年夏の県ベスト4が最高成績。相撲部は大相撲で幕内の遠藤(23=追手風)を輩出しており、「(全国区でないのは)あとは野球部だけ」と苦笑いしながらも、手応えはある。石川には星稜、遊学館、金沢など甲子園常連校がひしめくが、「日に日に強くなっていますし、メンバー的にも今年はチャンス。代表になりたい」。

 授業時間帯は事務職員として人生初のデスクワークもこなす。練習を終えて午後9時過ぎに自宅に戻ると、食事を取らずに寝ることもしばしばだが、「引き受けた一番の理由は野球が好きだから。もう1度ここで学べ、と言われているような気もしました」。57歳の“新人監督”が12歳まで過ごした故郷・金沢で、甲子園へ向かって全力疾走する。【和田美保】

 ◆金森栄治(かなもり・えいじ)1957年(昭32)1月24日生まれ、石川県出身。PL学園-早大-プリンスホテルを経て、81年ドラフト2位で西武入団。88年阪神、93年ヤクルトに移籍し96年限りで現役引退。現役通算は1048試合で打率2割7分、27本塁打、239打点。引退後はヤクルト、西武で打撃補佐、阪神、ソフトバンクで打撃、ロッテでは打撃兼野手チーフのコーチを歴任。07~09年まで独立リーグのルートインBCリーグ・石川の監督も務めた。

 ◆元プロによる高校生指導 昨年6月の日本学生野球協会理事会で承認された新制度で、劇的に条件が緩和された。従来は教員免許を取得した上で、2年間教壇に立つことが必要だったが、これを撤廃。プロ側、アマ側が定める双方の研修を受講した上で適性審査を通過すれば、学生野球資格が回復され、高校生の指導が可能になった。新制度の初年度は、全国で457人の元プロが資格回復した。

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金森新監督が金沢学院東野球部員と初対面

 4月1日付で石川・金沢学院東高校の野球部監督に就任することが決まった元プロ選手の金森栄治氏(57)は20日、金沢学院大の構内で野球部員約50人と初対面し「すがすがしい野球をしよう」とあいさつ。報道陣には「プロとアマチュアの風通しを良くして野球界の発展に貢献したい」と抱負を述べた。

 金森氏はプロ経験者が高校、大学での指導資格を短期間で回復するために昨年新設された研修制度を受け、1月に認定。12日に3年契約で監督就任が決まった。

 1982年に西武入団。阪神、ヤクルトを経て96年に引退した。ソフトバンク、ロッテなどでコーチに就き、独立リーグのルートインBCリーグ、石川の監督も務めた。

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金沢学院東高監督に金森氏「知識と経験を」

 石川・金沢学院東高は12日、野球部監督に元プロ選手の金森栄治氏(57)が4月1日付で就任すると発表した。3年契約。同氏はプロ経験者が高校、大学での指導資格を短期間で回復するために昨年新設された研修制度を受け、1月に認定された。

 金森氏は大阪・PL学園高から早大、プリンスホテルを経て1982年、ドラフト2位で西武入団。阪神を経て、ヤクルトに移籍し、96年に引退した。ソフトバンク、ロッテなどでコーチに就いたほか、独立リーグのルートインBCリーグ、石川の監督も務めた。

 金森氏は「ふるさとで高校野球の監督を務める機会を得られ、大変うれしい。知識と経験をしっかり伝えたい」とコメントを発表した。

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金森栄治氏が与田剛氏から中前打

1打席真剣勝負で対決した与田氏(右)と金森氏(撮影・柴田隆二)

<西武3-4中日>◇13日◇西武ドーム

 試合前に西武OB金森栄治氏(56)と、中日OB与田剛氏(47)による「1打席真剣勝負」が行われた。金森氏が、カウント2ボール2ストライクからの6球目を中前にはじき返した。

 金森栄治氏 久しぶりで緊張しました。現役のときに、与田投手との対決を楽しめる余裕があれば良かったんですけど、あの頃は必死でしたね。現役を引退して、OBとして呼んでもらってOBならではの喜びを感じます。

 与田剛氏 ボールを投げるって難しいと改めて思いました。OBになってもこのようなイベントに出させていただき、現役当時のユニホームを着て、久しぶりにファンの方から声援をいただいて、うれしかったですね。

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【西武】OB勝負第4弾は駒田氏対兄やん

 西武は24日、交流戦の特別企画として、実施中の両チームOBによる1打席真剣勝負の第4弾以降の概要を発表した。第4弾は6月2日の巨人戦で駒田徳広氏対松沼博久氏、第5弾は6月13日の中日戦で与田剛氏と金森栄治氏、第6弾はDeNA戦で野村弘樹氏対鈴木健氏が対戦する。

 阪神戦の第1弾では東尾修氏が掛布雅之氏と対戦し、中飛で勝利。第2弾の広島戦では石毛宏典氏と大野豊氏が対戦し、石毛氏が左前打を放った。第3弾は31日のヤクルト戦で小早川毅彦氏対石井丈裕氏が対戦する。

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ロッテ伊東体制へ8コーチ退団

 ロッテが伊東勤新監督(50)誕生へコーチ陣の大幅なテコ入れに踏み切った。15日、球団は千葉市内と宮崎市内でコーチ陣に来季の契約について通達。1軍は高橋慶彦ヘッドコーチ(55)西本聖投手コーチ(56)井上祐二ブルペン投手コーチ(49)が、2軍は金森栄治打撃コーチ(55)成本年秀投手コーチ(44)袴田英利バッテリーコーチ(57)上川誠二内野守備走塁コーチ(52)山森雅文外野守備走塁コーチ(51)が契約を更新せず、今季限りで退団することが決まった。後任を含めた組閣作業は水面下で行われており、伊東氏の西武監督時代にも入閣していた日本ハム清水雅治1軍外野守備走塁コーチ(48)ソフトバンク立花義家1軍打撃コーチ(53)らへの就任要請が検討されている。

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【ロッテ】高橋慶彦、西本聖コーチら退団

 ロッテは15日、高橋慶彦ヘッドコーチ(55)と西本聖投手コーチ(56)、井上祐二投手コーチ(49)、金森栄治2軍打撃コーチ(55)ら5人の2軍コーチに契約を更新しないと通告したと発表した。

 ロッテは西村徳文監督(52)が今季限りで事実上の解任となり、新監督には前西武監督の伊東勤氏(50)の就任が確実となっている。

 高橋コーチは広島などで通算1826安打を放ち、2004年からロッテで指導。西本コーチは巨人などで通算165勝を挙げ、投手陣から人望が厚かった。

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ロッテ大改造 金森コーチ契約更新せず

9回表1死一、二塁、伊志嶺(左)にアドバイスする金森コーチ(撮影・沢野健太)

<日本ハム2-1ロッテ>◇14日◇東京ドーム

 ロッテが金森栄治打撃コーチ(54)と来季契約を更新しない方針を固めたことが14日、分かった。昨年、5年ぶりの日本一の原動力となった強力打線が今季は大不振。チーム打率が著しく低下するとともに、新たに導入された統一球への対応も遅れ、最下位に低迷する大きな要因となった。日本一に貢献した同コーチとの契約を更新しないことで、人心一新に着手。来季以降も契約を残す西村監督の下、1、2軍含めたスタッフ再編に乗り出すことになる。

 昨季日本一の功労者が、わずか2年でチームを去ることが確実となった。今季が契約最終年の金森コーチに対し、球団側は契約を更新しない方向性を固めた。

 金森コーチは就任1年目の昨季、「金森理論」と呼ばれる独特の指導法で打撃陣の大幅強化に成功。前年にリーグ最低の2割5分6厘に終わったチーム打率をリーグ首位の2割7分5厘まで押し上げ、「史上最強の下克上」と称されたリーグ3位からの日本一の原動力となった。

 しかし、5年ぶりの日本一から一転、今季のチームは残り30試合を切った時点で最下位。クライマックスシリーズ(CS)への自力進出消滅の危機にある。低迷の要因は打撃陣の深刻な不振だ。ポスト西岡と期待された荻野貴が5月中旬に離脱するなど、シーズン序盤からケガ人が続出。ベストメンバーが組めない試合が続いた影響も大きいが、それ以上に打線の調子が上がらなかった。

 リーグ首位だったチーム打率は14日現在、リーグ5位の2割4分4厘。昨季と比較して3分以上も低い。チーム本塁打は38本で西武中村1人分にも満たない。勝負強さが代名詞だった「つなぎの打線」がチャンスで決定打を欠くパターンを繰り返し、投手陣を見殺しにする展開が目立った。

 統一球の影響で打撃の数字が下がっているとはいえ、シーズン終盤になってもチーム全体として効果的な統一球対策を打ち出せなかった。昨季は68打点を挙げた大松は統一球への対応に苦しみ、今季はほとんどが2軍暮らし。不動の3番だった井口も長いスランプから抜け出せていない。統一球対策も含めた打線の立て直しという急務に対し、攻撃陣の責任者として金森コーチは役割を果たしきれなかった。

 日本一に輝いた昨オフもコーチ陣の入れ替えを敢行したように、ロッテは血の循環を行うことで、チームを強化してきた。今オフも人心を一新することで巻き返しを狙う。昨季の日本一球団が早くも来季へのかじを切った。2軍を含めたコーチ人事再編の大きな動きが一気に加速しそうだ。

 ◆金森栄治(かなもり・えいじ)1957年(昭32)1月24日生まれ、石川県出身。PL学園-早大-プリンスホテルを経て、81年ドラフト2位で西武入団。88年阪神、93年ヤクルトに移籍し96年限りで現役引退。現役成績は1048試合で打率2割7分、27本塁打、239打点。引退後はヤクルト、西武で打撃コーチ補佐、阪神、ソフトバンクで打撃コーチを務め、10年からロッテ打撃コーチ。

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【ロッテ】打率0割台の金沢が均衡破った

<ロッテ3-2オリックス>◇26日◇QVCマリン

 ロッテのプロ9年目、金沢岳捕手(27)が両チーム無得点の7回1死満塁で代打で登場。「結果が出ていないのに、使ってもらった」と意気に感じ、均衡を破る犠飛を中堅に放った。

 金森栄治打撃コーチ(54)の軸回転で打つ理論を学び、シーズン中にもかかわらず打撃フォームを大きく変えたばかり。打率は1割に満たないが、連日の早出特打をこなしていく中で「形になってきた。とにかく、コンパクトに振ることを意識している」と話す。この日は、アルフレッド・フィガロ投手(26)の151キロの高め直球に振り負けなかった。

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【ロッテ】ドラ1伊志嶺が「金森塾」入門

金森打撃コーチ(左)の指導を受ける伊志嶺(撮影・山崎安昭)

 ロッテのドラフト1位伊志嶺翔大外野手(22=東海大)が2日、「金森塾」に入門した。全体練習終了後から約2時間半、金森栄治打撃コーチ(54)からバッティングの指導を受けた。自主トレ中から待ち望んでいた入塾に伊志嶺も「腕の力に頼らずに、腰で振るということを教わった。習得するのは難しいが、少しずつ成長していきたい」と満足そうな表情だった。金森コーチも「力まずにいいバランスでバットを振ることを教えた。非常にいい素質を持っていますよ」と期待をかけていた。

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